女性部会の活動
令和8年
女性部会 防衛協会会報第175号(8.7.1)掲載
「女性部会そもそも論」
~四半世紀を通じて思うこと~
そもそも連合会女性部会の生い立ちは、当時の古い議事録を紐解きますと「連合会の更なる発展には女性部会・青年部会の設立が不可欠」という結論から始まっています。
そして平成十三年六月、各都道府県防衛協会女性部会・自衛隊協力会女性部会・地域で自衛隊を応援する婦人部等が結集し設立されました。初代女性部会長は、当時の山口連合会会長のご指名で、著名な料理研究家で江上トミ先生と共に皇女の料理指南役としても活躍していた江上料理学院の後継者、江上栄子氏が就任しました。江上栄子氏は、全国に先駆けて設立されている東京都防衛協会女性部会長でもありました。
設立当初の活動は全国各部会長のみを東京に招集し、防衛講話受講・代表数名の活動発表・懇親会、翌日は自衛隊音楽まつり鑑賞という事を実施していました。しかし、「一部の方のみの参加は不公平である」という声があり、平成二十一年以降、防衛講演や自衛官女性代表・米女性軍人代表・著名人等をお招きしたシンポジウムを開催し、会議の内容も全員参加型ミーティング、スクリーンを利用し各部会三分以内でプレゼンする等、多くの会員が参加する事を基準にすっかり様変わりしました。
一方において参加者が増えた分、音楽まつりチケット入手については大変苦労しました。
平成二十三年明治記念館で実施した十周年記念祝賀会で、ご来賓含め総勢四百七十名の中、現職自衛官将官~曹クラス迄七十名以上にご登壇頂いて「感謝の花束贈呈」をしましたが、上司と並んで立つ自衛官の戸惑いながらも嬉しそうな笑顔に、「この会を開催して良かった!」と心から思える瞬間でした。
前述以外にも新隊員激励事業で女性自衛官に激励品としてマグカップを贈呈したところ、出張先の金沢で教育修了後赴任したばかりの隊員が私に近づき、「心細い思いをした時に頂いたマグカップでお茶を飲んだら初心に戻り元気が出ました。」という言葉をかけて下さり、大変感激しました。またオリンピック基金事業でも、出場選手激励の積立・募金・広告掲載やオリンピック閉会後帰国した選手全員を全国大会にお招きして参加者全員で慰労する等、どの事業も具体的な成果を感じるものでした。このように「連合会女性部会ここに有り」の手応えを感じていましたところ、平成三十年の全国大会では当時の陸・海・空三幕僚長に揃ってご来臨頂くという名誉な事がありました。感謝申し上げると共に女性部会の更なる励みと自信になったと思っています。
余談として一部の関係者しか知らない情報を皆様にお伝えしたいと思います。江上会長が米国の農事功労賞を授賞されたご縁で米国大使館に招待された際に、音楽まつりのCDを陸幕広報から提供して頂き大使にお渡しして、「是非一度鑑賞して頂きたい」とご案内しましたところ、願いが叶い音楽まつりにケネディ大使がご来駕されました。この事は、当時音楽まつりチケットで陸幕広報に大変なお力添えを頂いていましたので、ほんの少しご恩返しが出来たようで嬉しかったです。
令和元年に江上会長がご退任される事で、女性部会は大きな転機を迎えました。会長職を副会長の間で持ち回り制にし、福岡・千葉・奈良・高知の各県女性部会長が務め、「全国大会」も地域の特性を生かした大会へと変貌して参りました。自分達で大会運営する事に慣れていなかった女性部会も、この数年間で経験を積み、愈々次の段階へ入る時が来ました。
令和六年、「ブロック制」という新たな枠組みを導入し、現在は大分県衛藤まり子会長のもと、地域の連携強化を図り、更なる飛躍を目指して会の活性化を図っています。
このように振り返りますと、四半世紀にわたる女性部会の足跡は大きく、十周年で作成したスローガン「国の守りと平和の心ウーマンパワーで支えよう」の思いを次のリーダーがしっかりと受け継ぎ、矜持を持って次世代に繋いでくださる事を心から願っています。

















