過去の防衛時評
※下記の暦年をクリックすれば、当該年の記事にリンクします。
山本・小柳・渡邊
|
日吉・横田・
大串・横地
|
日吉・小柳・
山崎・山本
|
日吉・大越・
大串・小柳
|
日吉・渡邊・
山崎・山本
|
江間・廣瀬・
澤山・廣瀬
|
江間・大越・
泉・永岩
|
江間・長谷部・
山崎・千葉
|
江間・渡邊・
澤山・廣瀬
|
江間・廣瀬・
泉・永岩
|
江間・松下・ 山崎・千葉 |
金澤・伊藤・
廣瀬・永岩
|
金澤・石野・
松下・千葉
|
金澤・小川・
武内・徳田
|
金澤・吉田・
伊藤(俊)・山田
|
金澤・小川・ 伊藤(盛)・武内 | 金澤・岸川・ 山田・山下 | 金澤・伊藤(俊) ・吉田・武内 | 金澤・岸川・ 湯浅・金古 |
令和6年
常任理事 金古真一 防衛協会会報第168号(6.10.1)掲載
本年4月のイランによるイスラエルに対する大規模攻撃について考える
昨秋から続くイスラエルとハマスとの交戦は、イスラエルと親イラン勢力を加えたイランとの対立に拡大しています。本年4月1日、ダマスカスのイラン大使館領事部への空爆に端を発し、両国の緊張関係は一気に高まり、同月13日、イランはイエメンの親イラン武装勢力フーシ派と連携し、ドローン約170機、巡航ミサイル30発以上、弾道ミサイル120発以上、計300以上の飛翔体を投入した大規模な攻撃を断行しました。イスラエル国防省によれば南部の空軍基地に一部の弾道ミサイルが着弾したものの、飛来した目標の99%を撃破したと公表しました。一方、イスラエル政府は正式に認めていませんが、19日、イラン中部イスファハン州に無人機が飛来し、防空システムで破壊したとイラン国営放送が報じています。対立を続けるものの直接衝突することがなかった両国の緊張が、中東での戦火拡大へと繋がることが憂慮されましたが、両国の思惑と自制を求める関係国の働きかけにより、一回の応酬で収束、沈静化に至りました。中東情勢はさらに混迷の度合いを増しつつありますが、4月に起きた本事案を題材として、我が国が置かれた状況と統合防空ミサイル防衛(IAMD:Integrated Air and Missile Defense)について考えます。
まず、我が国はイランと同様の能力を有する国家と隣接することを改めて認識すべきです。中国、北朝鮮及びロシアが中・短距離弾道ミサイル及び巡航ミサイルを多数保有することは事実であり、我が国が保有する弾道ミサイル防衛(MD: Missile Defense)システムに対抗するため、発射の秘匿性や即時性、精密打撃力の向上に加え、変則機動する弾道ミサイルや極超音速兵器の開発・配備を進めています。また、無人機に関しては、ウクライナ侵攻において無人機を多用するロシア、我が国周辺において各種無人機の活動を活発化させている中国、自国製無人機を韓国に侵入させた北朝鮮と無人機は最早現実的な脅威となっています。今回のイランによる攻撃は、能力を保有する国々にとって、弾道・巡航ミサイルに加え、安価かつ大量投入が可能で、防空システムの無力化やコストの強要が期待できる無人機を攻撃アセットとして組み込んだ大規模攻撃が、軍事作戦として採用公算の高い選択肢であることを示唆していると言えます。
我が国が置かれた状況から、統合防空ミサイル防衛(IAMD)の構築は極めて重要です。我が国にとって、イスラエルが弾道ミサイル防衛(MD)システムの有効性を示したことは大きな意味を持ちます。一方で、巡航ミサイルと無人機は戦闘機等が遠方で阻止したと伝えられており、防衛省・自衛隊が目指す現有のMDシステムをさらに発展させ、ネットワークを通じて様々なセンサー・シューターを一元的かつ最適に運用し、多様化する経空脅威に対処できる統合的な防空体制、IAMDは我が国にとって必須の防衛力に他なりません。さらに、IAMDは防勢的な対処のみではなく、相手の攻撃を制約、抑止する反撃能力を用いた攻勢的な対処を含んでおり、各種スタンド・オフ機能の保有、戦力化も急がれます。イスラエルがMDによる一回の迎撃に費やした費用は約12億ドルと報じられています。コストだけでMDの有効性と重要性を否定することはできませんが、具体的な数値を目にすると、攻防を兼備した防衛態勢の構築が如何に重要であるかを理解できます。
装備の充実や態勢の強化によって、IAMDを含めた自衛隊の各種対処能力は飛躍的に向上するでしょう。しかし、武力攻撃が生起した場合の国民生活への被害が皆無とは考えられません。そのため、国民保護の体制強化としての避難施設(シェルター)の確保、避難要領の確立等、国家としての総合的な防衛力も同時に高める必要があります。政府・自治体による施策の推進とともに、国民一人一人が今回の事案を遠く離れた中東での出来事ではなく、我が国が直面する現実として捉え、意識を高めることを期待しています。
(元航空支援集団司令官)
常任理事 湯浅秀樹 防衛協会会報第167号(6.7.1)掲載
ウクライナの無人艇艦隊について思うこと
ウクライナ侵略を続けるロシアのショイグ国防相は4月2日、プーチン大統領が露海軍のモイセエフ総司令官代行(3月19日着任)を露海軍総司令官に正式に任命する大統領令に署名したと発表した。
2022年2月24日に始まったウクライナ戦争も既に2年が過ぎ、昨年は一時期ウクライナの反転攻勢が優位に進んでいた時期もあったが、現在はロシア優勢の情勢にあり、特に陸上戦闘ではウクライナの苦戦が伝えられている。一方で、黒海における海上戦闘に目を移すと、海軍戦力がほぼないに等しかったウクライナが大いに善戦しており、ウクライナの無人水上艇(水上ドローンやカミカゼドローンなどと言われることもある)攻撃によりここ数ヶ月は月一隻のペースでロシア艦艇を撃沈または航行不能に至らせるなど目覚ましい成果を上げている。
今回の露海軍総司令官の交代はその責任を問われ更迭されたとみられている。
ウクライナは開戦当初から無人水上艇を使用した攻撃を企図しており、2022年10月29日の衝撃的な無人水上艇等による露海軍艦艇等への攻撃を経て、同年11月にはUNITED24(ゼレンスキー大統領が2022年5月に開設した特設サイト)上で無人艇艦隊の創設に向けた資金調達支援の呼びかけを始めている。
現在では、ウクライナ保安庁が開発したSEA BABYやウクライナ国防省情報総局のMAGURA V5等により、クリミア大橋など静止目標への自爆攻撃のほか、多数のロシア艦艇を攻撃して大きな成果を上げている。さらに、約1トンの爆薬を1000㎞運搬可能なSEA BABYの改良型や対空兵器を搭載する無人水上艇、水中航行する無人艇など様々な無人艇の開発についても積極的に推進している。
ウクライナの無人水上艇による攻撃は、日本でもこれまで数多く映像で配信されているので見た人も多いと思うが、最近では複数の無人水上艇を使って群れで襲い掛かる戦術を採用することにより、安価、かつ、簡易な技術で開発された無人水上艇により高価な水上艦艇を極めて効率的に撃沈/航行不能にさせる、まさに非対称な戦いをロシアに強いており、その結果として、ロシアに支配されていた黒海からロシア海軍の影響力を大きく後退させていることは注目に値する。
ウクライナ戦争を通して、陸上戦闘において無人航空機(UAV)は既に戦場になくてはならない装備になっているが、今後は無人水上艇が海上作戦の主力になる可能性も十分に考えられる。
次に、これらウクライナの戦いに対する米海軍の反応を見てみると、米海軍は既に無人艇活用に向けて大きく舵を切ったようである。
米海軍協会(USNI)ニュースによれば、本年2月のWEST2024カンファレンスにおいて、パパロ米太平洋艦隊司令官(当時)が「第2無人水上戦隊(USVDI―2)は5月に正式に発足する」と語ったと報じており、米海軍の対応の速さにはさすがと言うほかない。
では、自衛隊においてはどうであろう。
国家防衛戦略において「無人アセット防衛能力」は防衛力の抜本的強化策の一つに位置づけられ、AIや有人装備と組み合わせることで「部隊の構造や戦い方を根本的に一変させるゲーム・チェンジャーとなり得る」と高く評価しているほか、防衛装備庁の研究開発においては無人水上艇の自動誘導の試験、半潜没型無人水上艇の研究、大型無人潜水艇の研究など、多くの無人艇の研究がなされており、これはこれで心強い。
一方で、ウクライナの無人艇艦隊や米海軍の無人水上戦隊のような現在ある技術で製造された安価な無人水上艇を運用する部隊の創設については、残念ながらあまり話を聞かない。ウクライナの戦いを見るまでもなく、このような非対称な戦力を整備することが我が国の抑止力を大きく向上させる可能性は極めて高いと考えられ、我が国においても早急な無人艇部隊の創設に向けた検討を期待したい。
(前海自自衛艦隊司令官)
常任理事 岸川公彦 防衛協会会報第166号(6.4.1)掲載
ローマ教皇フランシスコが去る2月に収録されたスイスのテレビ局のインタビューで、ロシアの侵攻を受けるウクライナに対して戦闘での敗北を認め、和平交渉を始めるよう促したとする報道がなされました。ローマ教皇の発言は、侵略行為に融和的と受け取られかねない内容で、波紋を呼ぶ一方で、現実的な選択として歓迎する声も聞かれました。2年以上に及ぶ未だ出口の見えない戦争を受け、ウクライナや西側諸国では厭戦気運も見られる中、最善の選択肢はどこにあるのでしょうか。
結論から先に述べれば、私の個人的な見解は、「ロシアは軍事的に優勢である限り、決して攻撃を止めないので、ウクライナには、戦う以外に選択肢がない。したがって、現状では、我々西側諸国は、ウクライナが引き続き戦えるよう、さらに支援を強化すべきであるというものです。
以下、ロシアがなぜ戦いを止めないのか、そのような思いを持つに至った背景等について、少し述べてみます。
今回のウクライナ戦争は、2014年に発生した「マイダン革命」後、クリミア半島やドンバス地方で起こった「クリミア危機」を発端とするものと言えます。2014年9月、ウクライナは、国土を失いつつも、停戦のためのいわゆる「ミンスク合意」に署名しました。本合意は、基本的に停戦を合意するものであったのですが、翌年2月に、いわゆる「ミンスクⅡ」が署名されました。
なぜ、「ミンスクⅡ」が必要だったのでしょうか?「ミンスク合意」のポイントは、①停戦合意、②分離派支配地域に「特別の法的地位」を与えること、③外国軍隊(=ロシア軍)の撤退だと言われています。当時、ウクライナのポロシェンコ大統領は、この合意を守って、直ちに分離派支配地域に「特別の地位」を与えました。そうすればロシアは約束を守って、ロシア軍は撤退すると信じたからだと思います。ところがロシア軍は撤退するどころか、その冬に大攻勢をかけてきたのです。そこで耐え切れなくなったウクライナが、ドイツとフランスの仲介の下、苦渋の選択として結んだのが「ミンスクⅡ」です。「ミンスクⅡ」は、当初の「ミンスク合意」よりもさらにウクライナにとって不利な内容でした。
このようにロシアは、「ミンスク合意」ではロシアの目的を達成していないので、停戦合意など無視して、さらに攻勢をかけてきたのです。その後、ドンバス地方はどうなったか。何度も「停戦」合意がなされたものの全てが一時的なもので、実際には殆ど毎日のように戦闘が継続し、ロシアの占領地域は少しずつ広がっていったのです。そして、ロシアのプーチン大統領は、2022年2月に「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認し、ウクライナは同地を完全に失ってしまったのです。
これらの事実が示す通り、ロシアとの間では「停戦」というのは一時凌ぎのものでしかなく、ロシアは戦う余力がある限り、目的を達成するまで戦闘を止めることはないと言うのが、少なくとも2014年以降の戦いが示すところです。
さらに、プーチン大統領は、昨年12月の国民との対話でも、「ロシアの目的が達成されれば平和が訪れる」と公言し、戦争継続の姿勢を鮮明にしていました。まさに、プーチン大統領にとってウクライナという国は「存在しない」と言っても過言ではないと思われます。
これらのことから、ウクライナが、今停戦をしたとしても、それがすぐに破られて、プーチンは目的を達成するまで攻撃してきます。このことをウクライナの人たちは身を持って知っているのだと思います。もちろん、ロシアとの外交的な対話等が無意味であると言っているわけではありません。ただ、今最も大切なことは、ウクライナが引き続き強固な意志と能力をもってロシアと戦い続けることであり、そのためには我
々西側諸国は、ウクライナに対し、外交、政治、経済そして文化等広範囲にわたる支援と同時に軍事面での支援をしっかりと行うことであると確信しています。
以上私見を述べてみました。世界には未だ力による現状変更を試みる覇権主義的な国家が存在すること、このように厳しい国際社会の現実を目の当たりにして、改めて自国を防衛する意思と力をしっかりと保持することが如何に重要であるかについて再認識することができたと思います。
一日も早いウクライナ戦争の終結を心から祈るばかりです。
(元陸自中部方面総監)
理事長 金澤博範 防衛協会会報第165号(6.1.1)掲載
安保理常任理事国であるロシアが国際法に違反する軍事行動を公然と行い、無辜の人々を多数殺害するとともに核兵器による威嚇を繰り返している事態は前代未聞の状況です。このようなロシアの侵略を容認すれば、アジアを含む他の地域においても力による一方的な現状変更が認められるとの誤った認識を与えかね
ず、我が国を含む国際社会として決して許すべきことではありません。
ロシアはこの侵略を通じて通常戦力を大きく損耗しているとみられ、今後ロシアの中長期的な国力の低下や、周辺諸国との軍事バランスに変化が生じる可能性があります。さらに、ロシアと中国との連携の強化などを通じ、米中の戦略的競争の展開など我が国を含む国際情勢に大きな影響を与える状況が生じる可能性に注意していくことが必要です。
「強い国家」を掲げるロシアは、各種の新型兵器の開発・配備を進めてきましたが、ウクライナ侵略開始後は、兵員数の増加や部隊の拡大編成を志向する動きを見せています。ウクライナ侵略を行う最中にあっても、2022年には戦略指揮参謀部演習「ヴォストーク2022」を兵員5万人以上をもって実施するなど、極東地域において活発な軍事活動を継続しています。また度重なるロシアと中国の爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行は我が国に対する示威行為を意図したものであり、我が国と地域の安全保障にとって重大な懸念です。
中国は長期間にわたり国防費を急速なペースで増加させており、これを背景に、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に増強しています。例えば中国は、2035年までに1500発の核弾頭を保有する可能性があると指摘されているとともに、電磁式カタパルトの搭載も指摘される2隻目の国産空母の建造や多種多様な無人航空機の自国開発も急速に進めています。
これらの強大な軍事力を背景として、中国は、尖閣諸島をはじめとする東シナ海、日本海、さらには伊豆・小笠原諸島周辺を含む西太平洋などいわゆる第一列島線を越え、いわゆる第二列島線に及ぶ我が国周辺全体での活動を活発化させるとともに、台湾に対する軍事圧力を高め、さらに南シナ海での軍事拠点化などを推し進めています。
特に台湾に対しては、中国は2022年8月4日に我が国の排他的経済水域内への5発の着弾を含む計9発の弾道ミサイルの発射を行い、台湾政府と住民への恫喝を行いました。
このような中国の対外的な姿勢や軍事動向は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であるとともに、これまでにない戦略的挑戦となっています。これに対しては、我が国と同盟国、同志国などとの協力・連携によって強く対応していくことが重要です。
北朝鮮は、近年、かつてない高い頻度で弾道ミサイルの発射を繰り返しています。また、変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するミサイルなどの発射を繰り返しているほか、戦術核兵器の搭載を念頭に長距離巡航ミサイルの実用化を追及するなど核・ミサイル関連技術と運用能力の向上に努めています。2022年10月には弾道ミサイルを我が国の上空を通過させる形で発射するなど、ICBM級弾道ミサイルの発射を繰り返しています。北朝鮮のこのような動向は我が国の安全保障にとって従前より一層重大かつ差し迫った脅威となっており、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なうものです。
米国は2022年10月に発表した「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」において、中国を「対応を絶えず迫ってくる挑戦」、ロシアを「差し迫った脅威」、北朝鮮を「持続的脅威」と位置付けています。また、同時に発表された「核態勢の見直し」では、中国の核大国化により、2030年代には史上初めてロシアと中国の2つの核大国に直面すると述べています。
このような情勢の下、米国単独では複雑で相互に関連した課題に対処できないとして、互恵的な同盟及びパートナーシップが国家防衛戦略の要であるとの認識を示しています。特にインド太平洋地域における中国の威圧的な行動に対しては、同盟国とのパートナーシップ及びクアッドやAUKUSなどの多国間枠組みによる取組みを推進するとしています。また、南シナ海での「航行の自由作戦」や米艦艇による台湾海峡の通航を継続するなど、「自由で開かれたインド太平洋」へのコミットメントを示し続けています。
このような我が国を取り巻く厳しく複雑な安全保障環境に対応するため、政府は2022年12月に新たな「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」及び「防衛力整備計画」を策定しました。
「国家安全保障戦略」は、国家安全保障に関する最上位の政策文書として位置付けられ、伝統的な外交・防衛分野のみならず、経済安全保障、技術、情報なども含む幅広い分野での政府としての横断的な対応に関する戦略が示されています。この中で、我が国自身の防衛体制を強化するため、2027年度において、防衛力の抜本的強化とそれを補完する取組みと合わせ、そのための予算水準が2022年度の国内総生産GDPの2%(約11兆円)に達するよう所要の措置を講ずるとしています。
「国家防衛戦略」はそれまでの「防衛計画の大綱」に代わる文書で、我が国防衛の目標やこれを実現するためのアプローチと手段を示しています。戦後の最も厳しい安全保障環境の中で、国民の命と平和な暮らしを守るためには、その厳しい現実に正面から向き合って相手方の新しい戦い方(大規模なミサイル攻撃、サイバー領域や無人機などによる非対称的な攻撃、核兵器による威嚇など)に着目した防衛力の抜本的な強化を行う必要があるとして、反撃能力の保有を含めた防衛力の強化の方針を定めています。
「防衛力整備計画」は、我が国として保有すべき防衛力の水準を示し、その水準を達成するための防衛力整備の計画を定めています。そのための経費として、5年間で43兆円程度というそれまでの5年間の計画額17兆円とは全く異なる規模の予算をもって、スタンドオフ防衛能力や無人装備品による防衛能力など、将来の防衛力の中核となる分野の抜本的強化や、現有装備品の稼働率向上及び弾薬の確保さらには防衛生産・技術基盤 や人的基盤の強化など各般の防衛能力を強化していくことを定めています。これにより、これまでの5年間と比べこれからの5年間では、長射程ミサイルなどの遠距離への攻撃能力には25倍、空からの攻撃に対する防御能力には3倍、無人機などの無人の装備品による攻撃能力には10倍の経費をそれぞれ投入して防衛力の増強を図ることとしています。
令和5年
常任理事(当時) 武内 誠一 防衛協会会報第164号(5.10.1)掲載
『全ての隊員に光を!』
「どれだけ高度な装備品等を揃えようと、それを運用する人材の確保がままならなければ、防衛力を発揮することはできない。自衛隊員はまさしく防衛力の中核であり、その人材確保は、装備品等の整備と並び、防衛力の抜本的強化を支える車の両輪とも言うべきもの」これは、本年7月に公表された「防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会報告書」に示された認識です。
その検討の柱は二つ。その一つは、「隊員のライフサイクル全般における活躍の推進」であり、もう一つは、「部外人材も含めた多様な人材の確保」です。この二つは補完的であり、隊員の活躍が推進される施策が機能すれば、有為な人材を多く確保することに繋がります。また、多くの多様な人材が確保されれば、組織内での人事運用に余裕も生まれ、隊員が活動しやすい環境を整えることができます。本稿では、前者に焦点を当てたいと思います。
報告書の中で、「ライフサイクル全般における活躍推進」について、「処遇の向上や生活・勤務環境の改善、育児・介護と仕事の両立支援、キャリア形成支援、再就職支援の充実により将来不安を解消し、自衛官の職業としての魅力を向上する」ことを提案しています。
このうち、「育児・介護と仕事の両立支援」について、更に具体的に以下の点を強調しています。
- 年齢や性別に関わらず育児や介護を担うことが当たり前となってきている中、全ての隊員が何らかの制約を抱えていることを前提とした人事施策を講じるべきである
- 隊員が育児休業や休暇の取得をためらわない環境とする施策を講じる必要がある
「女性活躍推進」を強調するのではなく、全ての隊員を対象として、育児・介護と仕事の両立支援のための施策を講ずべき点に焦点を当てていることは、大いに注目すべきと思います。これまで防衛省・自衛隊が人材確保の面から「女性活躍推進」を掲げ、女性が働きやすい環境を整備してきていることは大いに評価できます。一方で、「女性活躍推進」施策を進める過程で、キャリアアップを目指す女性隊員に注目が集まりメディア等に取り上げられた結果、子供のいない女性隊員やシングルファーザーである男性隊員に対する配慮が不十分だったことは否めません。出産・育児、介護に限らず、病気や障害を持つ家族のケア等色々な課題を抱える隊員全てにしっかりと光が当たり、全ての隊員が居心地よく勤務できる組織であって欲しいと願います。
加えて、隊員が育児・介護等各種休暇やフレックスタイム等の制度をとりやすい環境を整備することも極めて重要です。そのためには、各種制度等を活用したいと思う隊員の上司や同僚の理解が不可欠です。中央では、一定程度理解が進んでいるようですが、地方では、地域社会の理解も十分でないこともあり、上級者の理解もなかなか得られないようです。特に年配者の意識を変えるため、組織を挙げて制度・施策の普及特に意識改革に取り組むことが重要です。誰でも制約なく、気兼ねなく制度を活用できれば、隊員の退職率も減り、また募集にも好影響を与えることになります。
ここで強調したいことは、自衛隊の即応態勢の維持についてです。育児休暇等を取得する隊員を補完するために、育児代替隊員制度(任期付き自衛官の採用)もありますが、予算や要員確保の面から限界もあります。これらの制約に対する一つの方策は、実はより多くの人材を確保するにあると思います。現在、定員と実員の差が1万6千人と報告書に記載がありますが、これだけの人員を確保できれば、出産・育児、介護、病気や障害を持つ家族のケア等のために即応できない隊員を補完し、現在の人員数で期待される即応態勢とほぼ同様の態勢をとることができると思います。即応性を強く意識している自衛隊員だからこそ、出産・育児、介護、あるいは病気や障害を持つ家族のケア等のために即応できない状況になった時、これらの制約を受け入れ、時として退職を考えることになります。そのような隊員をなくし、またより高い即応性を保持できるよう、定員と実員の乖離をなくす努力と、何より多くの人材確保が望まれます。
防衛協会会員としては、防衛省・自衛隊の実情と各種施策を理解しこれらをより多くの方々にお伝えすること、募集・退職自衛官の雇用(特に即応予備自衛官・予備自衛官)に協力すること、企業内の即応予備自衛官等の勤務環境を整えること、育児・介護等の施設が十分でない地域でのサービス提供、あるいは関連施設・制度等の情報提供等ができればいいと感じております。
(元陸自富士学校長)
常任理事(当時) 吉田浩介 防衛協会会報第163号(5.7.1)掲載
『問われる日本国民の本気度』
ウクライナは昨年2月にロシアの侵攻を許し、1年4か月が経過した現在にあっても、戦禍にあります。欧米諸国からの支援もあり、よく耐え忍んでいると評価される反面、抑止に失敗したことは事実です。我々はこのことを見落としてはいけません。
今回の事態を受けてドイツやフィンランド、スウェーデンをはじめとする多くの国々が外交・安全保障政策を大きく転換しました。
我が国も安全保障政策を大きく転換しました。昨年12月に公表された国家安全保障戦略では、力による現状変更の試みを思いとどまらせることが最も重要であり、そのためには断固として抵抗できる手段を確保しておくことが必要であり、防衛力をはじめとする総合的な国力による安全保障体制を強化することとされました。
防衛力については、これまで基本としてきた基盤的防衛力整備ではなく、将来に起こり得る事態を想定し、日米同盟により対処することとしつつも、反撃能力を含め、我が国が主体となって対処する必要がある能力を明らかにするという脅威対処型の手法に変更されました。また、それを実現するために米国がNATO諸国に求めている国民総生産(GNP)比で2%に相当する5年間で約43兆円の予算を投入することが明示されました。ここに政府の危機感と本気度がはっきりと現れています。
これから問われるのは国民の本気度です。過去に弾道ミサイル対処を強化するために進められたイージス・アショアの秋田県及び山口県への配備を断念した事例、佐賀空港へオスプレー部隊を新設する事業が遅れている事例、更には宮古島駐屯地が創設された際には弾薬庫へ弾薬を搬入できなかった事例など、様々な理由・背景から断念あるいは延期せざるを得なかった防衛力整備事業は数多く存在します。
例えば、戦略3文書に盛り込まれた老朽化に伴う自衛隊施設の建て替え、司令部の地下化、弾薬庫の新設、更には民間の飛行場や港湾を自衛隊や米軍が使用できるようにするなど多くの事業は自治体や地元住民の理解なくして進めることができません。
戦略3文書に盛り込まれた各種の事業を計画通りに実現できるか否か、このことは我が国の存亡、あるいは国民の安全と安心に直接的に関わる課題であり、絶対に絵に描いた餅に終わらせてはなりません。
ウクライナは、2014年にロシアによりクリミアを奪われた苦い経験を契機として、約8年間をかけて国家としての防衛態勢を整備し、ロシアの侵攻を400日以上もの間、阻止しています。”やればできる”のです。
先ずは危機感を共有することが大事です。ロシア、中国、北朝鮮は独裁国家であり、核兵器を含めて力による現状変更を厭わない国々であり、我が国はこれらの国々に囲まれているのです。そして、現状の防衛力では力により現状を変えることができると思われていると自覚する必要があります。即ち抑止はできない、また、対処も不十分なのです。
そして「自らの国は自ら守る」との決意の下、戦略3文書に示された各種の事業や取り組みを政府のみならず、自治体、防衛協会をはじめとする各種団体、そして国民一人ひとりが一体となって、できるだけ早期に実現していくことが求められているのです。問われているのは国民の本気度なのです。
政府が各種事業を進めるにあたってはこれまでと同様に、民主的な手続きを経ることは大前提ですが、これまでと全く同じことを繰り返えしていたのでは、ただ時間だけが過ぎ、我が国の安全保障体制はいつまで経っても抜本的に強化されないでしょう。これでは相手の思う壺です。
仮に戦略3文書が描く体制をこの5年間で実現できなければ、今日のウクライナのように抑止に失敗し、戦火の火ぶたが切られ、かつ長期にわたり戦闘が続き、多くの尊い犠牲を強いられることになると覚悟する必要があるでしょう。
(元空自補給本部長)
常任理事 伊藤俊幸 防衛協会会報第162号(5.4.1)掲載
「先制攻撃(preemptive strike)」とはなにか
「武力行使」とは善悪でなく、国際法上「合法」か「非合法」かで判断されます。そして合法な武力行使には「必要性」と「均衡性」が要求され、「先制攻撃」についても、この二要件が満たされているか否かがポイントになります。
①必要性:「差し迫った脅威」があり、これを回避するために「先制攻撃」がどうしても必要であること。
②均衡性:「差し迫った脅威」が生起するまで待つことによる「リスクの増大」と「先制攻撃」とのバランス
が満たされていること。
日本の「武力の行使の三要件」とは、第一要件の「必要性」を「明白な危険がある」と「他に適当な手段が
ない」の二要件に分け、第二要件の「均衡性」をバランスではなく「必要最小限度の実力行使」と表現したも
のといってよいでしょう。つまり「反撃能力は武力行使の三要件に基づいて行われる」との国会答弁
は、「国際法上合法である」と説明しているのです。
また「着手」についても、これは「犯罪構成要件の一部分の実現」をいう法律用語ですから、「攻撃着手段階」とは、「差し迫った脅威」がすでに始まっていることを意味します。つまり「攻撃着手段階での敵基地攻撃」とは「すでに敵の攻撃が開始」されたから「反撃する」のであり、国際法違反ではない「先制自衛攻撃」と、法理論上は整理されているのです。
ただ、北朝鮮や中国のようにTEL(輸送起立発射機)から発射するミサイルの場合、攻撃着手段階での先制自衛攻撃は、現在の軍事技術ではほぼ不可能といってよいでしょう。
「予防攻撃(preventive strike)」とは
一方「先制攻撃」とよく誤解される「予防攻撃」という別の概念があります。「予防攻撃」とは、「潜在的な脅威」である敵国が、将来戦争を仕掛けてくる可能性があるため、いま攻撃しておかないと軍事的優位を損なう、として行う軍事的行動です。紛争予防のための「非強制的な活動」である「予防外交」は国連も推奨してきた概念ですが、「そこにいるだけで脅威」と一方の当事者が判断して先に軍事的・強制的活動をする「予防攻撃」は国際法違反なのです。
「先制攻撃」について、国際社会に大きな波紋を呼んだのは、アメリカが9.11後に発表した「予防攻撃
」を包含する「先制攻撃」を認めたような「ブッシュ・ドクトリン」でした。「各国国民は、敵からの攻撃を受けるという差し迫った危機に瀕している場合、合法的な自衛措置を取る前であっても、敵からの攻撃に甘んじる必要はない。(2002年ブッシュ大統領)」
つまり「テロリストや大量破壊兵器に対しては、先制自衛措置を取る前に予防攻撃してもよい」とアメリカの大統領が宣言し「新軍事ドクトリン」を打ち立てた、と世界中が受け取ったのです。
国連で認められなかったブッシュ・ドクトリン
ブッシュ・ドクトリンは、「非強制的予防措置の重要性」「アメリカの国益」「先制攻撃の実行可能性」「国際秩序への挑戦」という四つの観点から、国内外から多くの批判を受け、筆者はその様子を在米防衛駐在官として目の当たりにしました。
その後国連事務総長が、国連安保理常任理事国と日本など16か国の代表で構成する「国連ハイレベル委員会」を設置しました。ブッシュ・ドクトリンについて議論するためです。2004年12月1日に報告された委員会の結論は、以下のとおりでした。
②予防的軍事行動は、その行動を権限づけ得る安全保障理事会に委ねるべきである。
つまり予防攻撃については、アメリカ一国で決めてはならないとして、「ブッシュ・ドクトリン」は国連に
おいて否決されたといってよいのです。
泉代表がいう「国際法違反の先制攻撃」とは、「ブッシュ・ドクトリン」のことであり、今回日本が採用し
「武力行使の三要件」の範疇で実施する「反撃能力」とは全く別ものなのです。
(元海自呉地方総監)
理事長 金澤博範 防衛協会会報第161号(5.1.1)掲載
2022年2月に開始されたロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法と国連憲章の明確かつ深刻な違反です。このような力による一方的な現状変更は、欧州のみならずアジアを含むグローバルな国際秩序全体の根幹を揺るがすものです。
国際の平和及び安全の維持に主要な責任を負うこととされている安保理常任理事国が、国際法や国際秩序と相容れない軍事行動を公然と行い、罪のない人々の命を奪っているという事態は前代未聞の暴挙です。このようなロシアの侵略を容認すれば、アジアを含む他の地域においても一方的な現状変更が認められるとの誤った認識を与えかねず、我が国を含む国際社会として決して許すべきではありません。
国際社会は、このようなロシアによる侵略に対して結束して対応してきており、各種の制裁措置などに取り組むとともに、ロシア軍の侵略を防ぎ排除するためのウクライナの努力を支援するため、防衛装備品等の供与を続けています。
この侵略を通じ、ロシアの今後の中長期的な国力の低下や中国との軍事協力に変化が生じる可能性があるとともに、さらには、米中の戦略的な競争の展開やアジアへの影響を含めグローバルな国際情勢にも影響が生じる可能性があります。我が国としても重大な関心と懸念をもって注視していくことが必要です。
