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全国防衛協会連合会は、防衛意識の高揚を図り、防衛基盤の育成強化に寄与するとともに、自衛隊の活動を支援・協力することを目的とする民間の全国組織です。

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会報紹介(OPINION)

 このページにおいては、当連合会機関誌「防衛協会会報」の連載記事「OPINION」を紹介しております。(敬称略)
       

●139号(1)(29.7.1)オピニオン(能勢伸之)

                    憂 来 無 方
                 
                       能勢 伸之
        フジテレビジョン報道局解説担当役 兼ホウドウキョク「週刊安全保障」MC

 心配事というのは、まさかというタイミングに、まさかという内容で起きることが少なくないように思います。国の防衛というのも、万が一の憂いに備えるため、ということになるのでしょう。人智を超える憂いもあるでしょうが、気に掛かるのは、予想される多種多様の「憂い」の内容を掌握して、その対策は成されているがということです。
 昨年、北朝鮮のムスダン弾道ミサイルが、ロフテッド軌道で高度1400q超を実現。防衛省は、当時、まだ、迎撃試験が実施されておらず、性能が確認されていなかったSM-3ブロックUA迎撃ミサイルを予算要求しました。SM‐3ブロックUAは、イージス艦搭載用で、開発当初からロフテッド軌道の弾道ミサイル迎撃を視野に入れた迎撃ミサイルでした。
 本年は、火星12型が、到達高度2000q超のロフテッド軌道を達成。さらに、射程の詳細は不明ですが、弾頭部に四枚の小翼を持ち、弾着間際の機動性を高めたとみられる弾道ミサイルも登場させています。着弾間際に機動するなら、PAC―3システム等で迎撃は可能なのかどうか、気になるところです。
 五月に二度目の試射に成功した北極星2型弾道ミサイルは、発射準備に手間の掛からない固体推進剤を使用し、最大射程約2000qとみられる二段式ミサイルです。不整地を走破できる装軌式移動発射機を使用し、装輪式移動発射機より、発射場所の選択肢は広がりそうです。北朝鮮メディアによると、金正恩委員長は、試射二度目の成功の後、この北極星2型の生産・配備を承認しました。日本の防衛という観点からは、いずれも無視できない事象でしょう。それぞれ迎撃するには新たな技術、コスト、時間が必要かもしれません。
 こうした事を背景に、自民党は「敵基地反撃能力の検討」を政府に提案したようですが、これも一朝一夕で出来るものではないでしょう。避難計画や訓練計画の作成にも時間が必要でしょう。時間という観点を重視するならば、既成のシステムを、さらに有効活用するという視点も必要でしょう。
 自国のアセットだけでなく、日本の防衛に極めて有効となる可能性を秘めているのに、活用されていない同盟国や友好国のアセットはないか。例えば、移動式ミサイルの動きを精緻に捕捉する米海軍P―3C/LSRS。あるいは、様々な弾道ミサイル追尾センサーのデータを処理し、迎撃システムに合図を送付する米ハワイ太平洋軍のC2BMC。三沢基地で早期警戒衛星からのシグナルを受信・処理し、弾道ミサイルの発射・追尾情報や、非友好国のジェット機や巡航ミサイルの軌跡を割り出すJTAGS。
  敵と己だけでなく、味方を知らば、という視点も重要かもしれません。

●139号(2)(29.7.1)エッセイ 

                防衛大の熱い日本語教育
                 
       (一社)日本東ティモール協会会長 北原 巖男 (元東ティモール大使)

 読者の皆さん、暑中お見舞い申し上げます。  さて、一年中真夏の東ティモール。防衛大で学ぶ東ティモール留学生たちは、日本の猛暑には目を見張る抗堪性を有しています。
 ところが防衛大には、彼らがこれまで全く経験したことがない、想像すらしたことのない厳しい「熱さ」が待ち受けています。入校から3か月余り、既にその熱さにへたり、防衛大留学を後悔したくなる衝動に見舞われているかも知れません。5年後の自分はまだ全く見えていませんから無理もありません。しかし熱さは始まったばかり。しかも、その熱さは愛情に溢れ、安易な手加減はありません。  
 「おまえ、よく頑張っているなぁ」
 東ティモールの留学1期生に在学中声をかけたことが思い出されます。  
 「ダメなんです。結果を出さなければ」 
 悔し涙を流しながら睨みつけるように言い切った学生は、その熱さに怯まず熱さに飛び込み、熱さに応え熱さを自分の力にして、2015年3月卒業して行きました。軍での活躍に加え、なんと2016年に東ティモール国立大学(UNTL)に初めて開講された日本語講座のインストラクターも務めているのです。 
 毎年、留学生の卒業祝賀会では、全留学生一人ひとりがホストファミリーに感謝の気持ちを伝えたり、入学当時の思い出や将来の決意を表明します。5年間、共にすさまじい熱さに耐え抜き、その熱さによって身に着けた活舌鮮やかな日本語。堂々たる独り立ちのときです。
 そんな一人ひとりの姿を目頭を熱くしながらじっと見つめている先生がいます。入校以来彼らを叱咤激励し、何としても日本語を覚えさせようと常に一緒に歩いて来た熱き先生。共に佳き日を迎えた美酒に顔を赤らめている木下哲生先生です。「全員卒業できるなんて思ってもいなかったぞ。みんな、よく頑張った!本当におめでとう!」総員が割れんばかりの喜びと感謝の歓声。幸せな卒業生そして幸せな木下先生。  
 木下先生の授業は、居眠りをしようものならすぐ腕立て伏せです。ここで各国士官候補生の体力差が歴然と判明します。某国(東ティモールではありません!)は20回に届かず?しかし、体力の錬成にも寄与して来たこの腕立て伏せは軍隊的な体罰?に当たる可能性ありと言われたのでしょうか。最近耳にしたのは、「眠っていたら突然木下先生からハグされ先生の髭だらけのあの顔を頬に力いっぱいスリスリされた。気持ち悪い」の声。ちなみにこの罰則は男子留学生限定。猛暑の中、熱い教育は続きます。



●138号(29.4.1)オピニオン(能勢伸之)

                      青天霹靂
                 
                       能勢 伸之
        フジテレビジョン報道局解説担当役 兼ホウドウキョク「週刊安全保障」MC

 2017年2月12日、北朝鮮は、新型の弾道ミサイル「北極星2型」の試射を行いました。唐突な出来事であり、発射された弾道ミサイルは何なのか。ノドンなのか、ムスダンなのか。当初、情報は錯綜しました。
 米研究機関38NORTHによると、水平飛翔距離は約500km、高度約575kmのロフテッド軌道で飛翔。「同じ重量の弾固体推進剤を使用し、頭なら、射程1200〜1300km」と試算した。つまり、従来から存在するノドン弾道ミサイルと射程は似ていることになります。
 注目されるのは、ノドンが、液体燃料/酸化剤を使用し、充填してから、一定の期間内に発射しなければ、酸化剤で内部から痛む可能性がある上に、燃料・酸化剤ともに毒性が強いため、充填、ミサイルの起立、発射まで、傍で作業を進める兵員は、マスクや防護衣で身を固めなければなりません。
 このため、発射場所でノドンを起立させ、飛翔に関わるデータ入力等に30〜60分掛かるのに対し、燃焼室を兼ねたタンク内部に最初から、燃料成分と酸化剤成分を混合した固体推進剤を盛付けてある北極星2型の場合は、準備時間は五分程度とみられています。
 さらに、ノドンでは、噴射を開始してから上昇開始までの時間(スカッドBで約12秒)が必要で、その間、発射装置や地面は噴射熱を受け、早期警戒衛星の赤外線センサーに発見されやすくなりますが、北極星2型の場合、噴射前にミサイル容器のチューブからミサイルは打ち出され、空中で噴射を開始して上昇するので、発射装置や地面が受ける噴射熱はノドンほどではないことになります。
 さらに、北極星2型では、自走発射機が装軌式になったので舗装されていない道路も走ることが出来るかもしれません。北朝鮮のメディアは「核攻撃手段がもう一つ誕生した」「水中と地上の任意の空間で最も正確で、最も迅速に戦略的任務を遂行できるようになった」と評価しており、北朝鮮の弾道ミサイル戦術は多様化し、さらに戦略も広がるかもしれません。  
 さらに驚かされる出来事が続きます。  北極星2型発射の翌日、2月13日、北朝鮮の金正恩委員長の異母兄、金正男氏がマレーシアの空港で、毒殺されました。マレーシア警察は遺体から、VXが検出されたと発表。VXは、米政府機関NIOSHによると「知られている化学兵器物質で最も有毒。VXにさらされると、数分で死に至ることも。わずか一滴のVXでも皮膚につけば、致命的」で「サリンに対して…危険度300倍」(茂木外務副大臣、二〇〇三年二月二七日)という物質。
 化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止と破棄を規定した化学兵器禁止条約では、VXは「民生用途ほとんどなし」という物質に分類されています。つまり、合成皮革や繊維等に使われるポリウレタンの原料となるホスゲンのような「毒性のある産業材料」で、入手可能性のある国が少なくない物質と異なり、VXは純粋に殺人兵器として生産され、保管できるところでないと入手出来そうもない物質かもしれません。化学兵器禁止条約署名国には、生産も保有も禁じられているはずです。 化学兵器禁止条約に署名していないのは、エジプト、南スーダン、そして、北朝鮮です。北朝鮮の化学兵器物質保有量を韓国国防省は2500〜5000トンと推定しているとの報道もあります。
 北朝鮮は、化学兵器をどのように使用する可能性があるのでしょうか。米陸軍大学の2007年の論文では、北朝鮮は「戦略的というより、実戦的戦力の効果を上げるものと考えている。戦時に於いて、化学剤は、前線の部隊砲兵が使用し、半島の後方の標的に対しては、特殊部隊に支援されながら、長距離砲や短距離弾道ミサイルで使用されるだろう。さらに、準中距離弾道ミサイルや非正規手段によって、東アジアの米軍施設に使用しかねない」との見方を示していました。  
 北朝鮮メディアは、北極星2型の発射について「最高指導者(金正恩委員長)は、…試射の日を自ら定め、その準備を現地で直接指導した」と記述しています。  恐らくは天候等の諸条件に基づく試射候補日の中から、金正恩委員長が定めたのでしょう。ただ、その発射日が、金正男氏殺害の前日になったのは単なる偶然だったのでしょうか。
 いずれにせよ、北朝鮮の弾道ミサイル発射と金正男氏殺害が立続けに起こったことで、北朝鮮メディアが公言した弾道ミサイル技術の発達及び、核弾頭搭載計画だけでなく、北朝鮮が言及していない“化学兵器”及び化学兵器弾頭の弾道ミサイル搭載可能性も意識せざるをえなくなったかもしれません。

●138号(29.4.1)(2)エッセイ

                ライジングサンの国
                 
       (一社)日本東ティモール協会会長 北原 巖男 (元東ティモール大使)

 読者のみなさん、はじめまして。突然ですが、日本はライジングサンの国。実は、世界にもう1カ国、しかもアジアにライジングサンの国があることをご存知でしょうか?        
 ヒントは、アジアの中で一番新しい国、21世紀最初の独立国です。カンボジアに次いで自衛隊のPKO施設部隊が活躍した国。その国の2002年5月20日の独立回復記念式典会場を整備したのも、そのときの自衛隊のみなさんでした。
 まだまだあります。自衛隊の海外PKO活動の歴史の中で、初めて女性自衛官のみなさんが参加したのもこの国です。現場で「七人の侍」ならぬ「七人の女性自衛官」の溌剌とした姿を直接ご覧になられた小泉純一郎首相(当時)は、とても感動されていました。
 小泉首相は、歴代首相の中で海外展開している自衛隊のPKO部隊を視察・激励された初めての首相です。G7の首脳の中では小泉首相だけが、独立回復前のこの国を訪問され、大統領や首相に独立回復の祝福と国づくりに力いっぱいのエールを送っています。この国は、1942年から1945年まで日本軍によって占領されていた歴史もあるのですが、小泉首相訪問時に両国首脳は未来志向の関係確立で合意、今はとても親日的です。           更に、PKO軍事連絡要員として自衛隊史上初の個人派遣女性自衛官が活躍したのもこの 国でした。UNと白い車体全体に書かれた大きな四駆で悪路を走り回り、その苗字が現地語で「蛸」を意味することから「私は蛸よ!」と、どんどん村人の中に飛び込んで行きました。信頼と親しみを一身に受ける誠に爽快、優しく逞しい大和なでしこ自衛官。現在は、NATO本部で頑張っています。  
 この国の24年にわたる独立回復闘争の中で犠牲になった方の数は約20万人。当時の総人口が約80万人なのですから大変な事態です。それだけに、現在平和の中で取り組んでいる国づくりは、即ち人づくりです。この観点から、この国は防衛大学校にも留学生を派遣し、既に7名の卒業生を輩出しています。             
 僕は防衛省OB、東ティモール大使を務めた後、一般社団法人日本東ティモール協会を立ち上げ小さな活動を続けています。 東ティモールの人々は自国をティモール・ロロサエとも呼びます。現地語でロロは太陽、サエは昇るを意味します。日本と同じライジングサンの国、それは東ティモールです。


●137号(29.1.1)オピニオン(能勢伸之)

                      着眼大局
                 
                       能勢 伸之
        フジテレビジョン報道局解説担当役 兼ホウドウキョク「週刊安全保障」MC

 米大統領選は『駐留米軍経費をもっと負担しなければ、米軍の引き上げも』と主張していた候補が次期大統領に決まりました。
 以前、この連載で、日本に配備されている米軍の装備、例えば、青森県と京都府のAN/TPY―2レーダーや、横須賀を母港とする米イージス艦のレーダーは、日本のミサイル防衛にも貢献するとともに、米本土のミサイル防衛システム、GMDでも活用されるため、在日米軍が撤収すれば、米本土防衛は毀損されないのか、米新政権が、どのように考えるのか、気になるところです。
 また、駐留経費の日本側負担増について、すでに、安倍首相は、国会で日米安保体制は、日米いずれかのみが利益を享受するという仕組みではなく、米軍の駐留経費についても日米間で適切な分担が図られるべき、との考えを示しています。
 次の大統領は、ビジネスで成功した人物です。駆引きはお手の物とみるべきでしょう。大統領に正式に就任し、新政権が発足すれば、日本の負担増について、議論が再燃しないとも限りません。相手が無茶な要求をしてくるなら、自主防衛に進むべし。いや、駆引きなのだから、こちらからも要求すべし、という考え方もあるでしょう。
 自主防衛論はともかくとして、駆引きの準備として、日本に提供されていない米国の能力で、日本の防衛に役立ちそうなコト・モノをリストアップ。
 インターネット番組「週刊安全保障」に出演した、軍事評論家の岡部いさく氏や拓殖大学の川上高司教授は、私家版要求項目の候補として、例えば、三沢基地に配備されている米軍の早期警戒衛星からの信号受信・解析装置JTAGSの生データ。これは、弾道ミサイルの発する赤外線データをリアルタイムで解析して、捕捉から複数秒後には、当該の弾道ミサイルの弾着ポイントと時刻を割り出すのですが、高高度を飛翔するジェット機の赤外線も解析、飛翔経路をリアルタイムで割り出すとも伝えられています。味方の地上レーダーの覆域外の航空機も捕捉するなら、スクランブルも、もっと、効率化できるかもしれません。
 また、米太平洋軍司令部へ、自衛隊将官を連絡管ではなく、指揮官として派遣。これは、米太平洋陸軍の副司令官が、豪陸軍現役少将という実例があるそうです。そして、米英の通信傍受等による機密にアクセスできるファイブアイズ(UKUSA協定)への加盟等々。勿論、ひとつひとつは、必ずしも実現可能性を考慮した項目ではありませんが、リストを作るという作業自体、日米安保の実態の再確認、再評価に繋がることかもしれません。

●137号(29.1.1)エッセイ(葛城奈海)

                   國を守るということ
                    
                       葛城 奈海
                    (キャスター・予備自衛官)

 一年間の連載最後となる今回は、私なりの「国を守るということ」について書いてみたいと思います。  
 私が「国を守ること」の重要性を初めて実感したきっかけは、農作業でした。  高校時代からライフワークとして自然環境問題に取り組んできた私ですが、20代後半に実家のある狭山丘陵の一角で仲間達と有機栽培での米作りをするようになりました。
 あるとき、「溜め池の管理作業をします」と言われ、何をするかと思えば、木を伐るというのです。里山を守りたくて活動しているのに、「木を伐るなんて逆じゃない!?」と内心動揺した私。
 ですが、「池に差し掛かっている幹や枝だけを伐る。そうしないと、落ち葉がどんどん堆積して水が溜まらなくなるから」と聞いて納得。
 さらに、指導をしてくれている農家のおじいちゃんが、伐る木の前に、米・塩・酒を供えて跪き、手を合わせ、頭を垂れたのを見て、雷に打たれたような衝撃を受けました。日本人と自然との付き合い方の原点を見た気がしたのです。  
 私達は、直接口にするものに限らず、自然から命を頂き、生かされている。先人達が、一木一草にも神が宿るとして自然への感謝と畏敬の念を大切にしてきたからこそ、今でも私達は緑豊かな国土で自然の恵みを享受できているのでしょう。自然を征服対象と見なして文明を築き、やがて衰退した国々とは対照的です。
 それまで、「国を守る」といえば、国土や国民など形あるものを守るという認識しかなかった私でしたが、その国の人々が大切に受け継いできた文化や価値観、自然観、アイデンティティを子々孫々に伝えていくことこそが本質的な国の守りなのではと、目の覚める思いでした。
 そうした精神性が失われてしまったら、例え、国土や国民が残ったとしても、それこそ空っぽな器が存在しているだけで、それをもはや日本、日本人と呼ぶことはできないのではないでしょうか?  
 自衛官が守る「国」とは、何なのでしょう?軍隊は国体を守るために、警察は政体を守るために存在します。政体は時代とともに移ろうものですが、国体は政権や時代に左右されることなく、その国をその国たらしめているもの。
 伐る木に手を合わせるおじいちゃんの姿に私が感じたものは、それが顕れたほんの一例にすぎません。憲法改正論議が盛んになってきた今こそ、「国とは何か」、国民ひとりひとりが腰を据えて考え、日本を日本らしい姿で次の世代に受け渡していきたいと切に願っています。

