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各協会活動記事等

令和3年会報紙掲載

千葉県自衛隊協力会連合会               防衛協会会報第156号(3.10.1)掲載

 感謝状贈呈式
   森田健作氏に感謝を込めて   

           千葉県自衛隊協力会連合会


7月9日、千葉県自衛隊協力会連合会(会長熊谷俊人千葉県知事)は、㈱サンミュージックプロダクション(以下「サンミュージック」という)本社(東京都新宿区)において、前会長森田健作氏(前千葉県知事、現サンミュージック最高顧問)に対し、全国防衛協会連合会佃和夫会長からの感謝状贈呈式を行いました。

 これは、新型コロナ禍により、6月の全国防衛協会連合会総会が書面決議となったため、佃会長から総会席上での直接贈呈が叶わず、千葉県自衛隊協力会連合会が代行で贈呈式を行ったものです。

 森田氏はかねてより我が国の安全保障と自衛隊の任務の重要性を良く認識され、平成21年4月5日の千葉県知事就任以来3期12年に及ぶ知事在任中、千葉県自衛隊協力会連合会会長を務めてこられました。この間、県民と自衛隊の架け橋となって県民の防衛意識の高揚、ひいては防衛基盤の充実に大きく寄与されました。これまでの長年にわたる千葉県自衛隊協力会連合会会長としての功労が認められ、今回感謝状を贈呈されたものです。

  当日は、自衛隊千葉地方協力本部長 大山康倫1等海佐、臼井久美子女性部会長、浜田智一青年部会長及び池田由紀子理事兼事務局長の4人が、会場を快く提供して下さったサンミュージック本社に赴き贈呈式を行いました。 サンミュージック側からは、相澤正久代表取締役社長をはじめ、岡博之副社長(森田氏の元付き人)、石本耕三取締役及び明石雅博取締役が参列してくださいました。

 贈呈式は、開式の辞で司会進行の池田理事が「全国防衛協会連合会の概要と会長感謝状贈呈の趣旨」を説明し、サンミュージックに対し会場提供への感謝の言葉を述べた後、大山地本長から祝辞を頂戴し、プレゼンターの臼井女性部会長から感謝状、副賞(マグカップ)及び花束贈呈が行われました。続いて、森田氏の活力溢れる謝辞があり、相澤社長からは心温まるご挨拶を頂戴し、浜田青年部会長による閉式の辞により贈呈式は滞りなく終了しました。

 森田氏が一層若返っていらっしゃったことと、さすがに軍事ジャーナリスト井上和彦氏・桜林美佐氏や、防衛大臣感謝状受賞者カズレーザー氏を擁するサンミュージックの社長だけあって、相澤氏の自衛隊愛に満ちたお話に一同大いに感銘を受けました。

 心に残る素晴らしい贈呈式を実施することができ、橋渡し役を務めた千葉県自衛隊協力会連合会として、改めてサンミュージックに心より感謝を申し上げます。

                                千葉県自衛隊協力会連合会

                                      理事兼事務局長

                                           池田由紀子
臼井女性部会長(右から2人目)を通じて森田氏(左から2人目)に感謝状を贈呈)
花束を手にして笑顔の森田氏
贈呈式参列者の集合写真(前列左から池田理事、相澤社長、大山地本長、森田氏、臼井女性部会長、浜田青年部会長、後列左から石本取締役、一人置いて岡副社長、明石取締役)

栃木県防衛協会                    防衛協会会報第156号(3.10.1)掲載

右側の2階建洋館:今回、国の登録有形文化財に答申された「山縣有朋記念館別館」。 左側の2階建洋館:栃木県指定有形文化財の「山縣有朋記念館」(明治42年建築、小田原古稀庵から移築)

日本の防衛の一翼を担う

山縣農場内の建築物が

国の登録有形文化財に!

        栃木県防衛協会

 

「山縣有朋記念館別館」を国の登録有形文化財に答申

 7月16日、国の文化審議会において、栃木県矢板市の山縣農場に所在の「山縣有朋記念館別館」を登録有形文化財にするよう文部科学大臣に答申されました。

 この「山縣有朋記念館別館」というのは、明治時代の数少ない洋風木造建築物の一つとして、栃木県指定文化財に登録されている「山縣有朋記念館(旧山縣有朋別邸)」に隣接して昭和2年頃に建築されたものです。


山縣農場の由来

 山縣農場は、明治時代の135年前に、山縣有朋が栃木県伊佐野(現栃木県矢板市伊佐野)の官有地の払い下げで得た、天然林約150町歩、草山600余町歩の山野を、移住者を受け入れて開墾と植林をしたことから始まりました。有朋が考えた『農は国家経済の基本』の理念のもと、自作農を育てる方針は有朋亡き後も生き続け、田畑の多くを小作人に譲渡済で山林主体の経営となっていた山縣農場は、第二次世界大戦後の農地改革の影響をほとんど受けることなく、森林を整備しながら継続しています。その中心的存在であった山縣有朋記念館別館を、山縣有朋氏から5代目にあたる山縣有德氏が引き継ぎ現在に至っています。

