過去のオピニオン・エッセイ
オピニオン
「舞文弄法」 能勢 伸之氏 フジテレビジョン報道局解説担当役 兼ホウドウキョク「日曜安全保障」MC
2019-10-01
防衛協会会報第148号(1.10.1)掲載
2019年8月2日、懸念されていた通り、米露の射程500㎞~5500㎞の弾道ミサイルと巡航ミサイルの開発、生産、保有を禁じてきたINF条約が無効化した。米露は、ともに、INF条約の手続きに則り、INF条約を無効化したのである。米露は、相互に、相手に条約違反の疑いがあると指摘していたが、他の国の動向も意識していた。2018年10月、米国のINF離脱の意向をロシアに伝えるため、モスクワを訪問したボルトン米大統領補佐官(安全保障担当)は「ロシアと中国が条約に違反する兵器を全て廃棄すれば別だが、その可能性はゼロだろう」(2018/10/22、モスクワ)「中国の弾道ミサイルの三分の一から二分の一が、INF条約の対象となる射程」(モスクワでの記者会見・2018/10/23)との見解を明らかにしていた。まるで、あてこする様にして、中国の名前をあげていたのである。一方、ロシアのプーチン大統領は「他の国々がロシアやアメリカに追随するなら、これ(INF条約)は我々にとって大きな価値があるだろう。…我々の国境の東側の国々や中東諸国も含めて、我々の近隣諸国のほとんどすべてがそのような武器を製造しているが、米国と国境を接する国々、カナダもメキシコもそのような武器を製造していない。だから、この条約を尊重することが必要だと考えているものの、我々にとって特別な試練となっている」(2016/10/30、Valdai International Discussion Club)と一種の嘆きとも取れる分析を吐露していた。プーチン大統領が言及した「国境の東側の国々」にボルトン補佐官の指摘した中国が入っていたかどうか、気になるところだが、INF条約に縛られない国がINF射程のミサイルを配備していることが、米露がともに、INF条約の無効化に走る背景にあったのかもしれない。
米ソ(露)は、時に相手の裏をかこうとしながらも、1969年頃から始まったSALT交渉以来、半世紀に及ぶ軍備管理・軍縮交渉を積み重ねてきた。故レーガン大統領が、しばしば、口にしたロシアの諺に「信頼せよ。しかし、検証せよ」というのがある。約束は出来ても、それは確認しなければ、机上の空論、絵に描いた餅になる、というところだろうか。
写真は、筆者の知人が本年8月に横田基地の外から撮影した米軍機だが、OC―135オープンスカイズという。米ソ(露)軍備管理・軍縮交渉では、条約ごとに「査察」が大きなテーマであった。地上や衛星からの査察を、どのように認めるか。1989年、米ソ二国間ではなく、NATOと旧ワルシャワ条約が空中からの査察について協議し、1992年、25か国(2017年現在、34ヵ国)が調印したのが「オープンスカイズ条約」である。その内容として①調印国の全領土が空中からの査察対象、②年間の被査察回数、③査察用航空機やカメラなどの査察機器、④査察結果の相互交換等を規定した。この条約に基づいて、作られたのが米空軍のOC―135Bオープンスカイズだ。査察専用機で、偵察機とは異なり、相手陣営の領空を堂々と飛べる。機体の下部には左右に傾いた大きな窓があり、そこに取付けられる撮影機材の性能は厳密に規定されており、その能力は偵察機からは程遠い。ロシアはTu―2140N型査察機を保有しているが、米OC―135Bは、極東ロシアを査察するため、時折、日本国内の米軍基地滑走路に姿を現す。筆者は、20年以上前、横田基地で当時のOC―135の機内を取材する機会を得たが「機密は全くないので、どこを撮影してもいいよ」と言われたことを覚えている。日本はオープンスカイズ条約の加盟国ではないが、OC―135Bの中継滑走路の提供で、間接的に同条約の運用に貢献していると言えるだろう。米露を始めとする東西間には、このように軍備管理・軍縮の重厚な歴史を基盤に、書類だけでなく、具体的なシステムが存在している。
中国が参加する形で、INF条約の後継条約が作成できるのかどうか。その場合には、信頼醸成のため、新たな条約に組み込まれるであろう査察の仕組みだけでなく、オープンスカイズ条約の加盟・批准国の拡大も必要となるのではないだろうか。INF後継条約の作業が首尾よくすすむなら、オープンスカイズ条約のアジア方面での加盟国拡大が必要となり、日本にとっても他人事では、なくなるかもしれない。