またロシアは、我が国固有の領土である北方領土において、旧ソ連時代から一貫して地上軍部隊を配備しています。その規模は現在でも1個師団規模に及んでおり、2016年には択捉島及び国後島に地対艦ミサイルを配備し2020年には地対空ミサイルシステムを配備するなどその更新近代化に努めています。また従来から所在していた択捉島の天寧軍用飛行場に加え、2014年に開港した新民間空港を軍民共用としてここに新鋭戦闘機を配備しています。これら北方領土におけるロシア軍は近年盛んに演習を実施しています。我が国としては、北方領土を含む極東地域におけるロシア軍の動向について懸念をもって注視していく必要があります。
中国は、過去30年以上にわたり透明性を欠いたまま継続的に高い水準で国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に軍事力の質・量を広範かつ急速に強化しています。
このような作戦遂行能力の強化に加え、中国は既存の国際秩序と相いれない独自の主張に基づき、東シナ海をはじめとする海空域において力を背景にした一方的な現状変更を試みるとともに軍事活動を拡大・活発化させています。特に海洋における対立する問題をめぐっては、高圧的な対応を継続させており、その中には不測の事態を招きかねない危険な行為も見られます。中国はこのような行為を通じて力を背景にして現状変更の既成事実化を実現しようとしています。
中国は武力による台湾統一のオプションは放棄しないと公言し、2022年8月に民主党の米下院議長が台湾を訪れたことに反発するかのように台湾を包囲する周辺の6か所で大掛かりな軍事演習を実施して台湾を威嚇しました。
中国指導部は、わが国固有の領土である尖閣諸島に対する「闘争」の実施、「東シナ海防空識別区」の設定及び海・空軍による「常態的な巡行」などを軍の成果として誇示し、今後とも軍の作戦遂行能力の向上に努める旨強調しています。また近年、中国軍が東シナ海や太平洋、日本海といった我が国周辺などでの活動を急速に拡大・活発化させてきたことを踏まえれば、中国はこれまでの活動の常態化を意図しているのみならず質・量両面の更なる活動の拡大・活発化を推進する可能性が高いと思われます。こうした中国軍の動向は中国の国防政策の不透明さと相まって我が国を含む地域と国際社会の重大な懸念事項となっています。
軍事面でのロシアと中国の関係を見ると近年両国は緊密の度を加えています。2015年にロシア製の新鋭地対空ミサイルや新鋭戦闘機の輸出契約を締結したほか、運用面でも関係を深めています。最近では2019年以降4年続けて両国の爆撃機が日本海、東シナ海及び太平洋で共同飛行を実施し、2021年には両国の海軍艦艇が大隅海峡を共同して通峡するなど我が国に対する示威行動と受け取れる活動をしました。
北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施したほか、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進とその運用能力の向上を図ってきています。核兵器についてはすでに小型化、弾頭化に成功し、核ミサイルを我が国に投射する能力を保有しているとみられます。
また北朝鮮は非対称的な軍事能力としてサイバー領域についての大規模な部隊を保持するとともに、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられるほか、大規模な特殊部隊を保持しています。
加えて北朝鮮はわが国を含む関係国に対し挑発的な言動を繰り返してきており、こうした北朝鮮の動向は、我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものです。
2021年1月にトランプ政権を引き継いだバイデン政権は、3月に発表した「国家安全保障戦略暫定指針」において、インド太平洋地域と欧州地域における米軍のプレゼンスを最重要視する方針を明らかにしています。中国については、安定し開かれた国際システムに対して持続的に挑戦する能力を秘めた唯一の競争相手と位置づけ、長期的に対抗していく考えを示しています。そして中国への対応に当たっては、強い立場を基盤とした取組みを重視し、国内の経済基盤の強化、国際機関における主導的な地位の回復、民主主義的価値観の国内外での擁護、軍事力の近代化、同盟関係などの再活性化により、米国の優位性を再構築し中国との戦略的な競争に勝利するとしています。また、5月に発表した2022年度予算要求では、中国の脅威への対応を最優先として次にロシア、北朝鮮、イランなどの脅威に対応する考えが示されています。
また、台湾との関係については、米国は「一つの中国」政策を変更しないとし、その上で台湾を主要な民主主義パートナーで重要な経済上、安全保障上のパートナーと位置付け、台湾への関与を推進していく姿勢を示しており、台湾への防衛装備品の売却を継続しています。
インド太平洋地域における民主主義国の連携を強化する一環として、2021年9月ワシントンにおいて、バイデン米大統領、我が国の菅首相、モリソン豪首相及びモテイ印首相によって日米豪印4か国会議(クアッド)が開かれました。この会議は対中戦略を念頭に設置されたもので今後毎年定例的に開催されることとされており、2022年は5月に東京で開催され日本からは岸田総理大臣が出席しました。ここで、4首脳は、ウクライナ情勢がインド太平洋地域に及ぼす影響を含む地域情勢、国際情勢に関して意見交換を行い、力による一方的な現状変更をいかなる地域においても、とりわけインド太平洋で許してはならないことを確認しました。そのうえで、日米豪印は今後とも幅広い分野で実践的協力を更に進め、この地域をより強靭なものとすることの重要性で一致しました。
我が国においては、ロシアによるウクライナ侵略、中国による覇権主義的、膨張主義的な行動さらには北朝鮮による度重なる挑発を前にして、岸田政権は、「国家安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」及び「中期防衛力整備計画」のいわゆる防衛3文書を2022年末に改定し、防衛力を抜本的に強化し、防衛予算も大幅に増額することとしました。
全国防衛協会連合会はこのような政府の方針を支持し応援してまいります。
令和4年
常任理事 山田真史 防衛協会会報第160号(4.10.1)掲載
態が起きたのかもしれない。警察官の武器使用要件は警察官職務執行法第7条に規定されており、その使用は「必要と認める相当な理由」がある場合に「必要最小限」の範囲で使用することが認められている。同法では、「武器により人に危害を加える事が可能な場合」をさらに限定的に規定している。①刑法上の「正当防衛」や「緊急避難」に該当するケース、②「死刑または無期もしくは3年以上の懲役もしくは禁錮」にあたる凶悪な罪を現に犯したか既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者が抵抗や逃亡しようとした場合等でほかに手段が無い場合、③逮捕状により逮捕する際に抵抗や逃亡しようとした場合等でほかに手段が無い場合、となっており、警察官が発砲可能なケースを法律上で厳しく限定している。
世の中には様々なルールが存在する。大別するとポジティブリスト方式とネガティブリスト方式の2つのタイプがある。ポジティブリスト方式は「やっていい事」だけを規定するので法の解釈における自由度は低くなる。一方、ネガティブリスト方式は「やってはならない事」だけを規定するので解釈の自由度は高くなる。例えば医薬品、農薬や食品添加物など人の健康に害を及ぼす可能性のあるモノや未知のモノについて「疑わしきは不可」とするにはポジティブリスト方式は大変有効である。日本の警察官に係る規定はポジティブリスト方式となっている。生起している事態への対応を規則に照らし合わせることが現場の判断であり、現場での行動が委縮する可能性さえある。ただ、今回の事件に関しては、警察の主な任務は国内の治安を守ることであり市民の権利を擁護するという観点から、その武器使用を謙抑的に規律するのはやむを得ない側面があるのかもしれない。
さて、諸外国軍隊の行動に係る規定は通常ネガティブリスト方式となっている。「有事にあって予測し難い全ての事態に法令を整備することは不可能」との認識が根底に存在するからである。しかしながら、自衛隊に係る規定はポジティブリスト方式となっている。自衛隊は第2次大戦敗戦後、軍隊として始まったのではなく警察予備隊から始まった歴史があり、また、当時は自衛隊の活動を限られた範囲に留めておきたい感情もあったのかもしれない。
現在、日本は情報公開が進んで(進み過ぎて)おり、自衛隊法をはじめほぼすべての法令、規則などはネット上で検索が可能となっている。加えて防衛省に対する情報開示請求も盛んである。悪意のある者は「自衛隊の限界・隙間」を狙って、様々なハラスメントを行おうとするだろう。自衛隊が対峙するのは、平時と有事とを問わず本質的に敵意をもつ国家など、我が国に対する直接的な脅威そのものである。それにも関わらず、国際法上の制約を越えて警察と同じような思想で武器の使用をはじめ、その活動を規制することは、臨機な対応を迫られる現場において軍事的合理性に基づく活動が阻害される虞がある。法治国家としてシビリアンコントロールが効いている我が国にあってはネガティブリスト方式で自衛隊の行動を律することは十分可能であろう。当然、自衛官(特に指揮官)は国際法に精通するとともに、不測の事が無きよう日頃から周到に訓練しておかなければならない。前述の襲撃事件において関係規則に抵触した警察官は恐らくいないだろう。しかし、彼らの任務であった要人の命を守る事はできなかった。法や規定はその時の情勢に応じて見直されるべきである。
情勢が大きく変動する昨今、我が国の防衛上、有事やグレーゾーンにおいて、あらゆる事態に臨機応変に対応し国民の命を守ることができるよう、自衛隊の活動に係る緊要な規定については早急にネガティブリスト方式へ移行されることが望まれる。
(元航空支援集団司令官)
常任理事 山下万喜 防衛協会会報第158号(4.7.1)掲載
国家が危機に直面した時に国民の心構えが如何に重要であるかは、ロシアの侵略を受けたウクライナの状況を見ても明らかである。家族を国外に避難させた後に自らは戦場へと引き返す人、国の行く末を案じ戦場で武器を持たず戦車に立ちはだかる人、世界各国で自国への支援を訴える人、様々な形で自らの国を守ろうとする強い気持ちが伝わってくる。もちろん、報道だけでは何が真実であるかを見極めることは難しい
が、少なくとも国家を思う国民の強い気持ちがなければ、国の存続を危うくする可能性があることに疑念の余地はない。翻って、わが国の現状はどうであろうか?今日、中国による台湾への武力行使の可能性や、北朝鮮の核やミサイル開発など、不安定な安全保障環境による戦禍が現実的なものになる可能性も示唆されている。国の独立を守ると言う安全保障の根幹をなすものは国民の意識であり、国民一人ひとりの意識を確立させるためになくてはならないものが教育である。
人は生まれながらに完成されたものではなく、この世に生を受けている間は常に何かを学び成長を続けるものである。この成長の過程において重要なことが教育であり、国の定めによる学校教育や、産まれ育った環境により影響を受ける家庭教育、あるいは人の生活環境に根付いた社会教育などその形は様々である。今日の社会風潮として、人間の多様性を広く認め自由を標榜する動きが顕著である。そのためか、日本の教育現場においては多様性の追求と言う名の下に必要な教育が放棄される傾向にありはしないだろうか。一般的に定型化され型にはめ込む教育は非難されて然るべきこともある。だからと言って、本来ならばしっかりと教えなければならないことまでも、自由と言う名を借りて教育しなくてよいことにはならない。
これら多様性や自由という点に注目した場合、日本においては伝統や文化に根付く作法や複数世代が同居する家族を中心とした家庭内での躾の崩壊が、自ら果たすべき義務を学ぶ機会の減少を招き教育を受ける環境を悪化させている。さらに、宗教や信仰による心の教育の機会も少なく、感謝の気持ちを表す「お陰様で」を忘れ、誰かの何かを非難して自らの義務を回避する「自分だけ」と言う驕りや妬みが社会に蔓延する傾向にある。社会の一員としての人、人が人として生きていく上で必要な権利と義務、その権利と義務を規範とする社会、その社会を形成する国家など、いずれも個人の自由を確保するために、逆に個人の自由を制限しバランスの中で均衡を保っている。人が自由を求める時、そこには自由の裏返しとして必ず制約がある。この基本的なことを教えず、自由を主張することにより自由が得られると勘違いするような教育を続けているのが、現在の日本の教育の現状ではないかと懸念される。
教育はこれを享受する者への押し付けでその目的を達成することはできない。自分を取り巻くモノに対する畏れや感謝の気持ちは、それを醸成する環境を整えることで気付きの機会を与え、その中で自覚を促すのが最良の方法である。もちろん、ある程度の規範を事前に用意し、自覚を促す手助けをすることを否定しないが、規範だけの押し付けであってはならず、規範の内容を理解させる環境が整っていなくてはならない。つまり、教育はその環境と内容の両者が成立する場合に最大の効果を表すものであり、型にはめ込む教育は実を結び難いものである。そのためか戦後の日本の教育現場においては軍事に関する問題を避け、未だに国民が安全保障に関する教育を忌避する傾向にある。わが国が自国の安全保障に責任を持ち、地域と国際社会の平和と安定に貢献するためには、まずはこのような特殊な教育の環境を変えていく必要がある。視点を変えるならば、国民が安全保障に関心を待ち正しい知識を習得できる環境を構築することが安全保障に関する教育の第一歩であると言えよう。
自衛隊は優秀な人材確保のための募集活動や、健全な組織を育成するための援護活動のため、様々な工夫の中で心を尽くし広報活動を継続している。現在もこの努力を継続しながら、その一方で、国民の安全保障意識の高揚を促している。また、最近の防衛白書を読み解くと、これまでの事実の列挙や考え方の羅列的な記述から、安全保障の重要性を国民に理解してもらうよう工夫していることが窺われる。このような努力は、まさに安全保障に関わる教育の基礎を築くものであり、かかる努力の結果が安全保障に関する国民の関心を高め、教育環境を整えて行くことが期待される。安全保障に関する形式的な押し付けの教育では、嫌悪感のみが残る無残な結末を見ることになる。不安定な国際情勢の中にあっても安定した国民生活が確保されている国家の存在、その根底にある安全保障の現状を国民が理解するためには更なる具体的な方策が必要である。
その一環として、例えば日々生起している安全保障に関する事例を極力具体的に発信すべきであろう。今でも特殊な事案が発生し 特定の統計結果を定期的に発信してはいるが明らかに発信力不足である。米軍と同じとは言わないまでも、日々生起している事案や訓練、演習、あるいは研究開発案件など幅広く日々発信すべきである。さらに、現役の自衛官が教育の現場を訪れる機会を増加させるべきである。退職した自衛官が様々な場に呼ばれ過去の栄光を語る機会はあっても、現役の自衛官が自らの経験に基づき安全保障に関する事項を語る機会は少ない。やはり、退職者と現役との間ではその効果に大きな差がある。現役自衛官には現場に携わる者としての緊張感や責任感があり話を聞く者の心を動かす力強さがある。また、大学のセミナーや講義、あるいは公益の財団等の講話の機会に安全保障の時間が設けられるような枠組みを積極的に設定することも、発信力の強化としては有効かつ効果のある手段だと考える。また、災害対処訓練や危機管理教育の際に安全保障に関わるシンポジュウム等を開催することにより、自然災害のみならず国家間の争いが平素の生活を脅かすことへの危機感を国民に直接伝えることもできると考える。
現時点で日本が安全保障上最も懸念すべきことは、ロシアのウクライナへの侵略が現実に起きたように、中国による台湾への武力行使も決して否定はできないということであろう。中国と台湾の関係を単純にロシアとウクライナに置きかえることはできないが、長期政権が続く独裁者が支配する国家が無謀な行動に出る危険があることを今回の事例は如実に示した。前太平洋艦隊司令官の発言によりこれまでも度々台湾有事が話題になってはいるが、今後は益々その可能性は高まるであろう。もちろん、このことが現実のものとなることを願うものではないが、中国と台湾、その先にある尖閣諸島に絡む中国との武力衝突に備えなければならない現実から目を背けてはならない。
全国防衛協会連合会では例年防衛問題に関する要望書を作成している。今年度は「国防意識の高揚を図るため各種施策の充実」をその一つに加えることを総会で議決した。学校教育の場はもちろんのことあらゆる機会を通じ国防意識の高揚を図るための各種施策を充実する必要がある。今日の国際情勢を踏まえるならばその中でも特に教育に関する課題は最も優先されるべきである。自国の安全保障に対する国民の自覚を促すため、安全保障に関する教育環境の整備を含む具体的な施策の充実が急務である。
(元海自自衛艦隊司令官)
常任理事 岸川公彦 防衛協会会報第158号(4.4.1)掲載
理事長 金澤博範 防衛協会会報第157号(4.1.1)掲載
中国は、過去30年以上にわたり透明性を欠いたまま継続的に高い水準で国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に軍事力の質・量を広範かつ急速に強化しています。
このような作戦遂行能力の強化に加え、中国は既存の国際秩序と相いれない独自の主張に基づき、東シナ海をはじめとする海空域において力を背景にした一方的な現状変更を試みるとともに軍事活動を拡大・活発化させています。特に海洋における対立する問題をめぐっては、高圧的な対応を継続させており、その中には不測の事態を招きかねない危険な行為も見られます。中国はこのような行為を通じて力を背景にして現状変更の既成事実化を実現しようとしています。
中国指導部は、わが国固有の領土である尖閣諸島に対する「闘争」の実施、「東シナ海防空識別区」の設定及び海・空軍による「常態的な巡行」などを軍の成果として誇示し、今後とも軍の作戦遂行能力の向上に努める旨強調しています。また近年、中国軍が東シナ海や太平洋、日本海といった我が国周辺などでの活動を急速に拡大・活発化させてきたことを踏まえれば、中国はこれまでの活動の常態化を意図しているのみならず質・量両面の更なる活動の拡大・活発化を推進する可能性が高いと思われます。こうした中国軍の動向は中国の国防政策の不透明さと相まって我が国を含む地域と国際社会の重大な懸念事項となっています。
北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施したほか、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進とその運用能力の向上を図ってきています。核兵器についてはすでに小型化、弾頭化に成功し、核ミサイルを我が国に投射する能力を保有しているとみられます。
また北朝鮮は非対称的な軍事能力としてサイバー領域についての大規模な部隊を保持するとともに、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられるほか、大規模な特殊部隊を保持しています。
加えて北朝鮮はわが国を含む関係国に対し挑発的な言動を繰り返してきており、こうした北朝鮮の動向は、我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものです。
ロシアは、国際的地位の確保と核戦力における米国とのバランスをとるため、並びに通常戦力における劣勢を補うため核戦力を重視しており、その一部は我が国周辺の極東地域に配備されています。
我が国固有の領土である北方領土において、ロシアは旧ソ連時代から地上軍部隊を配備しています。その規模はピーク時に比べ縮小しているとはいえ、現在でも1個師団規模の戦力を配備しており、2016年には択捉島及び国後島に地対艦ミサイルを配備し2020年には地対空ミサイルシステムを配備するなどその更新近代化に努めています。また従来から所在していた択捉島の天寧軍用飛行場に加え、2014年に開港した新民間空港を軍民共用としてここに新鋭戦闘機を配備しています。
軍事面でのロシアと中国の関係を見ると近年両国は緊密の度を加えています。
2015年にロシア製の新鋭地対空ミサイルや新鋭戦闘機の輸出契約を締結したほか、運用面でも関係を深めています。最近では2019年以降3年続けて両国の爆撃機が日本海、東シナ海及び太平洋で共同飛行を実施し、2021年には両国の海軍艦艇が大隅海峡を共同して通峡するなど我が国に対する示威行動とも受け取れる活動をしました。
米国のトランプ前政権は安全保障及び国防の基本方針を明らかにした文書において、中国及びロシアを修正主義勢力と位置づけ、両国との戦略的競争を重視する姿勢を明らかにしてきました。トランプ政権は特に中国を抑止するためとし
て、インド太平洋地域の安全保障を最重視し、この地域に前方展開の軍事プレゼンスを維持し、米艦艇による南シナ海における「航行の自由作戦」や台湾海峡の通峡を繰り返し実施したほか、軍事転用の恐れがある技術分野の競争力確保や技術窃取の防止のための措置を強化するなど、対中抑止の姿勢を強化してきました。
2021年1月にトランプ政権を引き継いだバイデン政権は、3月に発表した「国家安全保障戦略暫定指針」において、インド太平洋地域と欧州地域における米軍のプレゼンスを最重要視する方針を明らかにしています。中国については、安定し開かれた国際システムに対して持続的に挑戦する能力を秘めた唯一の競争相手と位置づけ、長期的に対抗していく考えを示しています。そして中国への対応に当たっては、強い立場を基盤とした取組みを重視し、国内の経済基盤の強化、国際機関における主導的な地位の回復、民主主義的価値観の国内外での擁護、軍事力の近代化、同盟関係などの再活性化により、米国の優位性を再構築し中国との戦略的な競争に勝利するとしています。
その一環として、2021年9月ワシントンにおいて、バイデン米大統領、我が国の菅首相、モリソン豪首相及びモディ印首相によって日米豪印4か国会議(クアッド)が開かれました。この会議は対中戦略を念頭に設置されたもので今後毎年定例的に開催されることになっています。中国の膨張主義的行動に効果的に対応するためには関係国が歩調を揃えることが重要です。その意味でクアッドの果たす役割は今後大きくなると予想されます。本年のクアッドは日本で開催されます。令和3年
常任理事 武内誠一 防衛協会会報第156号(3.10.1)掲載
オリンピックと自衛隊
今回の東京五輪では、「東京2020オリンピック・パラリンピック支援団」が編成され、約8500名の隊員が、①国旗等掲揚への協力②射撃競技会場における医療サービスへの協力③自転車競技における救急搬送への協力④セーリング競技における海上救護への協力⑤会場内外の整理への協力(自転車ロードレースの沿道警備、競技会場等の関係者エリアにおける手荷物検査、車両検査等)⑥アーチェリー競技、射撃競技及び近代五種競技における運営協力を行い、コロナ禍そして酷暑という厳しい環境の中、見事に任務を完遂いたしました。
更に、防衛省・自衛隊として大会の安全・円滑な準備及び運営並びに継続性が確保されるよう、①競技会場周辺を含む我が国上空及び周辺海域の警戒監視②大規模自然災害等が発生した場合の被災者救援支援 ③サイバーセキュリティ対策に従事するとしています。これらの任務は、通常の警戒監視等の態勢に加え、大会を標的とする特殊テロ等を念頭に、CBRN(化学、生物、放射線、核)攻撃への対処も視野に入れた態勢となっていると思われ、支援団を超える相当数の陸・海・空自衛隊員が従事しているはずです。
過去の事案をみても、ミュンヘン五輪開催中、パレスチナ武装組織「黒い九月」のメンバー8人が五輪村に侵入し、イスラエル選手団の2人を殺害、9人を人質に取る事件が発生し、救出作戦の決行中、人質9人全員とドイツ人警察官1人が死亡する惨事となりました。また、アトランタ五輪開催中、アトランタ市内にある五輪100周年記念公園の屋外コンサート会場で爆発があり、2人が死亡、100人以上が負傷しました。
これらの事案を背景に、ロンドン五輪では特殊部隊、爆弾処理班も含む1万3500人の軍人が動員され、オリンピックスタジアムには対空ミサイルが配備されたように、過去の多くの五輪に軍事組織が活用されてきました。
前回の東京大会より競技支援が大幅に減少したにも関わらず、支援人員が増加している大きな要因は、約8500名のうち約7600名が会場内外の整理(セキュリティチェック等)に従事しているためと思われます。「抑止」の観点からは、制服(迷彩服)を着た自衛隊員が支援することも理解できますが、小銃等を携行しない状態での警備はその効果も限定的ではないでしょうか。支援に当たっては、「自衛隊でなければ
できないことか」を十分検討する必要があります。昨今、自然災害の多発化・激甚化に伴い災害派遣も大規模・長期化の傾向にあり、令和元年では、台風19号などの災害派遣に従事した陸自は、計画の約1割に当たる約300件の訓練を中止、縮小又は延期することとなりました。これを受け当時の河野防衛大臣は、「発災当初は、自衛隊が自律的に活動するということが非常に大事な部分がございますので、こういった災害に関しましては、当初、最大の態勢で対応できるような状況は維持していきたいと思っておりますが、その後の生活支援等につきましては、自治体や関係省庁と協力しながら役割分担を明確にして活動を実施していきたいと考えております」と記者会見で述べているように、派遣は自衛隊でなければできない活動とし、災害派遣以外の各種協力・支援も含め災害派遣の3要件である「公共性」「緊急性」「非代替性」に合致したものとすべきです。自衛隊が本来任務を全うできるように。
(元陸自富士学校長)
常任理事 伊藤盛夫 防衛協会会報第155号(3.7.1)掲載
常任理事 小川清史 防衛協会会報第154号(3.4.1)掲載
本防衛時評では「危機」の収拾を危機管理と称する。危機管理を実行するリーダーの役割と戦争遂行におけるそれとは、共に非常事態対応であるものの、異なる点がある。
戦争遂行以前の危機管理に加えて、今般の大規模感染症対策も危機管理として位置付け考えてみたい。危機管理は、異常な状況を管理し最小限の被害に抑え、最短期間での平常時への回復を目指すものである。大規模感染症対策も、平常時に早く回復できるよう、リーダーは異常事態を収拾して危機を脱しなければならない。一方、戦争では、リーダーは平時の仕組みを犠牲にしてでも、国家の非常事態に最大限取り組まなければならない。
危機管理の成功例と失敗例をみてみたい。『キューバ危機における危機管理』と、『第4次中東戦争におけるイスラエルの抑止戦略の破綻』である。
◇キューバ危機
ケネディ米大統領は危機管理のため、①何も行わない、②ソヴィエトに対する外交的圧力、③キューバをソ
ヴィエトから離反させる働きかけ、④海上封鎖、⑤ミサイル等への限定爆撃、⑥キューバ侵攻、の選択肢の中から、④を採択して隔離政策と呼称した。偶発的な世界大戦への危険と、米国の立場とを重視しての隔離政策によって「危機」を脱した。
◇第4次中東戦争
イスラエルは、エジプト侵攻抑止のため、国境に拠点陣地を配備するとともに、国民の大動員による戦力増強の2段構えで侵攻を抑止しようとした。エジプトは何度か侵攻の兆候をみせ、その都度イスラエルは国民を大動員した。抑止が成功したかに見えたこの大動員によって経済活動が止まり、国民は大規模な経済的損失を被った。エジプトが、最終的に侵攻した時には、イスラエルの大動員は機能せず、結果的に抑止は破綻した。
2つの事例には様々な要因が複雑に絡み合っているものの、最も顕著な違いは、キューバ危機では米ソの首脳の駆け引きに政策努力が集約されていた一方、イスラエルの抑止戦略は国民動員に大きく依存した政策であったことが挙げられよう。
国際「危機」に対する危機管理を成功に導くためには、合理的な計算を前提としなければならない。キューバ危機ではフルシチョフソ連最高指導者が合理的な判断をした。一方、イスラエルの抑止戦略は、完全に予測することが困難なエジプトの侵略企図に対抗して、大動員によって国民に対する負担や犠牲を強いるという計算し切れない問題が存在した。
危機管理においては、事態が緊迫している状況で、一般的に信頼のおける情報が欠乏する。リーダーが、正確な判断をしようとしても、様々な変化要因を正しく推測することは極めて困難である。誤算の可能性は、完全には排除できない。また、事態が急展開して、コントロール不可能に近い状況へと陥ることを完全に防止することも困難と言わざるを得ない。リーダーは、①正確な情報が少ない、②時間的余裕がない、③平時と異なり政策決定が極めて困難、④事態が悪化し手に負えなくなる危険との隣り合わせの緊張感、などのストレスを抱えつつ、状況判断・決断をしなければならないのである。
国家の目的は、生存と繁栄である。コロナ感染拡大の「危機」に対して、生存目的達成と、国民を豊かにする繁栄目的の達成とを両立させるには、リーダーに対して正確な情報、特に感染拡大の因果関係、医療体制や経済活動の状態についての『情報』の確度や信頼性が高いほど、危機管理の各種政策はより的確なものとなる。また、経済活動へのてこ入れの政策の効果と感染拡大への影響度についても、適切な情報と分析が必要である。様々な憶測や誤情報・偽情報は、「危機」収拾を遅らせるだけである。
「危機」から次の段階、戦争もしくは国家経営の破綻へと進ませないためには、リーダーによる妥当な政策決断と実行が必要であり、その決断の重大さに比例する確度・信頼性の高い『情報』と『分析・評価』が不可欠なのである。
(元陸自西部方面総監)
理事長 金澤博範 防衛協会会報第153号(3.1.1)掲載
令和2年
常任理事 山田真史 防衛協会会報第152号(2.10.1)掲載
常任理事 伊藤俊幸 防衛協会会報第151号(2.7.1)掲載
常任理事 吉田浩介 防衛協会会報第150号(2.4.1)掲載
理事長 金澤博範 防衛協会会報第149号(2.1.1)掲載
平成31年/令和元年
常任理事 得田憲司
常任理事 武内誠一
常任理事 小川 清史
新春『防衛時評』
副会長兼理事長 金澤 博範
平成30年
●143号 30.07.10 文民統制って何? 松下 泰士(連合会常任理事)
●142号 30.04.01 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して? 石野 次男(連合会常任理事)
●141号 30.01.01 新春防衛時評「年頭にあたって」 金澤 博範(連合会副会長兼理事長)
千葉 徳次郎 (全国防衛協会連合会常任理事)
自衛官採用適齢者の減少は、平成の始まりには関係者が周知していたことであり、想定通りの事態が生起しています。当面の処置としては、自衛官業務の省人化や非自衛官による業務代替の推進が効果的でしょう。しかし、根本的解決のためには、限られた労働人口を取り合いするのではなく、退職自衛官を他の公務職で重複運用が可能なように国家として制度化することが有効でしょう。自衛官勤務で得た公務員としての基本的能力を保有する若い人材を、防衛省事務官等の他の公務員として採用する制度です。現在、定年退職自衛官を自治体の防災・危機管理部門に採用した場合、人件費の一部を国が補助する「地域防災マネージャー制度」があります。この考え方を任期制隊員にも拡大し、警察官、消防士、一般事務職等の地方公務員として採用した場合に条件を整備して特別交付税の対象としては如何でしょうか。
高学歴化の傾向は、国民全体の知的水準の向上から望ましいことであり、自衛隊にとっても、海外派遣を含む複雑多様化した任務遂行にあたり、新規採用自衛官の基礎学力が高いことは歓迎すべきことと思います。今後のサイバー戦を含む多次元横断的な近代戦は、自衛官一人ひとりが自ら判断し、決心して行動し、責任を取る等、益々高度な職務遂行能力を必要とするでしょう。高学歴化を募集難の要因とすることは、新卒高校生を焦点に募集していること自体が時代にそぐわないと捉えるべきであり、筆者が京都地連募集班長に従事した昭和61年頃の高卒者占有率という業務評価の残滓でないことを祈ります。因みに、東京地本長で募集を監督した平成17年には、高校のみならず専門学校、大学を含む新卒者を焦点にせよと指導をしました。
最も大きな問題は、自衛官候補生等の志願状況が、景気指標の一つである有効求人倍率に大きく影響されていることでしょう。これが、まさに自衛官候補生等募集の実態であり、端的に言えば自衛官候補生等の募集が給与の多寡に左右されているという事実でしょう。少なからぬ募集対象者の立場にすれば、他の職業との比較要因の大きなものは自衛官の職務の意義ではなく、金銭的処遇であるともいえるでしょう。
自衛官の奉職は完全志願制であり、本来国民が等しく負うべき国の安全と国民の安心を、奇特な志願者の善意に委ねています。自衛官は究極において自らの生命を懸ける覚悟で職務に従事しており、服務の宣誓に示された「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる」がその特殊性を示しています。この宣誓は、「危ない、前へ」であり、警察官や消防士とも異なる唯一のものです。命は地球よりも重く、それ以上に重い使命感をもって国防に服務している自衛官に対し、国民は相応に報いているのでしょうか。