 既掲載「オピニオン」記事目次

●136号 28.10.1
  (1)<オピニオン>兵貴神速 能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)
  (2)<エッセイ>震災関係機関の連携会同 葛城 奈海(キャスター、予備自衛官)
●135号 28.7.1
  (1)<オピニオン>遠慮近憂 能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)
  (2)<エッセイ>予備自衛官補訓練を通じて 葛城 奈海(キャスター、予備自衛官)
●134号 28.4.1
  (1)<オピニオン>温故知新 能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)
 (2)<エッセイ>予備自衛官補訓練を通じて 葛城 奈海(キャスター、予備自衛官)
●133号 28.1.1
 (1)<オピニオン>人を見て法を説け 能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)
●117号 24.1.1  
 (1)<オピニオン>中国訪問雑感 泉 徹(全国防衛協会常任理事)
116号 23.10.1  
 (1)<オピニオン>北方領土について一言 山本 誠(全国防衛協会前常任理事)
●114号 23.4.1  
 (1)<オピニオン>フークランド紛争の教訓に学ぶ 渡邊 元旦(全国防衛協会常任理事)
●113号 23.1.1  
 (1)<特別寄稿>韓国戦争勃発60周年を想う 白 善Y(韓国陸軍協会会長)
●112号 22.10.1  
 (1)<青年部会>10年目の節目に 中村 光良(全国副会長・青年部会長)
●111号 22.7.1  
 (1)<オピニオン>民主党政権で募る不安 西本 貴子(品川区議会議員)
110号 22.4.1  
 (1)<オピニオン>「教育」で日本の立て直しを! 高橋 めぐみ(東京都江東区議会議員)  
 (2)<ニュースの目>覇権に抗してきた日本は何処へ? 森 清勇(星槎大学非常勤講師) .
●109号 22.1.1  
 (1)<オピニオン>日本がだめにならないために新たな保守政党の誕生を! 伊藤 純子(伊勢崎市議)
 (2)<オピニオン>国境離島を訪ねる! 妹尾 隆(全国防衛協会事務局参事)  
 (3)<ニュースの目>忘れられている「国家の大本」 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●108号 21.10.10  
 (1)<オピニオン>政権が変わろうとも変わらないもの「国を愛する心」来海 惠子(熊本県合志市議)
 (2)<ニュースの目>相手を知り己を知ることの大切さ 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●107号 21.7.1
 (1)<オピニオン>「後をたのむ」と散って逝った青年たちに恥じない国造りをしよう! 
       松浦 芳子(東京都杉並区議会議員)  
 (2)<回顧>組織・事業の拡大に尽力―在任14年の回顧― 川口 渉(連合会前事務局長)  
 (3)<ニュースの目>「国益」の確保と増大が国の務め 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●106号 21.4.1  
 (1)<オピニオン>「平和である」ということ 英 聡子(宮崎県串間市議会議員)
 (2)<オピニオン>定員削減・配備変更は慎重に 横地 光明(全国防衛協会相談役)  
 (3)<提言>返還要求の署名推進を 宇佐美 広治(東京奥多摩町防衛協会会長)  
 (4)<ニュースの目>「歴史の見直し」が始まっている 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
105号 21.1.1  
 (1)<オピニオン>リーダーの条件とは 山田 なおこ(東京都杉並区区議)  
 (2)<オピニオン>歴史を鑑として(大量移民と日本文明の終焉)松木 國俊(調布史の会 世話人)
 (3)<ニュースの目>賢者は「歴史」に学び、愚者は「経験」に学ぶというが  
        森 清勇(星槎大学非常勤講師) 
●104号 20.10.1  
 (1)<オピニオン>天は自ら助くる者を助く 池田 利恵(東京都日野市議会議員)
 (2)<オピニオン>自衛隊のお客は「国民」 森田 芳子(大阪地本元女性防衛モニター)  
 (3)<オピニオン>「愛国心」の気づき 谷口 和代(全国防衛協会事務局)  
 (4)<ニュースの目>能天気な日本の安全保障 森 清勇(星槎大学非常勤講師) 
●103号 20.7.1  
 (1)<特集>思うこと 国の守りについて 小山田 紘一(洋画家)  
 (2)<特集>「防衛意識の覚醒」を! 妹尾 隆(全国防衛協会事務局参事)  
 (3)<オピニオン>自衛隊への信頼は揺るがず  若井 たつこ(岡山市議会議員)  
 (4)<ニュースの目>国民参加の政治が日本の姿 森 清勇(星槎大学非常勤講師) 
●102号 20.4.1  
 (1)<特集>人権法案が内蔵する危険性 渡辺 眞(東京都日野防衛協会会員)  
 (2)<特集>「去勢された国家」の戦略に思う 泉 芳憲(全国防衛協会事務局長)  
 (3)<オピニオン>”品格”と”佇まい”  浅田 ますみ(長崎県議会議員)  
 (4)<ニュースの目>今も続く”日本抹殺”の策動 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●101号 20.1.1  
 (1)<オピニオン>「スパイ天国・ニッポン」の汚名返上を! 伊藤 純子(群馬県伊勢崎市会議員)
 (2)<オピニオン>マスコミ報道の功罪! 来海 恵子(熊本県合志市議会議員)
 (3)<ニュースの目>”正式呼称”で「正しい歴史」を 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
100号 19.10.23  
 (1)<オピニオン>私は身近な安全を 自衛隊は国の安全を 高橋 恵海(東京都江東区議会議員)  
 (2)<焦点>19年度版「防衛白書」を読む 重松 恵三(全国防衛協会常任理事)  
 (3)<ニュースの目>読みやすい白書になったが 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●99号 19.7.23  
 (1)防大生に求められるノーブレス・オブリージュ 山崎 正和(サントリー文化財団理事)
 (2)<オピニオン>「立場は違えど〜」 安全・安心 小川 けいこ(東京都練馬区議会議員)  
 (3)<ニュースの目>心に沁みこんだ義務感こそ 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●98号 19.4.23  
 (1)<焦点>日本も戦略を考えよう 武貞 秀士(防衛省防研統括研究官)  
 (2)<オピニオン>ゆきすぎた個人情報保護に懸念 池田 利恵(東京都日野市市会議員)  
 (3)<アピール>米・中の謀略との戦いに参戦を! 渡辺 眞(東京都日野市市会議員)  
 (4)<ニュースの目>「かの国」は昔も今も 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●97号 19. 1.23  
 (1)<オピニオン>元服式が必要では 三野 由美子(神奈川県藤沢市議)  
 (2)<焦点>北朝鮮の核問題 山本 誠(全国防衛協会常任理事)  
 (3)<ニュースの目>議論こそ自由(民主主義)国家の証」 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
●96号 18.10.23  
 (1) 北朝鮮の核実験と日本の安全 武貞 秀士(防衛庁防研図書館長)  
 (2) 自衛隊を応援しています 中山 ひと美(東京都立川市議会議員)  
 (3) 文民統制の積極面に関心を 江口 博保(森野軍事研究所)  
 (4) 名は体を表す 横地 光明(全国防衛協会常任理事)  
 (5) 昭和殉難者と中国の干渉 森 清勇(星槎大学非常勤講師)
95号 18.7.23  
 (1) 台頭する中国と日本の戦略 松田 康博(防衛庁防研主任研究官)  
 (2) 中台紛争に備えよ 佐藤 守(岡崎研究所特別研究員)  
 (3) 中国における遺棄化学兵器処理事業の現状 古澤 典彦(元陸自化学学校副校長)  
 (4) 万全を期すべき領域防衛体制 吉田 曉路(森野軍事研究所)
●94号 18.4.23  
 (1) 世界に軽侮される自衛軍 富澤 暉(元陸上幕僚長)  
 (2) 私と防衛 田中 峰子(京都府防衛協会青年部会長)  
 (3) 自衛隊を学ぶ 山田 なおこ(東京都杉並区議会議員)  
 (4) 軍事裁判所と法曹の関与 堤 淳一(都弁護士協同組合理事長)  
 (5) 脅威論のあるべき姿 日裏 昌宏 (森野軍事研究所)  
 (6) 皇室典範改正論議に思う/(参考)男系天皇及び女系天皇・女性天皇について  
       森 清勇(星槎大学非常勤講師)

●136号(28.10.1)能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)

                    「兵貴神速」
      フジテレビジョン報道局解説担当役 兼 ホウドウキョクホウ「週刊安全保障」MC
                    能勢 伸之
              

 一瞬、行動が遅れただけで運命が決まってしまう。地震、台風、水害などの災害の際、逃げ遅れによる犠牲者を減らすために、日本政府は、避難準備情報等を個人の携帯電話にまで届くようにしています。逆に言えば、それだけ技術が発達し、それを利用できる民間企業が構築した携帯電話網という社会基盤があった。
 ただし、これだけでは不十分です。政治が、これらを活用することを決め、避難場所も指定しているから、実現できたということでしょう。極端な人災である戦争や紛争でも同じことが言えるかもしれません。ただ、相手がある話ですから、その出方を見誤ることは出来ません。
 国際社会は、紛争、戦争を極力、避けるため、国際条約、国際法、国際機関の網を複雑に発達させてきました。テロ組織は論外として、国際社会の構成員である「国家」や、それに準ずる組織が、国際条約、国際法を遵守することを期待していたはずです。
 ところが、南シナ海では、国際海洋法条約に署名・批准した国家が、その条約で、指定された仲裁裁判所の決定など、視野にないかのように振る舞い、実力誇示を続け、さらに、尖閣諸島がある東シナ海でも、いわゆる公船を繰り出し、海上保安庁によると頻繁に日本の接続水域、領海侵犯を繰り返しています。
 この公船の中には、1万2000トン級の船もあり、高性能の76o砲も装備していますが、同国第一政党の機関紙電子版記事(http://en.people.cn/n/2015/0729/c90000-8927696.html)によると、「2万トン以上の船に激突する力があり、9000トン以下の船との衝突では傷つくこともない。5000トンの船なら破壊して、海底に沈めることができる」と説明されています。敵船(?)への体当たりも視野に入れて建造された船というわけです。
 ちなみに、海上保安庁最大の巡視船「しきしま」「あきつしま」は、総トン数5300トン。この公船が、紀元前の古代ギリシャの軍船のように体当たり用の衝角を水面下の艦首に装備しているかどうかは不明ですが、装備された高性能の砲を使わずとも、相手に体当たりすることで打撃を与えられる、沈めることもできるということをこの記事は強調していたように見えます。
 砲もミサイルも魚雷も使用せず、ただ、船同士が衝突して、一方が行動不能、または沈没した。そんな場合、そもそも、管轄権行使を意図した行動に伴う偶発的事故なのか、それとも、意図的な衝突であったのかが、即座に判別がつくのかどうか。
 そして、意図的な衝突と判断されても、それは、武力行使、武器使用、武力攻撃等にあたりうるのかどうか。浅学非才な筆者には不明なことばかりですが、いずれにしても、迅速な判断と対応が求められることになるでしょう。
 衝突が繰り返され、海上保安庁の巡視船ばかりが行動不能となっては、失うものは、それだけには止まらないかもしれないからです。  
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●136号 (28.10.1)エッセイ

                 震災関係機関の連携会同
                     葛城 奈海
                  (キャスター・予備自衛官)
                    
                       
 6月28日、平成28年度自衛隊統合防災演習の一環として朝霞駐屯地内で開催された関係機関連携会同を、防衛省オピニオンリーダーとして見学する機会を得ました。
 本年4月に発災した熊本地震に関わったさまざまな機関……具体的には、内閣府や国交省、気象庁など国の機関、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、さいたま市、新潟市、警視庁など地方自治体等、東日本、中日本、首都といった高速道路(株)、東京電力、中部電力といった指定公共機関、医療機関である東京DMAT、地理情報の(株)パスコ等が一堂に会し、活動における教訓、特に自衛隊の活動と関連する事項について意見を交換し、認識を共有しあうというものです。  
 各機関からは、「『撤退しろ』と言われても、どこが安全かわからなかった」「指揮命令系統に混乱をきたした」等といった率直な教訓とともに、「庁舎が破損した場合に行政機能のロスを防ぐため、自衛隊の野営施設を災害対策本部として設置してもらいたい」「市では備蓄倉庫が限定されるので、自衛隊にカバーしてもらいたい」「グリッド線のある自衛隊の地図を共有させてほしい」「情報を共有し、連携するために無線機を貸与してほしい」等の要望や、逆に「長距離移動に際し、高速道路のパーキングエリアを災害派遣車両集結用に利用し、進出拠点として活用してほしい」という自衛隊を慮っての提案等、今後深化すべき協力・支援の項目について具体的な意見が交わされていました。  
 会場に滞在できたのは80分ほどの意見交換の場だけでしたが、実動経験が冷めやらぬうちに、このように関係機関で腹を割った意見交換がなされていることに感銘を受けるとともに、組織間の壁が極めて薄くなってきていることを実感し、一国民としても心強く感じました。
 各機関の危機管理担当者にも元自衛官が増えているとのこと。それもまた、組織の枠を越えた連携をより円滑かつ有機的なものにするのに大きな役割を果たしているに違いありません。  
 かつて、阪神・淡路大震災では、自衛隊への過度な警戒感が、救える命を限定してしまったという苦い現実がありました。あれから、21年。東日本大震災はじめ、幾多の災害に見舞われながら、それでもこの国は、苦しみを糧に着実に進化していたのだと感慨を深くしました。
 とはいえ、遠くない将来に起こるとされる「首都直下」や「南海トラフ」を想えば、これで事足りるというわけではないことも肝に銘じ、関係者には一層の奮励努力をお願いしたいと思います。

●135号(28.7.1)能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)

                    「遠慮近憂」
                 フジテレビ解説担当役 能勢 伸之
              

 米大統領選に名乗りをあげた人物の発言を憂える声があります。曰く、北朝鮮が核武装するなら、日本も核を持てばいい。曰く、日米安保は不公平だ。日本が攻撃されたら、米は駆けつけなければならないが、米が攻撃されても日本は何もしない。日本が負担を増やさないなら、在日米軍の撤退も、と。
 前者の日本の核保有容認論は、その後、本人の発言が揺らいだとも伝えられますが、かつての安保タダ乗り論に通じる後者の在日米軍撤退論は、本人が本気で信じているのか。それとも、受けを狙っただけの発言かは、この原稿を書いている5月末の時点では分りません。
 日米安保条約(昭和35年)の第六条には「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」とあり、第五条では「日本国の施政の下にある領域…」が安保条約の対象になることが明記されていて、確かに米本土防衛については、直接の言及が見当たりません。
 では、日米安保条約六条に基づき、日本から施設の提供を受けている在日米軍の実態は、日本と極東の安全にのみ関わっているのでしょうか。例えば、米軍の車力通信所(青森)と経ヶ岬通信所(京都)に展開しているAN/TPY―2レーダーは、弾道ミサイルの飛翔を精緻に追尾するレーダーとされています。追尾データは、ハワイのC2BMC指揮管制システムで処理された上で、瞬時に自衛隊に送られます。
 日本攻撃なら、自衛隊に送られるデータが役に立ち、米本土に向かう弾道ミサイルなら、C2BMCは、アラスカの巨大なGBI迎撃ミサイルの発射指揮を行うのでしょう。
 つまり、日本に置かれた米軍のレーダーは米本土防衛と直結した存在でもある訳です。さらに、イージス艦用に開発途上の能力、Engage On Remote。敵弾道ミサイルの発射ポイントの近くにいて、弾道ミサイルの飛翔を早く捉えたイージス艦が、水平線向こうの防御すべきエリアに展開しているイージス艦の迎撃ミサイルを発射させ、さらに、その迎撃ミサイルを誘導・管制しようというものです。
 この新しい能力を北朝鮮等、東アジア方面から発射される弾道ミサイルから、米本土を防衛するために使うのなら、米海軍は、東アジアに遊弋させるイージス艦を増やさなければならないのではないか。では、米イージス艦の一大拠点である横須賀から米海軍が引き上げれば、米本土防衛は、どうなるのか。日本防衛だけでなく、米本土防衛に直結しうる在日米軍の能力を具体的に日本も認識すべき時なのかもしれません。
     

