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防衛時評

令和3年

常任理事 小川清史                防衛協会会報第154号(3.4.1)掲載

「危機」におけるリーダー
 
 「危機」とは医学用語が語源であり、回復に導くか死に導くか、どちらか可能性のある決定的な段階を表わす用語である。この医学用語が、社会的危機や国家危機、国際社会での国家間対立による危機などに広く使用されるようになった。このうち、例えば国際危機は、軍事力を使用する戦争状態になる敷居ぎりぎりのところまでを「危機」として表現する。敷居を越えてしまった場合は、「戦争」であり、戦争遂行では国家の総力をあげて戦勝を獲得すべく取り組まなければならない。

   本防衛時評では「危機」の収拾を危機管理と称する。危機管理を実行するリーダーの役割と戦争遂行におけるそれとは、共に非常事態対応であるものの、異なる点がある。

 戦争遂行以前の危機管理に加えて、今般の大規模感染症対策も危機管理として位置付け考えてみたい。危機管理は、異常な状況を管理し最小限の被害に抑え、最短期間での平常時への回復を目指すものである。大規模感染症対策も、平常時に早く回復できるよう、リーダーは異常事態を収拾して危機を脱しなければならない。一方、戦争では、リーダーは平時の仕組みを犠牲にしてでも、国家の非常事態に最大限取り組まなければならない。

危機管理の成功例と失敗例をみてみたい。『キューバ危機における危機管理』と、『第4次中東戦争におけるイスラエルの抑止戦略の破綻』である。

◇キューバ危機

   ケネディ米大統領は危機管理のため、①何も行わない、②ソヴィエトに対する外交的圧力、③キューバをソ

ィエトから離反させる働きかけ、④海上封鎖、⑤ミサイル等への限定爆撃、⑥キューバ侵攻、の選択肢の中から、④を採択して隔離政策と呼称した。偶発的な世界大戦への危険と、米国の立場とを重視しての隔離政策によって「危機」を脱した。

◇第4次中東戦争

  イスラエルは、エジプト侵攻抑止のため、国境に拠点陣地を配備するとともに、国民の大動員による戦力増強の2段構えで侵攻を抑止しようとした。エジプトは何度か侵攻の兆候をみせ、その都度イスラエルは国民を大動員した。抑止が成功したかに見えたこの大動員によって経済活動が止まり、国民は大規模な経済的損失を被った。エジプトが、最終的に侵攻した時には、イスラエルの大動員は機能せず、結果的に抑止は破綻した。

  2つの事例には様々な要因が複雑に絡み合っているものの、最も顕著な違いは、キューバ危機では米ソの首脳の駆け引きに政策努力が集約されていた一方、イスラエルの抑止戦略は国民動員に大きく依存した政策であったことが挙げられよう。

  国際「危機」に対する危機管理を成功に導くためには、合理的な計算を前提としなければならない。キューバ危機ではフルシチョフソ連最高指導者が合理的な判断をした。一方、イスラエルの抑止戦略は、完全に予測することが困難なエジプトの侵略企図に対抗して、大動員によって国民に対する負担や犠牲を強いるという計算し切れない問題が存在した。

  危機管理においては、事態が緊迫している状況で、一般的に信頼のおける情報が欠乏する。リーダーが、正確な判断をしようとしても、様々な変化要因を正しく推測することは極めて困難である。誤算の可能性は、完全には排除できない。また、事態が急展開して、コントロール不可能に近い状況へと陥ることを完全に防止することも困難と言わざるを得ない。リーダーは、①正確な情報が少ない、②時間的余裕がない、③平時と異なり政策決定が極めて困難、④事態が悪化し手に負えなくなる危険との隣り合わせの緊張感、などのストレスを抱えつつ、状況判断・決断をしなければならないのである。

  国家の目的は、生存と繁栄である。コロナ感染拡大の「危機」に対して、生存目的達成と、国民を豊かにする繁栄目的の達成とを両立させるには、リーダーに対して正確な情報、特に感染拡大の因果関係、医療体制や経済活動の状態についての『情報』の確度や信頼性が高いほど、危機管理の各種政策はより的確なものとなる。また、経済活動へのてこ入れの政策の効果と感染拡大への影響度についても、適切な情報と分析が必要である。様々な憶測や誤情報・偽情報は、「危機」収拾を遅らせるだけである。

 「危機」から次の段階、戦争もしくは国家経営の破綻へと進ませないためには、リーダーによる妥当な政策決断と実行が必要であり、その決断の重大さに比例する確度・信頼性の高い『情報』と『分析・評価』が不可欠なのである。

(元陸自西部方面総監)

 