自衛官は特別職国家公務員であるにも拘らず、その処遇は何ら特別なものではなく、逆に長年にわたり一般職並みに追いつくことを訴え続け、やっと一般職を準用する状況です。本来であれば募集対象者が容易に理解できるように、職務の特殊性を反映した特段の金銭的処遇のみならず、他の公務員等とは違う恩給制度や殉職隊員家族に対する手厚い保障等の特別な社会的処遇を国民が提供すべきでしょう。
独立国家とは、自らの国は国民が命を懸けて守ることが歴史の示すところです。しかし、戦後の我が国は憲法前文で、国の安全と生存を諸国民の公正と信義に信頼して保持するとし、憲法9条と相俟って、多くの国民にとって国防は他人任せという認識ではないでしょうか。『WIN/ギャラップ・インターナショナル』の世論調査結果(2015.3.18)では、日本人の「自国のために戦う意思」は、「ある:10%」「ない:43%」「わからない:47%」でした。
政府広報室の『自衛隊・防衛問題に関する世論調査』(平成30年)では70.4%の人が、「国を守ると云う気持ちの教育の必要性」を認めています。投票権が18歳以上に拡大された現在、義務教育において国防の重要性と国民の責務、その機能の一つとして自衛隊の存在意義、自衛官の特殊性を今まで以上に理解させる必要性が増したと考えます。安定的な国防態勢の構築の第一歩は、国民一人ひとりの意識改革であり、義務教育であると思います。防衛協会会員の教育関係者や政治家への働きかけが益々重要になっている今日と思います。 (元北部方面総監陸将
松下 泰士 (全国防衛協会連合会常任理事)
最近の日報問題も国会議員に対する一自衛官の個人的発言も、かつて海上自衛隊が行っていたインド洋での補給支援活動で問題視された給油量取り違え事案でもシビリアンコントロール上の問題が提起されました。
そもそも文民統制(Civilian Control Over the Military)とは、どういうことでしょう。実はその国の政治形態や歴史などで概念が異なっていて、学術的にもその定義は難しいそうです。そこをざっくり言うと『民主主義国家における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的統制』ということでしょうか。
また、別の表現では『主権者である国民が、選挙により選出された国民の代表を通じ、軍事に対して、最終的判断・決定権を持つ、という国家安全保障政策における民主主義の基本原則』と記されているのを見たことがあります。そして軍の最高指揮官は、一般的に首相か大統領です。
自衛隊は、軍隊として憲法上明記されていないとはいえ、世界有数の装備を有する組織ですので、国民即ち国会がきちんと見ておかなくてはならないのは間違いのないことです。しかし、文民統制の一般的定義からすれば、国民即ち国会が、国の平和と独立のため自衛隊をどう使うかを問うているのであり、その権限と責任は国民即ち国会にあります。
ここまで何度か、国民即ち国会という表現をしましたが、民主主義国家において、国会議員は選挙で選ばれますので世論と無縁ではいられません。国民世論が軍を使うよう要請し、それが誤った方向だとしても政治家はこれを無視できません。軍の指導者が無理な作戦であることを助言したにも関わらず、世論に押された政治指導者が作戦を強行し大きな被害をもたらした例は多々あります。即ち、国民もまた自衛隊を使う責任を直接負っているといえます。
文民統制について語るとき、自衛官としての意識や資質を追及するだけではなく、国民、特に政治家の見識や覚悟こそが問われなければ正しい文民統制の形は形成できないと思います。 (元自衛艦隊司令官 海将)
石野 次男(全国防衛協会連合会常任理事)
中国の「兵法三十六計」の中には、瞞天過海(まんてんかかい)という格言があります。これは、天を欺きて海を渡る。ありふれた風景に隠れ、敵の油断を誘う。更には自分より強い敵を、相手の力を利用し戦いに巻き込まれていることさえ気づかせないまま倒すことを意味しています。
他国を欺いた事例は数多くありますが、周辺国の事例として2例紹介します。
まず、ロシアのクリミア併合です。クリミアでは閣僚会議が違法に解散され、自称「政府」や「議会」が「住民投票」を決定・準備・実施し、その間、ロシア軍がずっと監視をしていたと批判されていましたが、ロシアは、ずっと「軍はいない」と主張し批判をかわしていました。しかし、住民投票終了後には、プーチン大統領がロシア軍が活動していたことを自ら明らかにしています。
次に南シナ海における人工島建設についてです。2015年9月の米中首脳会談後の共同記者会見で、習近平国家主席は米国のほか近隣諸国が懸念を強めるスプラトリーの人工島建設について、「自国の領土主権と合法、正当な海洋権益がある」と述べた上で、「軍事化を図る意図はない」と主張して諸国の批判を一蹴しました。王毅外交部長も同様の主張を当時繰り返していましたが、その後、対空レーダーの設置等を続け、2016年2月にはクアテロン礁に高性能の高周波レーダーの設置が確認され、更に同時期に西沙諸島では地対空ミサイルの配備も確認されました。
正に、これらの2例は相手に悟られることなく油断させておいて、目的を達成させた例と言えます。
マイケル・ピルズベリー氏は、著書「China2049」の中で、「中国の狙いは、自らの野望を悟られることなく、アメリカを説きふせて技術、投資、政治的支援を手に入れ、アメリカ市場に中国製品を売り込むことだった。また、アメリカの情報コミュニティに自国の活性化を後押しさせるように仕向ける方法を見つけた。」と指摘しています。アメリカでさえも中国の野望を見抜くことができず様々な協力支援を続けていたとすれば、中国の戦略は驚くほど成功裏に進んで来たと言えます。
更に、鄧小平が使った「韜光養晦」(とうこうようかい)は、一般的には「能力が整うまでは、じっと待つ。」と解釈されますが、ピルズベリー氏は、「才能や野心を隠して、古い覇権を油断させて倒し復讐を果たすこと」だと指摘しています。自分達には覇権の意思が無いと思わせ、自分達の野望を見破られないように騙しながら時期を待つとも解釈できます。相手に気付かれないように侵食していく中国の「サラミスライス戦略」にも相通じるところがあります。
国家間の関係においては、策略、謀略、計略、陰謀等々の言葉が太古の時代からいかに多く使われてきたか、再認識する必要があります。 では、何故騙されるのか。それは、相手の意図を見抜けない、言わば能力不足か、無関心、無警戒、言わば茹でガエル状態のいずれかです。百田尚樹氏は、茹でガエル状態の日本を「カエルの楽園」という著書の中で表現しています。他国の野望や策略に対して無関心でいるとどうなるか、示唆に富んだ内容です。
「諸国民の公正と信義に信頼」するだけで、「われらの安全と生存を保持」できるでしょうか。日本の国益に触手を伸ばそうと企む国は、我が国に気付かれない様に騙そうとするわけですから、その相手の意図を見抜くのは容易ではありません。国家レベルの施策は国に任せるとして、我々国民ができることは、我が国周辺には、我々を騙すために様々な策略を画策している国が存在していることを再認識し、警戒心を高めることです。国民一人一人が少しでも警戒心を高めておけば、他国の策略に気付き、侵略の防止に寄与でき、強いては我が国の国益を犯そうとしている国に対する抑止力となるかも知れません。 (元統合幕僚学校長空将)
金澤 博範(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
北朝鮮は昨年9月に6回目の核実験を実施し、引き続き核開発に努めています。北朝鮮が最初に核実験を行ったのは2006年ですから、それからすでに11年が経過しています。米国や旧ソ連、中国等の核開発においては、最初に核実験を実施してから数年で核爆弾の小型化・弾頭化に成功していますから、北朝鮮がこれを達成している可能性は十分にあると見なければなりません。
北朝鮮は弾道ミサイルの開発も急ピッチで進めています。金正恩は父である金正日が最高権力者であった18年間に発射したすべての発射数を超える20発以上のミサイルを2016年の1年間だけで発射しています。最近の特徴はミサイルの長射程化と秘匿性の向上です。2017年7月と11月に発射したミサイルはロフテッド軌道で発射され日本海に落下しましたが、これを通常の角度で発射すればその射程は少なくとも5500Km以上あると見られており、ICBM級のミサイルです。また、最近北朝鮮は車両や潜水艦からのミサイル発射を繰り返しています。移動可能で捕捉されにくいアセットからの発射は事前探知が困難で奇襲的な攻撃が可能です。
国連や日米等関係国は核・ミサイル開発を阻止するべく種々の制裁を科していますが、北朝鮮が開発をやめる様子はありません。時間が経過すればするほど核ミサイルの実戦配備に近づくわけですから、たいへん憂慮すべき状況です。
中国は経済発展を背景に営々と軍事力強化に取り組んでおり、それに伴って我が国周辺 における中国艦艇・航空機の活動も活発化しています。
中国海軍はウクライナから輸入した未完成空母を改修し、これを「遼寧」と命名し2012年に就役させました。「遼寧」には国産の艦載機を搭載し長らく中国近海で訓練していると見られていましたが、2016年同艦の艦載機による実弾発射を含む空母及びその他艦艇による実戦訓練が行われました。「遼寧」はその後僚艦とともに太平洋に進出したことが自衛隊により確認されています。さらに、中国は2017年には初の国産空母を進水させ、2番目の国産空母も建造中です。中国海軍による空母の保有及びその増勢は遠隔地に対する戦力投射能力獲得の意図を示しています。
近年、中国の海軍艦艇部隊による太平洋への進出が高い頻度で継続しています。進出経路はこれまで我が国の沖縄諸島の間をぬけるものが主でしたが、最近は津軽海峡や宗谷海峡の通過など我が国の北方経由の進出も見られます。さらに単に太平洋への進出のみならず、日本海における海軍艦艇による対抗訓練の実施も発表されています。
中国海空軍の航空機の活動も活発です。これを反映して航空自衛隊による中国機に対する緊急発進回数も急激に増加しており2016年度には850回以上を記録し過去最高を更新しました。最近はその活動が挑発的になっており東シナ海の国際空域で活動中の海自機、空自機及び米軍機に対して中国戦闘機が異常接近するなどの事例が発生しています。
2017年1月米国でトランプ政権が発足しました。トランプ氏は大統領選挙期間中、日本の安保ただ乗り論を展開し、日本が米軍の駐留経費負担を大幅に増額しない場合の米軍の撤退の可能に言及して、関係者を心配させました。
トランプ大統領は就任後直ちにマティス国防長官を日本に派遣しました。マティス長官は稲田防衛大臣との会談で、米国にとってアジア太平洋地域は優先地域であり、米軍の継続したプレゼンスを通してこの地域への米国のコミットメントを強化していく旨強調して関係者を安心させました。 2017年2月訪米した安倍総理大臣とトランプ大統領との間で初の首脳会談が行われ、会談後共同声明文書が発表されました。この中で『核及び通常戦力によるあらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない。アジア太平洋地域において厳しさを増す安全保障環境の中で、米国は地域におけるプレゼンスを強化』することと、『日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用される』ことなどが確認されました。尖閣諸島に対する安保条約5条の適用はオバマ政権も言明していましたが、それは口頭によるものでした。これを文書で確認したことに意義があります。
北朝鮮による度重なる挑発を前にして、トランプ政権は北朝鮮による核・弾道ミサイルの開発を阻止するための過去の取組みは失敗したとして、オバマ政権が掲げた「戦略的忍耐」政策を終わらせ「全ての選択肢はテーブルの上にある」と度々表明しています。そしてこれを裏付けるように原子力潜水艦、B-1B戦略爆撃機やTHAADシステムを朝鮮半島に展開し、我が国にもF-35ステルス戦闘機を展開しています。最近は3個の空母機動部隊を同時に西太平洋あるいは日本海に展開して海上自衛隊及び航空自衛隊との協同訓練を実施しています。3個の空母機動部隊が同時に日本近海に展開されることは大変異例です。
こうした中、我が国もミサイル防衛能力を強化することが益々重要になっています。海上自衛隊は現在4隻あるBMD対応イージス艦を8隻に増強する事業を進めていますが、これを急ぐことが必要です。また日米で共同開発した能力向上型イージス艦搭載ミサイルSM-3ブロックⅡAの配備も急務となっています。これらが完成すれば、北海道から沖縄まで現在3隻でカバーしているミサイル防衛網を2隻で常時設定することが可能となります。ペトリオットPAC-3についても能力向上型のPAC-3MSEミサイルの導入がすでに予算化されています。これによってペトリオットの防護範囲が2倍に拡大されます。
また、政府は現在イージスシステムの陸上配備型イージスアショアの導入を検討中と伝えられます。これが実現すれば現在2層で構成しているミサイル防衛網を3層で構成することとなり、確実性が大幅に向上します。
北朝鮮の通常戦力はこの地域に配備されている米軍や韓国軍と比べれば大幅に劣勢です。それでも仮に武力をもって北朝鮮の核ミサイル開発を阻止するとなれば、その影響が韓国はもちろん我が国にも及ぶ可能性を否定できません。そのようなことにならないよう、国際社会が一致して北朝鮮に圧力をかけることによって北朝鮮に核・ミサイル開発を断念させ、この問題が平和裏に解決されることが強く望まれます。
平成29年
●139号 29.07.01 北朝鮮問題を考える 伊藤 俊幸(全国防衛協会連合会常任理事)
●138号 29.04.01 情勢変化に対応できる防衛力整備 廣瀬 清一(全国防衛協会連合会常任理事)
●137号 29.01.01 新春「防衛時評」「年頭にあたって」 金澤 博範(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
永岩俊道(全国防衛協会連合会常任理事)
零式艦上戦闘機の搭乗員だった飯田中佐は、空母「蒼龍」から出撃し真珠湾攻撃に参加。米基地を攻撃中に燃料タンクに被弾し、帰投できないとして基地の格納庫めがけ突っ込み戦死した。享年28。攻撃参加時は大尉だったが、戦死後に2階級特進し中佐となった。米海軍も軍人として最後まで向かってきた飯田中佐をたたえ、ご遺体を基地内に埋葬。46年には記念碑を建立し、今も海兵隊が維持・管理してくれている。碑面には、戦い合った敵であっても祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、英文で、(JAPANESE AIRCRAFT IMPACT SITE PILOT LIEUTENANT IIDA, I.J.N. CMDR.. THIRD AIR CONTROL GROUP DEC. 7, 1941)と書かれている。
米軍人には、(The brave respect the brave.)「勇者は、勇者を敬う」という気風がある。 軍人同士、一目置きあっているのは、互いに敵同士で戦った旧軍時代に限らない。お陰様で、現在、日米両国は堅固な同盟関係にあるが、その礎となっているのは、やはり、現役自衛官と米国軍人との固い信頼の絆である。
最近、JUMP(Japan US Military Program)https://www.jumprogram.org/ という組織が誕生したことを紹介したい。「日本は素晴らしい国だ。この国となら一緒に戦える。」と、日本で勤務した米国軍人、軍属、そして彼らの家族の方々が自発的に呼びかけあって、いわば同窓会らしき組織を作ってくれた。こういった関係は他の国同士にはない。3・11のときの在日米軍司令官であったフィールド中将もこのJUMPの一員だが、日本の素晴らしさ、日米の絆、日米同盟の大切さを全米各地で講演して廻ってくれている。
さて、日米同盟関係が堅固であり、両国軍人の信頼関係が極めて強かったとしても、我が国の領土が侵略されそうになった時、安易に日米同盟の発動に依存し「アメリカに日本を守ってもらおう」と思うことは間違っている。そもそも、日本防衛の一義的主体・責務は自衛隊にある。アメリカはその防衛作戦を支援するという立場に過ぎない。尖閣諸島が侵略されたとき、米軍が自らの攻撃能力を展開して主導的に尖閣を守るということはありえない。日本国民或いは日本自身が自らの防衛に汗を流し血を流す覚悟を持たない限り、アメリカは日本防衛作戦に介入などしない。
アメリカは、大統領が変わるたびに、例えば尖閣防衛に関わる再保証をするが、それは再保証しなければならないほど繊細で微妙な案件であるということである。もし、尖閣を日本が実効支配できなくなったとしたら、地域は一気に不安定化するおそれがある。
イギリスの政治家ヘンリー・ジョン・テンプルは「英国には…永遠に続く同盟もなければ、永遠に続く敵もいない。あるのは英国の国益のみである」と述べている。永遠に続く日米同盟関係もない。今の日米同盟は非常に堅固であるが、同盟そのものの属性というものを深刻に認識し、日々、最高のコンディションにメインテナンスしていかなければならないのである。
さて、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に成功したことで、核抑止力を米国に依存する日本は新たな課題を突きつけられる。米本土を射程に収めるICBMが実戦配備されれば、米政府が自国への核攻撃で国民の命を犠牲にしてまで同盟国を守るのか疑心暗鬼に陥る、所謂「デカップリング(離間)」問題が浮上するからだ。また、「スタビリティ・インスタビリティ・パラドックス」惹起の懸念も浮上する。前者は核の脆弱性(nuclear vulnerability)をめぐり、かつてヨーロッパでみられた米国の拡大抑止の信憑性への懸念であり、後者は、戦略核レベルで相互脆弱性に基づく安定性が生じた半面、通常兵器レベルで挑発的行為が起こりやすくなるという懸念である。
半島有事を念頭に、日本も当然、武力攻撃事態、重要影響事態、在外邦人等保護、米軍部隊の武器等防護の作戦体制を万全に整えなければならない。その際、日本は既に北朝鮮のスカッドER及びノドンミサイル等の射程内にあり、米韓軍による攻撃により初度制圧できなかったミサイルが日本に飛来する恐れがあることを深刻にとらえ、不意の攻撃や飽和攻撃等に備え、ミサイル防衛体制を更に向上させる必要がある。
冷戦時代において核兵器は、対ソ連の抑止と同盟国への安心供与をもたらしたが、今日の世界はより複雑である。今日の世界は様々なアクター、地域、歴史、政治的環境から成っているので画一的解答はない。
日米同盟も「包括的(comprehensive)」核・ミサイル戦略を考えなければならず、核抑止の再保証をより実際的・具体的に整える必要がある。そのため、今までは忌避感の強かった「核」に関しても、よりリアルで冷静な議論に踏み込みつつ、日米同盟の更なる関係強化、来援基盤の整備、通常兵器による均衡等によるリカップリング、サイバー空間も含めたクロス・ドメイン戦略等の体制整備が必要となる。更に、我が国自身の策源地攻撃能力整備についてもより実際的な議論の促進が必要となろう。 日韓関係の改善・結束強化が重要であることは言うまでもない。
イタリア、ルネサンス期の政治思想家のニッコロ・マキャベリはいみじくも以下のように激白している。 「自分で自分を守ろうとしない者を誰が助ける気になるか!」
自衛隊員は、とうの昔に国を守る腹を括っているが、その防衛体制が「泥棒を捕まえてから縄を綯う」状態では困る。今、一番問われているのは、日本国・日本人としての国を守る覚悟の方であろう。周辺環境変化に適合できない国家は生き残ることができないのである。 (常任理事)
伊藤 俊幸(全国防衛協会連合会常任理事)
その後も金王朝の存続を図るべく、金日成は旧ソ連の軍事技術支援を受けようとした。しかし旧ソ連からは、短距離ミサイル“スカッド"(射程300㎞)しか技術移転をしてもらえず、引き渡された“ロメオ級潜水艦"に至っては、SLBM発射にとって最重要技術である“ミサイル発射筒"が抜き取られていた。
そのスカッドを元に1980年代から開発を重ね完成したミサイルが“ノドン"だ。1993年5月、能登半島北への発射実験に成功、以来在日米軍基地のほとんどが射程に入ることになった。
1998年8月“テポドン1号"を発射、一段目は日本海に二段目は太平洋に落下した。日本上空を無断で飛行したことから、ノドンの時と違い、日米で大きな反発がまき起こった。このミサイルは一段目がノドンで二段目がスカッドで作られた二段式ロケットだった。
2006年7月“テポドン2号(失敗)"を含むミサイル7発を、北朝鮮の北東に発射。これにより国連安保理は“弾道ミサイル発射に対する非難決議"を採択したが、6発のうち3発はノドン、3発は“スカッドER"で命中精度も高く、この時点でノドンは「200発が実戦配備」された。
3カ月後の10月、初の核実験が行われ、国連安保理は“非難決議"を“経済制裁決議"に格上げした。核とミサイルの開発が急速に進展したのは、冷戦崩壊により、職を失った旧ソ連の技術者が北朝鮮に大量に流れた結果である。
2009年4月“テポドン2号"が日本上空を越え4000㎞飛行した。これは、一段目がノドン4本分で作ったエンジン、二段目にノドン1本を乗せ、更にその上にもう一段乗せた三段式ロケットだった。
昨年2016年から急に発射実験を繰り返したミサイルが“ムスダン"だ。8回発射し1度しか成功していないが、そもそも1990年代初頭に旧ソ連から入手した、といわれていた。しかし昨年まで一度も発射は確認されず、北朝鮮自身で改良を重ね最近ようやく発射可能となった。このムスダン2本分で作ったエンジンを搭載したミサイルが、本年5月の“火星12号"とみられる。
以上の“液体燃料"ミサイルよりも衝撃的だったのは、昨年のSLBMと今年2月、5月の“北極星2号"の発射実験成功だ。旧ソ連が渡さなかった、コールドローンチ可能な“発射筒技術"と、旧ソ連当時未完成だった“固体燃料による弾道ミサイル発射技術"を収得したといえる。最新鋭のロシアの“トーポリ"や中国の“DF-31"といった米国東海岸まで飛行(13000㎞)可能な固体燃料型ICBMを目指していることを意味するからだ。
「潜水艦は作れないが核とミサイルは作れる」といわれるように、陸・海・空域における通常戦闘では全く米韓同盟の相手にならない北朝鮮は、“非対称戦"での勝利に力点をおいた軍事力を整備してきた。10万人ともいわれる特殊部隊もその一手段であるが、特に“核・ミサイル"に特化した技術開発を続け、いよいよ米国本土到達も視野に入る、というレベルに近づこうとしている。
また新たな戦場である“宇宙、サイバー空間"においても、特にサイバー戦に勝利するべく、早くからその技術獲得を開始、今やそのレベルは米露中の次に位置づけられるといわれる。軍事システムのへの侵入は困難だが、銀行・交通システム・電力(原発を含む)などの民間インフラ、また企業内のパソコンネットワークに侵入する能力は既に保有しているとみられ、本年5月の世界中の企業パソコンが被害にあった事案も北朝鮮の関与が取りざたされている。
では今日本がなすべきことは何か?それは「危機管理(Crisis management)」だ。本来マルチパーパスな護衛艦であるイージス艦を日本海に張り付けなくても良いよう、“陸上配備型のイージスシステム(Aegis ashore)"等による常時対処可能なミサイル防衛の体制づくりや、国民保護法による所謂“民間防衛"、そして“サイバー攻撃に対する防護(protection)"などだ。いずれも10年以上前から言われてきたことであり、法律などソフト面の整備はされてきている。今こそ具体的行動をとるべき時期なのだろう。
廣瀬 清一(全国防衛協会連合会常任理事)
2017年米国ではトランプ大統領が就任し、新たに「アメリカファースト」の政策を推し進め始めた。 米国の新政策が如何なる方向へと向かうか予測は困難であるが、世界情勢は確実に新たな方向へと向かっている。
欧州では英国がEUからの完全離脱を表明、ロシアは旧ソ連時代の地域への再進出を狙い、中国は経済成長維持のため勢力圏の拡大に奔走している。
世界中が自らの国益を第一とし露骨な政策に走り出した。EU統合が実現し、また多くの地域貿易協定が締結された。環太平洋経済連携協定(TPP)もその流れにあったが、EUは混迷し、米新政権は北アメリカ自由貿易協定(NAFT)の再交渉を始めた。21世紀はよりボーダレスでグローバル化した時代と思われたが現実はその反対のようである。
技術の進化や情報通信交通等の発展は国際社会を更にグローバル化したが、国際社会の政治経済の各種システムは時代に追いついていない。難民や不良債務の問題、貿易不均衡等の負の遺産まで共有できる国際社会には至ってない。世界中が国益第一の保護主義へと転換しつつある。アメリカファーストの政策がその代表であろう。 この情勢変化が世界の情勢を如何なる方向へと向かわせるのか不安は募るばかりである。北東アジアでは更に厳しい情勢を予期しなければならない。
◆ 今後の防衛力整備
第二次及び第三次安倍内閣の取り組みにより防衛政策の諸課題は格段と推進された。平成27年以降の集団的自衛権容認、新安保法制の制定、更に日米ガイドラインの修正等、永年の課題が一挙に進捗した。
また防衛費は5年連続で増額され、平成29年度の防衛予算は更に1.4%増で編成が進められている。平成13年から逐次減額されてきた防衛予算は平成25年から増額に転じて5年が過ぎた。平成29年度予算は漸く平成13年のレベルにまで回復した。また着実な防衛力整備が進められており評価できる。
一方で防衛費の増額に比し人的基盤の充実は未だ追いついていない。国民から高い信頼と大いなる期待を託され、災害派遣、国際貢献等での活動はもとより、弾道ミサイル破壊措置や緊急発進回数の増加、各種任務の増加に伴う陸海空自衛隊部隊の新編や改編、更に新装備の導入等、防衛態勢は着実に整備されているが、予算増に伴う人的基盤の整備は追いついていないのではと危惧する。
◆ 人的基盤の充実が急務
平成29年度の防衛予算は総額5兆1251億円が計上され、その重要施策は昨年度同様に「周辺海空域における安全確保」「島嶼部に対する攻撃への対応」「弾道ミサイル攻撃等への対応」等である。また各自衛隊の改編や装備の充実では「統合機動防衛力」の整備が進められ、陸上総隊の新編や南西方面の防衛態勢が強化されている。今後は情勢の急変にも対応できる防衛力整備が望まれる。また任務の増加や新編部隊や新装備の導入にも着実に即応できる体制整備のためには人的基盤の充実が急務である。人的基盤の充実や整備には長時間を要するので、少子高齢化が進む日本では必ずしも容易ではない。今から抜本的な人材確保に着手しなければならない。
予算は5年連続で増額されたが、隊員充足数は別としても、定員は07大綱で約2万人が削減され、16大綱で更に約5千人削減されたままである。25大綱では多少の増員があったが定員及び充足の向上への更なる努力が望まれる。臥薪嘗胆で厳しい任務に従事する現場の美徳を大切にしつつ将来に備えることは決して疎かにできない。国際情勢の急変をも視野に防衛態勢の整備が望まれる。我が国の厳しい財政状況や人件費抑制がされている中で厳しい課題と思うが、人的基盤はその充実に長期間を要することに鑑み、長期的なビジョンで検討すべき時期と考える。
◆ 変化の速度に対応できる防衛態勢
政府は現26中期防が4年目を迎えたこと、また米国に新政権が誕生したことで日米の役割分担にも変化が予想されることから、新中期の検討を前倒しで進めようとしている。今後の防衛予算や人的基盤の充実はこれまでとは異なる次元での検討が必要となろう。情勢変化の速度は更に加速している。中国軍の近代化速度は我々の想像よりも早い。北朝鮮の核ミサイル開発は新段階を迎えている。米新政権は日本の防衛分担について単なる分担金ではなく根本的な役割分担を求めるであろう。
こうした情勢変化の速度だけではなく技術進展の速度にも対応できることが望まれる。一昨年防衛装備庁が新設され、研究開発から調達までの幅広い業務を統括して新時代に対応しつつあるが、今後の「防衛技術戦略」の速度ある対応や研究開発予算の柔軟な投入は時代の要請である。新大綱及び新中期防衛力整備の早期検討に期待したい。
金澤 博範(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
「年頭にあたって」
同時に北朝鮮は、ミサイルの開発に熱心に取り組んでいます。1998年と2009年には長距離の弾道ミサイルを発射し、これらは、日本列島を飛び越えて太平洋に着水しました。そして昨年2月、「人工衛星」と称して長距離弾道ミサイルを発射し、その構成物の一部は発射地点から2500キロ離れたフィリピン沖海上に落下しました。
北朝鮮は、中距離の弾道ミサイルも日本海に向けて多数発射しています。2016年も毎月のように発射し、そのうち9月に発射した3発については、移動式発射台から発射する映像を公表しました。3発は、約1000キロ飛行し、北海道西方の我が国の排他的経済水域に落下しました。
このようなミサイルが核兵器と組み合わされた時、その脅威は極めて重大なものとなります。政府はこのような状況に対応するため、弾道ミサイル迎撃システムの能力向上に努めています。その主な内容は、①BMD能力を有するイージス艦を現在の4隻から8隻に増強すること②イージス艦に搭載するミサイルと地上配備のPAC3ミサイルを能力向上型にして、より効率的な多層防御を可能とすることです。
中国は日本の安全保障に大きな影響を与える国です。
中国が南シナ海の南沙諸島と西沙諸島において、急速かつ大規模な埋め立て活動を強行し、港湾、滑走路、レーダー施設、砲台等の軍事関連施設を建設・増強していることは、周辺国のみならずこの海域のシーレーンの安全に依存している我が国の重大な関心事項です。
中国は日本周辺でも活動を活発化しています。2012年の政府による尖閣諸島の国有化以降、中国公船による同諸島周辺領海への領海侵犯はルーティン化しています。これに加え、昨年6月、中国戦闘艦艇が尖閣諸島周辺の我が国の接続水域に入域しました。政府はこれに抗議し、直ちに同海域から出るよう求めました。
尖閣諸島周辺領海の警備は、主として海上保安庁が行っていますが、空の守りは自衛隊にしかできません。防衛省は南西地域の防空能力を強化するため、昨年1月沖縄に配備する戦闘機部隊を一個飛行隊から二個飛行隊に増強し、第9航空団を新設しました。
本年1月から米国でトランプ新政権が発足します。同氏は、選挙中、保護主義的な通商政策のほか、安全保障関係では日本の安保ただ乗り論を展開し、日本が米軍の駐留経費負担を大幅に増額しない場合の米軍の撤退の可能性に言及していました。これは、日米関係の将来に大きな不安を生じさせました。
日米同盟は、日本のみならずアジア太平洋地域の平和と繁栄の基盤となるものです。日本に駐留する米軍は、日本の安全のためにのみ存在するものではありません。同時に、極東における国際の平和及び安全の維持のためにも存在しているのです。
しかも我が国は、日本に駐留する米軍に関連する経費として毎年7500億円以上を負担しています。これは米国の同盟国の中で圧倒的に高額の負担です。トランプ氏が選挙中に主張していたことをそのまま実行するとは思えませんが、日本政府も米国の新政権との意思疎通を密にして、日米同盟をさらに強固に維持発展させることが必要です。
政府は昨年3月に施行された安全保障関連法に基づいて新設された駆け付け警護任務を南スーダンPKO派遣部隊に付与し、安全保障関連法は運用の時代に入りました。
駆け付け警護は、自衛隊の近くでNGO関係者等が襲われ、速やかに対応できる国連部隊が存在しないといった極めて限定的な場面で、緊急の要請を受け、応急的かつ一時的な措置として自衛隊の能力の範囲内で行うものです。
派遣された青森の部隊は、派遣前に新任務に関連する訓練を十分に行い、防衛大臣が実地に練度を確かめて任務が付与されました。同時に付与された宿営地の共同防護任務とともに、極めて限定的な場面でのみ発動されるものですから、派遣期間中にこの任務を実際に行う可能性は小さいと思いますが、これは自衛隊による国際貢献の体制を拡充するものであり、評価されるべきものです。
全国防衛協会連合会は、会員の皆様とともに防衛省・自衛隊の活動に対して様々な支援、協力を行ってまいります。今年もよろしくお願いいたします。
平成28年
●135号 28.07.01 安保ただ乗り論に思う 山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
●134号 28.04.01 輝く女性自衛官 松下泰士(全国防衛協会連合会常任理事)
●133号 28.01.01 新春防衛時評「防衛論議雑感」江間清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
千葉 徳次郎(全国防衛協会連合会常任理事)
かつての日本では地域の治安が良く、各戸の玄関ドアは家の内と外を区切れ、鍵は留金程度のもので十分であった。 しかし、近年のように泥棒・強盗等犯罪が日常的になると、経費をかけてでも頑丈なドアや施錠装置等に改修が必要となる。 逆に、治安状況の悪化にも関わらず、つけ入る隙を放置することは、犯罪者を誘惑する結果を招く。