●135号(28.7.1)エッセイ

                予備自衛官訓練を通じて
                    
                       葛城 奈海

 横須賀・武山駐屯地での50日間の予備自衛官補訓練を終えた私は、平成16年、晴れて予備二等陸士となり、以後、朝霞駐屯地で年5日間の予備自衛官訓練に出頭するようになりました。  
 今度は、元自衛官だった予備自衛官の方々と一緒の訓練です。当初は、予備自衛官補という制度がまだ周知されておらず、「二士」などという階級をつけている私達を珍しがって「原隊は?」とほとんど会う人ごとに聞かれました。毎度毎度説明するのが面倒で、予備自補出身の仲間と「説明書きを背中に貼り付けておきたいね」と話していたのを思い出します。  
 それはさておき、初めての予備自訓練は衝撃でした。というのも、集合時間に遅れてもだらだらと出てくる人、帽子をハスにかぶるなど服装もいい加減な人、課業が始まった途端に大いびきをかいて寝だす人……等々、武山ではありえなかった事態が続出するのです。惰性を通り越して、「訓練に出てきてやってるんだぜ」と言わんばかりの態度の人も目立ちました。
 体育課目になると、「ドクターストップがかかっているから」と軽く二桁の人がぞろぞろと列外に出る始末。いざというときに国民の役に立つべく存在しているはずの予備自衛官が、これでいいのか、国民の税金で日当を頂きながら訓練しているのに、そりゃないだろうと思い、訓練所見には、感じたことを正直に書かせていただきました。  
 が、あるとき、ふと思いました。そうした、やる気のない予備自を一方的に責めることはできないのではないかと。というのも、今でこそ、東日本大震災など度重なる災害派遣での尽力によって国民の信頼を得ている自衛隊ですが、ふた昔ほど前までは、「税金泥棒」呼ばわりされ、親が自衛官というだけで「殺人者の息子」と石をもって追われた人が現実に存在したわけです。そんな中、自衛官であることに誇りを持てという方が困難だったのではないでしょうか。
 つまり、自衛官、予備自衛官の姿というのは、国民の安全保障に対する意識の「映し鏡」なのだから、並行して国民の意識を変えていかなければならないのではないかと。その証拠に、今では、上記のような予備自を目にすることもほぼなくなりました。  
 一歩前進の感はありますが、国防・安全保障の本質を考えれば、まだまだ課題は山積しています。自衛隊と国民の狭間に立つ者として、自衛隊と国民双方が、日本国のあるべき姿を真摯に模索していかなければならないと、今は思っています。

●134号(28.4.1)能勢 伸之(フジテレビ解説担当役)

                    「温故知新」
              

 「子曰く、故きを温めて、新しきを知れば、以って師と為るべし」昔、古文の授業で習った論語の一節です。
 『師と為る』はともかく、古いものをたずね求めて新しい事柄を知ることの大切さは言うまでもありません。
 日本は現在、どんな戦略環境下にあるのか。南シナ海や尖閣周辺での中国の動きも気になりますが現在の日本の安全保障を考えるなら、日本周辺の核や弾道ミサイルのことを忘れる訳にはいきません。
 2016年冒頭から、北朝鮮は核実験を行い、衛星打ち上げと称して事実上の長距離弾道ミサイルを発射しました。冷戦時代には、ソ連の核やミサイルも日本の安全保障にとって、気になるところだったでしょう。
 しかし、その後継国たるロシアの現在の核戦力、少なくとも地上配備の弾道ミサイルや巡航ミサイルには、大きな制約が課せられています。1987年に米ソ間で締結したINF(中距離核戦力)全廃条約です。その経緯はともかく、この条約で米ソ(露)は、射程五00km〜五五00百kmの地上発射弾道ミサイルと巡航ミサイルを全廃したのです。
 日本は勿論、INF条約の当事国ではありません。ただ、米露がこの条約を『順守』する限り、ロシアは日本の太平洋ベルト地帯に届く地上発射のミサイルを一発も持てないことになります。
 ただし、条約が守られなくては意味がありません。INF条約では、衛星や航空機を使う検証だけでなく、相手のミサイル生産施設の出入り口での査察も規定されていました。査察という観点からは、オープンスカイズ条約も興味深いものがあります。
 米露はじめ、NATO諸国と旧ワルシャワ条約加盟国34か国の間で結ばれた同条約は、解像度が30pに満たないカメラやビデオカメラ等、機能が制限されたセンサーを装備した査察専用機で、相手側領空を飛び、空からの査察を実施するというもの。
 日本は条約当事国ではないので、ロシアの査察機、Tu-214ONが日本の空を飛ぶことはなさそうですが、米軍の同条約指定査察機OC-135Bは、たびたび、横田基地に飛来しており、極東ロシアのエリアが空中査察の対象になっていることを伺わせています。
 日本が当事国ではない軍縮・査察条約とその軍事的・物理的検証手段が、日本周辺の国際秩序にいまも重きを成していて、日本の安全保障にも直結しているのではないか。目下の半島情勢や、東シナ海、南シナ海情勢は勿論、重要ですが、見過ごしてはならないことは他にもあるような気がします。

●134号(28.4.1)エッセイ

               予備自衛官補訓練を通じて
                    
                       葛城 奈海

 はじめまして、キャスターで公募予備自衛官の葛城奈海です。  
 今でこそ、予備自衛官の末席を汚させていただいている私ですが、何を隠そう、かつては「アンチ自衛隊」でした。
 自然環境問題と武道に関わったお陰で、徐々に自身のかけていた「色眼鏡」に気付かされた私は、「自衛隊さん、ごめんなさい」の気持ちを込め、自衛隊と国民との架け橋になりたいと思うようになりました。(詳しくは、本号でご紹介いただいている拙著(共著)『国防女子が行く』をご参照ください)  
 そうして市ヶ谷台ツアーのガイドになったのが、防衛省・自衛隊との初めての直接的な関わりでした。読者のみなさんは、市ヶ谷台ツアーに参加されたことはあるでしょうか? かつて市ヶ谷の敷地の中央にあった1号館の内、東京裁判で法廷の場として使われた大講堂、三島事件の現場となった旧陸軍大臣室、天皇陛下のご休憩所だった旧便殿の間という象徴的な部屋のみを移設・復元した記念館を中心に、防衛省をご案内するツアーです。  
 大変お勧めなので、ぜひ一度はご参加いただければと思いますが、このガイドを始めてしばらく経つと、自分の発する言葉の薄っぺらさが気になるようになってきました。与えられた原稿を覚え、自分なりの言葉に咀嚼し、なるべくわかりやすくお客様に伝えよう、そうやって自衛隊への理解を深めてもらおうと努めるのですが、いかんせん、私の体から発した言葉ではないのです。  
 そんなことを気にしていた矢先、「予備自衛官補」制度が始まることを広報誌で知りました。それまでは元自衛官しかなれなかった予備自衛官に、一般人でも50日間(技能枠の場合は10日間)の訓練を積むとなれるという画期的な制度です。  
 「これだ!」とばかり一期生となり、横須賀の武山駐屯地で実際に50日間の訓練を終えて感じたのは、「日本人であれば、『成人』するための通過儀礼として誰しもこれくらいの訓練を受けたらいいのに」ということでした。というのも、自分がお気楽に過ごしている間も自衛隊のみなさんに守られていたことを実感するとともに、日本国民の一員であると自覚できる教育を初めて受けたと感じたからです。
 何も自衛隊訓練に限らなくても良いのですが、警察・消防・海上保安庁・福祉施設でのボランティア等、私≠滅して公≠ノ尽くす一定期間を経て初めて成人と認めるシステムにすれば、日本の社会も、もう少し成熟したものになるのではないでしょうか。

●133号(28.1.1)能勢 伸之(フジテレビ解説担当役) 

                  「人を見て法を説け」
               

 先ずは自己紹介から。小生は、フジテレビの解説担当役ですが、担当しているレギュラー番組は、テレビではなく、スマホやタブレット、パソコンで見て頂く番組「週刊安全保障」(土曜夜8時)です。
 しかし、この番組の説明が難しい。他県に住む齢80を超える父母は、番組を見たいとタブレットを購入。「時間になったら、NOTTV2のアプリを起動させるか、片仮名で『ホウドウキョク』と検索すれば観られるよ」と説明しましたが、うまくいきません。生放送に出演中の筆者が手解きするわけにもいかず、とうとう、大学生の甥が付きっきりで操作、説明。やっと、観られるようになりました。どうも、「検索」が苦手だったようです。
 番組そのものは、安保関連議員や岡部いさく氏等軍事評論家をゲストに迎え、日本のみならず、世界中からフジテレビに入ってきた映像の解説を中心に進行します。
 しかし、それだけでは、マニアックになりすぎるので、アシスタントには、防衛には全く関係のなかったファッションモデルの小山ひかる。知ったかぶりをしない、というのが条件でした。
 11月のパリ同時多発テロに絡み、ロシアが『ソ連時代も含め、史上初めて、Tu‐160ブラックジャック戦略爆撃機を実戦投入した』ことを取り上げた際、彼女は、機体が白いのに、名前にブラック(・・・・)…とは、と訝しみ、慌てて、ソ連は、新兵器の名前をすぐには明らかにしなかったので、NATOは、取り敢えず、見つけた爆撃機にBomberの頭文字「B」の付く英単語を振っていたと説明しました。
 他にも「月って人工衛星?」等、彼女のエピソードは尽きませんが、何れにせよ、出演者は彼女が理解するまでアノ手コノ手で説明する羽目になります。そのドタバタもさることながら、兵器用語を知る視聴者には、知らない人や常識が異なる人への説明例となるようです。
 最近、小山クンは「NIFC‐CAキャンペーンガールになりたい!」と言い出しました。中谷防衛相が、2015年の安保法制に絡む国会答弁で強調していた日本周辺の巡航ミサイル脅威と、その迎撃手段となりうるかもしれないNIFC‐CA。番組で何度も取り上げましたが、本誌(・・・)読者(・・・)なら(・・)、拙著「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」を一読頂ければNIFC‐CAの概略は理解頂けるかと。
 NIFC‐CAを知れば、安保法制について、周囲の方々と憲法論議と異なる側面から会話が弾むかもしれませんね。

●117号(24.1.1)泉 徹(全国防衛協会連合会常任理事)

 中国訪問雑感

 このたびといっても去る6月初旬であるが、中国政経懇談会の一員として中国を訪問する機会が与えられた。訪れたところは、北京、青島、西安、大連で主だった観光地も含め見ることが出来た。
 今回の目的は、日中北東アジア安全保障フォーラムに参加し、忌憚のない意見を交換し、日中関係の健全な発展に資することであると共に、際限なく発展している中国の行く末を見ることもその一つであった。
 フォーラム自体は、昨今の尖閣諸島における衝突事案、中国海軍11隻の太平洋進出、フィリピン探査船への妨害、ベトナムのEEZ内でのケーブル切断等、中国側の強権的な出方により、中国に対する各国の批判も比較的強い状況の中での実施となった。又、日本が防衛計画の大綱を発表し、大震災においては日米共同を発揮すると共に中国がシャングリラ・ダイヤログにて東南アジア諸国の不評を買った直後でもある。
 中国との調整ではよくある事であるが、当初、大震災に関する事は質問に答える程度であり、中長期的な安全保障に関する話をセッションの場で交換する事としていた。しかし、中国に到着し、実際フォーラムが始まってみると、第3部のセッション全てが大震災の質問に集中し、結果的に大震災の討議の場となった。又、見学についても青島の北海艦隊の海軍基地を見ることで調整がついていたが、これも艦隊が出港しており不在という事で、日本出発直前にキャンセルとなった。過去、幾度となくチャレンジしてきたが、今回もやはり、海軍の壁は高いのかと感じざるを得なかった。
 ここでは、フォーラムの内容を述べる事が趣旨ではないが、フォーラム自体は海洋問題に終始し中国側の主張と日本側の主張は平行線のままでお互い言うべきことは明確に主張したといった状況であった。しかし、先程述べた中国に対する各国の厳しい視点もあり、このまま尖閣諸島や南シナ海の問題を大きくしたくない中国側の意図も伺えた。それよりも中国側は、今回の日本の東北大震災に興味があるようであった。
 又、要人との会見においても梁光烈国防部長をはじめ、李肇星友連会会長(前外交部長)と会見する事が出来たが、種々の問題を先鋭化したくないためか関係修復に努力しようとする意図が伺えた。一方で、中国の立場を主張する事は、決しておろそかにせず、友好の裏には中国の言う独善的な発展が必要という事に終始していた。なお、丹羽宇一郎在中国特命全権大使との懇談において、力なき外交は無力あるといった発言があったが、我が国の主要閣僚でこのような認識を持っている閣僚はいないのではないかと感じ新鮮であった。
 各施設の見学や研修も前回とは異なり、対応は非常に良かった。部隊や工場も第6装甲師団(北京)、空軍博物館(北京)、第24航空師団(天津)、海軍博物館(青島)、西安飛行機製作所を見学する事が出来た。中国海軍の重要性については、空母や原子力潜水艦の建造等から図り知るところであるが、おもしろい事に、空軍博物館は近代化されていたが、海軍博物館は10年前と全く変化なく、目新しいものは何もなかった。北京オリンピックがあり北京に近い空軍博物館を目新しくした印象もあるが海軍は、そういった所には投資せずもっぱら、正面兵力に力を入れているのかも知れない。
 第6装甲師団(陸軍)訪問の際は、素晴らしい行進と閲兵で向い入れてくれた。一糸乱れない行進や訓練見学の際の大きな声での報告、あるいは、生活感のない宿舎等から、恐らくこの部隊は見学対応の見せる部隊であったかも知れない。 第6装甲師団(陸軍)訪問の際は、素晴らしい行進と閲兵で向い入れてくれた。一糸乱れない行進や訓練見学の際の大きな声での報告、あるいは、生活感のない宿舎等から、恐らくこの部隊は見学対応の見せる部隊であったかも知れない。
 又、西安航空機製作所を昨年同様見学することができたが、前回の訪問の際、日本側に不評であったことが影響したのか、説明も細やかで民間部門の内部を十分見学する事が出来た。この航空機製作所は、民間機もそうであるが軍用機も製作しており工員、作業員の能力の高さが伺えた。この工場では、約2万人が働いているが、その40%が共産党員であり、13億の民の中で9千万、約7%が共産党員であることと比較してもその重要性と能力の高さが伺える。又、方々に赤のスローガンが建物の上部に張ってあったが、その内容を聞くと、「共産党員は秩序を保ち誠実に勤務し模範たれ。」と書いてあるらしい。やはり、党員の不正や腐敗がはびこっている事を象徴しているようでもあった。
 今回、我々は経済的にも発展している勢いのある地域ばかりを訪問した。これは、貧富の差がある中国の実情の一部しか見ていないことになり、中国全ての実態を見た事とは程遠い。しかし、そういった背景はあるにしても、この中国の発展する膨大なエネルギーを感じざるを得なかった。10年前は、自転車ばかりが目に付き、走っている自動車もデコボコであった。しかし、今回の中国は、歩いている人民も西側と変わらない服装であり、何よりも車社会になっていた。その走っている車の多くは小奇麗で10年前の自転車で往来する様子が昔の面影となっている。又、どこに行っても多くのマンションが建設中であり、橋や地下鉄のインフラが整備中であった。勿論、先日の中国版新幹線のように、中身の精度や安全性は不明であるが、猛烈な勢いでインフラ整備が行われているのは事実である。反面、細やかな面は全くなく、中国人特有の大陸的な粗暴さで発展していると言っても良いかもしれない。
 このような中国を見て、日本は中国の大陸的スタンスに流されないよう、飲み込まれないよう留意する必要があるが、恐らく、実情を知った多くの日本人に中国に住みたいかと言えば、NOと答えるような気がした。 一言で言えば、正に、中国は何でもありの国であり、10年前に訪問したときと同様、その考え方は「上に政策あれば、下に対策あり」である。

116号(23.10.1)山本 誠(全国防衛協会連合会常任理事)       

 北方領土について一言



 先般サイパン島の攻防戦を描いた「太平洋の奇跡」(フォックスと言われた男)という映画を観て感激し、涙した。
 サイパン島に続き、日米は硫黄島・沖縄と激戦を続け、日本側は勿論のこと、米側も多数の戦死者を出しながらアメリカはこれを占領した。しかしアメリカは終戦後、硫黄島を含む小笠原諸島も沖縄も日本に返還した。これに対してソ連(ロシア)は日ソ不可侵条約を破って我が国の北方領土に侵入し、終戦後にかけて火事場泥棒の様にこれを不法占拠して未だに返還していない。
 アメリカの正義を重んじる紳士的な姿勢に対してロシアの姿勢は何と卑劣なことか。ロシア人の中にも北方領土の不法占拠に疑問を抱いている人達が居るとの情報もある。小生が蒐集した新聞情報の中から、ロシア人の北方領土に対する意識に関するものを若干列挙してみたい。
○平成17年6月、ロシア民間の国際社会学研究センターがロシア全土40地域で行った世論調査によれば、51%が北方四島は日本に引き渡すべきだと回答した。
○平成18年6月、ロシア国営「文化チャンネル」の「ロシアのアジア政策を巡る学者らの討論番組」で、「日本はロシアの死活的なパートナーだ」として北方四島の日本への返還を主張する意見が表明された。
○平成20年7月、英国に亡命したロシア人女性ジャーナリスト、エレーナ・トレグボさんが産経新聞と会見し、平成9年11月クラスノヤルスク郊外でボリス・エリツィン大統領が橋本龍太郎首相と会談した際、「あなたの求める島をすべて返そう」と一旦は北方四島の全島返還を約束していたと証言した。
○平成20年11月、ロシアのプーチン首相の公式サイトに公開されている世界地図で北方領土が日本領土として区分されていることが分かった。技術者が政府方針に反する間違いをした可能性があるが、同年11月8日時点で変更されていないとする報道があった。(技術者がこの様な間違いをする根底には北方領土が日本領土だとする潜在意識があるからではないか?)
○平成22年7月、日本の外務省がロシアで行った世論調査によれば、ロシアが不法占拠している北方領土について、「今後もロシアに帰属する」と考えているロシア国民が6年前の48%から今回は53%に増加したと報じている。しかしこれは裏を返せば約半数に近いロシア人はそう考えていないことになる。
○平成23年3月、ロシア大衆紙モスコフスキー・コムソモーレツは、東日本大震災に見舞われた日本人の悲しみを和らげ、日本への同情を示すべきだとして、「クリール諸島(千島列島)の四島を今すぐ無条件で日本に返さなければならない」と主張する異例のコラムを掲載した。  
 以上ロシア人の北方四島に関する意識を垣間見ると、忸怩たる想いを抱いている人達が少なからず居ることが分かる。  
 こういった情勢の中で、平成23年2月には在露米国大使館が北方領土について、「この問題での日本の立場を支持する。(北方領土の)島々への日本の主権を認める」と表明。  
 クリントン米国務長官も北方領土の日本主権を認めると発言しているという。
 遡って平成17年には、欧州会議で「ソ連により占領され、ロシアが現在占拠している北方領土の日本への返還」を求める決議が採択されている。
 更に遡って昭和54年(1979年)、札幌市のホテルで行われた「中日友好の船」訪日代表歓迎レセプションで、団長の廖承志中日友好協会会長は「北方領土は過去、現在、そして将来にわたって日本固有の領土であり、中国人民は断固、日本人民による領土回復の正義の闘争を支持する」と演説し、万雷の拍手を浴びたとする記録もある。
 北方四島は日本固有の領土とし、「ソ連覇権主義」の不法占拠を攻撃する中国の指導者の発言や報道は当時、山のようにあったという。