理事長 金澤博範                  防衛協会会報第153号(3.1.1)掲載

年頭にあたって
 
 
 中国は国防建設を経済建設と並ぶ重要課題と位置付けて、軍事力増強に継続的に資源を投入してきていま
す。
 中国が公表している国防予算は、実際の軍事費の一部に過ぎないと考えられていますが、公表されている分だけ見ても1989年度から2015年度までほぼ毎年2桁の伸び率を示しています。その結果2020年度の公表国防費の規模は、1990年度からの30年間で44倍、2010年度からの10年間で2.4倍となっています。
 これにより中国は戦略核戦力から通常戦力に至る広範な軍事力をめざましく強化しています。
 中国軍の増強に伴い、その活動もグローバルな規模で活発化しています。我が国周辺でもその傾向は顕著です。中国の海上・航空戦力は、我が国周辺海空域で活動を拡大・活発化させており、行動を一方的にエスカレートさせる事案もみられるなど懸念される状況になっています。
 それに伴って、航空自衛隊による中国機に対する緊急発進の回数は、2016年度に851回と過去最多を記録し、以降も引き続き高水準にあります。
  尖閣諸島周辺についてみると、中国は尖閣諸島に関する独自の立場に言及した上で、管轄海域におけるパトロールの実施は正当かつ合法的であるとして、海軍艦艇をこの海域で恒常的に活動させています。2016年にはフリゲート艦が海軍艦艇としては初めて尖閣諸島周辺の接続海域に入域し、2018年には潜没した潜水艦とフリゲート艦が同じ日に接続海域に入りました。
 中国は海軍艦艇のみならず、海警局所属の公船をほぼ毎日尖閣諸島周辺海域で活動させ、月におおむね3回の頻度で我が国領海への侵入を繰り返しています。2020年には中国公船が26時間以上領海侵入を継続した上で日本漁船に接近し追尾する事案が発生しました。
 中国によるこのような行動は、力を背景に自分の意思を押し付けようとするもので、全く看過できるものではありません。日本政府によるたび重なる抗議にもかかわらず、中国はこのような行動を止める気配を示していません。
 北朝鮮は2006年以降6回の核実験を実施しています。2017年9月の6回目の核実験は、水爆実験であった可能性が指摘されています。
 過去6回の核実験を通じた技術的な成熟を踏まえれば、北朝鮮は既に核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化・弾頭化の実現に至っていると見られています。
 また北朝鮮は2016年以来、70発を超える弾道ミサイルなどの発射を強行しています。その特徴は①長射程化②飽和攻撃のために必要な正確性、連続攻撃能力及び運用能力の向上③奇襲的な攻撃能力の向上④低高度を変則的な軌道で飛翔⑤発射形態の多様化が見られることです。
 特に近年、北朝鮮はミサイル関連技術の高度化を図ってきており、2019年5月以降に発射された3種類の新型短距離ミサイルは、固体燃料を使用して通常の弾道ミサイルよりも低空で飛翔する特徴を有していました。これは、ミサイル防衛網の突破を企図しているものとみられ、この技術がより射程の長いミサイルに応用されることが懸念されています。
 このように、北朝鮮は、攻撃態様の複雑化・多様化を執拗に追求して攻撃能力の強化・向上を着実に図っています。このことは、発射兆候の早期の把握や迎撃をより困難にするなど、我が国を含む関係国の情報収集・警戒、迎撃態勢への新たな課題になっています。
 2018年の米朝首脳会談で、金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化意思を表明しました。しかし、2019年2月の米朝首脳会談はいかなる合意にも達すること無く終了していま
す。
 さらに、2019年12月の朝鮮労働党中央委員会総会において、金正恩委員長は米国の対北朝鮮敵視が撤回されるまで戦略兵器開発を続ける旨表明しました。
 このような北朝鮮の軍事動向は、我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっています。
 米国は力に裏づけられた自国の価値観と影響力が、世界をより自由で安全で繁栄したものにするとの考えのもと、引き続き世界の平和と安定のために役割を果たしていくものと考えられます。
 米国は特に中国を抑止するため、インド太平洋地域の安全保障を最重視する姿勢を明確にしており、この地域に戦力を優先的に配分する方針を示しています。
 米国は「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを前進させるため、地域全体で価値観を共有する国々と絆を構築・強化すると共に、この地域における前方軍事プレゼンスを維持強化する方針を明確にしています。
 また米国は、米艦艇による南シナ海における「航行の自由作戦」や台湾海峡の通峡を繰り返し実施するほか、2019年には27年ぶりとなる台湾への戦闘機売却方針を明らかにするなど、中国を掣肘するためのさまざまな施策を実施しています。
 2021年1月には共和党政権から民主党政権への政権交代が行われます。大統領選挙中、トランプ大統領はバイデン氏を中国に融和的だと非難していましたが、11月の菅総理大臣との電話会談で、バイデン次期大統領は「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用地域である」と明言したと伝えられています。これは我が国としては非常に歓迎すべき発言です。
 バイデン政権の具体的な安全保障・国防政策はこれから明らかになっていきますが、我が国としては引き続き米国との同盟関係を維持強化していくことが肝要です。
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