国の守りも同じで、主権・領土・国民を守るためには、安全保障環境に適合する守り方が必要である。その意志を国内外に示すため、憲法等に定め、国民を教育し、予算を確保し、軍備(部隊・装備等)を整え、或いは同盟関係を結び、隙の無い備えに万全を期す。この国防に充てる各種の国家資源の規模が、国防意志の強さの指標である。
〇国防努力と戦略的安定
冷戦終結前後の日本周辺の戦略的情勢は、欧州正面とは異なり、軍事や領土問題等大きく変化・改善されたものはなかった。それにもかかわらず、一方的に国防努力を弱めたことは、安定を保っていたパワーバランスを崩す結果をもたらした。
特に、社会党政権下で策定したH8年度以降の防衛計画に基づく部隊の削減や、H15年度から10年間続いた防衛予算の削減は、戦略的に大きな影響を及ぼした。例えば、防衛予算削減と同時に進められた北海道配置部隊の削減は、北方領土回復の断念という、ロシアへの誤ったメッセージともなり、北方領土の軍事施設の恒久化、部隊の近代化、H22年のロシア大統領の国後島上陸を招き、不法占拠下から領土化へと状況を悪化させた。
また、民主党政権下での日米同盟を含む国防態勢の軋みは、軍事力を背景とした中国の活動を助長させ、H22年の尖閣漁船体当り事件等東シナ海を波高いものとし、今日の領海侵犯に至っている。
そして、日本がロシア、中国に有効に対応できない状況を見た韓国は、H24年に大統領が竹島に上陸するに至った。日本を取り巻く戦略的安定を崩した要因の一つが、日本自身の国防努力の変化にあったといえよう。
〇H28年参議院選挙の意義
全国防衛協会連合会が「自分の国は自分で守ろう」と掲げている国家観とはどのようなものであるか。主義主張、言論、表現等、世界一自由な体制下で行われたH28年参議院選挙は、この「守るべき国」とは如何なる国であるかを、期せずして国民に投げかけた。 与党対野党連合という対立構造での選挙戦で、野党連合を主導した共産党の幹部が「防衛予算は人殺し予算」発言をし、自衛隊に対する本音を露呈したためである。
天皇制廃止、自衛隊解消、日米安保破棄を標榜する共産党と連携する民進党、社民党、生活の党を選択するか、それとも、現在の日本を維持発展させる自民党、公明党を信任するかという枠組みである。 これはH6年の村山社会党政権成立までと似た構図となり、国民、特に国防に関心のある有権者には分かり易い選択肢となった。
村山社会党政権以降、共産党など一部を除き、各政党の掲げる国家観、特に国防の姿が曖昧となり、選挙の都度、有権者に迷いが出たのは否めない。今回、「人殺し予算」発言を契機として、野党連合を呼びかけた共産党の主張する日本の姿を垣間見たことは、国防を考える国民にとって有難いことであった。
〇平和を守る戦いと国民意志
平和を維持することは、運動会の綱引きに似たものがある。双方が力を込めて綱を引き合い、均衡している状態で、ちょっとでも力を抜いた瞬間に勝敗が決する。国防における均衡とは、隙を見せることなく守りを固めた抑止状態を継続する戦いであり、不断の努力なくして平和は維持されない。
この平和を守る総合的な防衛体制は、愛国心や郷土愛から生ずる国民意志そのものが基盤であり、国境に配置した地上部隊の存在が、我が国の不退転の決意として国際社会に認識される。
日本人が守るべき国とは、長い歴史と伝統、豊かな文化を備えた「現在の日本国」であり、「皇室の無い、自衛隊の無い、日米同盟の無い日本」ではない。防衛協会が高揚を図るべき防衛意識や、育成強化すべき防衛基盤とは何かを今一度明確にし、「如何に自衛隊を守るか」を具体化して、自衛隊の活動の支援・協力に邁進することが、今の時代の協会会員の役割であろう。(了)
山崎 眞(前全国防衛協会連合会常任理事)
【米軍の説明努力】 筆者がまだ現役の頃、米太平洋艦隊司令官クレミンス大将をハワイに表敬した際、その場で或るブリーフィングを聞かされた。司令官曰く「このブリーフィングは当司令部を訪れる米議会議員やVIPに対して行っているものである。ここではそのまま話すので聞いてもらいたい」。
そのブリーフィングの内容は、在日米軍の兵力・活動等の概要に始まって、在日米軍兵士が日本国民から物心両面でいかにお世話になり親切にしてもらっているか、日本政府が米軍駐留経費の実に七十五パーセントにあたる多額の費用を負担していることなどについてデータをあげて詳細に説明したものであった。
太平洋艦隊司令官が議員やVIPに対してこのようなブリーフィングを行っているのは、それらの枢要な人たちが今話したような事実を全く知らないからだというのが結語であった。
トランプ候補もそのような人たちの一人なのか? 彼のいわゆる安保ただ乗り論を多くの米国民が支持しているのは、このような背景があるからだということを、今回再認識させられた。
報道によれば、トランプ候補は1987年に既にこのような論旨で新聞に意見広告を出していたということであるから、多くの米国民の底流にはかつてからこのような見方があり、それが今回呼び起されたということも推察できる。
このような中で米軍が可能な範囲で最大限の努力を払って米国民に説明してくれているのは、日米同盟の強さを示すひとつの表れである。
【我が国の安保遂行努力】 我が国は、在日米軍の駐留を円滑かつ安定的にするための施策として1978年以来米軍駐留経費を自主的に負担している。
その内容は、駐留軍労働者の基本給、福利費、施設整備費、労務費、光熱水料、訓練移転費等であり、総額約五千億円(平成二十八年度防衛省予算)にのぼる。
一方、日米安保条約のいわゆる片務性についてはどうであろうか? 確かに我が国は従来集団的自衛権の行使(国連憲章で保障された権利)を憲法上施行できないとしていた。
安倍首相は「今や、どの国も一国のみで自国の安全を守ることはできない時代」との認識のもと、我が国の集団的自衛権の限定行使について憲法解釈の変更を行い、昨年九月「平和安全法制」を成立させ、今年三月に施行した。
同法においては、平時において、「米軍等の部隊の武器等の防護のための武器の使用」が可能になる。
例えば弾道ミサイル警戒中の米イージス艦を海自の護衛艦が防護することができる。また、重要影響事態においては周辺に限定しない「米軍等への後方支援活動」により日米安保条約により強く寄与できるようになる。
存立危機事態においては、「限定された集団的自衛権の行使」が追加された。例えば、米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイルを迎撃することが可能になる。
武力攻撃事態等においても、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合における「防衛出動」が追加された。
これらにより、安保条約の片務性はかなり解消されたと言える。
【より強い相互認識の必要】 このような日本の努力は、日米安保条約により強く寄与するものであり、地域の安定と日米双方の安全を実現するための大きな力となるものである。
従って、いわゆる安保ただ乗り論は、認識不足に基づく誤った見方と言わざるを得ない。
我が国は、現在の安全保障確保のための努力を継続するとともに、多数の米国民の誤解・認識不足を是正するための努力をし、もって日米同盟の堅実な発展を期さなければならない。
松下 泰士 (全国防衛協会連合会常任理事)
そのようなことから、今回は、自衛隊でも輝きを増し重要な位置を占めるようになった女性自衛官の意義と比率について私見を述べたいと思います。
平成26年度末現在、自衛官に占める女性の割合は5.6%(採用は7.6%)で、10年前より1ポイント上昇し、現員数は、約12,600名です。解放職種も逐次広がり、ついに戦闘機にも門戸が開かれ、残るは戦車と潜水艦くらいになりました。なお、海自ではこの春、護衛艦初の女性艦長が誕生しました。
女性自衛官の増勢は、「男女雇用均等法」や「男女共同参画社会基本法」に基づいてもいますが、自衛官の募集対象人口の急速な減少(平成6年:約1,700万人、平成26年:約1,100万人)への対策がその背景にはあります。
また、募集にあたり、男性の場合は景気動向に大きく左右される傾向にありますが、女性の場合は自衛官という女性にとって特殊な仕事をあえて職として選んでいることからこの傾向は少なく、安定的に資質の高い人材が確保できているようです。
8年ほど前になりますが、当時の米第7艦隊司令官の講話を聴く機会がありました。その講話の中で、彼が「かつて、アナポリス(米海軍兵学校)に女性が入校することになったとき、現役、OBを問わず、これで栄光の米海軍も終わったと嘆いた。しかし、今はどうか。女性が提督になる時代を迎えたが、我が米海軍は盤石である。」というようなことを言われた記憶があります。
それは、自衛隊においても言えることです。多くの女性自衛官が定年退職し、特に、ポスト冷戦期に入ってからの自衛隊の活動が多様化、広域化する中、南スーダンやジプチなどの劣悪な環境下でも勤務するなど、自衛隊の活動を支えています。
任務が多様化する軍隊にあって、単に数のニーズや機会の均等という観点から女性にも門戸を広げるということではなく、女性としてのニーズが出てきているようです。例えば、イスラム教徒の多い地域で活動する場合、現地の女性に触れての持ち物検査などは、女性兵士が当たらなければ余計な軋轢を生むことになります。このように軍隊の活動の多様性に応じるべく、NATO加盟国の軍隊における女性兵士の比率の平均は10.5%、作戦参加部隊でも5.6%とのデータがあります。(いずれも2013年現在)
また、卑近な例として、海自は5年前の東日本大震災での災害派遣活動の一つとして、被災者に対する艦艇での入浴支援を行いましたが、女性の被災者にはやはり女性隊員が適任でした。
部隊の士気という面でも、女性自衛官の存在の良い面がかなり出ているようです。護衛艦にも女性は解放されていますが、まだ全艦に乗り組んではいません。女性が乗り組んでいる艦では、男性は女性にいいところを見せようと頑張り、女性は男性に馬鹿にされまいと頑張るという構図が伺えるそうです。
さて、ここで、有事の戦闘任務にも女性を参加させるかという問題があります。米軍では昨年末、例外なく女性兵士をすべての戦闘任務に参加させる方針を明確にしました。
しかし、イスラエルの男女混合部隊が銃撃戦に遭遇した際、男性兵士が女性兵士をかばって死傷する者が出たという報告を読んだことがあります。
米軍における女性兵士の戦闘任務への参加は、資格を得て基準に見合う限りという条件付ですが、それでもイスラエルでの例のように究極の場面で本能的な性差が行動として表出することは十分考えられます。
また、女性自衛官の比率が大きく、かつ有事に女性を戦闘任務に就けない場合、前線の男性自衛官の交代要員が得られなくなる弊害も生じます。加えて、女性の出産・育児とそれに伴う業務への影響を考慮すれば、自ずと適正な男女比率をどの辺りに置くかが出てくると思います。これは、精強で多様な任務に応じうる自衛隊を維持する一つの鍵になるはずです。
最後に、女性自衛官が自衛官としても母親としても輝ける自衛隊であるよう祈念し、また、OBとしても微力を尽くすことを誓って筆を置きます。
江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
昨年は、我が国の安全保障政策にとって一大転換を図った歴史的に重要な年だったといえます。
ここ数年の我が国内外の安全保障環境をみますと、具体的事象をここで改めて掲げるまでもなく、北朝鮮は核をはじめとする大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発・配備の推進等と、それを背景に我が国を含む国際社会に対する挑発的姿勢を強行に続けております。
また、一方で、中国は広範かつ急速な軍事力の強化を進め、我が国周辺海空域は言うに及ばず、東シナ海・南シナ海等の海空域における活動を急速に拡大・活発化させており、自らの一方的主張を盾に、力を背景とした現状変更を強行する等、高圧的対応を繰り返しております。
こうした厳しい環境下にあって、安倍政権は国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現し、国際社会の平和と繁栄に寄与していくという基本理念を掲げる「安全保障戦略」、「防衛計画の大綱」を定めると同時に、平時から緊急事態まで切れ目のない形で日米協力の実現と米国の強いコミットメントを改めて明らかにした新たな「日米防衛協力のための指針」を日米間で合意、策定しました。
そして、それらの実効性を確保するため、昨年、武力攻撃に至らない侵害への対処、国際社会の平和と安定への一層の貢献、集団的自衛権の限定的行使等を認めた「平和安全法制」を整備したことはご承知の通りです。
こうした一連の施策により、我が国の防衛体制は確実に強化されたといえますが、この平和安全法制の国会成立を巡っては、かって小泉内閣の時に国会に提出された有事法制関連法案と同様、戦争法案であるとか戦争準備法案といったイデオロギー的反対、更には、次は徴兵制だといった全く根拠なき反対論までが展開されました。
加えて、憲法学者始め法曹界の多くから集団的自衛権の限定的行使等については憲法違反だとの批判が出されたところです。この平和安全法制は公布の日から六月を超えない範囲内の政令で定める日から施行するとなっておりますので、この春迄には施行されることとなりますが、懸念されるのは、今度は司法の場で憲法違反か否かの法廷闘争が繰り広げられるだろうということです。この争いは、当然のことながら最終決着は最高裁ということになるでしょうから、かなり長期に及ぶといえます。
今回の平和安全法制により自衛隊の皆様には、今後これまで以上に大変な御苦労と精神的、肉体的緊張を強いることになることは言を俟たないところであり、同法に基づき派遣される隊員には国民挙げてその安全と無事の帰国を祈る姿勢が求められるところと言えますが、その間、国内ではその任務の是非を争っているという悲しい事象をいやが応にも想像せざるを得ません。
ただ、議論のぶつかり合いは封じようもありませんが、20数年前、初のカンボジアPKO派遣に際し、派遣隊員を横目に「出兵阻止」を掲げて激しい反対闘争が現場で繰り広げられた、あの二の舞だけは少なくとも避けたいものと願わずにはおられません。
また、そもそも派遣される隊員の安全確保には、政府は武器の使用権限を含め不測の事態を招かないよう万般にわたるきめ細かい配慮がなされるものと聞いておりますが、それでもなおリスクを否定できない以上、万万一に備え後願に憂いなきよう手厚い補償と国家に尽くされたご本人の功績に相応しい名誉の付与について、平素からきちっと対応を定めて置くことは国家の務めといえましょう。
自衛隊に対する支援・協力を掲げている私どもとしても、これまで以上に派遣隊員の見送り・激励、帰国の歓迎・出迎え等いささかでも隊員一人一人の心の支えになれるよう意を用いると同時に、政府及び関係方面に対し、万万が一の対応措置について積極的に働き掛けていく必要を、新年を迎え痛感致しております。
平成27年
●131号 27.07.01 我が国は海洋国家化? 泉 徹(全国防衛協会連合会常任理事)
●130号 27.04.01 防衛意識の現状と戦後レジューム 廣瀬 紀雄(全国防衛協会連合会常任理事)
●129号 27.01.01 新春防衛時評「防衛論議雑感」江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
永岩 俊道(全国防衛協会連合会常任理事)
この夏、縁あって、そのインドネシアとタイ王国を訪問する機会を得ました。訪問の第一の目的は、各国から防衛大学校へ留学した同窓生に会い、同窓の絆を固くすることでした。
防衛大学校の本科および研究科には多くの留学生がおり、昭和33年に6期生として受け入れたタイ王国をはじめ、インドネシア、シンガポール、ベトナム、マレーシア、モンゴル、大韓民国、フィリピン、カンボジア、東ティモール、ラオスそして東欧のルーマニアの計12か国から現在までに約400名の留学生を受け入れています。ちなみに、現在の在校留学生は、9か国約100名にも及んでいます。
インドネシア訪問は、筆者にとっては、航空支援集団司令官を拝命していたスマトラ沖地震の時(2004年)以来でしたが、今回の訪問では、元海軍司令部参謀長特別補佐官であるデデ・ユリアディ元海軍准将(研究科第32期生:最初の留学生)を筆頭に10名ほどの同窓生と面談する機会を得ました。本科の卒業生の先任期はすでに少佐クラスに昇進しており、いずれも各軍の要職で大活躍の様子でした。
タイ王国訪問も、同時期のウタパオ海軍基地訪問以来でしたが、今回の訪問においては、まず、恒例の『タイ王国防大同窓会2015』に参加。その同窓会には、タラナット・ウボン海軍大将(本科第23期生)元海軍参謀長や、空軍司令官を嘱望されている現空軍参謀長のジョム・スンサワン空軍大将(本科第26期生)をはじめとする約100名の同窓生が参加するとともに、彼らの家族を含めると約200名という大同窓会となり、締めには「朝(あした)に勇智を磨き、夕(ゆうべ)に平和を祈る、礎ここに築かん、新たなる日(ひ)の本(もと)のため」と、防衛大学校の学生歌を、これまた上手な日本語で大合唱するという何とも有難く、そして印象深いものでした。彼らは今も日本のことが大好きです。
一方、南シナ海周辺は、今や「波高し」といった状況です。領有権を巡り、日中が対立する尖閣諸島周辺と同様の構図が、南シナ海では20年以上にわたって続いています。外交による交渉が長期化する中、南シナ海の領有権を強引に主張する中国に対し、東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部加盟国は、共同パトロールを計画しているとのことでした。表向きは、密輸対策とする共同パトロールとして一部の国に配慮した形ですが、各国は「中国に対抗するため」という真の狙いを共有している模様でした。
インドネシア軍の関係者は「中国の軍備増強と南シナ海での強硬姿勢は将来的な紛争の引き金となる。主として外交による話し合いで解決すべきも、共同パトロールは平和維持のための手段の一つ」と話し、強引な中国進出への対策と話していました。
インドネシア北部の戦略的要地であるナトゥナ諸島への戦闘機配備計画についても、慎重かつ着実に進めているとのことでした。
戦後70年の安倍首相談話において、安倍総理は「我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。」と強調しました。
ASEAN諸国の多くが、日本に対して、地域の安全保障に積極的に関与して欲しいと期待しています。日本の積極的な参画が、地域の安定に必ずや繋がると確信しているのです。
周辺情勢の厳しい中、自衛隊にとっての一義的な最大の任務は我が国自身の防衛ですが、日本ほどのポテンシャルのある国には、世界の平和に「貢献」する相応の責務があるのです。世界の平和や安全保障のため、関係諸国と手を携えつつ、場合によっては「リスク」をも負うといった日本の信義、国民の覚悟が必要な時代です。
次なる時代は『一国平和主義』などといった利己的な考え方は通用しません。 防衛大学校の留学生同窓生が、各ASEAN諸国において、各々、大活躍してくれていることは既に紹介しましたが、近い将来、「ASEAN防衛大学校同窓会ネットワーク」の構築も夢ではありません。そして、その信頼の絆は必ずや地域の安定に繋がると確信します。
昭和33年から始まった防衛大学校の留学生制度は、まさに『積極平和主義』の走りともいえますが、その真価が、今、問われる時代になりました。
泉 徹(全国防衛協会連合会常任理事)
これを受けて、昨年の7月1日には「安全保障法制の整備について」が閣議決定され、「積極的平和主義」理念の下、法整備が進められている。
又、日米のガイドラインも策定され、切れ目のない日米共同作戦が唱えられ米軍との共同内容も機雷掃海や弾道弾対処(BMD)、米艦船防護等、海上における作戦や共同要領が多く例示されている。
更には、「周辺事態法」は「重要影響事態法」として地理的制約を取り払われる方向にある。
これらは好むと好まざるに係らず我が国が島国である地政学的な要因から当然の帰結であろう。
地政学的に見れば、我が国は四辺海の島国で米国と太平洋を挟んだアジア側シーレーンの窓口にある。そして、石油エネルギー資源に乏しい南北に長い縦深性のない国である。
又、我が国の国土は38万?、世界で61番目と狭いが、経済的な管轄権が与えられる排他的経済水域は約405万?で世界第6位である。これだけを見ても我が国が海洋国家として生きていくことが極めて重要であることが分かる。 我が国の経済を支えているものは外国向け貿易であり「耐久消費財輸出立国」である。
一方で、これからの将来は、「産業投資、サービス輸出立国」という日本の成長モデルが描かれ環境保全等の分野で我が国の総人口は減っても、世界にも貢献できる成長分野として方向づけられている。しかし、これらの方向にシフトしていくとしても、当面は資源を輸入し高付加価値をつけ輸出する貿易立国であることに間違いはない。
エネルギー分野においても今後、海洋開発によるメタンハイドレード等海底のエネルギー資源を獲得することも可能であるが時間と膨大な費用を必要とし、我が国の生存は未だ貿易に依存していると言える。
更に、四辺海の我が国にとって、島嶼を含む我が国への侵略は海域や海の上の空域を介して、来襲すると言っても過言ではない。そういった視点で見ると我が国民が慣海性を養い遥か洋上にて長期間留まる能力を育むことは極めて重要である。
しかし、我が国民の慣海性は年々希薄になってきていると思えてならない。海上輸送の面を見てみても、我が国の輸出入(重量トン)の99.7%が船舶輸送で行われているにも係らず、我が国籍の商船隊は全体の6.1%の約160隻しかない。約2500隻の商船が我が国の外航海運に従事しているが、そのほとんどが外国傭船の便宜置籍船である。
又、我が国の海運に携わっている外航船員は約3万人であるが日本人船員は約2360人余りで、1割にも達してなく、我が国の海運に携わっている外航船員のほとんどが外国人である。
外航船員の問題で更に深刻な事は、外国の船員さんと我が国の海運業者との労使契約において、当然と言えば当然であるが紛争等危険な海域に赴く必要はなく逆に、海運業者は外国の船員さんを安全に本国へ送り届ける義務を負っている。
従って、もし、我が国周辺やあるいはシーレーン途上において、危険な情勢が生起した場合、我が国の海運に重大な影響を及ぼし我が国の経済に大きなダメージを与える事が十分考えられる。
ご年配の方は、昭和48年、54年のオイルショックやペルシャ湾湾岸戦争の事をご存知であろう。オイルショックにより石油の値段が高騰した上、中東の紛争によりペルシャ湾からのタンカーが途絶し石油輸入量が激減した。
その結果、国内の物価は高騰し、トイレットペーパーが買い占められ店頭から消えたのである。しかし、まだその当時は約4万名から3万名の日本人外航船員さんが居り、危険を承知の上で、ペルシャ湾からの石油エネルギー輸送に携わりエネルギー不足を乗り越えることが出来たのである。
その後、石油の備蓄も始まり、現在、我が国の国家及び民間備蓄量は消費量の約200日分が確保できているようである。 しかし、備蓄があるにしても経済を支える外航海運が重要であることは間違いない。
又、島嶼を含む我が国への侵略も海から始まり、海の上で阻止することが我が国の安全保障上極めて重要である。そういった意味で、日本人外航船員の養成や国民の海への慣海性を醸成することは重要な側面と言えるであろう。
昨今、東京商船大学も東京海洋大学に名称が変更され、神戸商船大学も神戸海洋大学に変更された。これが何を意味するか追求する気持ちもないが、外洋遥か、長い間航海する忍耐力や千変万化する激しい海象の中、誰も助けに来てくれない太平洋のど真ん中で活動する勇気ある日本人が数多く輩出されることを望んで止まない。
廣瀬 紀雄(全国防衛協会連合会常任理事)
当連合会の防衛意識に関する小冊子(HP掲載)では、「自国への誇り」(57%)と「国の為に戦う」(15%)という意識が他国に比し極端に低く、その要因としてGHQ(連合国軍最高司令部)の占領政策の影響を無視し得ないとしているが、ここでは「戦後レジューム」の観点から私見を述べてみたい。
GHQの占領政策は、一方において日本を基本的人権の尊重と民主主義体制の国家へと導いたが、他方において、日本国民が見せた団結力を恐れ団結の基になっている神道・歴史・文化を破壊し根絶やしにして国民の連帯感が無くなることを「究極の目標」とし、「WGIP」(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)とも云われる精神的武装解除(バーンズ米国務長官)を行ったと云われている。
その根幹として軍国主義の排除と民主化のため「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」(戦後民主主義)を柱とする日本国憲法を制定、この価値観を担保するため教育基本法の制定、教職追放令の公布、教職員組合の組織化、言論統制・検閲等、教育・言論分野での「戦後レジューム」を構築したと思われる。
《自虐史観と個人最優先の戦後教育》
中でも「教育の自由化」を最も重視し、先ず歴史・地誌・修身の教育を破棄させ、7000冊に上る図書を「没収宣伝用刊行物」として没収し、これまでの歴史・伝統・文化及び道徳的価値観から国民を隔絶させた。同時に軍国主義者と国民の分断を図るため、「太平洋戦争史」・「眞相はかうだ」等を新聞・ラジオで宣伝して軍国主義者に戦争責任を転嫁し、この戦勝国史観を教科書化して国民への贖罪意識の刷り込みを図った。
次いで教育基本法を制定し教育勅語を廃止したが、これにより戦後教育は「個人の尊厳」が指導理念となる一方、道徳的規範が軽視され「公」との調和が置き去りにされた。また、「教科書検閲の基準」で愛国心につながる用語(国体・国家・国民的・わが国)等の使用が禁じられ国家意識と誇りの喪失につながったと思われる。
冷戦や朝鮮戦争を契機として、占領政策は日本再生の方向(反共=逆コース)に軌道修正されたが、GHQの意に反して教職追放令の影響が残り、教育現場では「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンの下、「国家=戦争=悪」でその象徴である「日の丸・君が代」反対という「平和教育」が行われた。
《忠誠義務不在の言論空間》
GHQは、極東国際軍事裁判の戦犯訴追や公職追放による保守層排除によって日本国民をひるませ、発行禁止等の強制力を持つ言論統制や検閲で日本国民の精神をコントロールしようとした。
特に、昭和天皇とマッカーサー将軍との会談の写真掲載を巡って出されたGHQ指令「新聞と言論の自由に関する新措置」は、「日本の正義よりGHQの正義を優先し、日本の不名誉と不利益及び国家の解体と消滅を志向するものでもよい、換言すれば国家に対する忠誠義務から完全に解放された」(江藤淳氏)ものであり、自己規制により日本国家・政府への「忠誠義務不在の言論空間」が形成されたかのようである。
加えて、公職追放の影響を受け「左派」勢力や共産主義シンパが大幅に伸長し、独立回復後の言論空間でも「国家=戦争=悪」、「日本=侵略国家」という国家観や歴史認識が主流を占めた。
《戦後教育と言論空間の影響》
戦後教育と言論空間は、「戦後レジューム」の推進機関と監視機関とも云われ、両者における日本人の「敗戦利得者」(渡部昇一氏)によって、独立回復後も国家意識のない無国籍的な国民の拡大再生産が続けられ、その影響は8月15日の靖国神社参拝を巡る報道にも見られ、今でもGHQの検閲システムが残っているかのようである。
しかし、「戦後レジューム」は、日米安保体制下で平和と繁栄した社会をもたらしたこともあり、これを肯定的に評価する国民は多い。かって、日本の現状を「愚者の楽園」とした識者(若泉敬氏)もいたが、現在、無国籍的な世代が各界中枢にも及び、国会・政治の場においても日本を弱体化しかねない法案が提案されているが、それに気付いている国民は少ないのではないか。
《戦後レジュームからの脱却》
第1次安倍内閣で「伝統の尊重」と「愛国心の涵養」が教育基本法に明記され歴史教科書の改善と道徳教育の教科化が図られ、第2次安倍内閣で国家戦略として「積極的平和主義」が打ち出され、また、朝日新聞の
「従軍慰安婦」記事取消で言論空間にも変化の兆しが見えてきたことは「普通の国」への大きな前進と思う。
しかし、この動きを歴史修正主義として反対する勢力が国内外に存在し、特に中国・韓国は、軍国主義の復活とかヤルタ・ポツダム体制を覆すとして日本の新しい歴史認識や靖国神社参拝に異常なこだわりを見せている。
団塊世代の我々は、次世代に平和で安全な日本を引継ぐ責務があり、そのためには日米安保体制の堅持と着実な防衛力整備を支持し、歴史認識の再考や道徳的規範の確立を通じて「自国への誇り」と「国の為に戦う」意識を取戻す啓蒙活動を行い、最終的には「戦後レジューム」の根源である憲法の改正への世論形成に寄与する必要があるのではないだろうか。
江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
ところで、昨年は我が国の安全保障政策にとって大きな転機となった年といえます。
御案内の通り、昨年7月安倍政権は「安全保障法制の整備に関する基本方針」を閣議決定いたしました。
その中には武力紛争に至らない領域警備における海上保安庁、警察、自衛隊等関係機関の連携要領、事態の推移に応じそれぞれの権限を移行して行く手順、その迅速化あるいは国際平和協力活動においてこれまで認められていなかったいわゆる「駆けつけ警護」の実施、武器使用基準の強化等真にこれまで早急な対策が必要とされてきた課題の解決方法が示され、遅きに失した感があるとはいえ、大いに歓迎すべき事といえます。
と同時に、これまでの政府の憲法解釈を変更して集団的自衛権の一部行使容認を認める決定がなされました。
私自身、集団的自衛権の行使容認は憲法に掲げる平和主義に反するとは思っていませんが、今回の決定に至る手順をみると総理の私的諮問機関の検討・報告、政府・与党間の検討そして閣議決定というのは些か拙速に過ぎたのではないかと思っています。
閣議決定の中身をよく見ると今回の決定はこれまでの政府見解と論理的整合性を図った解釈の再整理に過ぎないとの姿勢に立っています。
しかし、仮にこうした考え方に立ったとしても我が国が攻撃されていないにもかかわらず我が国と密接な関係にある国が攻撃された一定の場合に自衛権の発動を容認するというのは大きな内容の変更であり、国としての方向の転換といえます。
もう少し丁寧に、例えば国会論議あるいは国民との対話集会等を通じ国民の意識はどうか、国民の理解を得るための努力が払われるべきテーマだったと思っています。
一方、今回新たに示された自衛権発動の三要件に厳格に従えば、行使できる具体的活動は極めて限定されてくることから(これまでの政府見解の枠内として説明可能な限界を求めた故の帰結といえる。)、むしろ集団的自衛権の一部行使容認というより個別的自衛権の一部拡張といった方がより適格だったのではないかと感じています。
現に、与党自民党、公明党それぞれの説明を伺っていると、それぞれがその一方を強調され、共通認識の面で曖昧さを感じます。
三権分立の統治機構の中にあって解釈の曖昧さから国内の混乱を招くといった苦い経験を再度味わうことがないよう、今後整備が予定されている各法案の中で行使できる具体的活動内容をより明確にしておくことが必要といえます。
と同時に、これが限られたものとなればなるほど、逆に気になるのは米国始め国際社会が抱く期待に反し、先々不満を抱かせることになるのではないか。
また、集団的自衛権の行使は権利であり義務ではない、従って安保条約の改正は行わないとの政府の主張は、自らの国益を何よりも優先する国際社会の中で先々どこまで貫き通せるか(現行安保条約では「日本国の施政の下にある領域における一方の攻撃に対し・・・・・」となっている。)、日米同盟に新たな火種を持ち込むことになったのではないかと懸念されるところといえます。
こうした面を考慮すると、やはり国の存立に係る現行憲法の条文が自衛隊の存在すら疑問を生じさせかねない表現となっていること自体が問題であり、集団的自衛権のあり様についても全てこれが問題の根源となっていることから、できる限り早期に国民の理解を得て憲法改正を行うことが必要といえます。
国民投票法が制定されて以来、近年盛り上がりをみせてきたこの本来の動きが、今回の措置により当面の安堵感から下火になるといったことがないよう切に望んでいます。
平成26年
●127号 26.07.01 自衛隊に対する支援の在り方を検討する時期にきている澤山 正一(全国防衛協会連合会常任理事)
●126号 26.07.01 中国の海の確立を目指して 渡邊 元旦(全国防衛協会連合会常任理事)
●125号 26.01.01 新春防衛時評 防衛論議雑感 江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
廣瀬 清一(全国防衛協会連合会常任理事)
政府は本年七月一日に集団的自衛権行使を容認する閣議決定を行った。
①密接な関係のある他国への武力攻撃、国民の生命や権利が根底から覆される危険がある。
②他に適当な手段がない。
③必要最小限の実力の行使
の三要件が加えられた限定的な内容となったが、日本の安保政策を大きく前進させた。
今年度版の防衛白書では「歴史的な重要性を持つ」と評価している。一方、国会、マスコミ、有識者等の論調は様々である。