●114号(23.4.1)渡邊元旦 (全国防衛協会連合会常任理事)

<オピニオン> フォークランド紛争の教訓に学ぶ ー尖閣諸島をいかにして守るかー



 29年前の1982年、日本から遠く離れた南米大陸の沖合にある「フォークランド諸島」(以下、フォ諸島という)において、同諸島の領有権を巡って、1833年から実効支配している英国とそれ以前からの自国の領有権を主張するアルゼンチン(以下、ア国という)が3月19日から6月14日の3ヶ月にわたって激しく戦った。
 「フォークランド紛争」(以下、フォ紛争という)と呼ばれているこの戦いは、英国の勝利に終わったが、その背景や両国特に英国政府の行動を考えた時、現在の「尖閣諸島」を防衛するため参考にすべき点が多々あると考える。以下、フォ紛争の経過を観察しつつ汲み取るべき教訓を考えてみたい。
(注)フォ諸島:南米ア国の南端部の沖合東約500qに位置、面積約12,200平方q、人口約3,000人を有する諸島。首都はスタンリー又はポート・スタンリー。スペイン語では「マルビナス諸島」
☆ 紛争前の英国、ア国のフォークランド諸島に対する政策
 英国の第2次世界大戦による国力消耗の結果、フォークランド諸島は、手放されはしなかったものの、英国本土への羊毛の輸出でどうにか成り立っており、島民は二等市民として扱われ英国本土との定期航空便もないなど本国からあまり面倒も見られずに、ア国からの医療などにおける様々な援助のおかげでどうにか維持されてきたような状態であった。
 このような中、1979年、英国首相に就任したサッチャーは、国際連合憲章第1条第2項に則った人民の自決の原則を理由に、フォ諸島住民の帰属選択を、領有権問題決着の絶対条件にしていた。
 一方、ア国は、第2次世界大戦後は、英国の維持能力を超えていたフォ諸島に対して医療サービス等を行いながら、国際連合を通じて英国に対して同諸島の返還を要求してきた(これに対して英国政府も条件付ながら返還を認めるとしてきた)が、1976年からの軍事政権への移行、更には国内政治の行き詰まる中、1982年、ガルチェリ政権は国民の不満を外に向けるために同諸島の無条件返還を要求することとなり、交渉は難航していた。
☆ 紛争前夜の動き
 同年3月19日、フォ諸島沖合東約1,000Kmに位置する英国領サウス・ジョージア島(以下、サ島という)にア国海軍輸送艦が来航、同島に放棄されていた捕鯨工場を解体する名目でア国人約60名を、入国手続きを無視して上陸させた。英国政府が直ちにア国政府に対して厳重に抗議するとともに海兵隊員22名を載せた巡視船及び軍用ヘリコプタ2機を同島海域に派遣したため、ア国は輸送艦を撤退させたが、その際、数十人のア国人を同島に残した。 数日後の26日、ア国は「同島に残っている同胞の警護」の名目で、海兵隊員約500名と補給物資を載せたア国海軍砕氷艦を同島のリースハーバーに停泊させるとともに、直後から海軍の活動を活発化させ、軍事演習と称して空母、駆逐艦、潜水艦、輸送艦等の移動を開始した。これに対して英国は28日、機動艦隊の派遣準備に着手したが、ア国は30日、空母を旗艦とする15隻で編成された艦隊を陸軍4,000名の将兵とともにフォ諸島に向けて出撃させた。
☆「青作戦」発動
 1982年4月1日深夜から2日早朝にかけてア国軍約900名は、ゴムボートに分乗したコマンド部隊による隠密上陸と水陸両用車両を使用した強襲上陸を併用して東フォークランド島に上陸、瞬く間に島都スタンレー及びスタンレー空港を占領した。海兵隊79名の英国軍は、衆寡敵せず、午前9時半に降伏した(本作戦は、ア国国旗の色に因んで「青作戦」と呼ばれた)。また、その直後には既にサ島に待機していたア国軍海兵隊が同島にも上陸を開始し、英国軍海兵隊23名の抵抗を排除して占領した。英国は直ちに空母2隻を中核とする機動艦隊を派遣するとともに米国に対して事態の打開を要請した。
☆紛争の経過及び結末
 英国は4月5日、空母「ハーミーズ」を旗艦とする機動艦隊を出撃させ、また、「クィーン・エリザベス二世」に対して民船徴用権を行使するなどの作戦準備を進めるとともに米国の協力を得つつ国連安全保障理事会でのア国の撤退決議、ECによるア国への経済封鎖決議等国際世論を味方につけることに成功した。この間、25日には特殊部隊がサ島に逆上陸、同島を奪還したが、ア国は態度をさらに硬化させ、29日には米国の調停案を拒否した。ここに至って、当時の英国首相サッチャーは「我々は武力解決の道を選択する」としてフォ諸島の奪回を決断した。
 一方で、作戦の進捗に伴い、4月12日には早くもフォ諸島を中心に半径200マイル以内を封鎖海域としア国軍の補給を断つとともに海軍、空軍及び海兵隊SBS部隊等を駆使してア国軍海軍・空軍の撃破を図り、5月21日には陸軍SAS部隊の陽動作戦に呼応して陸上戦闘部隊が東フォークランド島、サン・カルロスに上陸、26日から島内各所に展開しているア国軍に対する攻撃を開始、一部の部隊は直路スタンリーに向かって進撃を開始した。6月8日には徴用民船「クィーン・エリザベス二世」で輸送された部隊が上陸、島内各所でア国軍を撃破した部隊と連携し、首都スタンリーに迫った。6月14日正午、ア国軍は総司令官以下9,800人が投降、戦闘は終了した。
☆尖閣諸島の防衛に資する教訓
 フォ紛争は、翌15日にガルチェリが「戦闘終結宣言」を出し(17日には失脚)、20日に英国が「停戦宣言」を出して終息した。フォ紛争前の英・ア両国の対フォ諸島政策、フォ紛争を通じて次に記述するいくつかの教訓を得たが、これらの教訓を肝に銘じ「尖閣諸島」防衛について「フォークランド紛争」の轍を踏まないように願うものである。
☆教訓その1 自国領土「尖閣諸島」防衛に対する堅固な国家意志表示
 紛争前、英国はフォ諸島に対して、実効支配していながらフォ諸島の行政・経済・防衛に対して真剣に対応していなかったのみならず、条件付ながら同諸島のア国への返還を認めることを考えていた事は大きな失敗であった。 「尖閣諸島」が日本の領土であることを国際世論に訴えるとともに他国に占領さらには実効支配されないような施策を早急に講じるべきである。
☆教訓その2 「尖閣諸島」有事における政府の揺るぎなき決断と実行
 ア国のフォ諸島侵略の兆候を捉えてからの英国政府の対応は、サッチャー英国首相の「武力解決」の決断はもとより、米英同盟の強い絆による米国の積極的な協力・支援の獲得、国際世論を味方につけたことにみられる秀でた外交手腕等、素早く見事であった。 平素から米国との同盟関係の強化及び国連における日本の地位・役割の向上に努力するとともに「尖閣諸島」有事に備えた国家を挙げての具体的計画・対応策を検討しておく必要がある。
☆教訓その3 日米同盟の強
 フォ紛争の終始を通して、米国は英国に対してア国軍についての必要な衛星情報及びア国軍が使用している米国製兵器等についての情報を提供し、英国軍の作戦を支援した。 日米同盟を強化・深化し、日米政府間の緊密な連携はもとより米軍・自衛隊間の共同作戦能力を強化するとともに侵攻を企図する国や勢力の動向について米国から衛星情報を提供してもらう等の施策を強化する必要がある。
☆教訓その4 離島防衛に必要な装備品の研究開発・装備化と部隊訓練
 ア国軍によるフォ諸島、サ島侵攻直後から英国軍の素早い作戦行動を支えたのは、逆上陸作戦を可能にした陸・海・空軍の近代化された装備及び将兵の優れた作戦・戦闘能力であった。 占領された「尖閣諸島」への逆上陸を可能にする装備品の研究開発・装備化、実戦に即した部隊訓練を早急に開始する必要がある。

●113号(23.1.1)白 善Y(韓国陸軍協会会長)

<オピニオン>韓国戦争勃発60周年を思う



一 新年のご挨拶
「新年明けましておめでとうございます」輝かしい2011年を迎え、防衛協会連合会の皆様に、新年のご挨拶をできる機会を得ましたことを光栄に存じます。
 一昨年9月に防衛協会韓国研修団をソウルに迎え、研修団皆様の訪問を受け、また板門店等の研修に同行し、大変に有意義な機会でした。また皆様には民間レベルでの韓日防衛交流に多大な貢献を頂き感謝しています。
 さて、その後の南北の軍事境界線地域における北朝鮮の挑発行為については既に報道されている通りです。ますます緊張を高める北朝鮮の軍事優先体制には不安を感じるばかりです。
 2010年3月の韓国海軍哨戒艦「天安」(チョナン)撃沈に次ぎ、11月の民間人を巻き込んだ「延坪(ヨンピョン)島砲撃」は言語道断です。
 北東アジアにおける最大の不安定要因となっていることに強い憤りを感じます。北東アジアの情勢が激動するこの時期に、全国防衛協会連合会の皆様に対し一言申し上げ、参考にして頂ければ幸いです。
二 韓国戦争勃発60周年記念
 2010年は韓国戦争(以下朝鮮戦争)勃発から60周年にあたり、韓国では各地において記念の行事等が行われました。60周年記念は私にとっても当時のことを振り返る多くの機会を得て、感慨無量でした。
 60年も昔の出来事となると、往時茫茫といった感が強く、それでもいくつかの点については、昨日のことのように記憶が鮮明で、自分でも不思議に思うことがあります。
 韓国戦争の前半、私が指揮した第1師団は、戦線の西端に配置された関係から、多くの期間、米軍と連合することとなりました。
 戦争の前に、米軍との連携を演練する機会はもちろん、協定や取極めすら一切ありませんでした。戦争が始まってからも、韓国軍の作戦指揮権を国連軍司令官に委譲するという内容の1950年7月14日付の大田協定があるだけでした。そんなことで、戦いつつ学び、学びつつ戦う他ありませんでした。
 戦場とは実に厳しい教室であり、苦労させられたものです。作戦行動における事前の準備や訓練が必要な所以です。  多くの記憶の中で忘れがたい経験のひとつが、連合作戦や同盟についてです。韓美(米)連合こそが韓国戦争の主軸であり、かつ今日的な問題であり、強く頭に残っているのだと思います。  また今般、安全保障問題に関心が深い日本の方々に、単一指揮権の下に異国の軍隊と共に戦う連合作戦の実相や同盟関係について述べますのも、北東アジアの現況に照らして意味あることだと考えます    
三 韓美(米)連合の実相
 1950年8月12日の夜、第1師団は大邱北側、多富洞(タブドン)という村落を中心とする不撤退の線に入りました。敵の圧力は日増しに強まり、有効な対戦車手段がないため、いつ大邱に向けて突破されてもおかしくない状況に追い込まれました。
 そんな8月17日の夕刻、大阪の信太山から韓半島に入った米第27連隊がジョン・マイケレス連隊長の 下、連隊戦闘団を組んで現れ、なんの躊躇の色も見せず、谷底に入り道路沿いに布陣して敵戦車を阻止する態勢を整えました。
 あの時は実に嬉しく、これで任務を完遂できると安堵したものでした。同時に責任の重圧も感じました。万一、道路の両側の高地で防御している我々が後退するようなことになれば、谷底にいる米軍は孤立して大損害を被るのは目に見えている。我々を信頼しているからこそ、来援の米軍は『孫子』が近づくなと説く「天牢」に平然と入ってくれたのでしょう。
 その信頼に応えるためにも、高地の陣地は死守しなければなりません。これは私だけでなく、第1師団全員の決意でした。はるばる助けに来てくれた異国の戦友に笑われるようなことだけはしたくない、それが韓国男子の面目です。多富洞を取り巻くあちこちの高地で、その決意で全将兵の心はひとつになりました。だからこそ、韓米両軍の特性に応じた役割分担が定まり、ここで北朝鮮の野望を潰えさせることができたのです。
 この多富洞での一戦で、第1師団はひとつの実績をものにし、それが更なる信頼感を醸成しました。第1師団と肩を並べて戦うと、よく掩護してくれるので損害も少なく、かつ戦果も上がると米軍の間で評判になったようです。それは次なる実績を生む契機ともなりました。
 釜山橋頭堡からの総反撃に当たり、第1師団は米第1軍団に編合されることとなりました。その際、フランク・ミルバーン軍団長は、第1師団の貧弱な砲兵力を知ると、虎の子の砲兵3個大隊で支援すると確約してくれました。
 米軍の師団並の火力があったからこそ、第1師団は全軍に先駆けて敵の包囲網を突破できたのです。ひとつの実績を残すと、さらなる信頼感や戦友意識が生まれ、望ましい方向へところがり出します。
 1950年10月の平壌攻略戦では、迅速な進撃には機甲力が不可欠と感じ、そこで無理は承知で軍団に支援を要請すると、気持ち良く戦車1個大隊を回してくれました。それも最新式のM46中戦車の大隊です。この戦車大隊がなければ、第1師団は平壌一番乗りの栄冠に輝くことはなかったでしょう。
 体験から言えることですが、だれもが利己主義になりがちな戦場では、口先だけでは誰も信用してくれません。実績と誠意がなければ、信頼関係は築けないし、それがなければ連合作戦は成立しません。助けられる側に自ら努力する気持ちがなければ、すぐにも信頼関係は崩れて連合作戦は瓦解します。    
四 日本の皆様へ
 以上、述べてきたことは、師団レベルでの連合作戦ですが、これを軍レベル、さらには政戦略レベル、即ち国家間の同盟関係にまで敷延することができるでしょうか。いや、国家間では国是、国益、威信などという形而上の要素までがからみ、信頼関係の構築は軍事の世界よりもさらに複雑になるでしょう。理想的な同盟関係を築くには、どうすべきなのか。一介の武弁が論じるべきテーマではないと自覚していますが、共に米国との同盟関係にある日本にとっても同盟関係の本質は同じだと信じています。
 北朝鮮という差し迫った問題を抱える北東アジアの安全保障という観点から、最後にこの問題を語らせてもらいたい。承知のように韓国と日本の間には、厳密な意味での同盟関係はない。
 しかし、1953年10月締結の韓米相互防衛条約、そして1960年1月締結の日米安全保障条約があり、米国を介在する形で韓国と日本が連携する形となっており、周辺の各国もそのように理解していると思います。
 この三国は、共に海洋に生きることを基本方針とし、かつ自由と人権の尊重といった理念も共有しているから、強い紐帯で結ばれていると考えます。成文の条約がないから同盟関係にはないと考えるのは短絡でしょう。成文の条約がなくても、互いに信頼関係を深めて行こうという意識が、一衣帯水の関係にある国同士では必須です。そんな意識を持って諸問題の解決を図ることを次世代に期待するものであります。
                           (2010年12月吉日、ソウル戦争紀念館にて)

●112号(22.10.1)中村 光良(全国防衛協会連合会副会長・青年部会長)

 <青年部会>10年目の節目に



 自衛隊への協力と若者に対する防衛意識の高揚を目的として2001年に東京で設立された全国防衛協会連合会青年部会は本年で10周年を迎えることができました。
 その間、日本とアメリカの政権交代 縮小しないテロ活動、中国、インドの大躍進、自衛隊においても防衛庁から防衛省への格上げ、国際貢献活動の拡大など環境は大きく変化しました。
 私逹青年部会も、21団体であったのが31団体にまで増え、各地の活動も非常に活発になり、自分たちの内部の活動にとどまらず、女性や子供も対象とした事業やシンポジウムの実施など年々充実してきています。
 日本は、昨今、個人や家族を過度に大切にするがために、国や民族という我々の存在の根本を考えることが希薄になってきています。これこそが日本が抱えるあらゆる問題の根源にある大きな原因であると思えてなりません。
 北朝鮮のミサイルが領土内を通過しても、日本の領海とされている海域で中国が油田開発をしても、何も感じないように「自分に火の粉がかからないならどうでも良い」という行き過ぎた個人主義が今の日本の国力を弱め、国内のあらゆる問題を引き起こしていることは明確です。
 沖縄県与那国島の中国と台湾の緊張の恐怖から端を発した陸上自衛隊の設置の島民運動や、対馬の韓国による買収問題や、北方領土、竹島、尖閣諸島と国民が知っている大きな問題以外にもそれぞれの地域で日本の領土、領海の問題が各地で大きな問題になっています。
 しかし、その地域では大きな問題となっていても全国に広がらないのも国民意識の希薄さが一因のように思えます。そんな中、昨年政権交代があり大きな節目を迎えました。そして新政権のスタンスが奇しくも普天間の問題等で国民に対して安全保障を考えさせる大きなきっかけを作りました。「いままで、そんなこと考えたこと無かったけど普天間の問題で世界の中の、とりわけアジアでの日本のポジションが何となくわかった。」といったような意見を聞かれた防衛協会メンバーは少なくなかったのではないでしょう か?
 このように我々青年部会は10周年という節目だけではなく、国民の意識が大きな節目を迎えている今こそ、今まで以上に一歩踏み込み、自衛隊との関係を今まで以上に強固なものとし、世界の中で日本が置かれている状況を十分考慮して、目的である防衛意識の高揚をよりわかりやすい形で国民の特に若者層に理解してもらえるような事業展開を図っていかなければなりません。
 先ほど述べた領土・領海問題のようにその地域だけの問題にするのではなく、日本が危険な状況に置かれていることを私たちが正確に理解し、国民一人ひとりに問題意識を持ってもらうことも青年部会の役割です。
 各都道府県の防衛協会の平均年齢が高くなってきている中、我々、青年部会を構成する世代はまだまだ国防、安全保障について意識が希薄であることは事実です。先輩たちが培ってこられた活動を今後も継続し、一人でも多くの国民に広く深く啓発していくためにも親会や各地青年部会とも連携をとりながら活動を大きな輪にしていかなければならないと考えます。