 山縣有德氏は、現在、栃木県防衛協会の会計幹事としてご活躍されています。


MIG―25事件の教訓から山縣農場に防衛マイクロ回線の「八方無線中継所」を設置することに

 有德氏が栃木県防衛協会にかかわるようになったのは、昭和51年(1976年)9月6日、ソビエト連邦(当時)のMIG―25戦闘機が、日本の防空網をかいくぐって領空を侵犯し、函館空港に強行着陸したことが端緒となっています。

 このMIG―25事件発生時、新幹線車中の防衛庁長官(当時)への報告まで約1時間半を要したこと等、事件発生当初における庁内の連絡体制の不備が表面化しました。当時は、自衛隊の大部分の通信回線は電電公社(現NTT)の通信回線に依存しており、通信回線の所要が急増する緊急時において所要量の迅速な確保が困難であり、柔軟な運用ができず、また、抗たん性に欠ける面がありました。

 この事件を契機に、防衛庁(当時)は、防衛の中枢的機能ともいうべき指揮通信の充実のため、昭和52年度以来、自衛隊の自前の統合骨幹通信網である防衛マイクロ回線の整備に努めてきました。これの一環として、昭和53年防衛庁(当時)から依頼を受け、「八方無線中継所」を山縣農場内の最高標高点の山林内に設置し、現在に至っております。

 このように、防衛省に「八方無線中継所」用の土地を貸している繋がりが、山縣有德氏の栃木県防衛協会入会に結びついたものです。

                              (資料提供:公益財団法人山縣有朋記念館)


枢密院議長議定官元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵山縣有朋
       山縣有德氏

宮崎県防衛協会                    防衛協会会報第155号(3.7.1)掲載

  「日仏米共同訓練」     
         in陸自霧島演習場(宮崎県えびの市) 
  
 令和3年5月11日から17日まで、日仏米豪の4か国による陸上と海上での共同訓練(ARC21)が実施さ
れました。その訓練の一環として5月14日から16日まで、宮崎県と鹿児島県にまたがる霧島演習場において陸上自衛隊、仏陸軍及び米海兵隊による日仏米共同の実動訓練が国内演習場で初めて実施されました。
 今回の陸上と海上における多国間共同訓練は、自由で開かれたインド太平洋のビジョンを一層深化させ、尖閣諸島や台湾周辺で覇権主義的な行動を活発化している中国をけん制する意味で、我が国の安全保障上、大変意義のある重要な訓練ととらえております。
 宮崎県防衛協会は、国防を支えるえびの市有志の会とともに、市役所通りの街路樹等に参加国の国旗を掲げ、横断幕を設置して共同訓練に対する歓迎の意を表しました。
    宮崎県防衛協会  
市役所通りの街路樹等に掲揚された日・仏・米の国旗の間から霧島演習場を望む
    


     市役所通りに設置された歓迎の横断幕
    


沖縄県防衛協会                    防衛協会会報第155号(3.7.1)掲載

沖縄県防衛協会 
   人命救助の米海兵隊員に
       感謝状を贈呈

 沖縄県防衛協会は、ハブにかまれた地元沖縄県金武町の高齢の女性を、迅速な救急救命措置により救出したキャンプハンセン所属米海兵隊第31戦闘兵站大隊ジョン・ジェイムス3等軍曹に対し、4月7日(水)に感謝状を贈り、人命救助の功績を讃えました。
 このハブによる咬傷事案は昨年11月に発生しました。現場に居合わせたジェイムス3等軍曹は、咬傷個所を見つけると躊躇することなく友人のベルトを使い、傷口から約4.7センチ上部を圧迫したうえで救急車を要請しました。救急車はすぐに到着し、付近にいたハブを確認後、女性に対して適切な血清を投与することが出来ました。ジェイムス3等軍曹の迅速で適切な処置が女性を救った旨、対応した救急隊員から伝えられました。
 感謝状贈呈式は、キャンプハンセン基地司令部前で行われ、米海兵隊側からは部隊長をはじめ多くの同僚が参加しました。また、防衛協会側からは國場会長、島袋副会長(元名護市長)をはじめ青年部会員を含む多くの有志が参加し、ジェイムス3等軍曹の迅速で適切な救急救命処置を賞賛しました。
 なお、ジェイムス3等軍曹は、現在車両オペレーターの任務に就いておりますが、以前は各国にある米国大使館を警護する海兵隊警備プログラムに3年間所属し、その際、週に1度CPR(心肺蘇生法)や止血に関する医療訓練を受けていたそうです。 
沖縄県防衛協会
AWARD CEREMONY(感謝状贈呈式)。左からジェイムズ3等軍曹、國場会長、島袋副会長
                 感謝状を手にしたジェイムズ3等軍曹と國場会長
                 沖縄漆器をてにしたジェイムズ3等軍曹と國場会長
セレモニー参列者の記念写真。中央右へジェイムズ3等軍曹、國場会長、島袋副会長の順
   
國場会長がキャンプハンセン司令官のレイバーガー大佐を表敬訪問②
國場会長がキャンプハンセン司令官のレイガーバー大佐を表敬訪問①
   
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