肯定的な評価もあったが、全般的には「平和憲法を一内閣が国民に問わず解釈変更した」「日本が危険な武力行使への第一歩を踏み出した」「戦争をできる国になった」「米国の危険な戦争に巻き込まれる」等と批評する内容が目立った。
憲法論議を含め、日本における防衛関連の法整備の道のりが未だ容易でないことを痛感させられた。
本閣議決定は自衛隊関係法令整備のスタートになった訳であり、今後の日米防衛協力ガイドラインの改正や自衛隊法・周辺事態安全確保法等の法令整備における国会での整斉とした論議に期待したい。
◆抑止力としての意義
冷戦後の北東アジアにおける安全保障環境の変化や日米同盟の深化に伴い、自衛隊の役割やその活動範囲が拡大しつつある。様々な状況の中で自衛隊の運用にあたっての法解釈の根拠が限界にきている。
「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が提言した通り、これらの諸問題に対応するためには集団的自衛権行使容認は避けて通れない。この難しい政治的な課題を前進させた意義は大きい。特に限定的ながら集団的自衛権行使容認により日米安保体制の実効性を高めた意義は大きい。
日本はこれまで周辺事態が生起しても在日米軍の警備や後方支援しかできず、領土領空領海以外での日米協同作戦は訓練だけの世界であり、本当に武力行使ができるか否か法的に不透明のままであった。このことは日本防衛の長年の課題であったが、今回の閣議決定により日米共同の信頼性を一段と高め、周辺国に対する抑止力効果を高めた意義は大きい。
「伝家の宝刀」は飾り物ではなく、よく磨かれ実際に使えるから名刀である。宝刀あるが故に抑止ができ、宝刀を抜かれないことが理想なのである。
「危険な道への第一歩」ではなく、抑止のため日本国憲法解釈範囲内の最後の重要な一歩であると評価できる。
◆一国平和主義から脱却の意義
日本は自国の憲法が故にこれまで日本独自の様々な論理で平和主義を貫いてきた。しかし国際社会からはしばしば一国平和主義との批判を受けてきた。特に日米安保体制の片務性についてはこれまで疑問が多かった。
日本を守るため米国の犠牲は求めるが、日本は自国の直接防衛しか行わない。日本は米軍に基地を提供しているものの、この片務的な状態は望ましくはない。米国民ならず日本国民にとっても不自然な状態である。この状態は日米の信頼関係にやがてヒビを生じる。
地球の裏側での日米共同作戦ならともかく、日本周辺の事態にあっては日本の信頼と国家の威信に関わる問題である。集団的自衛権行使の容認がこの状態の解消に大きな役割を果たした功績は大きい。
◆積極平和主義の第一歩の意義
国際貢献における集団的安全保障の問題に関し事例研究が示されたが、武器の使用、邦人の保護等での法整備に向けて大きな前進があった。今後の法改正に大いに期待できる。
集団的自衛権行使容認が戦争への第一歩と批判するマスコミ等の批判根拠や国際社会における状況認識に疑問を持つ。危険な場所における国際貢献での任務遂行時に危惧される人的な犠牲ばかりを強調し、日本が果たすべき役割に目を向けないことは一国平和主義のそしりを免れない。
日本がこれまで国際社会の平和や秩序の維持安定で受けてきた恩恵に如何に貢献するか、またこの平和と安定を甘受している日本が果たす役割は大きい。周辺国から「日本が軍事的な役割を増大させている」との批判に対し、正々堂々と「積極的な平和主義に基づき国際貢献の役割を果たす」と説明していくべきである。
戦後七十年を経て、新たな時代への転換点にある。過去の歴史を見つめ、先人の築いた大いなる遺産を大切に学び、新たな安全保障環境を構築することが今の世代に課せられた使命である。
澤山 正一(全国防衛協会連合会常任理事)
撤収の当日、現地での解散式を終え、島原半島を通り、駐屯地に帰隊した日の出来事でした。島原半島を抜けるまでは沿道に住民の皆さんが諸所にならび、「自衛隊さんありがとう」と声をかけ、感謝の横断幕を持ち見送ってくれました。私が特に印象に残っているのは、沿道のゴザの上に座り通り過ぎる部隊に向かい手を合わせ必死に何かつぶやいている老婆の姿でした。
また、駐屯地の手前の道路には、大村市の防衛協会を始めとする協力団体の皆さんが「災害派遣ご苦労様」と声をかけ出迎えていただいたのを見て、私も指揮官として「本当に有り難い。隊員も喜ぶだろう」と感謝しました。先ほどの話しを中隊長から聞かされたのは、帰隊した次の日でした。
災害派遣中は、多くの協力団体・個人から激励品等をいただきましたが、多くの激励品等の贈呈・激励の言葉も指揮官になされ、殆どの隊員は知ることなく激励品にしても総数は多いのですが、個々の隊員の手元にいきわたるのは缶詰1個・バッチ1個等で、それもどの団体からと書いてあるわけではないのです。
また、災害派遣等の行動時には、重労働に従事するので、国から加給食として三度の食事の他に缶詰・即席ラーメン等食べきれないほど支給されています。そこに、物をいただいてもどれだけの有り難さを感じるかは疑問です。人の心に届くのは、やはり物ではなく感謝の気持ち・心と思います。
世の中は大きく変化し、国際情勢・防衛態勢等も変化しています。物を送って「防衛協会の自衛隊に対する支援はした。」と思い込み。自己満足をしているだけではないのかと心配です。 自衛隊が何を望んでいるかを確認せず「今まで通りだから問題ない。」という意識を変えるべきではと思います。時代の変化に応じ、自衛隊に対する支援としては、もっと部隊・隊員が防衛協会に望んでいるものは何かを確認し、具体的に何をすべきかを検討する時期にきていると思います。
例えば、国際貢献活動・災害以外派遣等の任務を終了し帰隊する部隊隊員を駐屯地前で出迎えを行う、駐屯地のクラブ等で慰労会を開き、隊員を招待・慰労するとともに、個々の隊員から直接派遣間の苦労話を聞く等もっと会員と部隊・隊員と身近に触れあい隊員に『あなたたちを支援している団体・個人がある』と伝える機会を設けてはいかがでしょうか。
また、訓練中の部隊・隊員を激励・慰問する案もあると思います。訓練で隊員が披露困憊し、任務遂行に努力している姿を直接研修し、激励するのも意義があると思います。この場合、事前に部隊としっかり調整を行い、訓練の邪魔にならない様、部隊の統制・了解の上で実施すべきは言うまでもありません。
渡邊 元旦(全国防衛協会連合会常任理事)
平成22年9月7日、尖閣諸島の久場島領海内で違法操業中の中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件が起きた。当時の政府に弱腰ともみられる対応・処理が目立ったが、今日までの経過を見ると、中国の尖閣諸島領有へのむき出しの執念を世界に知らしめるとともに日本政府・国民に尖閣諸島防衛の必要性を再認識させたといえよう。
新年度が始動するにあたり、改めてこの問題について考えてみたい。
何故、中国は尖閣諸島に執着するのか
その一つは、東シナ海に眠る大油田の独り占めである。第2次世界大戦後、沖縄とともにその一部である尖閣諸島は米国の統治下に置かれていたが、1971年6月の日米沖縄返還協定調印後の12月になって、中国は初めて「中国の領土を奪う暴挙である」と非難した。
1970年に国連は「東シナ海にはイランに匹敵する157億トンの石油が埋まっている可能性がある」と公表したが、これが引き金になっていることは間違いない。
1972年9月に行われた日中国交正常化交渉当時の外交記録では、周恩来首相が田中首相に、尖閣諸島について「今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油がでなければ、台湾も米国も問題にしない」と述べた記録が残っているが、このことを証明している。
中国の2011年度の石油消費量は4億8000万トンであり、東シナ海に眠っている石油の確保は中国にとって絶対である。
もう一つは、毛沢東時代の「中国本土防衛のための沿岸防御」から鄧小平以後の「世界の大国・中国を目指すための海洋進出・・近海防御」戦略への転換である。
このためには、いわゆる第2列島線(小笠原諸島~サイパン~フィリピン)付近までを近海と位置付けて米海軍の接近を拒否するとともに米海軍の侵入を許さない海域、いわゆる第1列島線の内側、を制することが必要であり、中国はその海域を北から黄海、東シナ海、南シナ海の合わせて300万平方㎞と考えている。
その東シナ海の太平洋への出入り口に位置しているのが尖閣諸島であり、さらに東シナ海油田の完全支配の要であることを考えれば、虎視眈々とわが国の油断を狙っていることは至極当然である。
昨年11月23日に中国政府が発表した「東シナ海における防空識別圏(尖閣諸島領空を含んでいる)」の設定がこれを証明しているといえよう。
特に海洋進出について顕著である。ベトナム戦争末期の1974年1月、西沙諸島全域を占領、実効支配。米軍がフィリピンから撤退した後、1995年には南沙諸島のミスチーフ環礁に海洋基地を建設。2012年には国務院が西沙諸島、中沙諸島、南沙諸島を管轄する三沙市の成立を公表。2013年8月には中沙諸島のスカボロー礁にコンクリートブロックを設置したが、フィリピン政府は中国による実効支配のはじまりと非難している。
近年になり、南シナ海には200億トンを超える石油が眠っていることが逐次明らかになり、このことも中国の南シナ海占有に拍車をかけている。
歴代中国王朝の「辺疆(へんきょう)」の概念は現在の中国にも受け継がれている
そもそも「中国の版図」という考え方は、歴代中国王朝が周辺の未開の地域、即ち当時は「東夷」「南蛮」「西戎」「北狄」と呼んでいたが、軍事力と政治力と文化力で同化吸収した地域は中国の支配地である、というものであり、平松茂雄氏は著書「中国の安全保障戦略」の中で、これを「辺疆」の概念と呼んでいる。
即ち、境界の定かでない地域では、中国の支配力の及ぶ範囲が「中国」なのである。この「辺疆」の概念は、中国の軍事力、政治力が大きくなるに伴い、戦略的に実行に移されている。その地域が、米軍という重しが無くなった南シナ海、そして無くなりつつある東シナ海なのである。
「辺疆戦略」に待ったをかけた尖閣諸島の国有化 平成22年の中国漁船衝突事件を受けて、24年4月、ワシントン滞在中の石原都知事(当時)が「尖閣諸島は東京都で買い取ることを地権者との間で基本的に合意した」と発言したことで端を発した「尖閣諸島買い上げ問題」は、24年9月11日、尖閣諸島のうち魚釣島、北小島、南小島の3島を国が買い上げ国有地としたことで決着した。
南シナ海の例を見るまでもなく、境界あるいは領有権のはっきりしない地域では力の強い中国が蚕食を重ねて、かつ、1992年には中国領海法という国内法まで整備して、中国の領有化に成功している。同法では南シナ海にある西沙諸島、南沙諸島はもとより尖閣諸島も中国の領土と規定している。
今回の「尖閣諸島の国有化」決断は、1970年頃以降中国が「尖閣諸島を日中間の領土問題」として執着する中、日本国家として「尖閣諸島は日本の領土である」ことを初めて行動で具体的に示したことになり、心から敬意を評するものであるが、大事なのはこれからである。
昨年末には初めての国家安全保障戦略のもとに防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画を閣議決定するなど現政権は真剣に国防に取り組んでいる。これからも中国の硬軟両面の攻勢が続くと思われるが、わが国の防衛力、外交力さらには経済力を駆使して、毅然として、そして粘り強く対応していただきたいと念じている。
(敬称略:全国防衛協会連合会を略)
江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
昨年は前年末の衆院選での自民党圧勝を受け第2次安倍内閣が誕生、早速に民主党政権下で作成された11年続く対前年比マイナスの25年度概算要求案を方向転換し若干ではあるが増額の予算を編成成立させるとともに、防衛計画の大綱見直し、中期防の廃止・新規策定が打ち出された。
その後、夏の参院選では与党が過半数を制し衆参のねじれ現象も解消し安定的な政治体制がとられることとなった。こうした背景を受け政権は憲法改正、集団的自衛権の見直し、安全保障戦略の策定、教育改革等々巾広い課題に積極的に取り組んでいる。
こうした動きに共鳴すると同時に近年のやるせない閉塞感からやっと明るい気持を感じるようになったのは私に限ったことではないと思う。この雑感が出る頃には大綱見直し、新中期防についても策定公表されていようが、当面は昨年夏の26年度概算要求に先立って発表された防衛力のあり方検討中間報告から今後の方向を窺い知ることができる。 注目点を拾ってみると、伝統的な地域紛争に加え、領土や主権、海洋を含む経済権益等を巡るいわゆるグレーゾーンの事態が増加する傾向が継続し、海洋・サイバー・宇宙空間の安定的利用の確保も安全保障上の重要な課題となっている。
また、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の進展、能力強化が重大な不安定要因となっていると指摘し、これに対応して真に実効性ある防衛力を整備していく、この為、特に人的情報収集機能の強化、島嶼部攻撃への対応能力・弾道ミサイル・ゲリラ等への対応能力・サイバー攻撃への対応能力等それぞれの強化が挙げられている。
こうした考えを踏まえ、来年度の概算要求に具体的事業が盛り込まれ対前年比3%、新規後年度負担額については3割近くとかなりの増要求となっている。この要求にできる限り近い形で年末の政府案が編成され国会成立となることが期待されるところである。なお隊員の増員については中間報告では人材の確保の必要性のみで具体的に触れられていないがこれは最終的な姿に期待することとなろう。
こうした中、一つ気になることがある。それは集団的自衛権の扱いである。これは現在総理の私的諮問機関である安保法制懇で検討議論が進められており、その最終的な報告が注目されるところであるが、既に巷では隣の米軍が攻撃されていても日本が攻撃されていないから何もしないということで同盟が成り立つのか、保有すれども行使できない権利とはそもそもおかしい、憲法改正には長期間を要する等々からこれまでの解釈を変更してその行使を認めるべきとの主張が多く散見される。
こうした議論は私見ながら私はいささか情緒的、乱暴な議論であり、憲法の無視にも繋がりかねないとの危惧を持っている。
また、この問題は当然のことながら安保条約の改正にも直結することから慎重でなければならない。そもそも「戦力の保持」、「交戦権」を一切否定している9条の規定からは自衛隊の保持も許されないのではないかとの疑問を生じさせ、長きに亘って不毛な議論が展開されてきた。
そうした中で政府は憲法前文で確認している国民の平和的生存権や生命・自由・幸福追求に対する国民の権利を国政上尊重すべきとする13条の規定の趣旨を踏まえると我が国に対する武力攻撃があってそうした国民の権利が危険にさらされるような状況に際してこれを排除するための実力の行使まで憲法は禁じてはいないとの解釈をとっている。
従ってそれ以上に集団的自衛権(我が国が直接(・・)攻撃(・・)されて(・・・)いない(・・・)にもかかわらず外国に対する武力攻撃を実力をもって阻止する権利。この実力阻止に当たる行動とはどこまでをさすのかは十分議論がつくされる必要がある。)の行使まで解釈で認めようとすることはその限界を超え困難といえる。
仮にこれまでの解釈の延長線ではなく、百八十度異なる解釈を取るとしても国の基本法たる憲法について内閣の判断のみで行うことが妥当かは多いに疑問が残る。 時々の内閣の解釈のみで国の方向を大きく転換することが国際社会の信頼を得られるのかという問題も生じよう。やはりそれは改正によらざるを得ない。
そもそも安全保障の基本となる9条の条文自身その解釈に混乱をきたすような表現となっていること自体決して好ましい事ではなく、またそのことから発している問題であるだけにすみやかな改正のための努力、即ちできる限り前広に国民の前に問題提起し、国民的議論、コンセンサス作りを図っていくことが極めて重要といえる。
平成25年
●123号 25.07.01 敵基地攻撃能力を考える 山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
●122号 25.04.01 新たな段階に入った北朝鮮のミサイル開発 長谷部洋一(全国防衛協会連合会常任理事)
●121号 25.01.01 防衛論議雑感 江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
千葉 徳次郎(全国防衛協会連合会常任理事)
E町にとって、突然の東北地方への災害派遣は部隊だけの事態ではなく、町全体で対処すべき有事であり、隊員が後顧の憂いなく即応して任務に邁進できたのは、常日頃から駐屯地と一体となって国民の生命・財産を守るという町民達の気概があればこそであった。
「防衛力の枠組」 防衛力とは、国の領域と国民の生命・財産を守り抜く意思と能力であり、特に、国境に配置された陸上戦力は不退転の国民決意そのものを示す。防衛力は、直接的又は間接的を問わず国防の目的に資する有形無形のあらゆる国力からなり、その効果は、抑止力そして対処力として脅威に感作を及ぼす。
直接的有形防衛力は自衛隊(軍事力)そのものであり、部隊や防衛予算の規模等が国民意志である。その意味で、周辺国の軍事力増強動向とは逆に、10年ほど前から一方的に隊員や予算の削減を継続したことは、誤った戦略的メッセージとなり、今日の日本周辺の防衛環境を不安定化させた一要因ともいえよう。 間接的有形防衛力は自衛隊が活動するに不可欠な他の国力であり、例えば、防衛産業、建築・土木、情報・通信、運輸・交通、衛生・医療等である。間接的防衛力は機能別防衛力ともいうべきものであり、その活用は、自衛隊の維持運用の合理化・効率化につながり、自衛隊と相俟って結果として防衛力の強靭性を増す。先の大震災時に、自衛隊が活動できたのは民間企業等との連携がとれたからであり、法制度などを整えれば対応可能な分野は更に広がる。
無形戦力は、部隊の精強性、或いは国民の民度等であり、核心となるものは、「国民一人ひとりの国を守るという気持」そのものである。この国民意識が単なる掛け声ではなく具体的な形となった時に「防衛力の基盤」となり、周辺国に対して正しくメッセージとして伝わる。北朝鮮による拉致事件、或いは、尖閣諸島をはじめ竹島や北方領土問題等に関する国民、政党等の対応の不一致は、相手国の付け入る基盤脆弱化の隙となり、同盟国や友好国の不安感を助長させることとなる。
そのような中で、『防衛計画の大綱』に方向性を与える『防衛力の在り方検討に関する中間報告』に、「関係省庁の連携」「地方公共団体及び民間企業等との連携」など国としての総合的な取り組みが記述されたことは、新たな時代における防衛力の機能的枠組みを検討するに際し大きな意義がある。
「最強の防衛力」 我が国の四面環海の地勢特性、有史以前からの台風、地震、津波等自然の脅威に対して団結して助け合って生き残る術を、日本民族の遺伝子として組み込ませ独自の資質を形成させたと云えよう。一方で、他民族からの脅威は、大陸で興亡を繰り返した民族や王朝等とは異なり、防人(さきもり)創設に至る7世紀の「白村江の戦」や武士団の活躍した13世紀の「蒙古襲来」など稀であり、戦って生き延びるという民族的伝承は希薄だったと云えよう。しかし、19世紀幕末の黒船来航等は、改めて他民族による支配(被植民地化)を意識させ、独立を守るために国家の総合力結集の必要性を促し、国民教育等による「国は全国民で守る」という国民意識を確立させた。
先の大戦の後、挙国一致した日本人の強さに震撼した戦勝国は、再び日本国民が団結して立ち上がることを阻止するために、徹底して国民統一意識を分断、破壊することを図った。その結果、愛する人を守るために戦う等の普遍的価値観の全否定から始まった戦後教育は、行き過ぎの個人主義と相俟って、国を守ることを忘れさせ、国を愛する気持ちを失わせたのみならず、家庭や地域社会の絆すら弱化させる要因の一つとなった。
『防衛白書』にある「国を守るという国民の気概の充実を図る」ためには、先ず、家庭、地域社会、学校等のそれぞれの躾・教育の場において、「愛する家族を守る」「助け合って地域社会を守る」ことを出発点とすることが必要であろう。教育基本法に示す「我が国と郷土を愛する」ということは、日本人の資質を形成してきた日本の歴史を知り、文化、伝統を尊重し、そして最も重要なことは、戦後教育で改造・破壊を試みられた危機に際して団結して対処するという遺伝子を覚醒させることも含まれるであろう。国を愛し、国を守る気概とは、偏狭な民族主義や国家主義ではなく、日本の素晴らしさ、守るに値する国、日本人であることを誇りとする等の国民教育によって培われる強力な防衛力そのものである。
「エピローグ」 今もなお、日本国民の団結を阻止・妨害しようとする国内外の各種勢力は、戦略的アプローチで活動を続け、その成果を推し量って行動している。そのような中で、東日本大震災派遣から帰還した隊員の慰労会を、多くの自治体が留守隊員や家族も含めて催したことは、E町のような地域社会や国民が少しずつ増えている証左であり、今後の防衛力の在り方に希望を与えるものである。 今こそ、各防衛協会会員が地域社会や他の防衛関連団体と連携して、国防力の基盤醸成等という理念の具体化を図り、国民の一人ひとりが家庭を、地域を、国を愛し守る気概を持ち、国民が一致団結するように行動するべきと考えている。
山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
敵基地(策源地)攻撃能力の保持については、過去にも議論された経緯があるが、未だ意見の集約はなされていない。 弾道ミサイルと核の脅威 昨年十二月のテポドン2改良型弾道ミサイルの発射試験は、北朝鮮のミサイル開発技術の高さを示した。四月の失敗から僅か八カ月後に発射に成功し、衛星らしき物体を軌道に乗せた。
防衛省の分析によれば、この改良型弾道ミサイルは射程1万キロ以上であり、米国本土に優に届く能力を持つ。一方、今年四月初頭、北朝鮮はテポドンとは異なる新たな中距離弾道ミサイル「ムスダン」を平壌市山陰洞の兵器工場から日本海沿岸のミサイル基地へ移動させ発射の威嚇を行った。
「ムスダン」は、2010年10月の軍事パレードにおいて初めて世界に公開された。また、新たな大陸間弾道ミサイルとして「KN‐08」の存在がある。このミサイルは、2012年4月の軍事パレードにおいて初めて公開された。張りぼてという見方もあり詳細は不明であるが、北朝鮮はこの種の弾道ミサイルを製造する技術を有している。
我が国を標的とする弾道ミサイルは「ノドン」である。このミサイルも初めて姿を現したのは「ムスダン」と同じ2010年の軍事パレードにおいてであるが、既に2百発以上が配備されていると言われる。問題は、これらのミサイルに搭載される小型核弾頭の開発である。重量1トン程度の小型核弾頭1発による被害は、広島、長崎型原爆(約20キロトン)に相当するとされる。
我が国はその開発状況を真剣に注視すると共にミサイル防衛(BMD)体制を強化しなければならない。 敵基地攻撃能力の保持 我が国のBMD体制は、発射された弾道ミサイルの迎撃に能力が限定されている。
現状のイージス艦搭載ミサイルやPAC‐3は、ミサイル攻撃に対する一定の防御能力はあるが、多数の弾道ミサイルによる連続攻撃には対処が困難である。従って、現状のBMD体制では、弾道ミサイル攻撃に対する防衛能力は不十分と言わざるを得ない。イージス艦、PAC‐3の数を増やして我が国をハリネズミのようにする考え方もあるが、これとて自から限界がある。
ここで、敵基地(策源地)攻撃能力の保持をもって迎撃能力の不足を補い、BMD体制の完璧を期するという考え方が成り立つ。我が国がこの種の攻撃能力を持つことについての憲法解釈としては、1956年2月の国会において、鳩山首相(船田防衛庁長官代読)が「例えば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれる」と答弁している。
これは、明確に誘導弾による攻撃があると判断される場合の敵基地への先制攻撃のことを指していると解釈できるが、現在は当時と違いミサイル迎撃能力を持つ時代であるので、ミサイルを発射された場合、まずミサイルの迎撃を行い、更なる攻撃を防ぐために自衛権の発動(防衛出動)により敵基地を攻撃するという考え方が妥当であろう。勿論、先制攻撃の可能性を否定するものではない。
また、「ノドン」や、「ムスダン」、「KN‐08」などのミサイルは、「テポドン」と異なりTEL(移動発射台)から発射されるため、その位置の特定が難しく、移動中のTELを破壊することも困難という理由で、攻撃は殆ど意味がないという意見があるが、これは軍事的妥当性に欠ける。TELは、必ず策源地、即ちミサイルの整備、搭載、補給等の作業を実施する基地から発進するのであるから、これを叩くことにより目的が達せられる。
敵基地攻撃のためのアセットとしては、潜水艦、護衛艦に搭載するトマホーク級長距離巡航ミサイル、戦闘機等に搭載する精密誘導爆弾、対地ミサイル、更に陸上から発射する巡航ミサイルなどがある。衛星等あらゆる手段による敵基地に関する正確な情報の入手も必要不可欠である。現有システムの強化に加え、これらを含めた強力なBMD体制の整備が強く望まれる。
長谷部 洋一(全国防衛協会連合会常任理事)
①3段目の推進装置を含む物体は、概ね平坦な軌跡をとって、軌道を変更しながら飛翔を続け、地球周回軌道に何らかの物体を投入させたと推定される。一方、当該物体が、何らかの通信や、地上との信号の送受信を行っていることは確認されていないことから、人工衛星としての機能を果たしているとは考えられない。
②「テポドン2」の派生型である3段式のミサイルが利用され、今回検証された技術により長射程の弾道ミサイルを開発した場合、その射程は約1万㎞以上に及ぶ可能性がある(ミサイルの弾頭重量を約1トン以下と仮定した場合)。
③今回の発射を通じ、弾道ミサイルの能力向上のために必要となる大型の推進装置の制御、多段階推進装置の分離、姿勢・誘導制御等、種々の技術的課題の検証を行い、かつこれら技術を進展させていることが示された。
④北朝鮮の弾道ミサイル開発は新たな段階に入った。北朝鮮は、長射程の弾道ミサイルの実用化に向け、より高高度から高速で大気圏に再突入する弾頭を高熱から保護する技術、精密誘導技術、発射施設を地下化・サイロ化するといった抗堪化技術等の追求を図り、長射程の弾道ミサイル開発を一層進展させる可能性が高い。
公表された分析結果にあるとおり、今回の発射によって、北朝鮮の弾道ミサイル開発の進捗状況と将来保有すると予想される能力が明らかになった。昨年4月のミサイル発射失敗を考えれば、短期間に問題を解決し、ミサイル本体の技術全体を進展させていると認めざるを得ない。射程約1万㎞以上とは、北朝鮮から米国本土へ到達する距離である。
米国へ向かうミサイルに関して、安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会報告書(2008年6月24日)に4類型の一つとして、「米国に向かう弾道ミサイルを我が国が撃ち落す能力を有するにもかかわらず撃ち落さないことは、我が国の安全保障の基盤たる日米同盟を根幹から揺るがすことになるので、絶対に避けなければならない。この場合集団的自衛権の行使によらざるを得ない。」と提言されている。
第2次安倍政権は集団的自衛権の憲法解釈問題への取組みを表明している。北朝鮮の弾道ミサイルが米国本土へ向かう可能性が高まった今日、日米安保体制を揺るぎないものとするため、集団的自衛権の行使容認へ解釈を変更すべきであると考える。
我が国は、既に配備されていると考えられるノドン(射程約1,300㎞)により、ほぼ全域が射程内に入っているが、命中精度は特定の施設をピンポイントに攻撃できるような精度の高さではないと見られている。今回の発射により、ノドン等射程の短いミサイルの射程の延伸、弾頭重量の増加や命中精度の向上につながれば、我が国への脅威は増大し、弾道ミサイル防衛態勢の強化が必要となろう。
弾道ミサイル防衛態勢の重要な機能に情報がある。今回の発射で、発射前日の11日「ミサイルが発射台から撤去、解体された」とする情報が韓国政府関係者から韓国メディアに伝えられ、日本のメディアもその内容を報道した。韓国国防省報道官は「これは北朝鮮が(周辺国を)欺くさまざまな行動をとっていたようだ」と発射翌日の13日明らかにした。北朝鮮国内の通信網で11日に「(ミサイルを)分解し、修理する」との交信が行われていたとの情報もある。
正に情報戦でやられてしまった格好だ。我が国は1月にレーダー衛星の打ち上げに成功し情報収集衛星は政府が目指してきた光学衛星、レーダー衛星各2基の4基体制による本格運用の体制が整った。今後情報収集衛星を活用した独自の情報収集能力を高めるとともに米・韓を始めとする関係国と連携を密にし、弾道ミサイルに対する情報収集体制の更なる強化が望まれる。
江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
こうした中で、政府は石原東京都知事の動きに背中を押される形で、平穏かつ安定的な維持管理のため、尖閣諸島三島を国有化すると同時に海上保安官の権限を強化しました。昨年の通常国会における内閣提出法案の達成率は57%と極めて低調でしたが、その中で海上保安庁法等の改正を行い、これまで犯罪発生時における海上保安官の逮捕権限が海上に限られていたのを遠く離れた離島においては陸上においても行使できるように改められました。
これによりかって中国の活動家7人が魚釣島に不法上陸した際、沖縄県警の警察官が急遽石垣島からヘリで駆け付け逮捕、強制送還するという泥縄式の対応は今後改善されることとなりました。また同時に、領海等における不法外国船舶に対しては立ち入り検査という手続きを経ずに即、退去命令を出せるようにする改正も併せ行われ、現場における迅速な対応が可能になったといえます。領域警備法制の強化・整備を要望している私共として一歩前進と評価しております。
一方、大変残念なことは国際平和協力法の一部改正法案の国会提出が見送られたことです。この改正案では自衛隊に「駆けつけ警護」の任務、権限を付与すべく検討が進められておりました。政府は二年ほど前から、関係省庁で構成する「PKOの在り方に関する懇談会」を設け種々の課題について検討を進めてきました。その成果も踏まえた法改正だった筈のものですが、土壇場で部内調整が間に合わなかったと言うことです。
恐らくこの「駆けつけ警護」が集団的自衛権の行使につながる、あるいはそこまでいかないにしても国対国の武力衝突につながりかねず、海外での武力行使を禁じている憲法の趣旨から認められないといった根強い反対論があったのではないかと思われます。
最近の国連PKOのミッションは伝統的な停戦合意を支える平和維持活動ばかりでなく、紛争直後から展開し場合によっては武器使用を伴う文民保護や当事国政府が安定的な平和を回復するまでの間における暫定的な安全の提供、更には元兵士の武装解除・社会復帰、地雷対策、人権の保護・促進、選挙支援、統治機能の回復等々長期的な平和構築のための支援活動がより重要になってきていると指摘されています。そうなると軍事のみならず非軍事部門からの巾広い知識・専門性を有する人材の投入が求められ、活動の現場においては軍、国際機関の職員、NGO等の民間人等々による相互補完的な共同作業が展開されるということになってきます。
我が国のPKO活動は既に20年の歴史を持ちますが参加五原則、厳格な武器使用基準の下でいわば抑制的に行われてきました。この基本的スタンスを大きく変えないまでも同活動に積極的に取り組んでいくことを内外に表明している我が国としてはこうした現実も踏まえ、ニーズにあった対応をしていく必要があるといえます。
法案が未提出となったことからこの「駆けつけ警護」の具体的内容が必ずしも定かではありませんが少なくとも自衛隊と別の場所で活動している文民等が暴動に巻き込まれ危険にさらされているというような場合にこれを助けに駆けつけ警護できるようにすることは必要であり、可能ではないかと思っています。できることならこの対象に他国の軍隊、例えば本隊から離れて行動している分遣隊が危険にさらされている、これを最寄りにいる自衛隊が駆けつけ警護、支援するといったケースも各国軍隊の共通の常識として応えられるようにする必要があるのではないかと思っています。
武器の使用についても事態に応じて合理的に必要な限度ということは当然としても余り国内法的な概念に縛られず国際社会の現実を踏まえた対応が必要だと言えます。そうでないと活動の実効性はおろか自衛隊の派遣がいずれ他国の軍隊のお荷物になりかねない事態になるのではないかと危惧しています。日頃標榜されている政治主導が発揮され、早期の解決が強く望まれるところといえます 。
平成24年
●119号 24.07.01 東シナ、波高し 泉 徹(全国防衛協会連合会常任理事)
●118号 24.04.01 迅速な国策遂行のために-両院協議会の活用 大越 康弘(全国防衛協会連合会常任理事)
●117号 24.01.01 人的基盤の改革には幅広い検討を 江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
永岩 俊道(全国防衛協会連合会常任理事)
「安全」ということに関して言えば、そもそも航空機の運用は地に足をつけていない以上、大事故の発生は皆無とは言えません。確率的に事故率がゼロでないと民間機にも乗らないというのでしょうか?