●111号(22.7.1)西本 貴子(品川区議会議員)

<オピニオン> 民主党政権で募る不安



 民主党が圧倒的な支持を受け政権交代になり、8ヶ月を過ぎた。当時民主党のマニフェストを読み、財源が不明瞭であり、且つ歴史経過を踏まえた政策ではないと感じた不安が現実となっている最近の政治です。
 自民党政権の時、強行採決で様々な法案を通した手法を非難してきた民主党も与党になると同じことをする現実、今後の日本の政治に対し、不安感をもつ国民も少なくないでしょう。
 国民の期待は国民の声を十分に聞き、賛否様々な意見の中で政策を打ち出し、しっかりと説明責任を果たしていくことです。それが悉く裏切られた状況です。中でも公開の事業仕分けは、今まで国民に知らされていなかったことが明確になり、政治に対する関心を高めたことは大いに評価するものの、これが現実的にどのように反映しているかは不透明です。
 防衛省の22年度の予算は前年度と比べ、大幅に減額されています。防衛装備品等の整備及び維持の縮小のほか、自衛隊の教育・訓練にかかる予算が大幅減額になっていますが、事業仕分けの結果とどうリンクするのか非常にわかりにくい。アメリカでは増加、中国に至っては、21年間で20倍に軍事費が増大しています。これが何を意味するのか世界的な視野でしっかりと見た上での防衛費の削減でしょうか。
 普天間飛行場の移転問題では、鳩山政権の優柔不断な特徴が露呈しました。首相は「野党の時代には見えてなかったことが見えてきた」と語り、しかも「学べば学ぶほどに」と。この発言は、首相の立場で言ってはいけない言葉だったと思います。どれだけ国民の期待を裏切るつもりなのか、沖縄県民の大規模な反対運動、訓練移転先と急に候補に上げられた徳之島住民の困惑、地域が団結している中で平野官房長官が、少数派の基地誘致賛成者と懇談をすることはいかがなものか。地方分権を推奨するなら、地域住民に任せるべきで官房長官が口出しすべき事ではなく、地域で十分に議論し、対等の立場で国と向き合うべきことです。
 そもそもこの問題は、何年もかかって議論されてきたことで大きな方向転換は数ヶ月で決着できるような簡単なことではありません。結局は原案を通す形になりました。沖縄だけではなく、日本全体を混迷に陥れた鳩山政権の責任は重大です。しかも外交的にも信頼を欠くことになりました。 民主党の中にも信頼ある政治家は沢山いまのに、民主党内部から議論が湧かないことが不思議です。
 党内は民主的で独裁政治に陥ってはいないのか。このまま民主党に日本を任せて良いのだろうか、日々国民の不安は募るばかりです。地方議員の1人として国民の不安を取り除くためにも地域住民と立ち上がらなければと新たな気持ちです。                                (無所属の会幹事長)

110号(1)(22.4.1)高橋 めぐみ(東京都江東区議会議員)       

<オピニオン> 「教育」で日本の立て直しを!



 前回のオピニオンへの寄稿は、初当選したばかりの頃で、区議会議員になったきっかけなどを書かせて頂きました。
 あれから3年経ち、その後自衛隊の皆さんとは色々とご縁があり、現在は区内の自衛隊父兄会の会員にもして頂いております。ご家族の皆さんが、自衛隊で活躍するわが子を誇りに思っていらっしゃる場面に触れ感動を頂いております。また、観艦式の見学や自衛隊音楽まつりの観覧もさせて頂き、今や大変身近な存在となっており、改めて自衛隊の皆さんに感謝申し上げます。
 私は主婦から議員になり、自分の経験や思いからやりたいことがあり、この3年区議会議員の仕事をさせて頂いております。当初は地域の皆さんの声を聞いて行政サービスを高めることを目標としておりましたが、自分の中でそれだけではいけないという気持ちが大きくなってきました。むしろ我々一番身近な地方議員ひとりひとりが、日本という国をどうしていくか、日本人はどうあるべきか、地域・住民を含めた国家・国民に対してどう責任を取っていくかを考えなくてはいけないと思うようになりました。
 自助、共助、公助の中で、何でもすぐに公助に頼る風潮に疑問を感じるようになりました。では、税金をさらに上げて公助を充実させるのか、本当に必要なものだけを残して行政のスリム化を図るのか。このまま、バラマキをして、未来へツケを回す選択をするのか。本当は我々ひとりひとりが、少し我慢や努力をすればいいことではないでしょうか。
 私の好きな作家の曽野綾子さんが「雨風をしのげる所に寝て、今晩食べるものに心配しないものを貧困とは言わない。」と講演で話されていました。私は20代の頃、旅行の添乗員の仕事をしていた上に趣味が海外旅行だったので、色々な国を見てきました。その度に日本は本当に恵まれている国だと思いました。
 なぜそれに気付かず、不満ばかり言う人間が増えてしまったのでしょうか。満足のいかないことを、他人や社会のせいにする人間をこれ以上作ってはならないと思います。
 なんと言っても、やはり教育です。私も小学生二人の母ですが、教育こそが、日本を立て直す原点です。今さえ良ければ、江東区さえ良ければ、日本さえ良ければ・・・というように、目先のことにとらわれて、無責任な政治をすることの無いよう、世界を視野に入れ、20年30年後を見据えて今何をすべきか、私も区議会議員として、区民の皆さんに理解を得ながら責任ある政治をするよう頑張って参りたいと思います。

●110号(2)(22.4.1)森 清勇(星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>覇権に抗してきた日本は何処へ?


 小沢一郎民主党幹事長が同党議員144名を含む約600人を引き連れて、昨年訪中した。胡主席とツーショット写真を撮り、万里の長城などを見て歩くだけだったという。
 この時期は日米同盟にとって最も根幹的な基地問題があり、予算編成の最終段階に差しかかろうとする時でもあった。また総理や幹事長の政治資金問題がくすぶり続けていたにも拘らず、国会の審議期間延長には反対して物見遊山的な中国行きで国民を馬鹿にすること甚だしい。識者たちが「朝貢」とか呆中団と言って批判や揶揄したのも理の当然である。
 中国は古来、自国を文化の中心、世界の中心と喧伝して華夷秩序と呼ばれるシステムを維持してきたが、今日の社会から見ると、黄河文明は4000年前で、それ以前にメソポタミア文明(6000年前)やエジプト文明、インダス文明(5000年前)がある。しかし、漸く国家の体を為し始めた当時の日本には、中国はガリバー旅行記の巨人のように見え、「寄らば大樹の陰」のような存在に思えたことも確かであろう。
 そうした中で、聖徳太子が「日出る国の天子、日没する国の天子に書を致す。恙つつが無きや」という文面の国書を出した勇気、いや国家を背負う責任感には感服する。執権北条時宗も元げんの朝貢の誘いに反発し、脅しには屈しない姿勢を見せた。
 近代では明治天皇の全権大使となって条約改正のために清国に赴いた副島種臣の毅然とした外交が燦然と輝いている。副島が皇帝に謁見を申し込んだとき、何年も待たされている西洋諸国の使臣が沢山いた。中国は叩頭三拝九拝の礼を強要し、西洋諸国は立礼を主張して折り合いがつかずにいたのである。
 副島は中国古代の聖賢の言葉を引用して、見識の深さで相手方を心服させた。副島の理のある主張に最も感謝したのは中国で、最初に謁見する栄誉を与えた上、副島が帰国する際には史上初の21発の祝砲で送り出している。副島の振舞いに当初は嫌悪の感を抱いた外国使臣も難問解決の外交力に感謝を表明した。
 こう見てくると、日本の歴史は朝貢に抗する歴史であったとも言える。それが何時から朝貢に傾いたのだろうか。周恩来から「言必信、行必果」の書を貰った田中首相は、信頼されていると喜んだと聞くが、論語の原典では「まあまあ、ましな小人しょうにんだよ」の意味で使われており、山本七平氏は中国的素養をもっているかどうかを試したのではないかという。
 今や最高実力者とも見られる小沢氏が議員140余名を引き連れて訪中し、政治的難問解決をそっちのけにした握手だけでは朝貢と見られても仕方があるまい。
 鳩山首相の唱える「対等」は米国に向かってよりも、平然と領海侵犯し、ガス田共同開発の約束を反故にする覇権志向の強い中国に向かって言うべきではないか。親書として、小沢幹事長に託して欲しかった。然すれば、小沢氏も現代版小野妹子に擬せられたであろうに。

●109号(1)(22.1.1)伊藤 純子(群馬県伊勢崎市議会議員)

 日本がだめにならないために新たな保守政党の誕生を!



 防衛協会会報『オピニオン』に初寄稿して以来、はやいもので1年が経過しました。その折、機密情報の流出を未然に防ぐ「スパイ防止法」の早期成立を求める小論を寄稿しましたが、残念ながら民主党政権の誕生により、その願いは早くも遠退いてしまったように思えてなりません。  
 国民の政権交代への期待は大きく、それは自民党議席の大幅減と民主党の圧勝に結論付けられます。しかしながら安定多数を確保したとはいえ、民主党は必ずしも単独政権ではなく、参議院の過半数確保のため、少数議席の社民、国民新党との三党連立″政権であるというのが実情。外交、防衛といった重要政策においても三党の主張がバラバラであるがゆえに、今後の政局が注目されます。  
 それにしても民主党の奇行は彼らの政策、政治理念から垣間見られます。鳩山首相は「友愛」を掲げ、対中・韓国などへの外交も「対話」を重視する方針を打ち出していますが、国内の自民党との友愛関係を築けない民主党に、果たして交渉など成り立つのでしょうか? 殊に、民主党が掲げる「東アジア共同体構想」は常軌をはずれたもの。そもそも政治体制の違うアジアの国々を、まるでEUのような共同体と括ってしまう構想はとりとめもない妄想にすぎません。このまま民主党政権が続けば、侵略弾圧国家・中国の思惑どおり、日本はやがて中国の属国にされてしまうことでしょう。  
 不安は更につのります。「夫婦別姓」や「外国人参政権」の容認、わが国根幹のシステム「戸籍制度」の廃止や「日教組教育」の復活、はたまた死刑執行を「慎重に判断する」などと明言してはばからない法務大臣を起用するなど、民主党の拙速な判断のおかげで日本は解体、亡国へと確実に傾き始めています。千葉法相が推進する「外国人参政権」や「二重国籍の容認」が実現してしまえば、韓国、北朝鮮、中国に日本国籍を持つ人が増え、さらには選挙権が与えられ、その結果、日本の政治を国外から動かすことも可能になります。民主党は「国民主権」の意味をどのように捉えているのか疑念を抱かざるを得ません。  
 死刑廃止が現実なものとなれば、在日系の死刑囚は死刑を免れ、その結果「在日外国人の犯罪はさらに増える」と指摘する専門家もいます。民主党は日本国民の安寧をどのように確保するつもりなのでしょうか。
 民主党政権は愛国心を抑圧し、国家の弱体化を狙う、いわば社会主義勢力にすぎません。そんな左翼政党に政権を握られてしまったからには、国家戦略の立場から国益を考える強力かつ真の保守政党が誕生しなければ、もはやこの国の未来はありません。国政のみならず地方からの「保守再来」を願って止みません。

●109号(2)(22.1.1)妹尾 隆(全国防衛協会事務局参事)

<オピニオン>国境離島を訪ねる!ー危機意識レベルの高揚をー


 「ロシア固有の領土、クリル(択捉島)へようこそ!」。昨年7月の北方領土ビザなし渡航時、クリル地区行政長がケンカ腰で我々に浴びせた言葉だ。歴史的に我国固有の領土である北方四島でこのような出迎えを受け、私は大きな憤りを感じた。一度不法占拠された北方四島は戦後64年が過ぎた今も、未だ返還の目処は立たない。このような事態は2度とあってはならない。島国である我国日本、その地理的最前線である国境離島に注目し、この数年私が視て回った全国離島の現状と、そこで知り得た先人の努力・創意工夫・気概等の歴史から、『国境離島地区の防衛』について考えてみたい。                                 
☆先人たちの努力に感銘  
 最初に指摘したいのは、先人が有していた危機意識とそれへの対策、すなわち『国防』への深い洞察と対応の迅速さだ。  
 当時迫りかけていた日露戦争に備えて、対馬では足掛け2年で「万関運河」を完成させ、日本海海戦では運河を通った水雷艇が一大戦果を挙げた。更にロシア、イギリスの脅威に対して島全体の要塞化を図り、砲台には戦艦から40cm砲等を移設、昭和初期には対馬海峡全体をカバーした。  
 北海道でも日露戦争直前、宗谷岬に船のブリッジ形をした監視所「海軍望楼」を完成、宗谷海峡と樺太を見据えた。大戦直前、宗谷海峡防備のため、陸軍は宗谷臨時要塞を完成させた。礼文島でも海軍・陸軍がともに「監視所」を設置していた。
 これらに共通するのは、国家として「国防とその備え」について深慮し、ひとたび決断した後は直ちに着手→完成させる、という実現力だ。同時に、バルチック艦隊通過を伝えるべく石垣島まで170kmを琉球カヌーで渡った宮古島久松5勇士に代表される、国民一人一人が有していた「国を思う気持の強さ」いう気概にも言及しておきたい。
☆忘れられた国の守り
 次に指摘したいのは(上記とは裏腹に)、国境離島防衛に対する現状の危うさだ。大戦後、科学技術の発達に伴い『武器の足』が格段に延びたとは言え、地理的最前線である国境離島の重要性は変わらず、逆に排他的経済水域200海里時代の今、その重要性は一層増している。
 近年マスコミでも報じられるが、対馬では韓国資本の流入・韓国人観光客の増加が顕著で、自衛隊施設の隣接地購入等大きな不安を抱えている。将来「外国人地方参政権」が現実化すれば大変な脅威になることが予想され、現状を放置すれば「外からの攻撃」ではなく、「内からの瓦解」で我国の独立・安全が脅かされる事態となる。
 30年以上前、佐渡では「あの地区には行くな、人攫いに遭う」と言われ、頻繁に沖合停泊している不審船を見た地元住民が警察・海保に「湾外退去」を要請する中、曽我さん親子の行方不明事件(後に拉致と判明)が発生した、と聞いた。住民が感じた危機意識を警察・海保等が共有出来なかった一例だ。
 昨秋の政権交代時、警官2名のみが駐在する与那国町からの陸自配備要請に対して「隣国を刺激することはしない」と防衛大臣は答えた。また沖縄返還前から現在も、与那国島上空の西側3分の2は台湾の防空識別圏内のままである。
 一連の状況から、自衛隊配備等の「ハード面」以上に、危機意識欠如に代表される「ソフト面」での『危うさ』を強調しておきたい。同時に、その『危うさ』が将来『より深刻な危機』を引き起こす可能性にも言及しておきたい。
 「自分の国は自分で守る」ためには、政治家・警察・海保・自衛隊等の国家組織と民間人を含めた国家・国民全てが、感度高く「危機意識」を持つことが大前提である。逆に言えば、国家・国民が持つ「危機意識レベル」に応じた「防衛」しか出来ないのである。ここで言う「感度高く」とは「どれだけ幅広く、深く、考えられるか」に依る。
 各防衛協会(自衛隊協力会)と会員の皆様には、全国・都道府県・区市町村等、あらゆる段階で、国家・国民の危機意識レベル向上に活動していただきたい。それが自衛隊配備や防人新法他の具体的な成果を生み、『国境離島地区の防衛』の整備・充実(を果たす)に資することだと思う。

  
 対馬の万関運河   与那国島「日本最西端地の碑」

●109号(3)(22.1.1)森  清勇 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>忘れられている「国家の大本」


