過去のオピニオン・エッセイ
オピニオン
だが、このコミニュケで、異例だったのは、中国の核兵器に触れたことだろう。「中国は、…より多くの弾頭とより多くの発達した運搬手段を備えた核兵器を急速に拡大している。…我々は、中国の透明性の欠如と頻繁な偽情報の使用に懸念を抱いている」(55項)と表明していた。中国もまた、米・英・仏・露の四カ国と同様、いわば、NPT(核不拡散)条約等によって、合法的な核兵器保有国だ。
中国は、近年、新型のDF―41型ICBMを2019年のパレードで披露した他、JL―3型SLBM
(核弾頭複数搭載)、それに、H―20型ステルス重爆撃機を開発している。
核弾頭最大10個搭載できるとされるDF―41型ICBMは、最大射程12000kmとされる。この性能ならば、中国本土から、米国本土北西部のみならず、ロンドンやパリも射程内だ。
また、発射試験が繰り返されているJL―3型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)も、最大射程は12000~4000km。こちらも、物理的には、南シナ海の海中から、米本土や英仏も射程内になる。
つまり、中国の戦略核戦力の能力拡大は、NATO欧州諸国にとっても他人事ではないのだろう。
前述のNATOサミット・コミュニケの41項には「NATOは、NATOに対する核兵器の使用は、紛争の性質を根本的に変えるであろうことを繰り返し強調する。…NATOのいずれかのメンバーの基本的な安全が脅かされた場合、NATOは、敵に耐え難いコストを課す能力と決意がある…」と記述した。
この文中にある「敵」の国名は、特定されていないが、「より多くの弾頭とより多くの発達した運搬手段を備えた核兵器を急速に拡大している」(55項)“中国”は、NATOにとって、「懸念」対象そのものなのかもしれない。
「急速に拡大する」中国の核兵器に、NATOは、万が一の場合、どのように対応するのだろうか。“敵”が何者であれ、核兵器を使用すれば「NATOは、敵に耐え難いコストを課す」というのであれば、それは、核兵器による報復をも視野に入れるという意味だろうか。
では、NATOには、敵に「耐え難いコスト」を与えるだけの反撃用の核弾頭は、あるのだろうか。別表は、2021年1月現在における、核兵器を、いわば、NPT(核不拡散)条約等の国際条約で合法的に保有できる米・露・英・仏・中の2021年1月現在の核弾頭保有推定数である。
これをみると、NATO加盟国の米・英・仏の核弾頭の総数は、6065個。その内、新START条約で、ロシアとバランスをとりながら削減している米国の核弾頭を除く、英・仏の核弾頭総数は、515個。英・
仏の合計だけで、中国の総数350個を上回る。また、英国は、すべての核弾頭を最大射程12000kmのトライデントⅡD5潜水艦発射弾道ミサイルに搭載。フランスは、射程10000kmのM51・2潜水艦発射弾道ミサイル等に搭載している。射程10000kmを超えれば、大西洋からでも、物理的には、中国のほとんどが射程内となり、英国のトライデントⅡなら、南シナ海にも届きそうそうだ。そして、ミサイル等への搭載済みの核弾頭の数では、英仏の合計が、400個であるのに対し、中国のミサイル等への搭載済み核弾頭は、見当たらず、すべて保管状態にあるとみられている。
前述の通り、NATOサミット・コミュニケには「NATOは、NATOに対する核兵器の使用は、紛争の性質を根本的に変える…NATOのいずれかのメンバーの基本的な安全が脅かされた場合、NATOは、敵に耐え難いコストを課す能力と決意がある…」(41項)とある。意味するところは、敵が核で攻撃してきたら、耐えられない反撃を行う、それだけの核能力を持つということなら、米露が進めてきた核軍縮と違う流れが始まるのかもしれない。
尚、冒頭で紹介した米国防総省の「中国の軍事力2020」「同20211」には、「中国は、核搭載可
能な空中発射弾道ミサイル(ALBM)の開発」を指摘している。これは、空中給油が可能なH―6N爆撃機の胴体下に吊り下げられる大きな空中発射弾道ミサイルでその先端部は、既存の弾道ミサイル防衛では対応が難しい極超音速滑空体がセットされている。これが、太平洋に進出することがあれば、グアムを抱えた米国のみならず日本も意識せざるをえないだろう。
別表:5大国の核兵器推定(2021年1月: SIPRI YEAR BOOK 2021より)
国 名 | 核弾頭(配備済) | 核弾頭(未配備等) | 計(2021年1月現在) |
米 国 | 1,800 | 3,750 | 5,550 |
ロシア | 1,625 | 4,630 | 6,255 |
英 国 | 120 | 105 | 225 |
フランス | 280 | 10 | 290 |
中 国 | - | 350 | 350 |