「絶対安全」が幻想であることは昨年の3.11東日本大震災及びそれに引き続く福島第1原発事故によって思い知りました。大事なことは、そのことを深刻に認識し、大事故の発生を未然に防ぐべく、人的要因、整備、環境、管理面等全般にわたる事故防止施策を、人智を尽くして適切に講じることです。
そもそも、米軍は搭乗員の安全を殊更重視し、その安全管理はシビアかつ理論的で信頼性がとても高いと思います。我が国独自の咀嚼・確認ももちろん大事ですが、その着眼は事故防止対策が幅広い視点で適切になされているかということになるでしょう。国民に対するオスプレイの安全性の説明もその視点からなされるべきと考えますが、そのこと以上にまず国民に理解してもらわなければならないことは「我が国の安全保障上、何故オスプレイの配備が必要なのか」というそもそもの戦略的な価値ではないでしょうか。
米国における「V-22オスプレイ計画」は、国防省が、将来の厳しい作戦環境を見据え、軍種を超えた広範なニーズに応えようと、ティルトローター垂直/短距離離着陸航空機の開発、試験、評価、調達及び実用化について積極的に推進してきたものです。回転翼機及び固定翼機双方の利点を生かしたこの「ドリーム・マシーン」は、海兵隊による上陸/垂直強襲への所要、海軍による迅速な戦闘捜索・救難への所要、米国特殊作戦コマンドの特殊作戦への所要等を満たす高性能次世代航空機として「21世紀の国防における優先順位」の高い戦略的な装備品です。
一方、中国は近年目覚ましい勢いで海軍力を強化してきており、日本列島、台湾海峡、フィリッピン・南シナ海を結ぶ第1列島線以遠に至るまで積極的に艦隊を進出させています。中国の覇権獲得の強引な動向は我が国としても看過できない所です。米海兵隊が「オスプレイ」を米軍普天間飛行場に配備するのは、まさにこれら中国の海空戦力の増強等による「接近阻止/領域拒否」戦略への対応と、朝鮮半島有事への抑止力及び即応力としての体制整備であり、これらに鋭く睨みを効かせるものです。
中国の「接近阻止/領域拒否」戦略が顕在化し、沖縄や島嶼防衛の関心が高まるなか、自衛隊の戦力投射能力の向上は喫緊の課題です。そもそも、離島防衛も含め、日本の防衛を真剣に全うしようというなら、海兵隊的能力・機能の保有は欠かすことのできないものです。日本に海兵隊的能力・機能が欠落している以上、米海兵隊の日本駐留は現段階における次善の策であり、縦横の機動性を有する新鋭オスプレイの配備は日本防衛にとって極めて重要な戦略的価値を有するものと考えます。海兵隊のエイモス司令官はこの配備を「死活的に重要だ」と述べましたが、まず、日本政府自身がこの重要性を国民に対して正面から強く訴える必要があります。また、国民も我が国の安寧に係ることとしてこれらのことを冷静に認識する必要があります。
泉 徹(全国防衛協会連合会常任理事)
中国が東シナ海の資源に目を向けるようになったのは、昭和41年(1966年)国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の報告により、有望な海底資源が脚光をあびた事による。それまで全く、尖閣諸島の領有を主張した事のない中国が昭和45年(1970年)頃から尖閣諸島の領有を主張し始める。 そういった中、日本、韓国、台湾は東シナ海の海底資源については大陸棚の共同開発として話し合いを開始する。話し合いは順調に進み 昭和46年(1971年)の11月には日本、韓国、台湾による大陸棚資源開発に関する連絡委員会が発足し共同開発の方向で進展し始めることになる。
しかし、同じ年に中国は速やかにこれに介入し3ヶ国による尖閣海域の共同開発に対する非難、恫喝を始める。それでも昭和49(1974年)年1月には、日本と韓国は日韓大陸棚協定に署名し、東シナ海の資源開発に踏み込んだ一歩を記した。韓国政府はこの協定を速やかに批准したが、日本は4年後の昭和53年(1978年)特別措置法を成立させやっと批准にこぎつけ施行となった。
この間、昭和47年の日中国交正常化や中国外務省の激しい非難もあり結局批准まで4年を要している。現在でもこの協定書は生きているが中国の尖閣諸島の領有も含めた中国の激しい非難により、現在に至るまで、当時、実施した海域の調査以外、全く進展が図られていない。ただし、各油田の名称のみは白樺、樫、楠、桔梗等、当時の日本側調査の名残を残している。当然、中国は、中国名で名称を付与したのは言うまでもないが、それは、つい最近のことである。
1980年代に入り、この頃から鄧小平による積極防御戦略が打ち出され、後の副主席となる劉華清がこの戦略を海洋に広げ近海防御戦略として海軍力の強化に乗り出す。
中国は毎年2桁の伸びを示す軍事予算に裏付けられた海軍力の強化もあって、中国調査船等の動きは、年を追うごとに行動海域を広げていくことになる。2000年まで中国海軍の活動に目立った動きはないが、中国調査船及び漁船の動きは年を追うごとに活発になっている。
2000年までの中国調査船等の活動海域は、沿岸海域から東シナ海において、水温、塩分、海流及び海底状況等の調査を行い、2000年代に入ると、徐々に調査海域を広げてきている。
2001年には調査船ヤンビンが日本を一周し示威行動を示しているがこれは、概ね1990年代までに南シナ海の南沙諸島、西沙諸島の島々を実効支配し、東シナ海に視点を移した時期と符合している。
そして、2001年以降、調査海域は太平洋全域に広がり、2005年には、中国国家海洋局所属の「大洋1号」が初めて、世界一周を伴った海洋調査活動を展開した。 海軍艦艇の動きも調査船等の海域調査が進むにつれ、活発化してきている。2004年11月10日には、中国の原子力潜水艦が石垣島近海にて領海侵犯し、海上警備行動が発令され海上自衛隊が対応している。
2008年10月21日未明には対馬海峡を経由しウラジオストックを訪問した4隻の中国海軍艦艇が高速で津軽海峡を通過する。勿論、津軽海峡は国際海峡であり無害通航は問題ないが、海峡幅11マイル(約20キロメートル)程度しかない国際海峡において、領海(領海:3マイル(約5.5キロメートル))のすぐ近くを無言のまま、威圧的に通過していった事実は、覇権的な行動の現われと言える。
更に、その10日後、10月30日には、中国海軍トップの呉勝利司令官が時の防衛大臣、海上幕僚長及び自衛艦隊司令官と会見し自国の主張と中国海軍の正当性を一方的に述べ、ホットな議論となっている。
そして、同年の12月8日には、中国の調査船2隻(海監51号及び海監46号)が尖閣諸島の領海内を9時間半にわたり行動、海上保安庁巡視船の呼びかけを無視して領海侵犯を続けた。
これらの行動は漁船や調査船による調査から海軍艦艇による示威行動に移り、最終的な軍事行動による占拠といった一連の南シナ海における南沙・西沙諸島の領有化の動きに類似している。
又、中国海軍艦艇、調査船の東シナ海、南シナ海への進出、領有化の動きは、米海軍力のベトナム トンキン湾及びフィリピン スービック湾からの撤退時期と符合している。このような情勢下、今ほど、日米関係が重要な時はない。 我が国は、周辺を海に囲まれ、資源もなく、人口の大部分が都市に集中している島国である。資源を輸入し、高付加価値にして輸出する現在の経済システムが我が国の生存を支えていく時代は、今暫く、続くであろう。 そういった地政学的な環境にあって、海洋の自由利用を確保することは極めて重要である。又、東シナ海は、重要なシーレーンが存在し海底資源も多く眠る極めて重要な海域である。
こういった海域に速やかに展開でき、専守防衛を越えた武器システムを保有する米海軍や米海兵隊の存在意義は極めて大きい。勿論、海上自衛隊の艦艇や航空機の速やかな展開と共に、航空自衛隊の航空優勢獲得能力及び陸上自衛隊の島々への展開能力も極めて重要である。
この東シナ海で、紛争に発展しないまでも不穏な情勢が生起すれば、不利益を受けるのは、中国でもなく、北朝鮮でもない。日本と韓国がもっとも大きな損失と不利益を蒙ることになる。
そういった意味でも米軍の存在及び自衛隊の即応体制は極めて重要であり、西太平洋地域の安定と我が国の生存がかかっている東シナ海と言える。これまでの普天間移設問題に関する鳩山前総理の発言や小沢元党首による議員団訪中がこういったことを理解した上での発言・行動かは疑わしいがこの地域への不安定要因をかもし出した事は事実である。
こういった情勢下、東日本大震災において国をあげて支援してくれた同盟国の負担に応える意味でも防衛予算に少しでも上乗せをし、この地域の平和と安定に寄与すべきと思うが、来年の防衛関係費は又、削減であろうか。
大越 康弘(全国防衛協会連合会常任理事)
しかるにわが国は、現在衆議院と参議院がねじれ、衆議院の与党が参議院で多数を占めていないために法律が成立せず、政府与党の重要な政策が決められず、そして実施されずに停滞している。これは、憲法の規定により、法律の成立については、衆議院と参議院双方での可決が必要となるからである。
衆議院で3分の2の多数で再議決すれば成立するが。ただ総理大臣の指名、予算、条約の承認についてはこれも憲法の規定により衆議院の可決だけで成立する。いわゆる衆議院の優位である。
国内の状況変化に応じて解散し民意を反映することとなる衆議院と当選すれば6年間は議員の身分が保証され、国内情勢の変化があっても民意が6年間固定することになる参議院とが同等の権限を持つというのは、憲法の規定とはいえおかしなことである。これゆえ、参議院の廃止論が話題に上ることになる。
憲法改正となると長年月かかる。現在の深刻な状況にあってはそれまで待つことは出来ない。これを打開するために何か知恵はないだろうか。 衆議院と参議院の意思が異なったときの打開機関として、これも憲法の規定で両院協議会というものがある。それぞれの院から10名の議員が参加して3分の2により決定した成案はそれぞれの院に持ち帰って双方可決すればその案が立法府の決議案となって成立する仕組みである。
自民党が与党として衆・参院で多数の時代はその必要も無かったが、平成19年の参議院選挙以来、衆・参院で賛否が分かれ成立しない重要議案が増えてきた。 総理の指名でこれまで5回、条約承認で2回両院協議会が開かれたが成案に至らず、いずれも憲法に規定により衆議院の議決どおりとなった。
法律案についてみれば、戦後の混乱期の昭和23年から28年まで19回両院協議会が開かれ、そこで修正され又は衆議院案のまま両院協議会の成案として両院の議決を得て28の法律が成立している。
近年では平成5年に公職選挙法一部改正案、政治資金規正法一部改正案等が衆・参院で議決内容が異なり両院協議会で一括協議した結果、成案を得て両院で可決し、いずれも法律として成立したことがある。 今日の日本においては、世界の激しい競争の中で経済発展し国民が働く場を得て発展するためには、多国間貿易経済取決め、エネルギー問題、農業改革、税制改正、財政改革、教育人材育成問題、子育て改革、さらには老後安心・若者軽負担の年金改革、安心安定の医療・介護サービス等々のためには思い切った政策を迅速に実行に移さねばならない。
しかるに、国会では、足の引っ張り合い、党利党略、選挙目当ての政治主張でゴタゴタして政策が日の目を見ない。政府与党も参議院で多数をとれないので、思い切った国会対策を進められないでいる。
このような情けない状況を早急に打破するためには、憲法改正を待っていられないので、政治の知恵で両院協議員会を活用するしかない。どうするか。 まず両院協議員会における衆・参院からの委員数を衆・参議院の定数に比例させる。議員定数は現在衆議院が480名、参議院が242名の2:1なので、衆議院からの定数を20名とすれば、参議院からの委員定数を10名とする。
そして両院協議員会の委員として選ばれる議員は衆・参議院でのその法案の賛否数に応じて党会派から選任することとする。その委員により協議し、その多数決により両院協議員会の成案とする。
そして、その成案は衆・参議院双方において可決することとして法律として成立させることにする。現在の両院協議員会の定数は法律により衆・参議院からそれぞれ10名となっているが、これは法律を改正すれば変えられる。 また、両院協議員会での可決は3分の2の多数となっているが、これも法律を改正すれば変えられる。問題は、両院協議員会の多数決で決まった成案を衆・参両院が当初の院決議と異なったものとなっても国会の総意として無条件に可決することにある。 これは、衆・参議院の議員の総数の意思で法律案の可否を決めることを意味する。いわば、国会開会式でのように衆・参議員が一堂に会して、そこで法律案の賛否を決めるようなものである。
現在の国会状況に合わせて考えれば、与党の民主党と国民新党は衆議院で296名、参議院で109名だから、両院協議員会の衆議院選出委員で20名中12名、参議院選出委員で10名中4名となるから、採決すれば30名中16名の多数で与党案が成案となる。
将来の選挙の結果両院協議員会で衆議院の与党が過半数を占めるとは限らないが、現在よりはるかに国民の全体意思が反映され、国策遂行が格段に前進することになる。
このことは、衆議院の与党が二大政党のどちらが多数をとっても、衆・参議院のねじれにより政策が停滞することから逃れて国家、国民のため政治を前進させる政治的知恵だということで各政党には了解していただきたい。 憲法改正せずにできる国会の良識不文律として。
江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
会員の皆様には日頃防衛協会の目的達成のため熱心に取り組んで頂いていることに心から敬意を表します。 殊に昨年は「ガンバレ自衛隊応援募金」を募りましたところ、予想を大きく越える浄財が寄せられました。募金の趣旨に則り適切な執行に努め、大きな成果を挙げることができたと考えております。 皆様の暖かいお心と熱意に厚く感謝申し上げます。
この未曾有の大震災に際し自衛隊は陸海空の統合任務部隊を編成し、十万人を越える総力を挙げた態勢で対応に当たられました。この身の危険を顧みない昼夜を分かたぬ献身的な活躍は被災された方々のみならず、等しく全国民の心を打ち自衛隊に対する評価を一段と高めたところであります。
自衛隊は今回の活動を通じて各級レベルにおける日米間の指揮調整要領、原発対処能力等々多くの教訓・課題を得られたことと思います。それらは今後の施策に十分反映し、一層の充実発展に繋げて頂きたいと願っております。
そうした中、私自身気になることがあります。それは人の問題です。十万人規模の態勢となれば交代要員を含めその倍の数は必要となります。 加えて一刻たりとも忽せにできない周辺海空域の警戒監視、今や恒常化している国際平和協力業務等々を考慮すると現状の人的規模で本当に支障はないのかという心配です。 最近発表された対領侵措置としての緊急発進回数も増加傾向にあります。
またペルシャ湾への掃海艇派遣に始まった国際平和協力活動もその後内容が逐次多様化・拡大し、震災対処中もソマリア沖・アデン湾、ハイチ、ゴラン高原等々世界各地で一千人規模の隊員が活動を続けている状況です。
先に策定された新防衛計画の大綱では陸上自衛隊の定員が一千人削減されました。装備の質的近代化等により省力化の余地が生ずるとしても自ずとそれにも限界がありましょう。
一方で政府は今回の大震災に際して200に及び国々・国際機関から頂いた暖かい支援に報いるためにもその一端を担う国際平和協力活動に積極的に取り組んでいく旨表明されております。この要請にも応えていく必要がありましょう。 抑も、新たに任務を課す以上その達成に必要な手段が与えられなければなりません。この活動の位置づけは平成19年に大きくその性格を変えました。それ迄は現に保有している人員装備を活用して実施するいわば付随的任務ということでしたが、同年以降は防衛出動、治安出動、災害派遣等々と並ぶ本来任務と位置づけられました。
これにより同任務の遂行に必要な人員装備はその整備が可能になったということです。
また新大綱は従来の基盤的防衛力構想を転換し、今後は動的防衛力を構築するとされました。この動的防衛力というのは運用面に着眼した概念であるといえます。それがどうして基盤的防衛力構想と同列に対比される概念なのかよく理解できませんが、同構想をすてて必要とする量的規模を算出できるのか。また、同構想では情勢に重大な変化が生じ新たな態勢が必要となったときはすみやかに新態勢に移行する、そのため基盤的防衛力においては急速養成が困難な高度の技術を駆使し得る要員をゆとりをもって保有しておく等、強固な態勢の中核となり得る力を備えておくよう求められておりました。 動的防衛力ではこうした面への取り組みはどうなっているのか。昨年八月、新大綱に示された各種検討課題への取り組み状況が中間報告されております。それによると人的基盤に関する改革推進については幹部・准曹の比率を引き下げ、士を増勢する。そしてその士を第一線に優先的に充当し、それ以外の職務に中高年層を活用、それに適した処遇を適用する「後方任用制度」等を導入するとしています。理屈の上では理解できても第一線と後方部隊が職務の別なく一体となって活動する現実の部隊運用と巧くマッチするのか懸念されるところです。
もとより人員の増加は人件費の増加を招きます。防衛とて国の他の諸施策との調和を図りつつ整備を進めていかなければなりません。要は資源の重点配分の問題といえますが、大綱別表が示しているように基幹部隊の他、海空自衛隊にあっては装備が、陸上自衛隊にあっては人が戦力の指標であります。これらの諸点を十分踏まえ、将来に禍根を残さぬよう巾広い検討が引き続き行われるよう切に望まれるところといえます。
平成23年
●115号 23.07.01 想定外の事態 澤山 正一(全国防衛協会連合会常任理事)
●114号 23.04.01 ”愚者の楽園”からの脱却を! 廣瀬 紀雄(全国防衛協会連合会常任理事)
●113号 23.01.01 防衛協会の仕事に携わることになって 江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
廣瀬 清一(全国防衛協会連合会常任理事)
東日本大震災は日本にとって深い傷跡となって残るであろう。その影響は計り知れないものがある。特に福島第一原発の事故は国民全体を不安の底に陥れ、未だに復興の光明が見えない。この間における自衛隊の活躍は国民にとって大きな支えとなり、被災者救援の単なる物理的な支援にとどまらず、精神面でも国民全体に大きな心の支えや希望となった。この国難にあたり日本が一丸となり官民挙げて一日も早い復興を成し遂げなければならない。
さて、災害派遣部隊は主力が撤収され、自衛隊は本来業務へと態勢を整えつつある。自衛隊には多少の戦力回復が必要であろうが、周辺の国際情勢は待ってくれない。新たな防衛大綱の実現はもとより、南スーダンへの新たなPKO部隊派遣の検討や、周辺海空域における警戒、普天間基地問題、島嶼防衛のための部隊配置等、検討も進めなければならない問題は山積している。
今般の災害派遣において自衛隊の重要性は全国民が深く認識するところなったが、「有り難う、ご苦労様」で済ませてはならない。この大規模複合災害の発生で様々なことが明らかになった。
また、災害派遣にあたり多くの教訓が得られた。初めての統合任務部隊の編成、10万人を越える規模の災害派遣、日米共同の救援活動、広域かつ陸海空が一体となった活動は、かつてなかった経験である。この教訓をしっかりと生かし、次への時代へ引き継ぐことが重要である。
例えば、自衛隊の平時における人的規模は本当に適正なのか、予備自衛官を招集する事態となったが予備自衛官制度や規模は適正か、10万人の動員で日本周辺の警戒態勢に怠りや問題は生じなかったか。原子力災害での対応は充分であったか、これらの人員装備等の問題の他、政府や防衛省内での意志決定や補佐機能、また情報伝達や指揮命令の徹底等に齟齬はなかったか。全般的には素晴らしい活躍で立派な成果を残したと言えるが、しっかりとした評価こそ次世代への大きな遺産である。
今年はたまたま「大正百年」にあたり、大正12年の関東大震災からの復興が今日の復興としばしば紙上で比較されている。大正デモクラシーの後に起きた関東大震災では官民挙げて復興にあたり、大きな成果があったと言われている。
また、その後に大正軍縮があり満州事変への道を歩んだ歴史や数々の過去の教訓をしっかりと学び、今日の防衛に生かされなければならない。
2 防衛政策見直しの必要性
新防衛計画の大綱は新安保懇の提言を受けて昨年11月に閣議決定され、正式に示されたばかりである。新たに動的防衛力の考え方が取り入れられ、また新中期防衛力整備計画も同時に示されたが、僅か半年で、事態は大きな変化を生じてしまった。
日本を取り巻く安全保障上の現状認識について新大綱策定までは整合性はあったのかしれないが、僅か数ヶ月で状況は急変しつつある。昨年末から周辺地域での軍事情勢変化、例えば朝鮮半島での不安定要因の増大、島嶼防衛態勢強化の必要性や日米共同実効性向上の課題はここ数ヶ月でも情勢は大きく変化している。
一方で、東日本大震災により日本の国内事情が急変した。これまでの国家運営の大黒柱に急変が生じたのである。日本丸の舵を大きく切ることが余儀なくされた。先般、復興構想会議の提言を受け、「復興基本方針」が政府により策定され、本格的な復興の方向が示された。
基本方針では復興期間は10年とし、税制措置、復興施策、原子力災害からの復興、復興庁の設置等が明らかとなった。やはり難しい問題は復興財源である。この10年間の国政の方向は復興一筋となることは容易に想像できる。このままでは復興期間における新防衛大綱の実現や中期防衛力整備は財政的に厳しいことは容易に予測できる。この厳しい財政にあって出来ないことがあるのも当然だが、防衛政策の推進において、このまま議論なしで流されることは危険である。どのようにあるべきか大震災後の防衛政策について、しっかりと議論をして対応し、その中で如何に復興に貢献していくかが重要である。
3 プラス思考で防衛政策を推進
復興財源は一般財政とは区別されているが、財政全般において厳しい影響は必須である。防衛に関し、国民の理解がある時に、懸案の課題は解決できる事も多い。日米同盟関係の強化や基地問題の打開、国際貢献活動に関する法整備、武器輸出3原則の見直し、自衛官の名誉に関わる制度の改善、俸給制度見直しの他、全国防衛協会連合会が「防衛問題に関する要望書」で要望している内容で、財政的な問題に関わらず解決できる課題も多くある。
この時期だからこそ努力次第で実現できることもある。この際、しっかりと優先順位を定めて国の防衛を確固たるものにできる目標を明確にすべき時期と考える。
「ピンチはチャンス」の言葉がある。財政的に厳しい時代であるからこそ着実な防衛力の整備は特に重要であり、加えて制度面や政策面のソフトパワーで大きな改善を図るチャンスである。
また10年間の復興期間後に備えた防衛力整備のための基盤を充実する時期でもある。この復興の時期に果たすべきことは多い。その意味で勇気と知恵をもって厳しい難局にあたってもらいたいものである。
復興ビジョンにおいて、あまりにも経済偏重主義ではないか、「お金がかかる」、「財源が難しい」など、財政再建や節約のソロバン勘定ばかりではマイナス思考や縮小思考に陥ってしまう。復興のチャレンジ目標を示し、国民全体がプラス思考になる知恵が必要である。政府防衛関係当局の周到な準備と強い政治的なリーダーシップに期待したい。
澤山 正一(全国防衛協会連合会常任理事)
この大震災関連の報道で、「想定外の事態で・・・」と言う言葉が政府・自治体・東京電力等関係者から何度も使用され、それが色々な事態を招いた言い訳に使用されているのではないかとその都度奇異に感じた所です。
災害等を想定し、想定の中なら対応できるが、それ以外では対応出来なかったと言いたいのだと 思います。
しかし、危機管理を担当する者として、想定していない事態が起きたのならば事態の見積もりが甘いと言われても仕方が無いと思います。最悪の事態を考慮はしていても、その様な事態は考えたくない又は可能性が少なく考える必要が無いので対応を考えなかったと言うのではお粗末と言わざるを得ません。
起こる事態の可能性が低くとも、最悪の事態を考え、それが起きれば大きな影響を生じる事態ならば、起きる可能性も有ると考えリスクとして最小限、対応を検討しておくことが危機管理者としての責務と思います。
今回の例を参考として、色々な正面で危機管理を担当している責任者は、最悪の事態が起きたときのリスクとして捉えている事態をその様な事態は考えたくないとかその様な事態の確率は低いので検討しないという事がないか自らの正面について見直しては如何でしょうか。
これに関連して防衛正面で数年前に起きた出来事について感じる所を述べたいと思います。対象が自然災害か人為的行為という差異はありますが、考える基本は同じと思います。
ゲリラ・特殊部隊への対応等に関する領域警備に関する法律及び自衛隊の武器使用基準等についての議論で、特に特殊部隊という、兵士も厳選され、特別な装備を持ち、特別の訓練を受けたその国の最精鋭と言われている部隊に対し、国民の生命・財産を守るために出動した自衛隊の部隊・隊員の任務遂行に当たり、どの様な事態が生じ、如何にすればその任務が容易に遂行されるかと言った議論は殆ど無く、この法案等が国会を通りやすくするにはどの様にすればよいかとの観点の検討・議論が主体であった様に思います。
有事と平時の狭間にあるという事態に対し、武器使用等に一定の制約をかけるのはやむを得ないと思いますが、政治家や官僚の机上の議論だけで色々な事が決められてきた様に思われます。 どの様な敵がどの様な行動をとり、それに対し出動した自衛隊の部隊・自衛官が任務遂行のためどの様な行動を取る必要があり、その為どの様な事態が生じるかを検討し、その上で権限等を考えるということが不十分ではなかったかと思います。
戦争状況ではないので警職法の準用程度で良かろう位の考えではなかったかと思います。国際貢献活動特にイラクの様な治安が悪い国への派遣に際しても同様だったと思います。
その様な事は考えたくない、余り起こりそうに無いとして検討をせず、国民及び任務に従事した自衛官の血が流されて初めて気がつき「想定外の事態で」とならないようにしてもらいたいものだと 思います。
廣瀬 紀雄(全国防衛協会連合会常任理事)
「他策」公刊以降、歴代政権は「密約」の存在を否定し続けてきた。
しかし、一昨年、政権交代により密約の再検証が行われ、「密約」原本の存在が判明したこともあり、平成22年3月有識者委員会は、「必ずしも密約とは言えない」と結論付けながら、この交渉に人生を捧げた密使「若泉氏」の存在と「他策」の正確性を認め、報告書の末尾では「若泉―キッシンジャールートが開かれたことは大いに評価できる。」とした。
若泉氏は、昭和5年、私の義兄と同郷の福井県今立郡服間村横住(現越前市)の生まれで、福井師範学校から東京大学法学部に進み、保安研修所(現防衛研究所)を経て、京都産業大学教授に就任してい る。
沖縄返還交渉では、安全保障・核戦略分野の国際政治学者として、「戦争で失った領土を武力によらずに取り戻す」という史上類のない難しい仕事に情熱を注ぎ、英米留学中の人脈を生かし、ニクソン政権のキッシンジャー大統領補佐官を相手に密使役を務めた。
同氏は返還交渉後、現実政治に関与せず学研生活に戻っていたが、昭和55年以降、郷土近くの鯖江市に帰郷して大学の講義や来訪外国要人の接遇を除き縁者とも没交渉の隠棲生活を貫き、「他策」の執筆活動に専念した。
公開の心境
若泉氏は、当初「密約」について「墓場までの沈黙」を誓っていたが、後藤氏(後述)によれば、公開の心境を、「沖縄に対する贖罪意識」、「愚者の楽園と化したという憂国の念」、「研究者としての記録の提供」、「国会発言を通じて愚者の楽園と堕した日本の魂に点火し得る可能性」と述べている。 若泉氏は、将来、米国情報公開法による機密解除が行われることを考慮し、永い遅疑逡巡の末、「国家機密(密約)の暴露」による国事犯として訴追され、「天下の法廷(国会)の証言台」に立つことも覚悟して公表に至ったと述べている。
発刊後、羽田首相をはじめ歴代首相・外相は、その禁忌性ゆえに「密約」の存在を否定し続け、大田沖縄県知事から問合せがあったほかは国会喚問等もなく世の中から黙殺された。
若泉氏は深く失望し、平成6年6月23日、「自責の念と結果責任を取り自裁する」との遺書をしたため沖縄戦没者墓苑に詣でたが思いとどまり、日米関係の現状や沖縄の基地問題を世界に伝えたいとの最後の望みを懸け、平成8年3月、末期がんの苦痛に堪え与那国島にて英語版序文を書きあげている。
その中では、郷土生れの幕末の志士「橋本左内」や歌人「橘曙覧」にふれながら、「この著作とそこに流れる私の志が日本人の魂に点火し得る可能性に期待する」としている。
同氏は、平成8年7月27日、自宅において英語版発刊関係書類に署名した直後に水杯で服毒自殺し、義兄と同じ総山墓園(鯖江市)の地球儀を模した墓に夫妻で眠っている。
同氏の訃報に接し、侍従を通じ今上陛下から弔意が伝えられたという。
当時の産経新聞(佐伯記者)(平8年8月)によれば、「若泉敬氏の遺言」として、 一つ目は「日本の精神的退廃に対する鋭い警告」であり、生前、自己の訃報記事に跋文(後書き)の一節「敗戦後半世紀間の日本は、『戦後復興』の名の下にひたすら物質金銭万能主義に走り、その結果、変わることなき鎖国心理の中でいわば“愚者の楽園”と化し、精神的、道義的、文化的に“根無し草”に堕してしまったのではないだろうか」を添えて内外報道陣に送るよう指示していたという。
跋文では、日本の前途を憂慮し、新渡戸稲造著の『武士道』を行動指針として、この精神的荒廃を救うよう提唱している。
二つ目は「日米同盟関係の再検討と再定義」が必要であるとし、その大前提として「まず日本人が毅然とした自主独立の精神を以て日本の理念と国家利益を普遍的な言葉と気概をもって米国はもとより、アジアと全世界に提示することから始めなければならないと信じている」と述べている。 しかし「他策」が発刊されたにも拘わらず、同氏の志や遺言も、歴史の闇の奥深くに置き去りにされようとしていた。
外務省の密約再検証が契機となり、平成21年10月に文芸春秋刊「他策」が復刻、平成22年1月に岩波書店刊「沖縄核密約を背負ってー若泉敬の生涯」(早大後藤乾一教授)が発刊、同年3月には「週刊朝日(19日号&26日号)」で「密約検証結果外伝若泉敬」が連載、そして同年6月にはNHKスペシャルで 「密使若泉敬:沖縄返還の代償」が取り上げられた。 最近では、平成23年1月、文春新書「評伝 若泉敬―愛国の密使」(帝大森田吉彦講師著)が出版され、同年2月にはTBSシリーズ“激動の昭和”にて「総理の密使ー核密約42年目の真実」が放映された。これらにより「他策」が歴史の闇の奥深くから再び世の中に姿を現し、私は、同氏の志や遺言が多くの国民に理解されることを期待している。
私は、一つ目の警告について、敗戦後のGHQ占領政策に端を発した精神的な武装解除によりこれまでの歴史認識・伝統文化・道徳的価値観が否定され、「教え子を再び戦場に送るなー戦争する国家・軍隊に反対」という戦後教育が組織的かつ継続的に行われたことにより、多くの国民から健全な国家観や愛国心が喪失させられ、その影響は、あらゆる分野の中枢にも及んでいるのではないか。
二つ目の日米安保の再定義について、若泉氏は、平成8年4月の橋本・クリントン首脳会談で「日米安保共同宣言ー21世紀に向けた同盟」が発表されたことに歓喜したという。
また、同氏の思想は愛弟子の外務省首脳にも受け継がれ、麻生外相(平成18年11月)の「価値の外交」&「自由と繁栄の弧」というビジョン発表につながったといれている。
しかし、現在、北方領土・竹島・尖閣諸島の領土問題で安全保障上の懸念が生じる中、普天間移転問題等で日米同盟に揺らぎが出ていると思われるが、国民の危機意識は必ずしも高くない。これらを勘案すれば、日本は未だ、若泉氏がいう「愚者の楽園」にとどまっているのではないかと危惧している。
若泉氏は、「愚者の楽園」からの再起復興には、「自らの国の安全は第一義的には自らの手で、自らの犠牲で守りぬくという意識」をもつべし、その前提には「自国の国家目的・理念の自覚と忠誠、自主独立の精神」がなければならないとの信念をもっていた。
そして、同氏は、新渡戸氏が『武士道』で訴えた「衣食足って礼節を知り、義・勇・仁・誠・忠・名誉・克己」といった普遍的な徳目に裏打ちされた「再独立の完成」と「自由自尊の顕現」を、今後の日本と日本人に期待するとしていた。 また、グローバルな根源的危機(戦争)に対処する力は「各民族固有の文化の中にある」とし、国防問題でも皇室を守ることを中心として日本人が団結しなければ実効性を失うとしている。
私は、同氏の遺言を真摯にとらえる必要があると思うが、考えてみれば、多くの国民の国防意識は、戦後教育の影響も有り、現憲法の精神に沿った「平和主義」&「安保他国依存」になっている。
「愚者の楽園」から脱却するためには、独立国としての理念の確立と物心両面に亘る国防体制が構築できるような憲法に改正することが不可欠のように思う。
そのための環境整備の一環として、多くの人に「他策」や関連図書に触れてほしいと念願するもので ある。
江間 清二(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
国外にあってはトンキン湾事件、北爆の開始とベトナム戦争が拡大し始め、中国では核実験の開始、文化大革命の生起という正に混沌とした状況にありました。
国内にあっては保革対立の下で防衛に関する国論が二分され、自衛隊のクーデター計画ではないかと野党の激しい追求を受けたいわゆる三矢研究の論議もようやく収束し、政府部内では第三次防衛力整備計画の策定作業が進められておりました。
世の中では依然憲法違反の自衛隊という論議が繰り返され自衛官の大学受け入れも拒否されるという異常な状態が続いていました。