 鳩山内閣は「政治主導」や「国家戦略室」を華々しく喧伝している。伝統・文化を含めた総合的な観点から、日本をどうするかという大目標に向けた再建策を練るのかと思いきや、「予算」の無駄削減が主たる任務のようである。  日本の特性は八百万の神や「祭祀王」としての皇室、「夫婦同姓」の家族制度などではないだろうか。八百万の神が宿る日本文化を軽視し、皇室否定にも繋がりかねない政治を行い、家族を破壊する教育を行っては、日本は根無し草となり遠からず枯れ果てるしかない。
 福沢諭吉や勝海舟は西欧化の波に飲み込まれようとした幕末維新に在って、「大本」という用語を多用した。大本とは「基本になる根本的なもの」(広辞苑)で、“おおもと”や“根っ子”を意味し、「国家の大本」のように使用される。近代国家への船出に当たっては鹿鳴館に象徴されるように外見的な「洋才」の取り入れも必要であったが、その根っ子には“和魂”と言われた日本の歴史・伝統・文化があった。
 黒船が来るようになった“時勢の變り”を何としても乗り切りたい勝は、「ワシが抜擢されて、會議に出た處が(上の者たちは時代の状況を)一つも知らない。その時、勢の轉ずる工合が分った。大本を守って、夫から變化して往くのだ。其の變化が出来にくいものと見える」(原文のまま、以下同)(『海舟座談』)と述べている。
 他方、福澤は西南の役後の西郷隆盛に対する非難轟々の中で、「一国人民の道徳品行は国を立る所以の大本なり。西郷は兵を挙げて大義名分を破りたりというといえども天下の道徳品行を害したるものにあらず。この事実に由て考うれば、西郷は立国の大本たる道徳品行の賊にもあらざるなり」(『丁丑公論』)と論難した。また、『学問のすすめ』の下地にもなった「中津留別の書」には「人倫の大本は夫婦なり。子を教うるの道は、習うより慣るるの教、大なるものなれば、父母の行状正しからざるべからず」と述べている。
 時代の変わり目に遭遇しても「大本を守って変化していく」(勝)ことが不可欠だし、「立国の大本は道徳品行」であり、また「人倫の大本は夫婦の行状の正しさ」(福澤)であるいうのである。勝や福澤は日本国家の大本は聖徳太子の17条憲法や五箇条のご誓文、更には教育勅語にあると見ていたようである。
 宮中祭祀こそが皇室の存在に関る歴史の重みであることを忘れ、政教分離を建前に皇族抜きの皇室改革論議をしたり、夫婦別姓の推進や外国人参政権付与など、日本の歴史・伝統を無視又は軽視するような改革が目白押しに提案され、国家の大本が忘れ去られようとしている。
 国家の永続と独立の上にはじめて国民の幸せも築かれる。「日本の大本」の上に盤石な国家を再建することが望まれる。

●108号(1)(21.10.10)来海 惠子(熊本県合志市議会議員)

<オピニオン>政権が変わろうとも変わらないもの「国を愛する心」


 総選挙で民主党が圧勝し、政権交代が現実になりました。民主党政権で、日本がどのように変わるのか世界中が注目していますが、成果が出るまでには、しばらく時間がかかりそうです。
 政権が変わろうとも世の中には変わってはいけないもの(不易)があります。人としての生き方や基本的生活習慣、文化や歴史観、日本人としての誇りや国を愛する心です。
 自分の足元も見ずに、欧米化を進めることが、さも民主主義であるかのように言われる方がいますが、日本の国を愛さない人に他所の国の良さが分かるのかと疑問です。戦後の教育が荒廃し、世界で一番素晴らしい終身雇用制が崩壊し、格差社会が生じたのも、欧米化を追い求めすぎたからではないでしょうか。日本には世界に誇る伝統文化があり、日本人だからこそできるものがあります。
 「三つ子の魂百まで」といいますが、子どものころから駄目なものは駄目と道理を教え、良い事をしたらしっかりと褒め、両親や先生に感謝する心を教えなければなりません。子どもは地域の宝です。義務感からではなく、将来の良い市民・国民を育てることは当たり前のことであり、子どもたちを地域で見守り、温かく育てていきたいものです。
 今年の夏も、毎朝子どもたちとラジオ体操をして、その後1時間、朝の勉強会を行いました。私は子どもたちと本気で向き合い、時には火の玉のように怒りますが、中・高校生になっても路上で笑顔の挨拶を交わしてくれる子どもたちが誇りです。
 世界を見渡すと、宗教や民族の違いから多くの争いが起こり、国を亡くす人たちがいます。平和な日本では中々実感しないことですが、祖国を失うということは大変なことです。戦争は絶対してはいけませんが、国は守らなければなりません。そのためには、日本の歴史や世界の情勢をしっかり教育し、日本人としての責任を果し、国に貢献することが不可欠です。  
 何時のころからでしょうか、卒業式で「蛍の光」や「仰げば尊し」が歌われなくなったのは。二年前、私が住む市の中学校卒業式でのことです。卒業生代表の挨拶で、生徒会長がアカペラで「仰げば尊し」を歌い出しました。式次第に記されてはいないその歌声に、会場は感動で包まれ、先生や卒業生たちの目には、大粒の涙があふれていました。感謝の気持ちが、教育現場や家庭、ひいては国中で失われかけているのではないでしょうか。
 世の中には国旗や国歌、愛国心イコール戦争と結びつけ、毛嫌いする方もいますが、本当にそうでしょうか。日本人として生まれ、日本国を誇りに思わないで、何を誇りに思えば良いのでしょうか。白地に赤の世界一シンプルで、美しい日の丸(国旗)や君が代(国歌)は、日本の象徴であり誇りです。教育指導要綱も「国歌を歌えるように指導しなさい」と変わりました。何も難しいことは考えずに、国を愛することの尊さを教え、シンプルに国旗掲揚、国歌斉唱を行うべきだと私は思います。
 国を愛する心は、郷土を愛する心であり、家族を愛する心、また人を愛する心ではないかと思います。
 私は、合志市防衛議員連盟の事務局長で、常日頃より自衛隊の方々には感謝しています。これからも士気を高め、日本国のために重要な任務を黙々と遂行し、多くの国民の理解が得られるよう、さらに日本国民の模範となるよう頑張ってください。

●108号(2)(21.10.1)森  清勇 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 「相手を知り、己を知る」ことの大切さ



 日本の変化(民主党政権の誕生など)に同盟国がどういう心理的影響を受けるかを知りたくて、改めてジョージ・ケナンの『アメリカ外交50年』を読み直してみた。
 本書は米西戦争、米国の対中国政策(ヘイ国務長官の門戸開放覚書を含む)、第1次・第2次世界大戦、その後の米国外交を振り返り、どのような過誤があったかを論じたもので、「法律家的・道徳家的発想の過剰」が見られるという。
 米西戦争では、キューバ問題でスペインが殆ど米国の要求を受入れていたにも拘らず、最終段階で「宣戦布告にも等しい」と言わしめた要求を突きつけ開戦させた。後年、ハル・ノートを突きつけ、リメンバー・パールハーバーを叫び続けたことが思い出される。
 また、中国の門戸開放をはじめとした米国の第2次世界大戦までの東洋政策では、「中国人に対するある種のセンチメンタリティーによって影響されていた」という。「このまま進めば日本と戦争が起こり、目的を貫徹してもソ連に甘い汁を吸われるだけ」と警告していたマクマレーの忠告には耳を貸さなかった。その結果、「我々はほとんど半世紀にわたって朝鮮及び満洲方面で日本が直面しかつ担ってきた問題と責任を引き継いだ」と述べている。今また、米国が同盟国日本から中国重視に傾きつつあるのは、経済発展もあるが「ある種のセンチメント」からではないだろうか。
 2度の世界大戦や戦間・戦後(核兵器の登場した時代を含む)の反省として、「米国は英海軍と英国の大陸外交に庇護されて安全であることを忘れ、米国の優れた知性と徳性の結果であると誤解していた」というように、国際社会の安定が何時の時代にあっても「勢力均衡」にあるという意識を保てなかったことだとしている。
  米国にすれば、日米安全保障条約に基づき行動しているにも拘らず、集団的自衛権の行使はできない、非核3原則によって日本への核持込は出来ない、インド洋上の日本艦船からの給油の用途まで詰問されることは、米国のアジア・太平洋地域における平和維持の努力を阻害するように見え、米国伝統の「法律家的・道徳家的発想」に火をつけかねない。
 そうしたところへ、「日本は冷戦後、グローバリゼーションと呼ばれるアメリカ主導の市場原理主義に翻弄され続けた」「今回の経済危機は、全ての国が経済の伝統と規制をグローバル(むしろ、アメリカの)スタンダードに合わせて修正すべきだとの考え方によってもたらされた」などとする鳩山論文は嫌・反米的と見られ、米国をして、市場の広大な中国傾斜へのセンチメントを高揚させるようなものであろう。
  海軍力を主とする軍事力増強で太平洋二分論を軍高官が公言し、日中中間線のガス田開発では合意を守らない中国の現状において、日本の動きが日米同盟を形骸化させ、米中を接近させることになれば、アジア・太平洋における勢力均衡が破れ、大変な事態に直面しないとも限らない。
 勢力均衡は今日でも厳然たる事実であり、「友愛」で芯なし外交になっては虻蜂取らずになってしまう。外交・安全保障の継続性こそが国家間の信頼を持ち続けうる。政権交代を機に、米国や中国等を歴史に照らしてじっくりと知ることが喫緊である。

●107号(1)(21.7.1)松浦 芳子(東京都杉並区議会議員)

<オピニオン>「後をたのむ」と散って逝った青年たちに恥じない国造りをしよう!


 知覧の元飛行場端に建つ「給水塔」は、今も当時の姿のまま残っている。生前の田形竹尾氏(注:グラマン36機対飛燕2機で戦って生還、元特攻要員教官、自身も終戦前日に特攻命令を受ける)と知覧を訪れた際、給水塔の前で空を仰いでいた彼の隣で、言葉も出ず佇んだ事を昨日の事のように思い出す。
 田形竹尾氏は、戦後ずっと心の操縦桿を握りしめ、特攻隊員達の崇高な心意気を後世に伝えようと、出版や講演、映像制作にご尽力されていた。特攻証言集「特攻国敗れても国は滅びず」の撮影では、特攻隊員の飛び立った基地を慰霊しながらの撮影だったが、セスナから花束を海に投げ慰霊したレイテ湾では、その直後に海底から「呑龍」という爆撃機が発見される等、奇跡ともいえる出来事に何度も遭遇した(フジテレビがスクープとして紹介)。「呑龍」の生還者は、大変驚き、「何故、今頃になって」と絶句されていらしたが、当時の青年たちの心の声を運んできたのではないだろうか。そう思えてならない。
 これまで、「次代を担う子供達の心を輝かせたい。その為にもお手本となる大人が輝こう」と、様々な活動に取り組んできた。地方議員としても、地域の安心安全のために様々な相談事等にも関わってきたが、どんなに地域が安心でも、国が不安ではどうしようもない。昨年、韓国の国会議員が「対馬も韓国の領土だ」として「対馬返還要求決議案」を発議した。急遽、視察に行った私たちが目にしたのは、自衛隊の隣の土地を韓国人が所有していることや、両陛下の真珠工場見学行幸の碑を日本人が自由に見ることができないという現実であった。対馬は、福岡から138キロ、韓国から50キロと、韓国の方に近い位置にある。改めて日本国の地図を見ると、その国境離島の防衛の重要さを感じるが、現実には、全くお粗末のようだ。中国には「アメリカへの太平洋二国間分割提案」もあり、日本の上空にテポドンを飛ばす失礼な国も近隣にある。余程しっかりしなければ、日本は飲み込まれてしまう。まさに、「国防こそ最大の福祉」である。
 「後をたのむ」と散って逝った青年達は、今の日本をどう見ているだろうか。誇りある日本人の「心意気」「気概」を取り戻し、素晴らしい日本人の先祖の作り上げた足跡をきちんと繋げることが、「後を頼む」と逝った青年達からこの国を受け継いだ私達のなさねばならない事ではないだろうか。

●107号(2)(21.7.1)川口 渉(連合会前事務局長)

<回顧>組織・事業の拡大に尽力ー在任14年の回顧ー


 辞して1年が過ぎました。在任14年間に賜りましたご指導ご協力及びご厚情に深く感謝します。 本年は連合会設立20周年でもあり、印象深かったことを記したいと思います。                        ☆山口会長の存在の大きさ
 何といっても、会長の存在の大きさです。現在、理事会、総会には多数の出席者を数えます。最大の理由は会長が理事会・総会に必ず出席され、懇親会等で皆さんと親しく接し多くの方々と歓談され、一緒の写真撮影にも気易く応じられる等、包容力や魅力あふれる人柄、信望にあります。
 出席者から、「会長と話ができた」「一緒の写真が撮れた」等、喜びの声が多数届きます。
 総会のとき、総理からの祝電が披露されます。橋本総理のとき、連合会の活動目的を説明し、総会への総理出席と祝電をお願いしました。出席は叶いませんでしたが、祝電が毎年届くようになりました。
 また、毎年4月、「総理と桜を見る会」が催され、連合会にも招待状が届きます。自民党本部へ行って要請した結果であり、会長の存在の大きさのお陰です。
 連合会の活動の源は、全会員の強い国防の気概と財政です。詳述しませんが、これも会長の力に負うところが大半です。
 東京都防衛協会(山口会長兼任)では、平成7年以来、防衛協会未結成の区、市、町村に土・日曜や夜出かけ、関係の方々と話し合い協会設立を呼び掛けました。その結果、奥多摩町、板橋区、武蔵野市、千代田・中央区、三鷹市、日の出町、豊島区に協会が結成されました。各協会の発起人や東京地本の皆様等、熱意をもって積極的にご尽力を賜りました。                          
☆「安全保障講座」の実施
 自衛隊発足40周年の平成6年、重松恵三常任理事の提案で、防大の協力を得て市民対象の「安全保障講座」を開催することになりました。以来毎年実施し、既に15回を数えました。
 一般市民を対象とするため、初回は場所の選定、広報、案内、警備、経費等で多くのことを考えさせられました。広報について云えば、パンフレットを作成し、各協会、地連を通じ、また色々の機会に配布しました。朝雲新聞、防衛ホーム、友好団体の広報紙に紹介して貰いました。
 4大紙では読売と産経が掲載してくれ、新聞社の防衛に関する違いが顕著に現れました。以来、産経、朝雲、防衛ホーム、友好団体紙は毎年掲載してくれております。
 第9回講座では、イスラエル国防軍戦史部長を勤めたペニイ・ミハルソン予備役陸軍大佐が「イスラエルの安全保障」について講演しました。講演後の「貴国の国民は国防意識が大変高いが如何なる教育をやっていますか」と問うと、「教育していない」との返事が印象深く残っています。 国防意識が自然に培われる国民と、愛国心と云うだけでアレルギー症になる国民とは大違いです。                           
☆女性部会の結成
 連合会の活動強化には女性と青年層の啓蒙が大事で、平成7年度の事業計画に、婦人部・青年部の研修を提案しました。従来の東京都の各協会の参加者から、各都道府県協会の参加者に拡大しようというものです。
 「婦人、青年の啓蒙は各協会でやればいい」「各協会から婦人、青年を集めての研修は僭越だ」「各協会の事務局長研修会をやっているので十分」等の意見も多かったのですが、「やってみようではないか」という島田理事長(当時)の一言で実施が決まりました。
 婦人研修会は各協会に「婦人部の結成」「婦人部の増勢」「婦人部の活動強化」を目的に、21協会から53名の参加を得て、靖国神社遊就館で実施。その後、「自衛隊音楽まつり」を鑑賞しました。参加者からは「こういう研修会を待望していた」「来年は別の人を参加させたい」等、嬉しい声を聞くことができました。
 九州では宮崎県協会にのみ婦人部が結成されていましたが、これを機に各県協会にも婦人部が誕生しました。その後、九州・沖縄地区防衛協会婦人部が結成され、初代井本ケサノ(佐賀県女性部長・当時)、2代目山西三重子(宮崎県女性部長・同)各会長と各県会長・会員の熱意で、毎年の研修会には300〜400名が参加する精強ぶりです。
 全国防衛協会女性部会は平成13年に発足しました。山口会長や井本ケサノ部長等の説得で、江上料理学院長の江上栄子氏にお願いしました。女性部会は研修会で活発な意見開陳を行っており、また女性の特性を発揮して自衛隊を応援しています。                          
☆青年部会は地方開催も
 青年研修会は各協会に「青年部の結成」「青年部の活動強化」を目的に実施しました。11協会から23名と少ない参加でしたが、九州地区青年部長(当時)の北村直登氏はじめ、全員が熱意あふれる行動的会員でした。翌日も富士総合火力演習を研修しながら、熱い意見が交わされました。
 その後、逐次青年部が結成され、今では30を数え、青年部研修会の参加者は150〜200名となり、活発な活動を展開しています。
 鍛冶佳広奈良県青年部長(当時)は、地方協会啓蒙のため研修会の地方開催を提案、実現のため3度も来局され、平成11年の奈良大会への道を開かれました。爾後、栃木(12年)、京都(14年)、群馬(15年)、長崎(16年)の研修会へ繋がりました。
 13年に青年部を結成したばかりの津田純一京都青年部長(当時)は、翌年は全国研修会を担当、翌々年には防衛シンポジューム「21世紀の平和と日本の役割」を開催されました。目覚しい活動は2代目田中峰子氏、3代目岩井一路氏へと引き継がれています。

●107号(3)(21.7.1)森  清勇 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 「国益」の確保と増大が国の務め



