防衛時評
令和8年
常任理事 岸川公彦 防衛協会会報第175号(8.7.1)掲載
「より実効性の高い抑止態勢の構築を目指して」
ウクライナや中東での紛争の長期化、我が国周辺での中国、北朝鮮の軍事力の強化や人工知能(AI)・量子技術の革新的進歩など我が国を取り巻く安全保障環境は戦後最も厳しい局面にあり、現政権の下、我が国の抑止力と対処力を強化するため、防衛力の抜本的強化が精力的に推進されています。
このような中、日米同盟を基軸とし、米国の抑止力に大きく依存している我が国として、昨今の米国の自らの主権を重視した非介入指向は看過できないものであり、主権国家としてこれまで以上に戦略レベルにおけるより実効的な抑止力のあり方について真剣に検討する必要があるのではと感じています。
抑止は概念的に「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」に大別され、「拒否的抑止」は攻撃の成功を物理的に阻止する能力で、前方配備部隊、弾道ミサイル防衛(BMD)、防空・対艦能力などが代表的手段とされています。一方、「懲罰的抑止」は攻撃後に相手に耐え難い代償を課すことで攻撃を思いとどまらせる手法で、長距離高威力打撃力や拡大抑止がこれに該当するとされています。両者は相手の判断(成功確率と費用)に働きかける点で共通していますが、効果の性格が異なるため、機能的には相互補完が不可欠と言われています。現状の我が国の防衛態勢は主として「拒否的抑止」に重点をおいたものであり、「懲罰的抑止」の側面が相対的に弱いことが課題と言われています。
このような中、我が国周辺国を見れば、中国は、近年人民解放軍ロケット軍の弾道・巡航ミサイル能力を著しく増強しています。特に、核弾頭はもちろん通常弾頭による地上攻撃・対艦攻撃さらには極超音速滑空弾頭(HCV)も搭載可能な大陸間弾道ミサイル「DF―27」は、戦略的抑止力の一端を担うだけでなく、中国の「接近阻止・領域拒否(以下「A2/AD」)」戦略を補完する兵器と言われています。また、A2/AD戦略の一環として、「DF―26」をはじめとする中距離・準中距離弾道ミサイル、空中・地上発射型巡航ミサイルも数多く保有しており、米国が西太平洋に展開する複数の基地、特にグアムや日本にある空母や戦闘機配備基地はその射程内と言われています。さらに、脅威を検知し、データを共有し、空・陸・海・宇宙の領域を横断した対応を可能とするセンサーや衛星、兵器で構成されるネットワーク(キルウェッブ)も構築していると言われています。
一方、米国は、このような中国に対抗するため、戦略的抑止(懲罰的抑止力)として、核戦力を保持するとともに、陸・海・空・海兵隊による前方配備部隊、BMD(防空アセット)、航空戦力、対艦戦力などを保持・展開しています。特に、近年は、中国のA2/AD 能力への対処として、長射程極超音速兵器(ⅬRHW/CPS)、中射程能力(
MRC/タイフォン)、精密打撃ミサイル(PrSM)などの整備・展開を推進しているところです。これらは米国の戦略的・戦域的な抑止と対処能力を補強するものであり、昨今の報道等でも多く見られる通り、同盟国等との共同訓練や配備を通じ、その実効性の更なる向上が図られているところです。
総じて、米国は戦略レベルでの対中抑止においては、未だ優位な態勢を維持しているものの、戦域(戦術)レベルにおいては、戦術ミサイル能力の強化を推進しつつも、中国に対し量的・質的・態勢的に劣勢であると思われます。
このような米中相克の戦略環境下に位置する我が国は、これらに対し実効的かつ能動的に対処する手段の一つとしてのいわゆる「反撃能力」について、これまで「その能力は保有可能だが政策判断として保有しない」としてきましたが、2022年の「安保3文書」の改定により、弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合に相手の領域において有効な反撃を加える手段等としてその能力を保有するとの方針が示されました。
以降この方針に基づき、「12式地対艦誘導弾能力向上型」や「島嶼防衛用高速滑空弾」などのいわゆる「スタンド・オフ防衛能力」の整備が強力かつ着実に推進されているところです。
他方で、これらの防衛力整備は、未だ緒についたばかりであり、情報・指揮機能や継戦能力の強化等の面で未だ多くの課題を抱えているところであり、特に、量的・質的にも劣勢な米国を補い、中国との間に存在するミサイルギャップを埋めるのに十分な態勢を構築するには未だ至っていないと感じています。
この点を解決するためには、既に政府として強力に推進中の反撃能力を主体とした防衛力の着実な整備に加えて、今後はある程度戦略的な抑止力としての防衛力の整備も促進していくことが必要ではと感じています。このような観点から見れば、秘匿性と即応性の高い潜水艦発射型ミサイルや地上発射型ミサイルの更なる長射程化や高威力化は効果的な手段に成り得るのではと考えています。
なお、これらの研究・開発には長期の年月と膨大な費用が必要であり、そのためにも必要かつ最小限の準備は早急に着手する必要があることは言うまでもありません。