そうした中で純粋に民間人から成る防衛協会等が自然発生的に各地で結成され、自衛隊員の激励、活動への支援協力と防衛意識の普及高揚に当たってこられたことは、隊員にとって誠に有難くいかに心の支えとなったことかは想像に難くありません。
その後40年以上が経ちましたが、この間防衛力の整備も着実に進められると同時に、日米防衛協力の指針の策定、同指針に基づく日米共同作戦計画の研究、指揮調整機構のあり方等々共同対処が前提である以上平素から両国間で密接に協議検討がなされていなければならないテーマ、しかし我が国では従来タブー視されてきたテーマについて確実な進展がはかられるようになりました。
また法的受け皿である有事法制についても研究開始から四半世紀を経て制定・施行され、基本的な基盤が整えられました。
更に、冷戦後の国際社会にあって平和と安定を構築するため各国にその努力が求められている国際平和協力活動についても自衛隊の新たな機能として任務化され、また新たな脅威として浮上してきた大量破壊兵器、その運搬手段としての弾道ミサイルの世界的拡散、テロに対する諸施策も逐次進展が図られております。
他方で、隊員施策の充実はもとより防衛庁の省への移行等々も進み、国民の自衛隊に対する評価はかってとは格段の変化がみられています。
これは日頃の自衛隊の真摯な活動の成果と国民の防衛意識の高まりによることは言うまでもありませんが、同時に55年体制に終止符を打った村山連立政権の発足が挙げられます。同政権においては自衛隊合憲、日米安保堅持を鮮明にし、国論の統一の巾を格段に広げられました。
こうした世の中の変化から今や当協会の役割は終わったのではないかとの声も聞かれます。
しかし、当面の課題を挙げただけでも自衛隊の位置づけの明確化等を図るための憲法改正論議、国際平和協力活動のより効果的実施のための恒久法制定論議、武器使用基準のあり方等々基本的な問題がまだまだ残されております。
加えて複雑多様な国際社会の変化を考えますと今後自衛隊の役割もそれに対応して多様化が図られていくことも期待されるところであります。
そうした状況を考えますと当協会の存在意義と活動の重要性はこれまでと何ら変わるところはなく、今後とも自衛隊に対する支援協力に力を入れ、自衛隊の活動状況を広く国民に周知させていくと同時に、そのことを通じて国民一人一人の国を守る気概を醸成していくことが重要であります。
併せて現状に対する疑問、問題認識を率直に示していくことも極めて大事なことであります。ただその際、私共は識者・学者の集まりでも自衛隊関係者の集まりでもありませんので、問題解決のための持論を展開し、世論をリードするという姿勢ではなく、あくまで市民の立場として素朴に抱く疑問、問題認識を取り上げ、正しい世論の形成に寄与するという姿勢で臨んでいくことが肝要と考えております。
かかる姿勢こそが当協会の基本的立場ではないかと思うからであります。
会員の皆様の御理解とご協力をお願い申し上げます。
平成22年
●111号 22.07.01 軍事情勢の変化と今後の対応 山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
●110号 22.04.01 我が国の防衛を真剣に考える秋とき 渡邊 元旦(全国防衛協会連合会常任理事)
●109号 22.01.01 新春防衛時評「日米安保改定50周年を迎えて」 日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
山本 誠(全国防衛協会連合会常任理事)
国家の安全保障について、一般大衆はどの様な認識を持っているのだろうか。ここでは、学者先生の難しい論文はさておいて、ぐっとレベルを下げて動物的感覚に基づく安全保障の基本について述べてみたい。
国連人口基金のデータ(2008年度版)によれば世界の人口は約67億5000万人に達し、1年に凡そ1億3000万人のペースで増加しているという。1億3000万人といえば、毎年日本の人口と同じ位の人口が増えていることになり、このペースでいけばあと30年もすれば世界の人口は100億人を超えることになる。そうなれば近い将来に食料が足りなくなる時代がやってくる。例えば100人に対して70人分の食料しか無いという事熊になった時どうするか。話し合いで「貴方の所は6人家族だから2人減らして下さい。貴方の所は4人だから1人減らして下さい」と言われてもCO2の削減じゃあるまいし、はいそうですかとはいかないのが人情というものだ。そうなれば生き延びる為の熾烈な争いが始まるだろう。
ここでは食料が足りなくなった場合といった極端な例を挙げたが、そこまでいかなくても人間は有史以前から、富や資源・領域や覇権を争って殺し合いを続けてきた。人間の歴史は戦争の歴史だと言われる所以はこの辺りにある。
人間は万物の霊長などと言われているが、人間と雖も生物の一種であり、「弱肉強食・自然淘汰」といった自然界の現象を免れることは出来ない。如何なる生物も種の保存といった本能に従って自然界で生存している。この中で人間は偶々前頭葉が発達したことにより他の生物を制圧して繁殖してきだけのことである。
毎日の食卓を観てみよう。牛・豚・鳥・魚等、多くの生き物の命を戴いて我々は生きている。考えてみれば人間程残虐な生物はいない。人間以外の生物には天敵がいるが、人間を捕食する生物はいない。その結果人間はどんどん繁殖してお互いに殺し合いをする。
人間の天敵は人間である。 こういった状況の中で、「如何にして淘汰される側に回らぬ様にするのか」。これが安全保障の基本である。単独では安全を確保出来ない資源小国の我が国にとって、「どの国と組むのか。そしてどの様な組み方をするのか」。これが安全保障の基本戦略ということになる。
組む相手を間違えるとどうなるのか。嘗てドイツ・イタリアと組んでアメリカ・イギリスを敵に回し310万人もの同胞を失って完膚無きまで叩きのめされた時の教訓を忘れてはならない。
我が国は海洋を紐帯として結ばれる海洋国家群の一員である。その中で生存を維持する為に我が国は 食料(カロリーベース)の65%、エネルギー資源の95%(中東からは往復で約90隻のタンカーが給油管の様に常に列をなしている)、鉱物資源は100%海外に依存せざるを得ない貿易立国であり、その流通を確保し、貿易秩序を維持することが立国の条件となる。
この為、不安定の弧と言われる中東からのルートやアジア太平洋を含むシーレーンの安全と自由貿易秩序を維持する為の地域の安定を確保することが、我が国にとって死活的に重要である。
こういった観点から、好むと好まざるに関わらず、この地域・海域に強大な影響力を有するスーパーパワーであるアメリカと確りと組んで日米同盟を堅持し、果すべき役割をきちんと果たして他の自由圏諸国との連携を強化していく事が、平和と独立と繁栄を維持していく為に我が国が採り得る最善の選択肢ということになる。沖縄の基地問題にしても国内の政争の具にするなどは以ての外であり、国の将来に誤り無き様、大所高所から論ずべきである。
山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
先般、黄海において哨戒中の韓国海軍コルベット艦「天安」(千二百トン)が突如真っ二つに折れて沈没し、多数の死者を出すという悲惨な事象があった。その後の原因調査により、沈没の原因は北朝鮮の小型潜水艇から発射された魚雷によるものであることが判明した。韓国と北朝鮮が休戦状態にあり、境界水域で緊張状態が続いていたことは確かであるが、海軍の正規軍艦が何の予兆もなく突然(何者かにより)高性能の武器により攻撃されるという事態は、過去にあまり例を見ない新しい事実である。韓国は大統領が声明を発し、断固とした処置をとると言明しているが、諸般の情勢から抑制力を働かせている。しかしながら今後これがどのような事態に進展するのかは予断を許さない。
ハイブリッド脅威の出現
やはり悲惨な事件であった9・11以後、米国は戦争の形態を四つの型に区分した。それは、「非正規型」(イラク・アフガニスタン型)、「大量破壊型」(9・11型)、「混乱型」(サイバー戦・宇宙戦争型)、「在来型」(本格的在来戦型)の四つである。以後、戦争の形態はこの区分に収まっていたかに見えたが、最近米国は新しい脅威を強く認識し始めた。今年二月に公表された「四年毎の国防見直し」(QDR)では、「ハイブリッド脅威」という新しい言葉が出てきた。これは、前記の四つの戦争形態を同時に発生させる新しい型の脅威である。すなわち、在来戦、非正規戦、テロ等を複合的に同時に発生させる脅威のことである。ゲイツ国防長官は、「戦争の区分はぼやけてきた」と述べている。この脅威は、国家または能力の高い非国家によってなされ、綿密な計画の下に予兆なく突然起こされる。従って予測が困難である。この意味では、韓国哨戒艦に対する魚雷攻撃はまさしく多方面にわたって密かに、かつ綿密に計画された「ハイブリッド脅威」といえる。
このようなハイブリッド脅威への対応は、あらゆる事態に即座に対応できる柔軟かつ適合性のあるものでなければならない。このためには多種のバランスある兵力の運用が肝要であり、軍のビークル(戦闘車両・航空機・艦艇など)は当初設計されていたのとは異なる任務にもつかされることがある。すなわち部隊の多任務・多機能性が求められるようになる。例えば米海軍では、イージス艦は優れた戦闘能力を有するが、本来の任務である戦闘のみではなく偵察哨戒、テロ・海賊・不法行為への対処、災害救助、他国との友好親善など多くの任務につくことになる。今後、最初から多任務・多機能を狙って設計されるビークルも出てくるであろう。勿論、ハイブリッド脅威に対処するためには、このようなビークルを持つこと以前に、戦略、戦術、部隊配備、配員、訓練などを適合性のあるものにしなければならない。我が国はこのような情勢への対応策を迅速に講じるとともに、新防衛計画の大綱・次期中期防を作成中である現在、新しい脅威への対応も真剣に検討することが必要である。新年あけましておめでとうございます。
渡邊 元旦(全国防衛協会連合会常任理事)
今年の国家予算を決めるために、昨年末に初めて「事業仕分け」作業が実施された。功績として①国民の政治に対する関心を喚起したこと、②各省庁の予算関係者が、持ち出し事業の意義を真剣に考え始めたこと等が挙げられよう。
一方、罪過としては、「仕分け人」の人選の不透明感もあり、限られた時間の中でそれぞれの事業の必要性が本当に議論されたのか疑問視されたことを指摘したい。
元自衛官の筆者としては、国家の大事である「防衛・安全保障」事項は民間人を主体とする「事業仕分け」にはなじまないと考えているが、それにしても「自衛官の増員要求」が何故、「見直し」と判定されたのか、腑に落ちない。
自衛隊に与えられる広範多岐にわたる任務の重さ、そのための活動を支える根拠地となる駐屯地・基地等の維持・警備の必要性、更に付言するならば、自衛官募集の実態…今年の自衛官募集数は例年の3分の1の数千名程度に落ち込むらしいが、昨今の不況の中、入隊希望の本人はもとより、従来多くの在校生を自衛隊に就職させてきた高校にとっては一大事であり、募集の最前線に立って、これら高校と長年にわたって良好な関係を築いてきた自衛隊地方協力本部にとっても大きな打撃である…等についての見識が欠けているとしか思えない。
今年1月の「チャイナネット」に、「09年軍事報告:自主知財所有の装備、10年前の16倍」という文が掲載されていたが、その内容は、「自主知的財産権を所有する装備は10年前に比べ16倍に増加した上で、昨年10月の中国建国60周年閲兵式に参加した多くの新型を含む52種類の装備はいずれも国産で自主革新能力を十分に示している」というものであった。
ストックホルム国際平和研究所『2009年度版年鑑』によると、中国軍の08年度軍事費は日本円に換算して約8兆3,700億円で世界第2位(日本の防衛費は4兆5,600億円で同第7位)であった。中国の公表軍事費は過去20年間で19倍と見積もられる一方、日本は1.2倍であり、今年中にはGDPにおいて中国が日本を追い抜くと言われていることを併せて考えると、今後、日中の防衛(軍事)費に大きな隔たりが生じ、それが中国による日本の防衛能力の軽視に繋がるのではないかと危惧している。
六カ国協議の進まない北朝鮮問題、昨年の軍事費増強(前年比25%増)や新型戦車1,400両を含む装備の近代化を進めているロシアの復活等を考えると、我が国を取り巻く防衛・安全保障環境は厳しくなっていると言えよう。
以上のような状況にもかかわらず、民主党主導による政権ができて半年余り過ぎたが、こと我が国の防衛・安全保障政策は不安で一杯である。 昨年末に決定するはずであった新防衛大綱は先延ばしした上に、今年1月には日米安保条約改定50周年を迎えたにもかかわらず、普天間飛行場移設問題処理の不手際から日米関係はギクシャクしたままである。
これまでの我が国の防衛政策は、自民党政権の下、日米安保体制を基軸として、経済発展を阻害しない範囲で最小限度の防衛力整備を図ってきた。途中、東西冷戦の終結、米国における9.11同時多発テロ事件等により整備の内容は逐次変化してきたが、その基本となる考え方は「米軍の軍事力とそれを補完する日本の防衛力によって、日本及びその周辺地域を力の空白地帯としない」ということであった。
我が国を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中、現政権はどのような考え方で我が国の防衛・安全保障を万全ならしめるのか。
幸いにして、この夏には参議院選挙が行われる。与党、野党は総力をあげて「我が国の防衛」をどのようにしていくべきか、今こそ真剣に考える秋ときである。
日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
ところで、昨年誕生した鳩山政権は、その政策に「緊密で対等な日米関係」を掲げましたが、「緊密な」はよいとして、「対等な」とは一体何を意味するのかと、我が国でもまた米国でも揣摩臆測、疑心暗鬼を呼び、様々な議論が巻き起っています。
翻って、我が国周辺には、国際世論を無視して核開発を進めミサイル発射を続ける北朝鮮や一党独裁で驚異(脅威?)的な軍備の増強を図る中国があります。このような情勢の中で、日米安保体制は、我が国は勿論のこと東アジアの安定にとっても極めて重要な役割を果しているものと考えられます。
そもそも日米安保体制は、米国には日本を守る義務があるが、日本には米国を守る義務がない(その代わり基地を提供する)という非対称のものになっています。それを「対等な」といっても、我が国が米国と同じような役割を担うことはおよそ不可能でしょうし、逆に、米国の役割を日本並みにするのでは日米安保の意義は著しく減殺されるでありましょう。 確かに、防衛摩擦の際などにも見られたように、米国には強引で独善的なところがあります。しかし、それは米国が超大国であるから通るのであって、我が国がそれを真似るには余ほど慎重、冷静かつ総合的に国益を考えた上でのことでなければなりません。
世界は今や米国の一極支配から多極化の時代に移り、新興国なかでも中国の国際影響力は極めて大きなものとなっています。核を保有し、経済面でも世界最大の外貨準備高と米国国債保有高を誇り、米中間の貿易額が日米のそれを上回り、今年中にはGDPが我が国を抜き世界第二の経済大国になることが確実視されています。
この隣国中国とどのように付き合っていくかということが、今後我が国の外交、安全保障、経済など各般にわたって最大の課題になるものと考えられます。この事態に適切に対応するには、先ずは何よりも依然として世界の超大国であり、自由・人権・民主主義尊重の価値観を共有する米国との同盟関係を確固たるものにしておくことが不可欠です。しかし、それは同盟関係を結んでさえいれば足りるというものではなく、この同盟が米国の足らざるところを補完するという米国にとっても不可欠なものでなければなりません。
そのためには、例えば、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を認めるとか、厳しい財政状況ではありますが防衛力の強化を図るとか、アジアに位置する我が国の地理的条件や周辺諸国との歴史的関係を活かして我が国ならではの情報を収集・提供し、見識を示すとかの努力が必要と考えます。なお、基地問題は世論に委ねるべき性質のものではなく、政府が責任をもって総合的に判断し、国民に理解を求めるべきものと考えます。
仮にもこの努力を怠れば、日米同盟は形骸化し、米国は我が国の頭越しに中国などとの間ですべてを決めてしまうことになりかねません。
今年も、我が国の覚悟と見識が試される極めて厳しく重要な年になるものと考えられます。
平成21年
●107号 21.07.01 日本の領土問題 大串 康夫(全国防衛協会連合会常任理事)
●106号 21.04.01 国際協力と武器使用 大越 康弘(全国防衛協会連合会常任理事)
●105号 21.01.01 新春防衛時評「中国の台頭と日米関係」 日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
小柳 毫向(全国防衛協会連合会常任理事)
安全保障の根幹は言うまでもなく自らの防衛努力であり、自衛隊に関する施策を適切に行うことが政権担当能力を示す重要な要因となる。今自衛隊は完全なるシビリアンコントロール下におかれており、これに異を唱える自衛官は一人としていない。しかしシビリアンコントロールとは、自衛隊を運用する場合その手足を縛ることと心得ている政治家が大多数であるが、運用の主体となる制服集団を正しく理解し、自衛官が士気高らかに任務に邁進しうる態勢を造ることこそシビリアンコントロールの出発点である。そこで現役自衛官が困っていること3点について民主党政権に要望したい。
防衛省改革の見直し
元次官の不祥事、海自のあたご事案における情報伝達の不備を契機とし防衛省改革が行われているが、その内容は首肯しうる面もあるが、陸・海・空幕僚監部が持つ防衛力整備機能を内局に集中することは極めて大きな問題だ。
運用と防衛力整備は防衛機能の2本柱であり、これは各幕僚監部から末端の部隊に至るまで一貫して保持すべき機能である。統合運用の観点から運用を統合幕僚監部に集中したのはやむを得ないにしても、防衛力整備を内局に集中すれば各幕僚監部の最も重要な防衛機能を完全に骨抜きにしてしまう。
一方内局は人件費を除く防衛費の大部分を運用する権限を一手に握ってしまう。 改革の重要な原点は元次官が起こした不祥事を二度と起こさないこと、つまり大きな権限を持つ次官の権限をいかに分散するかが検討すべき方向であったはずであるが、次官の権限をさらに拡大する真逆の結論となっている。
この改革について市ヶ谷に勤務する若い自衛官に聞いてみると十人中十人が反対しており、自衛官の士気を著しく低下させる改悪となっている。 何故このような改悪が行われようとしているのか、それは某大臣の強い指示があったからと聞く。
政治家個人の信念や考えで自衛官の士気を低下させるような改悪を押しつけるのは正しいシビリアンコントロールとは言えない。民主党政権において是非とも制服の本音を聞いて見直すべきは見直してもらいたい。
防衛費・人員の削減に歯止めを
民主党の政策を実現させるため、現行の予算を見直し無駄を無くして財源を捻出するとしているが、防衛費を同列に論じてもらいたくない。
列国が軍事費を増額する中にあってわが国の防衛費は平成14年度をピークに7年連続削減されている。防衛費の約半分は人件費であり、さらに近年ミサイル防衛に多額の予算が投入されその反動として他の装備品は老朽化が目立ち、故障が多く修理費が不十分なため、装備品相互の部品の共食いが行われ結果として稼働率が著しく低下している。
施設整備費も潤沢でなく隊員の勤務・居住環境は劣悪化している。
また任務が拡大する中で、例えば陸上自衛隊は平成7年に18万人あった定員が現在は約15万人に削減され、加えて総人件費抑制の施策により実員が5%カットされるため、隊員の負担は極めて増大している。
人員のカットは採用を抑制することにより達成しているため階級・年齢構成は今の日本の少子化と同傾向を示し、将来戦力構成に問題を生じることとなる。
更に、陸は18万定員時と同じ150を超える駐・分屯地を維持しているが、その管理や警備に相当の隊力を必要とし、相対的に第一線の戦力が低下し、かつ教育訓練の時間が年々減少し練度に影響している。政治の責任において人・物全てに亘り防衛力の実態を点検し必要な人・予算を与えるべきである。
自衛官の処遇改善を
自衛官の処遇特に給与は他の公務員に比し恵まれていない。例えば一選抜で将になった者と内局のキャリアーでは生涯所得において約5000万円の差があり、将補以下も任務の特性上若年定年制を採用しているため一般公務員に比し同程度の差が生じている。
退職してもすぐに年金が貰えるわけでなく、特に地方で再就職した者の給与は退職時給与の三分の一程度あるいはそれ以下になるのが常態である。
米国では20年勤務すれば退職時給与の約80%の恩給が生涯、結婚している場合は夫婦が両方亡くなるまで支給される。
中国でも軍人は共産党員並みの年金が支給される。各国とも国の防衛に任じた者には手厚い処遇がなされている。
わが国は冷遇とはいわないが、十分な処遇を与えていない。自衛官独自の給与体系を作成するとともに、若くして退職する隊員の再就職援護施策をさらに充実させてもらいたい。
大串 康夫(全国防衛協会連合会常任理事)
中国と台湾が領有権を主張している「尖閣諸島」は、日本が海上保安庁の巡視船を配備して実効支配しているので領土問題は存在しないとの立場である。果たして、奪われた島々だけが領土問題なのであろうか?
隣国の領有権主張は、「尖閣諸島」だけに留まらない。韓国が国会決議までして韓国のものだと主張しはじめた「対馬」、中国が一方的に開発を進める日中境界線近傍の東シナ海の「海底ガス田」、中国が岩礁による日本のEEZ(排他的経済水域)は認められないと主張する「沖ノ鳥島」に及ぶ。
更に、ある中国の学者は沖縄列島について、「歴史的に中国に朝貢していた琉球王国は、中国の国力疲弊に乗じて日本が吸収合併したもので、日本の敗戦後に占領統治した米国が中国の了解なしに日本に帰属させたのは認められない」とまで言っている。奪われるかも知れない島々も全て日本の領土問題として認識すべきである。
領土と国民は国家存立、国家主権の基盤である。国際的に、領土と国民に対する干渉と侵害は、国家の統治権に対する重大な侮辱であり、戦争挑発行為であると認識されている。領土は1Cmも外国の不法占拠を許してはならないし、国民は1人たりとも外国による拉致を許してはならない。然るにわが国は何故こうも領土の不法占拠と国民拉致が放置され、一向に取り戻せないのであろうか?
5月11日にロシアのプーチン首相が来日したが、懸案の北方四島問題は受け流されて何ら進展がなかった。世論・メディアの反発も低調で、今一つ盛り上がらなかったのが口惜しい。国民の国家主権、国益意識が希薄だという前に、政府首脳が軽々に4島一括返還論から「面積半分の3.5島返還論」への後退を口にするようでは最初から利害対立の外交交渉では負けている。ロシア政府高官は、「日本の対露交渉の基軸は固まっていないようだ。領土問題の解決よりも経済・エネルギー面での協力関係を望んでいる」と揶揄したと言う。一国民として、政府には強固な信念に基づいたブレの無い外交戦略を貫くよう強く望みたい。
わが国は、総数7,000近い島嶼を有する島国、海洋国家である。小さな無人島であっても、島を基点とする200海里の経済水域は大きな海洋権益であり、豊富な海洋、漁業、海底資源を有する。更に貿易立国の日本にとって島嶼は、物資輸出入のシーレーン(海上輸送路)の防波堤である。政府は国民に対して、広く小学生に至るまで、その国益意識を高める施策を講じるべきである。
隣国との境界に位置する島嶼は、国防の最前線であると同時に、隣国との友好の架け橋でもある。領土問題は、正に「平和と対立」の分岐点であるだけに、隣国の主張や行われている国民教育などを承知しておく必要がある。外交交渉では、それぞれの国が確信をもって国益外交を展開するので解決の道は険しく、忍耐を要する。この忍耐外交を支えるものこそ国民世論の支持であり、国民の国家主権と国益を守る気概である。 韓国では小学生からの国民教育として「独島(竹島)の歌」を通してその歴史的経緯と領土領海の大切さを教えており、世論は竹島を巡る日本の動きに敏感に反応する。翻ってわが国ではどうであろうか。
大越 康弘(全国防衛協会連合会常任理事)
海賊対処は当然
問題は、任務付与及び武器の使用などの強制措置権限にある。 海賊の不法行為を抑制、対処するためには、諸外国の艦艇と協力しながらも、いざという時に武器を使用して相手を威嚇し、抵抗に対しては制圧することができなければ効果的な措置をとることができない。 また、同様の任務を遂行している諸外国艦艇の不信を招く。
自衛隊の武器使用については、従来から憲法解釈上の制約が議論されてきた。 政府の憲法解釈は、「自衛隊の武力行使は、わが国防衛のための必要最小限度に限られる」としている。
問題は、個々の武器の使用が憲法上の「武力行使」に当たるかどうかである。
まず、憲法上問題になるのは自衛権の行使たる武器の使用である。 国又はそれに準ずる団体に該当しない海賊は、平穏な治安を乱す武力集団にすぎないので警察権行使の対象となり、自衛隊が武器を使用しても憲法上の問題は生じない。 しかし、今回の派遣の法的根拠とした「海上警備行動」においては、原則、正当防衛及び緊急避難のほかは相手に危害を与えることは許されない。 したがって、他国の軍隊と同様、自衛隊が効果的な海賊対処ができるよう武器使用権限を含む任務規定の法的措置を速やかに行い、派遣された自衛隊員が安心して任務遂行に専念できるようにすべきである。
「集団安全保障」が至当
自衛隊の海外派遣先として次に検討されるべきはアフガニスタンである。 国連を中心として諸外国が協力してテロを撲滅し、国際平和を構築するためにも、何らかの形でのアフガニスタンへの派遣を考えていかねばならないだろう。
国際平和維持活動等を行う自衛隊の武器使用に関し、それを効果的なものにするため集団的自衛権の行使を認めるようにすべきとの主張がたびたび出てくる。 しかしこれは、共同して活動している中国軍隊を平和破壊集団(国又はそれに準ずる団体を前提)から防護するために、同盟関係にない中国軍との「集団的自衛権」を基に武力行使をすべきだ、という奇妙なことになる。
平和維持活動等における自衛隊の武器使用は日本を自衛するためではなく、その地域の国際平和を維持・構築するためである。 したがって、ここでいう武力行使は「集団的自衛権の行使」ではなく、いわゆる悪いやつを共同で懲らしめる「集団安全保障措置」として捉えるのが正しい。 なぜなら、平和破壊集団が自衛隊を攻撃したとしても、日本を侵略する目的ではなく、地域の平和を破壊する行為の一環であるから、国連を中心に武力組織を形成し、これを排除、制裁して平和を回復するという「集団安全保障措置」を行っているみるべきである。
「集団安全保障措置」は、第2次大戦後、国際情勢の変化に応じ、世界平和の維持、構築のために新たに生まれてきた現実的措置であって、概念、要件等は必ずしも確立していない。 しかし、自衛権の行使ではなく「集団安全保障措置」という概念、範疇での武器使用ということであれば、他国の侵略に繋がるような武力行使を禁じた憲法の趣旨に反するものでなく、むしろ国際平和維持を願う諸外国と共に行動するものだから憲法の趣旨に合致する。
このように考えると、これまでの政府の憲法解釈を180度ひっくり返すものではなく、国民はもとより外国の反対もないのではないか。
日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
今年は、東西冷戦の象徴であったベルリンの壁が破られて二十年になります。
その間にあって、いわゆる新興国の台頭には目覚しいものがあり、なかでも中国はその驚異的な経済発展を背景に各方面で国際的影響力を増し、軍事力の増強近代化も強力に進めています。また、ロシアはその豊富なエネルギー資源を梃子に強権国家への回帰志向を強めています。
このような情勢の中で、わが国と米国との間にも、例えば北朝鮮の核への対応などに見られるように微妙な差異が生じてきています。
中国については、一党独裁の政治体制、民族問題、地域間或いは貧富間格差の拡大等を理由に崩壊を予測する向きもあります。しかし、いずれにしても十三億人の人口を擁し、核を保有し、経済面でも世界最大の外貨準備高を誇り、日中の貿易額が日米のそれを凌駕するに至っている状況等から、その帰趨がわが国を含め世界に極めて大きな影響を与えることは間違いありません。
わが国にとっては、今後この隣国中国とどのように付き合っていくかということが、外交、安全保障、経済上最大の課題になるものと思われます。
これに適切に対処するためには、先ずは何よりも依然として世界の超大国であり自由と民主主義尊重の価値観を共有する米国との同盟関係を確固たるものにしておくことが不可欠です。しかし、それは単に同盟関係を結んでさえいれば足りるというものではなく、この同盟が米国にとっても必要不可欠なものでなければなりません。
具体的には、確かに米軍への基地の提供や集団的自衛権行使等の問題も重要ですが、より基本的には、わが国の地理的条件や経済社会文化等各般に亘って深く関わり合ってきたアジア、特に中国との歴史的関係等から得られるわが国ならではの情報なり見識等を米国に示し、米国の足らざるところを補完する役割を果たすことが最も重要と考えます。仮にもこの役割を充分に果し得ないとすれば、米国は正に文字どおりわが国の頭越しに全てを中国と直取引で決めてしまうことになることが懸念されます。
本年は、近く発足する米国新政権との間で、如何にして真に信頼性の高い同盟関係を築くことができるか、わが国の覚悟が試される極めて重要な年になるものと考えます。
平成20年
●103号 20.07.01 21世紀における海洋の安全 山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
●102号 20.04.01 防衛省改革に思うこと 小柳 毫向(全国防衛協会連合会常任理事)
●101号 20.01.01 新春防衛時評「国益と国際協力」 日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
山本 誠(全国防衛協会連合会常任理事)
相手を潰す為に反対し、票の為に大衆受けのする目標を掲げて国益を無視した行動に走る野党。人の嫌がることはしないなどといった無気力な外交を続ける政府与党。日本は一体何処に行ってしまうのか。
物事のよく分かった識者でも一票、よく分からぬまま世相に付和雷同する人々も一票、国の行く末をよく考えて投票するのも一票、政治に無関心で棄権するのも同じ一票である。しかし、日本の行方は確実にこれらの一票によって左右される。
民主主義は次善の政治体制と言われるが、一歩誤れば衆愚政治に陥る危険性を孕んでいると云うことを如実に感じる今日この頃である。
ではこういった情勢に中で、我々は一体何が出来るのか。 答は一つ。出来るだけ多くの人々に物事の本質を理解してもらう様啓蒙活動を根気よく続けるより他に方法はない。
こういった観点から、国家の基本とも云うべき安全保障について、世の中一般の認識はどの程度のものであろうか。 一般大衆に最も影響力があるのはテレビ放送であるが、その中で、例えば基地問題に関する座談会や、防衛問題を取り扱う番組において、殆どの出演者は現状を、水や空気のように天から与えられた既成事実として捉え、議論を進めている。
学者や識者と言われる人々は、「日米同盟が何故必要か」とか、「米軍基地が何故必要か」とかいったところまで遡った話はしないし、地域住民の代表やタレントといった人々は、食料や日常品はスーパーやコンビニに行けば何時でも手に入るし、ガソリンはガソリンスタンドに行けば値段の高低は別にして何時でも補給出来るといった安定した情勢を前提にして物を言っている。
今時の子供たちの多くは、白米はスーパーやコンビニで手に入るものであり、水は水道の蛇口を捻れば出てくるものだと思い込んでいる。
ある国の王様が日本にやって来て、捻れば水が出る水道の蛇口を観て、これは便利だといってお土産に沢山買って帰ったと言う寓話を今の大人が笑えるのだろうか。
食料(カロリーベース)の60%、エネルギーの95%、レアメタルを含む鉱物資源の100%、その他諸々の資源を海外からの輸入に頼り、そのルートであるシーレーンと地域の安定を確保し、貿易秩序を維持することによって、我々は毎日スーパーやコンビニで欲しいものを手に入れ、ガソリンスタンドでガソリンを補給し、豊かな生活を享受できているのである。
そしてこの繁栄を支える為には、好むと好まざるに関らず、この地域・海域に重大な影響力を有するスーパーパワーであるアメリカとの連携が、我が国にとって死活的に重要なのである。ところが問題は、多くの人々がこの因果関係をよく認識していないところにある。こういった本質的なことをどうやって多くの人々に理解してもらうのか。
学者や識者の難しい論文を配布しても、最初の1頁を読んだだけで飽きられてしまう。要は、どうやって大衆の目を引き、関心を持ってもらうのかと云うことである。
防衛協会においてはこの点に注目し、出来るだけ多くの人々に、「我が国は戦後何故繁栄出来たのか」、「この繁栄を続ける為にはどうすればよいのか」といったことを分かり易く説明し、極力多くの人々に理解してもらう様、「やさしい安全保障の話」としてパンフレット状に纏めるべく、鋭意努力しているところである。
山崎 眞(全国防衛協会連合会常任理事)
わが国は石油の99パーセント、小麦の87パーセント、食用大豆の75パーセント、トウモロコシはほぼ100パーセント、その他鉄鉱石、レアメタルなどもその100パーセントを輸入に頼っている。
戦後六十年、我が国が経済的に発展してきたのは海を自由に使えることによって、このような原料などを支障なく輸入し、製品を輸出できたからである。