 北朝鮮が国際社会の制止を無視してミサイル発射(4月5日、5月25、26日)や地下核実験(5月25日)を行った。国連は4月5日のミサイル発射は2006年の安保理決議1718違反として議長声明を発したが、5月のミサイル発射と核実験に対しては、常任理事国に日韓を加えた7カ国の意見がなかなか纏まらず、3週間後の6月13日に漸く決議することが出来た。  
 ここで検証すべきは国際社会の取り決めの拘束力である。周知の通り、第2次世界大戦はドイツが独ソ中立条約を破ってソ連に進攻して始まった。ソ連が中立条約違反の廉でドイツを非難したという話は寡聞にして知らない。ドイツは日独伊3国同盟を結んでいながら、敵国である中国の軍事作戦を裏で支援して、日本の弱体化、更には敗戦を画策していたという歴史の事実も明らかになりつつある。  
 ルーズベルト大統領は日本の真珠湾攻撃を騙し討ちとして「リメンバー・パールハーバー」を声高に叫び、アメリカ国民の反戦気分を戦争に仕向けた。そのルーズベルトは真珠湾攻撃より前に、米軍人を義勇兵に仕立てて中国に送り込み、日華事変を泥沼化させ、挙句には対米英戦争だけは避けたいとしてきた日本を戦争に引きずりこもうと目論んでいた。  
 もっと遡ると、第1次世界大戦後のワシントン会議で日英同盟破棄の代償として9カ国条約と4カ国条約が締結された。両条約は中国の遵守義務を定めていたが、中国は一向に守らない。それにも拘らず、条約加盟国の米国やドイツは非難するどころか、逆に自国の国益に適うように密かに中国を支援さえしていた。  
 国際的取り決めはTPOによって変転極まりないことが分かる。プロシアの宰相ビスマルクや参謀総長モルトケが岩倉具視を団長とする遣欧米使節団に対し語ったように、「万国公法(今日の国際法)は強いものに味方し、弱いものには味方しない」ことは今日でも厳然たる事実である。
 日米同盟を結んでいるアメリカであるが、先に北朝鮮のテロ指定国家を解除し、今次ミサイル発射に関しても、日米の事前合意にも拘らず、6カ国協議の議長国中国に歩み寄ってしまった。中国がアメリカ経済に大きな影響力を持ちつつある結果でもある。原則を曲げてでも経済という国益を重視したのであろう。フランスの法律家エミール・アコラスは国際法は法律などではなく道徳であると言ったが、けだし至言である。
  国家は「国益」の保護や増大のために行動していると言われる。日本の国益は何か。しっかり考える時期にさしかかりつつあるのではないだろうか。日本人は国益を「懐に直結する」(即ち国益=金)と狭い了見で見る傾向があり、「国益」を正面に出したがらない。国益概念はもっと広く、「生存の確保」(国家の存続)や「国家の威信・名誉」(ステータスの確保)であり、そうした結果として「繁栄の追及」や「国際秩序維持への貢献」などが出来るのである。
 これは金ではなく、生存のための名誉を掛けた闘いといってもいいのだろう。NHKが海外向けに流す国際放送をめぐり、最高意思決定機関である経営委員会の古森重隆委員長が「国益主張」の発言をして議論を呼んだ。何故か日本は、「国益」という言葉さえ出したがらない。
 オバマ大統領が「米国は核兵器のない世界を目指す。信念だが私に生きている間は無理だ。核が存在する限り、米国は如何なる敵も抑止し、同盟国を守る戦力を堅持する」と、核軍縮の演説をプラハで行った。核に関する発言は是非とも広島で行ってもらいたい。そして、言葉だけの道徳的美辞麗句でなく、実効的視点に転換するチャンスとしてもらいたい。

●106号(1)(21.4.1)英 聡子(宮崎県串間市議会議員)

<オピニオン>「平和である」ということ



 「『温故知新』という言葉がございます。 これまでの串間の古い歴史とすばらしい文化に学び、変化の激しい時代にあって、これからの串間市はどうあるべきか、皆様の力をお借りしながら、女性の視点から捉えたものを市政に反映できますよう、誠心誠意、取り組んでまいる所存でございます」。  
 これは、平成15年4月初当選し、6月17日、初めて登壇したときの一般質問の冒頭部分です。
 女性議員一人という重圧に大変な緊張と不安を感じたことを昨日のように覚えています。現在、二期の3年目を迎え、市の発展に寄与できか忸怩たる思いを抱きながらも、議員になる前から関心を持ち、自分なりに学んできました福祉や教育にとどまることなく、幅広く勉強する姿勢は把持してきたつもりです。
 議員になってから、最も強く感じたことは、「日本人は、安全と水をただと思っている」の言葉もございますが、日々安全に暮らせる幸せは、多くの人々の不断の努力があってのことだと言うことです。
 本市には、第13 警戒群が配置されている航空自衛隊春日基地の高畑山分屯基地があります。 私も自衛隊協力会女性部会に加入させていただいて、基地の司令さん方とご一緒する機会が多くなりました。
 高畑山分屯基地では、海岸のボランティア清掃、市民の基地見学会の開催、成人祝賀駅伝大会への参加、講演会の開催、中学生の職場体験の実施、観月会の企画、市民秋祭りへの参加等、積極的に市民との交流を図り、よりわかりやすい自衛隊、より親しまれる自衛隊を目指して努力されていることを肌で感じております。
 世界各地で、今なお、戦争や紛争が勃発しており、いたいけな子供たちまでもが尊い命を犠牲にされる現実を見聞きするとき、日本という国が戦後64年間、平和であることが何かしら奇跡のような気がします。 しかし、その平和は、ただで手にしているわけではありません。 多くの方々の不断の尽力があればこそです。 その筆頭に自衛隊があるということを知ることができました。
 19年度の資料によりますと、自衛隊への新入隊者は、人口比で、全国が0.01%、宮崎県が0.038%、本市が0.075%です。 そして、本市出身の在職自衛隊員は、約370人ということです。 本市出身の多くの方が日本の平和のために尽くされていることに、誇りと大きな感謝の念を覚えます。  
 私も市議会をとおして、平和の有難さや幸せ、不断の努力があるからこそ平和を維持できること、自分の命と同じように他人の命を大切にするべきであることなどを訴えてまいります。 そして、平和であることに感謝し、平和のために尽力できる子供の育成も考えたいと思います。

●106号(2)(21.4.1)横地 光明(全国防衛協会相談役)

<オピニオン>定員削減・配備変更は慎重に

 

 「防衛計画の大綱」見直しのため防衛問題懇談会が発足した。 多様な案件が議せられるようであるが、陸上自衛隊については、ロシアの復活の現状も考慮し、定員削減及び総隊創設等の組織変更は陸自の特有な機能や陸戦の特質に鑑み慎重な考察検討を願いたい。 国際政治学の泰斗モーゲンソーは「国際政治を動かすものは勢力均衡である」と言っている。 特に我が国周辺の戦略バランスが崩れようとしている時、これを脳裏に置きつつ論議を展開されるよう希望する。                          
☆陸上自衛隊は20万人体制で
 現在各自衛隊とも人員不足に悩まされている。 海自イージス艦の事故も乗組員過少に一因があったとの見方もあるように、陸自でも度重なる削減で、大規模災害派遣や国民保護の出動の場合に国民の負託に応え得ないことも懸念される。 冷戦終焉後各国は兵力を減らしたと思いがちであるが、中国が軍の近代化に人件費を振り向けるため過分の兵力を減員し、ロシアがソ連邦崩壊後の軍を整頓したこと、及び仏独等が徴兵数を減らしたほかは、殆どの国は兵力を維持している。
 国防軍、とりわけ直接国民を護り、人が戦力構成の主体である陸上兵力は、総人口に対し一定の比率が必要である。最近のミリタリーバランスで見ると、陸上兵力の対人口比は、脅威が消滅したように見えるヨーロッパの主要国でさえ平均0.16%で、世界の中で最も不安定と言われているアジアの周辺各国の平均は0.37%であるのに、陸自は0.11%でしかない。 日本が世界の主要国として安保理常任理事国入りをも目指そうとするなら、せめて0.15%位を保有しないと、自国の安全を期し得ないし、国際安全保障貢献のための応分の負担を担うことさえ不可能であろう。 その場合は約20万となり、大綱策定前の定員18万がリーズナブルの数であることが分かり、せめてこれへの復元が切望される。                           
☆在道部隊の削減は危険
 次に配備変更についてである。 南西方面を重視するのは至当だが、在道勢力を冷戦の遺物化視して極端に減らし、また多機能・弾力化の美名のもとに重装備をこれ以上削減することは好ましくない。
 ロシア政府は最近「軍の現代化と国防能力の向上」を最優先課題に掲げ、09年の国防予算は27%増の2.4兆ルーブル(約10兆円)、兵器調達も50%増の1.2兆ルーブル(約5兆円)を投入、軍の再建を図っている。 従ってロシア軍機に対する緊急発進の漸増が示すように、近い将来の戦力回復は目に見えている。 力を信奉し、アジア・太平洋に力を伸ばしたいロシアを前に、在道部隊の戦力を低下させることはバランスを失い国益を損なう危険な選択で賢明ではなかろう。 西洋諸国が今も重厚で強力な戦力を維持する所以は何かを忘れてはならないし、国防は長い目で考えなければならない。                           
☆陸上総隊の創設は慎重に
 陸上総隊創設の問題については、海空部隊に統一司令部を置きながら、陸上部隊にそれを持たないのは,それぞれの作戦の「場」の特性に起因する。 海空部隊は「海・空」という均質一様な場で運用されるから、何れの場所に行動しても作戦運用に大きな変わりはなく、また随時所要方面に機動運用することが必要であり可能である。 しかし陸の場合は、地勢が違い地障(山脈・海峡等)によって区画され、陸上兵器の交戦圏の限界から作戦域が分離され、部隊の転用も容易でなく、対象脅威も作戦様相も異なるので、各方面の戦略特性に応じて各種の作戦を遂行しなければならないので、各要域毎に方面総監部を置き作戦を主宰させることを欠かせない。
 師・旅団に代替えさせればよいという論があるかもしれないが、師・旅団は純作戦部隊であり、防衛行政任務を課すことは平時の訓練や有事の場合の作戦に専念できなくし、かつ出動した場合にその師・旅団管区の警備及び防衛行政の責任を継承する機関を欠き不可能である。仏・独・伊国が陸上最高司令部を設け、軍・軍団を廃止したとされるが、仏・伊では師・旅団を指揮する作戦司令部やコマンド司令部を、ドイツでは隷下ではないが3個のユーロ軍団、欧州連合緊急対処軍団、東北多国籍軍団を持っている。 韓国でも地上作戦司令部を設けたが、軍・軍団はそのままである。
 海自に自衛艦隊のほかに5地方総監部、空自に総隊の下に4航空方面隊司令部等があるが、地域に強く密着した重い防衛警備と防衛行政任務をもつ陸自の方面総監部は総隊ができても不可欠である。 何故なら、1総隊が全国の15の師・旅団はじめ大小200を超す多様な部隊を指揮するなどは統制の限界を遥かに超えるからである。 然し総隊と方面隊併存の場合は組織フラット化の観点から異論も出よう。このためには、総隊は主要作戦機能に限定し5方面の機能は多少のスリム化はあっても大きく変えないことが至当で、かつ総隊には座間に移転予定の中央即応集団を格上げするのが、組織・機能・配置上最適と考える。
 また、作戦部隊の全国的な運用性を高めるため作戦司令部を設け主要作戦部隊を隷下に置き、別に地域管轄の地域軍を創設する案は、少ない勢力の分割、2重組織化で非効率化を招く。 師・旅団の機動性と機能性を高め、全体一丸となっての平時の警備・訓練・民間支援、有事の防衛従事の方が遥かに優る。 地方防衛局と地方協力本部の統合意見は業務の対象主体の存在の相違と不可欠な陸自方面の支援関係を疎にするもので得策であるまい。
 なお、手段と対象環境の調和を考えず、軍事的合理性を欠き、かつ現代の安全保障環境上綻びの生じてきた「基盤的防衛力構想」は、米国の「能力ベース」アプローチを参考に転換することを提案したい。  
 終わりに、部隊の編制は本来優れて軍事運用技術に属することであるので、その衝に当る制服の専門知識を十分に徴せられ、慎重に事を運ばれることを強く要望する。

●106号(3)(21.4.1)宇佐美 広治(東京都奥多摩町防衛協会会長)

<提言>返還要求の署名推進を


 64年の歳月を過ぎても、歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島が祖国復帰していないことは一国民として残念でなりません。  
 四島は1855年日魯通好条約、1875年の樺太千島交換条約、1905年のポーツマス条約、そして1951年のサンフランシスコ平和条約でも日本古来の領土である事が明白です。 先の大戦で不当に参戦したロシアが不法に占拠したもので、島民を撤退させるという例のないものです。
 終戦当時 約1万7千人の島民が住んでいたとの事ですが、生まれ育った故郷に帰ることができず、悲嘆に暮れている同胞がいる現状は国民として看過できません。
 全国防衛協会連合会がこの運動に参画している関係から、私も1月12日の返還要求行進(東京・銀座)と2月7日の「北方領土の日」に行われた返還要求全国大会(同・九段会館)に参加し、元島民の方々とも話す事が出来ました。 話では、福岡県とほぼ同等の面積を有する自然が豊かで資源の豊富な島々は、先人が血と涙で営々として築き上げた貴い宝庫で、外国の支配を一度も受けたことはなかったとのことです。 悲痛の面持ちで語ってくれるのを聞きながら、改めて侵すことの出来ない日本の領土であることを痛感すると同時に、関心のあまり無かった身を恥じました。
 返還要求はわが国民の悲願で、内閣府にある独立行政法人「北方領土問題対策協会」が主導して運動を展開しており、国、国会議員連盟、全国知事会、市町村会、同議会、商工会、遺族会、自衛隊父兄会、当防衛協会等50団体が参画しております。
 返還要求運動は容易なものではなく、全国民あげての強力な世論の支持なくしては到底成し得ません。 ロシアは日本人が四島に入るのにも「出入国カード」の提出を求めておりますが、国民的世論を喚起し、これを背景に強力な外交交渉を推進する事が必須の要件と思考します。  
 その意味において、後援のため署名活動が不可欠であり、全国60万人を擁する防衛協会の組織を結集して、積極的に参画し、署名活動に協力することを提案します。

●106号(4)(21.4.1)森  清勇 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>「歴史の見直し」が始まっている

 自衛隊は国民の負託や国際社会の要請に応えるために「心・技・体の充実」を必要とする。 「心」は愛国心を有する国民の支援によって育成され、「技」は近代装備を駆使した精到な訓練による。 「体」は内外の事案に迅速・適切に対処できる法体制の整備である。
 「政治に関与せず」を誤解して、課題山積のイラク派遣でありながら「何も問題なかった」と口をつぐみ続けた群長もいたが、総じて歴代の制服最高幹部たちは職を賭して心・技・体の充実に努めてきたに違いない。 しかし、M.ヴェーバーがいう情熱も責任感も洞察力も持ち合わせていない政治家(「政治屋」や「売り家と唐様で書く三代目」と揶揄する人もいる)は、愚直な自衛官の意見を半世紀以上に亘って馬耳東風と聞き流してきた。
 挙句の果てに、ハエを追い払うかのように「シビリアンコントロールに反した」として安直に処断し恬として恥じない。 「安直」というのは、国際社会で活躍せよ、とカンボジアに始まってイラク、ソマリア沖にまで派遣しながら、未だに泥縄式立法の無様だからである。
  これほどまでも日本をいじけさせた大きな要因は歴史認識である。 「つらつら思ふに我が国内外の情勢は今や共産革命に向かって急速に進行しつつあり」と近衛は昭和20年に遠慮気味に書いた。 三田村武夫氏の『戦争と共産主義』(昭和25年刊、62年『大東亜戦争とスターリンの謀略』に改題復刊)などは早くからコミンテルンや中国共産党の謀略が日本を泥沼に追い込んだことを指摘していたが、国益重視の外国と国内の進歩的人士による自虐史観によって真実が隠蔽され、「欺瞞の定説」がまかり通ってきた。
 世界大戦後50年経った1995年頃から、KGB(旧ソ連)が行った機密工作の『ミトローヒン文書』や米陸軍省が解読したソ連の暗号『ヴェノナ文書』、更にはソ連赤軍参謀本部の『GRU帝国』を引用した『マオ―誰も知らなかった毛沢東』などが公開され始め、張作霖爆殺事件などの定説が再検証されようとしている。
 また、韓国人が韓国語で親日韓国人を擁護し、日韓併合を容認する著作を出版し、真珠湾の奇襲についても、歴史の真実を求めて米国人が「ルーズベルトの欺瞞」を暴き始めた。
 自虐史観に基づく定説は急速に見直されようとしている。 田母神論文は、近年の研究成果を踏まえた「歴史の見直し」を提示した点で意義があり、多くの国民の共感を得つつある

105号(1)(21.1.1)山田 なおこ(東京都杉並区区議)         

リーダーの条件とは

 私は現在、杉並区議会議員をしております。二期目を迎え東奔西走している毎日です。
 さて、昨年11月、航空自衛隊の現役幕僚長の論文が政府見解に反するということで更迭され、世間の耳目を集め、国会での証人喚問という騒ぎになりました。このとき私の胸に「真のリーダーとは?」という思いが蘇ったのです。
 私は議員になる前は、銀行系総合研究所で人材育成に携わっていたこともあり「リーダーシップ」や「リーダーのあり方」について考える機会は沢山ありました。私の結論は、真の「リーダーシップ」や「リーダー」とは、「後で振り返れば、そのやり方が正しかったのだ」と思わせるもので、それが行える勇気を持つ者こそ「本物のリーダーである」ということでした。
 私が、ビジネスの世界で多くの上司に仕えてきた経験から言っても、リーダーとは「問題解決をする立場にある人」であって、「自ら問題を引き起こしたり、物事を混乱させたりする人」ではありません。また、「自ら潔く身を処すことができる人」でもあります。その上で、私が考えたのは時の経過がそのリーダーが真に本物であったかどうかを証明することになるということです。
 以前、ある企業の管理職研修の講師を勤めた際、参加している方々に「幹部として大切なことは何だとお考えですか?」とお聞きしたことがありました。その時、ある方が「『無私』の精神」と答えられたのです。私はこの答えにとても感動したことを覚えています。人はそれぞれ自分の考えを持ち、一個人として譲れない信念もあるはずです。しかし、人の上に立つ、或は組織を司どるということは、私の情を超えて組織や部下のため、あるいは公のために尽くすということに他ならないことを教えられた思いがしたからです。
 世間や部下から、ときには理解されない行動やリーダーシップであったとしても、それが無私の精神で裏打ちされているのであれば、後日必ずや多くの人の納得と支持を得るものと思います。それが単に私情から出たものであれば、仲間うちからは支持されることはあっても、時の経過とともにそのリーダーシップは色あせていくことになるのではないでしょうか。
 航空幕僚長の論文騒ぎが正しいリーダーシップによるものであったのかどうかは時の経過とともに明らかになっていくような気がしております。

●105号(2)(21.1.1)松木 國俊(「調布史の会」世話人)

歴史を鑑として(大量移民と日本文明の終焉)


