防衛時評
令和6年
常任理事 金古真一 防衛協会会報第168号(6.10.1)掲載
本年4月のイランによるイスラエルに対する大規模攻撃について考える
昨秋から続くイスラエルとハマスとの交戦は、イスラエルと親イラン勢力を加えたイランとの対立に拡大しています。本年4月1日、ダマスカスのイラン大使館領事部への空爆に端を発し、両国の緊張関係は一気に高まり、同月13日、イランはイエメンの親イラン武装勢力フーシ派と連携し、ドローン約170機、巡航ミサイル30発以上、弾道ミサイル120発以上、計300以上の飛翔体を投入した大規模な攻撃を断行しました。イスラエル国防省によれば南部の空軍基地に一部の弾道ミサイルが着弾したものの、飛来した目標の99%を撃破したと公表しました。一方、イスラエル政府は正式に認めていませんが、19日、イラン中部イスファハン州に無人機が飛来し、防空システムで破壊したとイラン国営放送が報じています。対立を続けるものの直接衝突することがなかった両国の緊張が、中東での戦火拡大へと繋がることが憂慮されましたが、両国の思惑と自制を求める関係国の働きかけにより、一回の応酬で収束、沈静化に至りました。中東情勢はさらに混迷の度合いを増しつつありますが、4月に起きた本事案を題材として、我が国が置かれた状況と統合防空ミサイル防衛(IAMD:Integrated Air and Missile Defense)について考えます。
まず、我が国はイランと同様の能力を有する国家と隣接することを改めて認識すべきです。中国、北朝鮮及びロシアが中・短距離弾道ミサイル及び巡航ミサイルを多数保有することは事実であり、我が国が保有する弾道ミサイル防衛(MD: Missile Defense)システムに対抗するため、発射の秘匿性や即時性、精密打撃力の向上に加え、変則機動する弾道ミサイルや極超音速兵器の開発・配備を進めています。また、無人機に関しては、ウクライナ侵攻において無人機を多用するロシア、我が国周辺において各種無人機の活動を活発化させている中国、自国製無人機を韓国に侵入させた北朝鮮と無人機は最早現実的な脅威となっています。今回のイランによる攻撃は、能力を保有する国々にとって、弾道・巡航ミサイルに加え、安価かつ大量投入が可能で、防空システムの無力化やコストの強要が期待できる無人機を攻撃アセットとして組み込んだ大規模攻撃が、軍事作戦として採用公算の高い選択肢であることを示唆していると言えます。
我が国が置かれた状況から、統合防空ミサイル防衛(IAMD)の構築は極めて重要です。我が国にとって、イスラエルが弾道ミサイル防衛(MD)システムの有効性を示したことは大きな意味を持ちます。一方で、巡航ミサイルと無人機は戦闘機等が遠方で阻止したと伝えられており、防衛省・自衛隊が目指す現有のMDシステムをさらに発展させ、ネットワークを通じて様々なセンサー・シューターを一元的かつ最適に運用し、多様化する経空脅威に対処できる統合的な防空体制、IAMDは我が国にとって必須の防衛力に他なりません。さらに、IAMDは防勢的な対処のみではなく、相手の攻撃を制約、抑止する反撃能力を用いた攻勢的な対処を含んでおり、各種スタンド・オフ機能の保有、戦力化も急がれます。イスラエルがMDによる一回の迎撃に費やした費用は約12億ドルと報じられています。コストだけでMDの有効性と重要性を否定することはできませんが、具体的な数値を目にすると、攻防を兼備した防衛態勢の構築が如何に重要であるかを理解できます。
装備の充実や態勢の強化によって、IAMDを含めた自衛隊の各種対処能力は飛躍的に向上するでしょう。しかし、武力攻撃が生起した場合の国民生活への被害が皆無とは考えられません。そのため、国民保護の体制強化としての避難施設(シェルター)の確保、避難要領の確立等、国家としての総合的な防衛力も同時に高める必要があります。政府・自治体による施策の推進とともに、国民一人一人が今回の事案を遠く離れた中東での出来事ではなく、我が国が直面する現実として捉え、意識を高めることを期待しています。
(元航空支援集団司令官)