海洋の不安定化
冷戦時代には、米ソの二大軍事力が対峙していたことにより、海洋においても米ソの二大海軍力が拮抗し、海洋の安定が保たれていた。冷戦が終結すると、このような海軍力のバランスが崩れ、海洋における不安定の要素が増した。
このため、民族・宗教などによる対立が表面化し、これらの集団・組織の資金稼ぎのための海賊・不法行為などが発生するようになった。また、2000年以後になると、主としてイスラム原理主義者による海洋テロが頻繁に発生するようになった。
このような状況により、海洋の安全と安定は冷戦時代よりもむしろ悪化しつつあり、世界の経済に与える影響が無視できないようになってきた。
例えば、マラッカ海峡は世界の石油輸送量の50パーセント、貿易量の30パーセントが通過しており、もしここが機雷等のテロにより封鎖された場合は世界の経済は恐慌に近い状況になると言われている。
現在、世界の貿易の90パーセントは海上輸送によっている。また、世界の人口の75パーセント、首都の80パーセントが沿岸地帯にある。
したがって、海洋の安全は、世界経済の要であり、人類生存のための基盤であると言える。特に、海洋国であるわが国にとってはこれが重要である。
従来、わが国の海洋政策は縦割りの官庁組織により一貫した筋の通ったものがなく、このために海洋における国益を失いつつある状況にあった。 安倍前政権は、このような状況に鑑み、強い政治力を発揮して国としての態勢を整えるために平成19年7月に「海洋法」を施行した。引き続き、本年4月福田政権により同法に基づく「海洋基本計画」が閣議決定された。
世界の動向
一方、海洋の安全と安定を重視する米国は昨年10月、約25年ぶりに「新海洋戦略」を公表した。これは、同盟国・友好国との強い連携により世界の海洋の安全と安定を獲得しようという新しい考え方である。
海上自衛隊がインド洋における多国籍艦隊に部隊を派遣しているのも、このような考え方に合致するものである。今や一国で世界の海洋の安全を守れる国はない。世界の海軍・コーストガードなどの力を結集することによってのみ海の平和が獲得できる。
わが国は、このような世界戦略に積極的に協力することが必要である。
海上自衛隊の現兵力は、新防衛大綱による陸海空自衛隊の兵力削減の煽りを受けて、世界の海洋の安全・安定に寄与し、かつわが国の海洋、すなわち世界第六位の広さをもち資源が豊富な我が排他的経済水域(EEZ)の権益を守るには不十分である。
海上保安庁にしても然りである。わが国は、自国の生存と繁栄並びに地域の安定のために、21世紀における確固たる海洋戦略(海上安全保障戦略)を確立する必要がある。
小柳 毫向(全国防衛協会連合会常任理事)
陸海空に必要な予算は制服が財務省に対し行い、査定された予算の執行は一部を除いてはシビルの組織が行う。予算執行の段階で利権が生じ利権のあるところ腐敗が生じるのは政官民を問わずあらゆる組織に共通するところ。
不祥事の再発防止のためなら利権を持つ組織や仕事のやり方を見直せば済むと思っていた矢先に、イージス艦と漁船の衝突事故が起こった。
先の情報漏洩やインド洋での給油問題に加え、この事故により海自のたるみが指摘されるに止まらず、事故報告の不手際、事故についての説明の不手際により福田総理から防衛省の組織そのものに問題があるとの指摘を受け、世論も同じような認識を持つに至り、今や抜本的な改革は至上命題になった感がある。
抜本的改革には異論もあるが改革やむなしとするならば是非考えてもらいたいこと3点について問題提起をしておきたい。
旧軍においては、陸海軍大臣は現役軍人でなければならない規定があり、さらに軍人は総理はじめ他大臣に就くことも可能であった。
加えて統帥権という錦の御旗が軍に与えられていたため、明治憲法下では軍が強くなり横暴になるのは当然の帰結であった。この反省に立って自衛隊発足時、制服を私服のコントロール下におく趣旨で創り上げたのが参事官制度である。
防衛省の各局長は参事官であり、局長以外の参事官にもそれぞれ所掌任務が与えられており、自衛隊の人事・情報・作戦・兵站全ての分野において参事官がコントロールする権限が与えられている。
昭和60年頃迄、一部ではあるが制服に対し極めて横暴なキャリアーがいた。昔軍人今官僚と言われたのもその頃である。PKOを始めとする運用の時代になりキャリアーの制服に対する態度意識も変わってきたのは事実ではあるが、参事官制度という錦の御旗がある限り内局による制服のコントロール体制は変わらない。
真のシビリアンコントロールとは、政治が軍をコントロールすることであり、内局のシビルが制服をコントロールすることではない。
大臣補佐機能としての参事官制度が必要ならば内局とは切り離し、例えば次官・統幕長・陸海空幕僚長の経験者等をもって新たな参事官制度を創るのも一案であろう。改革にあたってまず検討すべき課題である。
自衛隊が対応すべき事態が生じた時、迅速的確に対応できなければ自衛隊の存在価値が問われる。対応すべき事態は複雑多様化しかつ即時性が求められため、運用については運用に長けた制服が直接大臣を補佐すべきである。少なくとも作戦運用について、官僚が制服をコントロールしている国は世界中どこにもない。
また制服が運用について補佐する機能は単に防衛省内に止まらず、最高指揮官である総理まで補佐しうる体制であることが望ましい。
さらに改革にあたって留意すべきは、新たな組織を創った場合、その組織が十分に機能を発揮するにはかなりの時間を必要とすることである。このため改革直後にいかなる事態が起こっても対応し得るよう、段階的にしかも十分に時間をかけて行うべきであろう。
参事官制度を踏まえれば、コントロールするキャリアーよりコントロールされる制服を階級的に一段と低く抑えるのは当然のことであったであろう。
防衛省の所謂キャリアーの年間採用数は平均12名であるが、指定職ポストは42ある。これに対し自衛官の防大・一般大の採用数は約600名であるが、制服の指定職ポストは90に過ぎない。
キャリアーは全員が局長級のポストに就くが、制服は局長級に相当する方面総監・自衛艦隊司令官・航空総隊司令官に就きうるのはごくごく限られた人である。
このためキャリアーと制服の一選抜昇任で将官になった者との生涯給与は5千万円以上の差が生じる。また制服組の制度・組織はその任務の特性上、他官庁と異なる特異性を有する。
例えば防衛上災害対処上全国に分散配置されているが、これを他省庁の出先機関と同列に論じてはならないし、戦う集団であるため若年定年制を採っており、一般公務員や公安職と同等に扱えば処遇上自衛官は不利益を被ることになる。
一朝有事に国に殉ずる自衛官を、国や国民はもう少し大事にすべきではないか。このため自衛官独自の給与体系の新設が必要であり再就職援護についても格段の配慮が必要である。
日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
国連の決議(国際社会に対するテロの防止と抑止に向けての努力の要請)を受けて、現在国際社会は連携してアフガニスタンやその周辺地域でテロを防止抑止するための活動を行っています。
地上では、
①多国籍軍によるテロ組織の掃討作戦、
②国連決議により創設された国際治安支援部隊による治安活動、
③この治安支援部隊の指揮の下での軍民合同チームによる復興支援活動が、
海上では、
④武器の流出入や麻薬売買による資金の流出入とテロリストの出入国の阻止活動が行われています。
地上での活動では犠牲者も出ていますが、これらの活動にはイラク戦争に反対したフランスやドイツも含め40カ国以上の国が参加しており、世界の主要国で参加していないのはロシアと中国だけです。
このような状況の中で、わが国は昨年11月1日までは洋上補給活動を行うことにより上記④の海上阻止活動を支援してきました。
わが国が各種の活動の中でこの活動を選んだのは、その他の活動では憲法に抵触しないかとの議論が出てくるおそれがあり、仮に認められるとしても現行の法制や武器使用基準などでは他国に伍して十分な役割を果せないことが危惧されること、これに対しわが国には世界に誇れる洋上補給の技術と能力があり、しかも洋上阻止活動の行われている海域がわが国の輸入原油の9割を占める中東からの原油の航路にあたり、この活動がその航路の安全の確保にも繋がることなどによるものと考えられます。
しかし、この活動はその根拠となる法律が野党の反対により期限切れとなり中断の已むなきに至り、現在のところ再開のめどが立っていません。
この種の活動をわが国ではしばしば国際協力とか国際貢献と呼んでいますが、これはすぐれてわが国の国益に係る問題でもあります。
わが国は国土が狭く資源やエネルギーにも恵まれないため、世界が平和で貿易が盛んに行われ、いざというときには国際社会の支援が得られるように普段から心がけておく必要があります。
また、今年はサミットがわが国で開かれますが、先年の英国の例でも分るように、開催国としてその際のテロ対策も十分に講じておかなければなりません。この問題はこれらの視点からもよく考えてみることが肝要です。
幸いにしてわが国は民主主義国家です。民意と世論によってこの事態を打開することができなくはないと考えられます。防衛協会としても、その目的とする防衛意識普及活動の一環として、いささかなりとも政治を動かし得る正しい世論の形成に寄与したいものです。
平成19年
●099号 19.07.23 望まれる安保政策の充実強化 大串 康夫(全国防衛協会連合会常任理事)
●098号 19.04.23 国家の「独立」に思う 横田 泰彦(京都府防衛協会常任理事)
●097号 19.01.23 新春防衛時評「国防意識雑感」 日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
横地 光明(全国防衛協会連合会常任理事)
ある本によると、自衛隊は世界第5位の精強な軍隊だそうだ。海自高官が米海軍首脳に、「海自の能力はNATO海軍を上まわり最も信頼できる同盟海軍だ」と言われ、びっくりしたと言う。
確かにイージス艦4~5隻を中核とする約45万トンの新鋭艦艇と対潜機100機を擁する海自は、世界の海軍中屈指であろう。
また最高性能のF-15約200機とF-2等約100機を揃える空自は世界の空軍の中でも有数であろう。
更に、規模は決して大きくないが、優秀な装備を保有し、高い練度をもつ陸自は列強陸軍に引けをとるまい。
政府も「自衛隊は、外国からの侵攻に対する任務を有するが、こういうものを軍隊というならば、自衛隊も軍隊という事ができる」と言っている。然し、政府は「自衛隊には憲法9条の制約がかぶっており、普通の諸外国の軍隊とは違う」とも言っている。
そこで自衛隊の本質が問題になってくる。確かに自衛隊の任務・機能・組織・機構・装備は外見上立派な軍隊だろう。だがそれでは法的地位が軍隊かと言うと決してそうではあるまい。鵺ぬえのような奇怪な存在ゆえに悲劇が起こる。従って、自衛隊は国民に深く定着しているからとして、これを不問に付することは出来ない。
自衛隊がどうしても軍隊になれない理由を挙げてみよう。
① 憲法9条2項に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあり、わが国が軍隊を保有する道は完全に断たれている。
② 防衛省は国家行政組織法により設置された行政機関であり、陸海空の3自衛隊はその特別の機関で、行政機関のほかあり得ない。
③ 自衛隊を構成する自衛官は、国家公務員法の定める特別公務員で、立法職員(国会議員等)でも司法職員(裁判官等)でもないから、防衛行政職員であり軍人ではない。軍人のないところに軍隊はあり得ない。
④ 軍隊の基本要件は、特別の内部規律を律するため軍事裁判所を有し、権能はネガティブリストで規定され、行動の基礎を交戦権に置くが、自衛隊は何れの条件をも満たさない。即ち憲法の規定上、特別裁判所は持てず、権能はポジティブリストで規制され、他国軍隊のように国際法規・慣例以外は自由に行動することは出来ない。また作戦行動の基礎である交戦権は憲法で認められていない。
⑤憲法体系上、わが国では限定行政控除説(註)は通説でないので、国家統治作用は総て立法、司法、行政に区分され、国防機能も完全に行政に組み込まれている。
自衛隊がどんなに他国軍隊を凌駕する戦力を有しようとも、これが憲法上の自衛隊の本質である。
然し、厳しい国際情勢の中で主権国家が裸で国の安全を期し得ないから、実質上軍隊の自衛隊を置き、首相や大臣は「国防は国家存立の基本、国政の柱であり、自衛隊員はこの崇高な使命に精励し国民の負託に応えよ」と訓示し、「事に臨んでは身をもって責務の完遂に努めよ」と非常かつ重大な責任を課す。
即ちある時は軍隊のように装わせ、ある時はそうでないように都合よく扱う。その結果、任務は軍隊のように重く要求されるが扱いは蔑ろにして顧みられない。例えばイラクに自衛隊を派遣し、命を賭けて任務に当らせながら、出入国には制服はだめで、背広で外国機を利用しろなどと派遣隊員の誇りも心情も無視することを平気で行なうことになる。
孔子は「士は己を知る者のために死す」と言い、西郷南洲は「平日の信は、功を臨時に収む」と遺訓した。
自衛隊員に国家を信ずる心を失わせたら、どうして一朝有事の時、その任に殉ずることを求め得ようか。また自衛隊を鵺のように扱ったり、憲法で禁止しながら強力な軍隊を持つのでは、言行不一致から諸外国の不信を招く。
現在の国際環境では、主権国家が軍隊を持たざるを得ないことを広く国民に理解させることが肝要である。これを要するに憲法の速やかな改正と国防軍の設置が求められる。
(註):限定行政控除説とは全国家作用に立法、司法、行政の他に軍隊の統帥・編制大権などがあるとする考え方
大串 康夫(全国防衛協会連合会常任理事)
戦後の戦争アレルギーとイデオロギー論争の風潮の中で発足した自衛隊は、他省庁よりも一段下に置かれて日陰者扱いされてきた思いもがあるが、今回の省昇格は、創設以来の隊員諸氏の、誠実かつ地道な努力と実績が国民に広く認められたものであり、心から祝福したい。と同時に、近年の国際平和協力活動の活発化、更には、わが国周辺情勢の緊迫化を踏まえて、日本政府として安全保障政策推進の強い意思を内外に示したもので極めて意義深い。
しかし「省昇格」で、わが国の防衛体制が堅固になるわけではない。わが国の安全保障を全うするためには、集団的自衛権の行使禁止、専守防衛政策と敵地攻撃能力の保有禁止、非核3原則と核抑止戦略の問題、武器輸出3原則と国際共同開発・生産への制限、宇宙平和利用原則と防衛システム高度化への制約、防衛予算の抑圧と防衛力の相対的低下、安全保障基本法・国際平和協力基本法の不備など、わが国の防衛の解決すべき問題が山積している。
これらの諸問題は、わが国の防衛および国際平和協力活動等に於ける現場の自衛隊部隊の行動と国際信義を著しく阻害している。早急な「安全保障政策の充実強化」への政治決断と具体的な政策推進が望まれる。
その元凶は特異な平和憲法であり、戦争放棄、軍隊不保有の第9条規定とその解釈論である。今般、国民投票法が成立し憲法改正への動きが現実味を帯びてきた。
また政府は、「安全保障の法的基盤に再構築に関する懇談会」を設置し、集団的自衛権の行使についての見直し検討を開始した。
しかし、過去の論争経緯と政争戦略、メディアのミスリード、国民の関心の低さなどを考えれば、憲法改正は元より、集団的自衛権行使への解釈変更についても国民的合意を得るには相当の年月を要するであろう。顕在化する脅威と情勢緊迫に時間的余裕はそんなに無い。
政府には、防衛態勢と法的基盤の不備の現状認識をもって、機を失することなき政治決断を望みたい。断行しても態勢強化には、また多大な時日を要することを忘れてはならない。
実務経験を通じて国際軍事とわが国防衛の実情を知り、識見と志の高い人士を国政の場に送り出し、安全保障政策に反映することが、喫緊の重要事ではないだろうか。
横田 泰彦(京都府防衛協会常任理事)
日本は朝鮮、台湾及び南洋諸島において統監政治等を行ったが、インフラ整備や教育・衛生などに国内以上の投資を行い、植民地としてではなく友邦として扱った。事実、『帝国統計年鑑』等では、台湾・朝鮮を含めて「本邦」と記述している。今でも台湾や南洋では「日本精神」が語り継がれ、「感謝」の言葉さえ聞かれる。英蘭仏等(宗主国)の植民地行政に比較すると善政とさえ映った。
日本の姿勢は戦後も変わらず、日本の援助で1970年に起工した浦項総合製鉄所(韓国)の粗鋼生産量は新日鉄を上回っており、経済発展の基幹になっている。
他方、日本は史上初めて米国の占領行政を受けたが、冷戦の勃発で同盟国になった。
こうして、日本は「解放・独立」の尊さを身に沁みて感じ取ることができない。従って、独立のために命を落とした先人たちへの尊崇でも、靖国問題のように外国の指嗾 (しそう)で混乱させられる。
今日の極東アジア情勢は緊張しており、日本が現在置かれた立場に目覚めないならば、他国の意図で振り回され、早晩「独立」国家の体をなさなくなるであろう。
英蘭仏の桎梏 (しっこく)からインドや東南アジア諸国を開放する原動力となった藤原岩市少佐の行動を瞥見 (べっけん)して参考に供したい。
少佐は武力なくして独立はないと確信し、マレー、シンガポール作戦で日本軍の俘虜となったインド将兵の中からモハン・シン大尉を選び、誠心誠意、情熱を込めて説得した。大尉は捕虜から師団兵を募り、インド国民軍(INA)を創設する。
昭和17年2月17日、5万の将兵を前にしたファラパーク(シンガポール)での少佐の「使命と理念」演説は歴史的宣言として印度独立運動史に残されている。
紆余曲折を得て、INAは抗英闘士のスバス・チャンドラ・ボーズに引き渡され、強烈な精神教育を行って、新しい魂を吹き込むことに成功する。ボーズは「日本軍がシンガポールへ、シンガポールへと雄叫びを上げながら進撃したように、チェロ・デリー、チェロ・デリー(デリーへ、デリーへ)と叫ぼう、デリーが再び我らのものとなるまで」と鼓舞し続け、ついにインドを英国から取り戻す。ここに印度独立に賭けたS.C.ボーズと藤原少佐2人の夢が実現することとなった。
国民外交協会の山本東吉氏が昭和1969年、ロンドンを訪問した際、或るアジア通の英国人が「(印度は)INAの生みの親、藤原少佐にさらわれたようなものだ。彼の業績はアラビアのロレンスとは比較にならぬ偉大なものだ。日本ではさぞかし彼を世紀の英雄として崇敬していることだろうな」と語ったという。 英雄どころか、名前さえ知らない人が多いが、それは「植民地」を経験しなかった日本人の「独立」に対する感性の鈍さがもたらすものではないだろうか。
藤原氏は「独立」の尊さを知るだけに、自衛隊に入った後も、国家の守りに捧げた人を顕彰する気持ちが人一倍強く、12師団長時代は麾下部隊に管内市町村忠魂碑の敬拝礼励行を要望した。
靖国神社の部隊参拝は占領憲法によってご法度になっていたが、続く1師団長時代は個人の全責任において幕僚並びに各部隊代表と隊旗を随え、靖国神社に堂々と部隊参拝した。
むしろ問題となって、広く国民良識の審判を受けることを心密かに期待していた故の覚悟の行動であった。「午前6時の境内は静寂森厳そのものであった。宮司が権宮司等を随えてむかえた。部隊は喇叭(らっぱ)隊とともに社前に粛然と整列した。
短い訓示のあと、号令一下、全部隊が敬礼した。喇叭隊の吹奏する「国の鎮め」の響きが境内に荘重に流れ、その音が本殿の奥深く鎮まります英霊のみもとに吸い込まれてゆくような感動であった」と述懐している。宮司らは感激して客間に招じ饗応 (きょうおう)している。
日吉 章(全国防衛協会連合会副会長兼理事長)
中国は、驚異的な経済成長を背景に、軍事力の増強、近代化を推し進め、それに伴い、我が国周辺での艦艇、航空機の活動が活発となり、東シナ海では日中中間線の東側に連なる石油・ガス田の操業を開始されたのでは内科と思われます。
ロシアは、原油価格の高騰に支えられて、再び「強い国家」を目指し、我が国の北方領土への態度を効果させ、その周辺海域で我が国の漁船員を射殺するという事件が起こりました。
このような情勢に直面して、わが国民の間にも漸く戦後久しく忘れ去られてしまったのではないかと危惧されていた国防意識が蘇ってきたように思えます。しかしながら、核やミサイルに対する危機意識は依然として低く、他方、強硬措置を求める「勇ましい」主張も見られ、ある種の「危うさ」を感じなくもありません。
核やミサイルに対する危機意識の欠如は論外として、勇ましい意見や強硬な措置にも、これによって相手の意図を挫き行動を阻止する効果が期待できる反面、逆に相手の厳しい反撃を誘発するおそれがあります。問題は、そのとき怯むことなく敢然と立ち向う覚悟ができているのか、対処し得る能力、体制が整っているのかということです。
たとえ独力で対処する能力がないとしても、他国の協力が得られる手筈が整えられており、その場合にも当然のことながら他国任せではなく共同して戦い、少なくともその支援を行い得る体制が整えられていなければなりません。 また、現在の国際社会においては、国際世論の理解を得ることも極めて重要なことです。
私は決して強硬な措置に消極的なのではではなく、例えば拉致問題や石油・ガス田問題などでも、初期の段階でもっとこれらの問題に真剣に取り組み毅然とした対応をしていれば、被害者の増加を防ぎ、また問題の解決をこれほど複雑、困難なものにしなかったのではないかと考えています。要はその措置に伴うリスクの覚悟とその極小化のための対策が十分に講じられているかということです。
約百年前、日露戦争に際しわれわれの先人がとった内政外政の両面に亘る「周到にしてしたたかな」対応を今改めて思い起こし、これに学ぶべきだと思うのです。
これこそ正に政治、為政者の責務であり、国民一般に負わせるべきものではありません。しかし、民主主義国家では、政治は国民の世論に影響され、それを無視するわけにはいきません。
今後われわれ防衛協会も、オピニオン・リーダーとして、単に防衛意識の普及高揚を図るだけでなく、より深い洞察力を以ってその役割を果たしていかなければならないのではないかと考えます。
平成18年
●095号 18.07.23 再びイラク派遣に思う 小柳 毫向(全国防衛協会連合会常任理事)
●094号 18.04.23 中国とどう付き合うか 山本 誠(全国防衛協会連合会常任理事)
渡辺 眞(東京都防衛協会監事)
戦後の我が国は、日本国弱体化を企図した占領憲法を推し戴き、唯物的・経済至上主義を有り難がり、ひたすら物心両面の秩序破壊に勤しんできたことも自覚できず、独立国家国民としての誇りを失い、民族固有の魂をも放擲した結果、政治・経済・社会の様々な面で、今や由々しき根本問題が露呈されてきている。また社会秩序解体思想と人権迎合思想が性道徳の乱れ、母性・父性の崩壊を、ひいては家庭、学校、社会の崩壊を引き起こしている。
それに加えて、最近ではジェンダーフリーや、過激で露骨な性教育などを煽る異常なイデオロギーが学校や地方自治体に入り込み、文化や道徳を破壊する洗脳行政、洗脳教育を施している。また、母親の家庭からの駆逐と、それに伴う「子育て外注化」による親子間の愛情の欠如、犯罪の低年齢化、低出生率による少子化などは互いに影響しあって、「まともな子供が生まれない、育たない」という日本民族そのものの生命存続に関わる危機的状況に至った。
この異常なイデオロギーを操るのが、共産主義から派生したクローン(変異体)である。国連と政府を占拠し、地方分権の風潮に乗り、あらゆる地方自治体と教育を手中におさめつつある。このクローンの戦果を一人占めさせまいと反日カルト、反日人権団体、反日民族団体も動き出して来た。共産主義クローンとこれら反日団体は、時にはフェミニズムとなり男らしさ女らしさの文化伝統を破壊し、母親を家庭から駆逐し、時には反日サヨクとなり「日本の歴史は暗黒だった」という偏向自虐教科書を広げ、時には性教師となり変態性教育を推進し、時には「人権屋」となって、子供権利条例を広げて子供の人格、家庭、学校、社会の秩序を破壊し、時には「市民参画」のサヨク市民となって、国家から地方自治体を分離させるため、実質的な外国人地方参政権付与条例の自治基本条例を推進している。無防備地域条例制定の直接請求の動きもある。最近はこのような亡国条例が目白押しなのだ。
実はこの謀略と戦っているのは全国の地方議員である。地方自治体の非常識で異常な政策を正し、反日団体による税金の簒奪をチェックし、「市民参画」のインチキを暴き、亡国条例案の数々を常識の力で否決し、偏向教育や自虐史観教科書を正し、組合支配の学校現場に鋭いメスを入れて学校長の戦いを支援し、式典で国旗国歌を正しく扱わせ、男女混合名簿などの男女無区別教育を正し、危険な「子供権利」条例と戦っているのである。
さらに、彼ら反日謀略団体の手に、恐るべき日本人抹殺の武器が渡されようとしている。それが人権擁護法である。我が国民の思想、言論の自由を封殺し、従わない者を尋問、糾弾、リンチ、粛清する特権を人権委員会に与えるものである。恐怖の人権人民共和国の出現を絶対許してはならない。
今日の日本に襲いかかる謀略の正体を正確に見抜き、この戦いに勝利しなければ、我が国は内部から崩壊していってしまう。日本の危機は内外共に深刻である。我々はこの深刻さを正確に認識し、反撃の戦略を構築し、敵の理論、思想を常識の力で打ち破り、愛国心と国防精神と防衛力を高め、誇りある我が国を支えていくことが必要である。
(日野市議会議員)
小柳 毫向(全国防衛協会連合会常任理事)
今回のイラク派遣は、PKOと比較して見ると良くその特徴が理解できる。PKOの場合は国連が全ての主導権を握る。派遣国、活動開始時期、編成の概要等、参加を希望する国は国連と調整の上で派遣する部隊の種別・規模がきめられ、現地では事務総長の指名する者の指揮(日本では指図という)を受け、燃料・食料等お補給や部隊派遣の輸送手段も基本的には国連がアレンジしてくれる。当然、任務終了に伴う撤収も国連が支持する。これに比し、今回のイラク派遣は全て自分で決め、それ故全てを自前で面倒見なければならないという特徴を有し、PKOと根本的に枠組みをことにする。
このような特徴に照らし手考えると、特に政治レベルで政治レベルで配慮を要すると思われる点が幾つか指摘できる。
1 基本戦略の確立と撤収条件の作為
今回の派遣は対米配慮からなされた観が強い。日米同盟の絆を強化することは我が国の安全保障のためにも極めて重要なことであり、派遣に異を唱えるものではない。しかし、派遣を自ら決めたい上、我が国の国益に照らし、イラクにどのように関与していくのかという基本戦略を確立する必要がある。基本戦略が確立されてはじめて、イラクの復興支援をどのようにやっていくのか、その中で、自衛隊に何を期待し、またどこまで期待するのか、さらには、自衛隊撤収後、どの様な形でイラク復興に係わるかが明らかになる。
今回の派遣は、押っ取り刀で派遣した観が否めない。当初派遣された隊員は、自らの派遣の意義を考えて、自らを納得させ家族を説得したといわれるが、これは政治の重要な役目である。
また、兵を用いる場合は、いかに兵を収めるかということを、当初から考えておく必要がある。これは戦争指導で特に重要であるが、国内の災害派遣においても、いかに撤収するかは派遣部隊指揮官の最大の関心事であり、判断事項である。撤収の気が熟するのを待つという考えよりも、撤収の条件を自ら創り上げることこそ政治の腕の見せ所である。軍に明確な目標を与え、終末を適切に指導することは、シビリアンコントロールの基本である。
2 柔軟な編成
派遣部隊の編成は、閣議決定される実施計画の中で枠組みが決められ、特に派遣隊員の上限数が変更されることはまずなく、極めて硬直したものとなる。
今回の派遣に当たっては、従来のPKO等と同じく、自ら汗してイラクのために働くことを前提とした編成がなされたが、医療、給水は別にしても、公共施設の復旧は、いかにイラク人に雇用の機会を与えるかが、復興支援のため重要であるかが、現地に行って分った。 このため、施工管理等の技術者が必要となったが、派遣隊員数の制約等から、派遣部隊の要望に迅速に答えることができなかったといわれる。
また、このような業務は本来、武力集団である自衛隊の任務に相応しいものではない。 活動内容によって、自衛隊とJICA等の民との混成の編成ができるようにするか、あるいは明確な目標を与えたならば、細部の編成は自衛隊に任せる等、柔軟性を持たせる必要があろう。このためには、政治家の頭の柔軟性と、シビリアンコントロールについての正しい理解が必要となる。
3 兵站の確保
兵站は部隊運用の基盤であり、あらゆる作戦・活動を成功に導くためには、兵站を確保することが必要の要件となる。食料・燃料等は現地調達ができるが、部隊交代等のための輸送手段は自前で準備しなければならない。
我が国は専守防衛を国是としているため、海・空自衛隊の輸送能力は皆無に等しく、民に依存せざるを得ないが、我が国の航空会社は、自衛隊の国際協力活動に極めて非協力的である。本邦からイラクへの移動は勿論のこと、イラク派遣に伴う部隊の国内移動にも一切協力しないという。たまたま政府専用機を利用した時、某航空会社からタラップを借用したが、その会社は、タラップに描いてある自社のロゴマークをわざわざ消して貸し出したそうである。こうなると非協力的どころか冷淡と言わざるを得ない。
国際協力活動が自衛隊の主任務に位置付けられるそうだが、このためには、海・空自衛隊の長距離輸送能力の整備、あるいは民の協力態勢を整える等、兵站線の確保に配慮することが前提となる。任務を与える必要があるならば、任務を遂行しうる可能性(能力)を与えることが政治の責任であることを銘記する必要がある。
山本 誠(全国防衛協会連合会常任理事)
私はどちらかといえば、後者の立場をとる。それは何故か。わが国の行く末を論ずるに際し、まず考えるべき事は、この厳しい世界情勢の中で、我が国はどのような位置付けにあるかということである。
日本は地勢学的に観て紛れもない海洋国家であり、海洋を紐帯として結ばれる海洋国家群の一員である。その中で生存と繁栄を維持するためには食料 (カロリーベース)の60%、エネルギー資源の95%、各種鉱石やレアメタルは100%を海外に依存せざるを得ない貿易立国であり、その流通の安全を確保することが立国の条件となる。
このため、不安定の弧と言われる中東からのルートやアジア太平洋海域を含むシーレーンの安全と、自由貿易秩序を維持するための地域の安定を確保することが、日本にとっては死活的に重要である。
こういった観点から当面、好むと好まざるとに関わらず、この地域・海域に強大な影響力を有するスーパーパワーである米国を中核とする、自由民主主義海洋国家群の一員として、日米同盟を堅持し、他の自由圏諸国との連携を強化していくことが、平和と独立と繁栄を維持するために日本が採り得る最善の選択肢であり、中国との関係は日本にとって勿論重要ではあるが、日本の死活に関わるような関係にはないと考えるからである。
日本は、聖徳太子(574~622)が隋に対して「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや」と国書を送り、中国と全く対等な立場を築いて以来、明治維新まで約13百年間、中国文化は積極的に受け入れながらも、一定の距離を置いた関係を保ってきた。
しかし日露戦争以降、列国の植民地政策に追随して大陸に深入りし、対米戦争に至った経験は大いに反省し、教訓とすべきである。
近年の中国経済の発展は確かに目覚しいものがある。しかし反面、共産党一党独裁の政治体制と、西側化が進む資本主義的経済体制とは本来、相容れないものであり、言わば股裂き状態にあると言える。
こういった中、中国が抱える貧富格差の深刻さについて、2月11日の産経新聞は次の様に伝えている。
▼ 都市部と農村地帯との経済格差は拡大の一途をたどり、経済格差を示すジニ係数は0.45~0.53「国連人類発展報告」にまで拡大している。 (一般にジニ係数は0.4を超えると社会不安を引き起こす可能性があり、0.5を超えると暴動の危険性を孕むとされる。因みに2005年OECDの公表によれば日本は0.31、米国は0.36)
▼ 英国エコノミスト編集長で『日はまた昇る』の著者ビル・エモット氏は、中国経済はなお暫らく高い成長率が続くとして、「問題は、近い将来に中国内部で政治的衝突が起こるだろうということ。
▼ 民主化という戦いが本格的に始まれば、中国の不安定化は避けられない」と指摘している。現に不満分子による抗議行動は年々増え続け、一昨年は7万4千件、昨年は8万7千件に達したという。
中国社会は見掛けの繁栄とは裏腹に、体制崩壊への大きな危険性を孕んでいることを見逃してはならない。中国の歴史は、都市部の点と線の繁栄の果てに地方との格差が拡大し、周辺の新興勢力に取って代わられるというパターンの繰り返しである。人口13億人のうち僅か7千万人の共産党員によって支配される一党独裁の現政権も、この儘でいけばどうなるか。中国との良好な関係を維持することは、勿論重要ではあるが、いざという時に備えて被害を極限出来る様、適切な距離を置いて付き合うことが肝要である。
一方、日本にとってアジア諸国との関係は確かに重要である。米国の大学などがBBC(英放送協会)の依頼で行なった世論調査によれば、アジア33ヵ国のうち31ヵ国で、日本の影響力について肯定的評価が否定的評価を上回ったという。否定的評価が上回った残りの2ヵ国が中国と韓国であることは言わずもがなか。H18.2.6産経抄)』
この結果を観れば、中国と韓国は寧ろアジアの少数派ではないか。アジア諸国の中には中国の覇権主義に脅威を感じている国も多いのではないか。こういった中、日本がアジア自由圏諸国の一員として日米同盟を強固に維持し、是々非々を以って毅然として中国の覇権主義に対処することは、極めて意義のあることである。
最後に、益々複雑化する国際社会において、無資源国日本が平和と独立と繁栄を確保するためには、どの国と組むかということが最重要事項となることを改めて強調しておきたい。