 日本の歴史における最大の国難は「朝鮮併合」でした。今現在日本にいる在日韓国・朝鮮人の数は最大でも日本の人口の0.4%程度でしょう。その0.4%の存在が「外国人参政権問題」や「在日差別問題」で国を揺るがしています。
  もし大東亜戦争後に朝鮮半島を放棄していなければ、日本国内に7000万人(現在の南北朝鮮を合わせた人口)の「在日」が存在し人口の35%を占めていたはずです。そして、政界、財界、労働組合、工業、商業、農業、漁業他すべての分野において両民族間の確執が恒常化し、流血に至る惨事も日常的に発生していたに違いありません。
 しかし経済や治安の大混乱もさることながら、日朝両民族の文化の衝突が招来するであろう結果は恐るべきものがあります。自分の非を決して認めず、自己正当化の為にあらゆる言辞を弄して相手を打倒する朝鮮式儒教文化の圧倒的攻勢に対し、他人との和を重んじ、謙虚であることを美徳とする繊細な日本文化は太刀打ちできません。衝突を繰り返すうちに日本人の心は荒み、やがて日本精神は失われて日本人が日本人でなくなって行くのです。
  相手の気持ちを慮る緻密で洗練された日本文化は、それ故に他民族の自己主張型文化を跳ね返すだけの力がありません。たった0.4%の在日の人々に押されっぱなしの日本人が35%、七千万人もの「在日」を押し返せるはずがないでしょう。従って「朝鮮併合」は、日本文化を破壊し日本人が日本人であり続けることを不可能とする史上最大の「国難」だったのです。それはまた朝鮮民族にとっても自分の国を失う未曾有の悲劇でした。
 ところが今また何を間違ったか「一千万人移民導入政策」なるものが出てきました。もし実現すれば今度は過剰人口の中国から大量の異民族がやって来るでしょう。彼等は就労年齢に集中するため20歳代、30歳代の国内人口の20%以上を中国人が占めることになり、その数は世代を経るごとに激増して行きます。当然ながら日本国内で彼我の文化が衝突します。数千年に渡る異民族との闘争で鍛えられた「騙す者より騙される者が悪い」式の中国文化は朝鮮のそれよりもはるかに強烈かつ巧妙です。性善説に立ち、「嘘」をつくことに抵抗を感じるナイーブな日本人がどうして対抗できるでしょう。学校、職場、地域などいたるところで猛威をふるう異文化の嵐の中で日本人の美意識は翻弄されやがて朽ち果てて行きます。
 「大量移民導入」は「朝鮮併合」と同様日本文化の自殺行為であり、一時的な数合わせの為に「日本人」を滅ぼしては元も子もありません。一部には国を開放することがグローバリゼーションであるかのように錯覚している人もいますが、アメリカや豪州とは事情がちがいます。狭い日本の国土に大量に異民族がやってきてひしめき合えば、それこそ血を吐くほどの激しい生存競争になることは必至であり、彼らが日本で幸福をつかめる可能性は限りなく低いでしょう。彼等も自分たちの祖国が立派な国になることを望んでいるはずであり、日本の国土を明け渡すのではなく、進んで彼等の国づくりの手伝いをしてやることが日本のなすべき国際貢献ではないでしょうか。歴史に学ばない政治家達が拙速に移民導入政策を進めることで、再び「朝鮮併合」のように日本人が日本人でなくなり日本文明が終焉する究極の「国難」に直面することがないよう歴史を鑑とすべきであると思います。

●105号(3)(21.1.1)森  清勇氏 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>賢者は「歴史」に学び、愚者は「経験」に学ぶというが



 田母神航空幕僚長(当時)の「日本は侵略国家であったのか」という論稿が最優秀論文に選ばれたが、村山談話を踏襲する政府見解に反するとして更迭された。 しかし、安全保障や歴史、就中近現代史に関心を持つ国民も増え、他方で慰安婦問題や集団自決問題、更には拉致や領土問題などもあり、ネット調査では前空幕長を支持する人の方が多くなっている。  
 戦争や紛争、或いは事変等の始まり方はさまざまである。宣戦布告が行われていない戦争も多い。 また崩壊した帝政ロシアは周辺諸国を併呑してソ連になったし、アメリカはハワイ王朝を併呑するなどした。 個々の事象を経験的に虫の目で見れば侵略であろう。 しかし、国際社会に生きる歴史という鳥の目で、いずれの国も自国を「侵略国家」とは決して言わない。 自国の歴史を暗黒に塗りつぶし、否定した途端に国家は存立の基盤を無くし、消滅する運命に陥ることをローマやカルタゴ等の歴史に学んできたからである。
 そもそも自衛か侵略かは不戦条約によって、自国の判定に任されている。 国家は道徳・倫理観よりも国益を重視して行動している。 国家は存続し、国益を増大するため自国の行為を正当化してきたのが歴史の教訓である。
 清朝や李朝を侵略していた欧露が江戸の末期に日本に押し寄せてきた。 日本は維新を断行して開国、ひたすら富国強兵に努めたがひ弱で、シナや朝鮮が独立して日本の防波堤となることに必至であった。 その過程で、日清・日露戦争が起きた。
  陸奥宗光は『蹇蹇録けんけんろく』で日清戦争の正当化に腐心し、小村寿太郎は日露の講和を調停する米国の下心を感じつつも、国家の正当性を主張し国益を確保する観点からポーツマスに向った。  
 大東亜戦争は、ABCD包囲網で日本が窮鼠の立場に追い込まれて始まった。 マッカーサーは日本を統治するために、朝日新聞などのメディアを通じた「太平洋戦争史」と東京裁判で侵略国家史観を国民に流布させたが、トルーマン大統領とのウェーキ島会談(50.10.15)で「東京裁判は誤りであった」と語り、帰国後の軍事外交合同委員会(51.5.3)で「日本が戦争に突入したのは安全保障からであった」と証言した。
 半世紀以上も前に「侵略国家」史観は抹消されているはずである。 歴史判断は歴史家や長い間に扶植される国民の叡智によるべきで、他国との関係で媚こび諂へつらいの手段として一政治家が下すようなものではない。
 政治家は自己の狭い経験ではなく、戦争を忌み嫌ってきた日本の歴史と伝統、そして有史以来の世界の歴史に学び、国益を著しく毀損している談話の破棄にこそ、政治生命をかけて欲しいものである。陸奥宗光も小村寿太郎もいない日本の明日が危ない。

会報104号:オピニオン特集 国民と自衛隊
国民の自衛隊に対する認識は近年高まったと言われる。 イラクでの人道復興支援やインド洋での給油支援などで、特措法の期限延長がしばしば国会で問題になり、報道もそれなりにされ、否応なく自衛隊が派遣されているのだというようなことは理解された。 防衛庁が省になったのも国民の理解が得られたからだと言われる。 しかし、この理解が、「国民の安全は自衛隊が守ってくれる」というような誤解に繋がっているのであれば何をか言わんやである。 火災が発生しないようにするのは一人一人の心がけで消防の任ではないように、国の安全も国民の自覚と努力なくしては得られないことを、夢にも忘れてはならない。

●104号(1)(20.10.1)池田 利恵(東京都日野市議会議員)

<オピニオン>天は自ら助くる者を助く

 

 戦後の日本は大蔵省(現財務省)主導の護送船団方式で、官僚の天下りは勿論のこと、建設界に象徴される談合体質や、企業の年功序列に加え、昭和48年には老人医療を全面無料化し、働いて収入を得ることの困難な人には生活保護費を支給し社会保障も充実させた。教育も義務化し、現在識字率は100%に近い。中央集権の下、ほとんどの自治体が国に財政を依存しながら、均一の生活レベルでいられる暮らしを全国的に維持してきた。一言で言えば統制経済、社会主義国家としての色彩が真に強い国創りをしてきたと言っていい。
 社会保障の土台は、若い人口が常に増え続けることを前提に成り立つ制度設計であった。しかし人々が長生きをし、生まれてくる子供が少なくなり、制度疲労があちこちに起こり始めている。その代表的なものがいま巷で騒ぎの起こっている「長寿医療制度」(後期高齢者医療制度、改め)だ。
 確かに他の先進国の状況を見ると、OECDの中でも日本は社会保障や教育も,公的な受益が低い。しかし同時に税金に社会保険料を加えた国民負担率も低く、中福祉、低負担の国であると言っていいだろう。  
 北欧諸国のサービスは国民の、高負担に支えられ高福祉が実現しているのだ。
 一昨年の国の一般会計は約80兆円、そのうち国民総税収が約40兆円に対して、国民総医療は約32兆円にものぼる。そもそも既に事務事業の半分は起債、借金で賄っている状態だ。債務残高は約600兆円を超える勢いである。生まれたばかりの赤ん坊を含め、国民一人当たり480万円の借金を抱えている勘定になる。しかも借金の元利金の支払いを新たな借金で賄い、毎年の経費も借金に依存している、まさに国ごと多重債務に陥っている状態ともいえよう。
  全ての国民の面倒を政府が一律に保障する、国民皆保険や国民皆年金は大きな意義がある。しかし、高度成長が永遠のものでない限り、そして生産年齢人口が明らかに減少している現在の日本において、今のままでは制度維持ができないのは、火を見るより明らかだ。
 保障制度と言うのは助け合いの制度で、助ける人と助けられる人のバランスが崩れたら制度は崩壊するしかないではないか。日本の現状は、崩壊前の社会主義国のように手の打ちどころのない状況ではないだろうか。
  国や政府に対して、自己の自由や尊厳を叫びながら、同時に保護を求め過ぎるのは、明らかにバランスを欠いている。
 人間の尊厳は自主、自立にある。自立することによる自己への誇り。そこから湧き出る希望と勇気が日本を、否、人々を救う唯一の手立てだ。
  拉致問題が未だ解決を見ないのも、国家としての「自立」が成されていない所以であろう。
 『天は自ら助くる者を助く』。肝に銘じたいものである。

●104号(2)(20.10.1)森田 芳子(大阪地本元女性防衛モニター)

<オピニオン>自衛隊のお客は「国民」

航空自衛隊発足当時、米軍から貸与された練習機T-6(海上自衛隊ではSNJ)の前で、思い出に飛行服姿の森田さん

  「ところで、お客さんは喜びますか?」 松下幸之助さんの口癖だったそうだ。私は自衛隊の顧客は国民だと思っている。「何が国民にとって良い事なのか?」と考えると、話は簡単なことに思える。
 イージス艦『あたご』の事故では、行方不明になられた方達や、ご家族は本当に大変なことだと思うが、事故としてはどうだろう。大型船と小回りの効く小型船では違いがあると思うし、しかも民間の船ではなく自衛艦だ。同等に扱うのは無茶じゃないかしら。  
 軍を持つ国では「軍の艦は別」で「軍法にならう」そうだ。マスコミで「もしテロなら・・・」という話もあったが、それなら余計に「一般の船と緊急性のある艦を同じ規則で裁くのは無理」ではないだろうか。  
 自衛艦が全て正しい、と言うのではないが、慣例や国際法規に従うような規則が必要だと思う。  
 自衛艦をはじめ、国家や国民の安全の為に使命を持つ機関は一般と同じ規則に従っていてはいけない場合がある。火事に急行する消防車や緊急患者を搬送する救急車に誰が信号を守れと言うだろうか。  
 その場にいる人達を混乱させない為の取り決めが必要なのだ。  
 事故に遭われた方達の要望である「この様な事故がもう起こらないように」を実現するなら、自衛隊は国際的に認められている通り「軍」として責任を持って活動されるのが良いと思う。その場限りのあやふやな反省では誰も納得しない。  
 松下は、自社製品の不具合が分かった時、CMの全てを製品の欠陥を告知するものに取替えた。新聞の折り込み広告での注意も何度も見た。自社製品の欠陥を社会に公表し、改善を誓うことで会社の信用を救った。  
 「お客が喜ぶことは何か?」を忘れなかったからだろう。   
 イラク人道復興支援から陸上自衛隊が全員無事で帰られた時、私は本当に嬉しかった。イラクから感謝されるのをニュースで見て、とても誇らしかった。今も航空自衛隊、海上自衛隊の方達が海外で活動されている。
 そして、国内で災害や緊急事態が起こった時の自衛隊の活動こそが国際社会に誇れる「自衛隊の製品」なのだ。
 自衛隊の活動という製品を、お客さんである世間に理解して貰い、応援してくれる様に持って行くのが営業の勤めであり、それをがっちり支えるのが事務方の仕事だ。一部の人が、自分をシビリアンと勘違いして保身に汲々としたり、利権を貪るヒマはないはずだ。
 現場で活動される方達が安全に動けるよう、全ての事務方と広報の方達の奮闘に期待している。顧客である国民が自衛隊の活動を誇りに思い、喜ぶなら自衛隊はますます発展するだろう。 世界に誇れるメイドインジャパンとして、自衛隊を輝かせる為に、自衛隊・防衛省には胸を張って進んで頂きたい。

●104号(3)(20.10.1)谷口 和代(全国防衛協会事務局)

「愛国心」の気づき



 私はしばしば「出身は自衛官ですか?(陸?海?空?)事務官?」と聞かれることがあった。いずれの出身でもないが、そんな質問が出るほど自衛隊の皆様とともに歩ませて頂いた。
 団体生命保険の引受会社の人間とし昭和50年代半ば過ぎから毎日部隊に勤務することとなった。
 ある時、新隊員向け教育の設問集の録音で「男性より女性の声の方がいいだろう」ということで協力することになった。
 設問集の内容は、大半が「愛国心とは」という問いかけを中心に構成されていた。  
 当時はまだソ連が健在で、日本の脅威は「北方」にあったらしい。  
 戦後生まれの私にとって、それまで自衛隊は全くの無縁の存在で、「脅威」など考えてみたこともなく、「愛国心とは?」と質問されて若い隊員はどう返答するだろうと興味を持った。自分自身にも問いかけてみたが、全く答えを思い浮かべることができなかった。
 第一次PKOでカンボジアに隊員さんが出た時は、今のようにネット環境が整っているわけでもなく、万一に備えすぐに対応できるように、派遣隊員の名簿や緊急連絡先等を長時間かけて本社にFAXした。無事帰還の祝賀会で晴々とした隊員さんの顔を見た時は、派遣前の本人や家族の複雑な心境を知っていただけに、ほっとした。
 阪神大震災の時は私も被災した。伊丹駅が崩落し、第36連隊がいち早く救助活動に出た。何時間もかけて宿営地(王子公園)に義援金を届けに行ったが、その道中の町並みは惨憺たる光景であった。支社が神戸にあったので、会議で神戸に行く時は、帽子をかぶり、アスベストを吸わないようにマスクをし、会議書類はリュックに入れ、靴は運動靴というスタイルで出かけた。  
 崩壊したビルは実に不気味である。自分の格好も、周囲の景観もまるで映画でしか見たことがない戦時中ようであった。気持ちまで落ち込んでしまう。「こんな思いは2度としたくない」としみじみ思った。  
 そんな中、自衛隊の迷彩服を見ると「助かった」という気分になる。あの時、間違いなく町の人は自衛隊を頼りにしていた。
 その後、東京に転勤となり、セミナーで北海道から沖縄の駐屯地・基地を回る機会を得た。思えば将官から2士まで、幅広い自衛官に接することができ、また自衛隊組織の節目のような出来事にも遭遇した。その時々で、みんな自分の役割を果たそうと一生懸命であった。
 何かがあったとき、誰が私たちを守ってくれるのであろう? すべてを失ってからでは遅い。失う前に次世代の人たちに「愛する人や自分たちが住んでいる国は自分たちで守る」ということを気づかせてあげるのも、われわれの役目のような気がする。  
 「愛国心とは?」の問いかけにとまどった自分が、今では次世代の人たちに、何かを気付かせてあげたいと思うようになったのも、前述のような体験とふれあいがあったからだと思う。
(元生保会社・ファイナンシャルプランナー)

●104号(4)(20.10.1)森  清勇氏 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>能天気な日本の安全保障



 総選国際社会は単一の「世界国家」ではなく、40万人のルクセンブルグも、15億の中国も同等の国家主権を持ち、自国の安全と国益保護のために軍隊を保有する200余国の集合体である。
 軍隊を持たない国家は人口数百人のバチカン市国や3万余のモナコ公国等と日本だけである。人口1億余の国家にあって、日常的に主権が侵害され、安全が脅かされ、国益を毀損しても有効な対処ができない日本は異常な国家である。
 北方四島は戦後63年間に亘ってロシア(旧ソ連)に占拠され、竹島には韓国が恒久施設を建造し、尖閣諸島は中国・台湾が自国領と言い出す有様である。
 30年以上も前から国内において日本人が拉致され、奪還の目処さえたたない。航空機による領空侵犯は日常的に行われ、潜水艦や工作船による領海侵犯も行われてきた。しかし、軍隊でない自衛隊は国際法や慣例に則った対処行動さえ取れない。最近では白昼堂々とNGOのグリーン・ピースが日本の領土と看做される調査捕鯨船に不法に乗り移って、器物を損害し船員に危害を与えようとした。
 その昔、福澤諭吉が西欧の経済書を読み、大蔵省の役人に話すと目次だけでも知りたいという。英語の「コンペチション」を「(経済)競争」と翻訳して渡すと、「争」の字があっては上司に受け入れられないと黒く塗りつぶした。
 言霊信仰の典型であるが、日本人には「争」という字さえ忌み嫌う性格があり、「世界は一家、人類皆兄弟」という意識が根底にある。憲法前文が述べるように国際社会は「平和を愛する諸国民」の集まりで、自国の安全よりも、国際社会の批判の目を気に掛ける。
  “日本の没落”が目に見えている今日に至っても、元凶とも思しき米国製日本国憲法が厳存し続けているのは、「戦争放棄」を高々と謳った感性が日本人の「争」を嫌う性格と波長が合っているからに他ならない。
 確かに、憲法98条は条約や国際法規の遵守を謳っている。しかし、国際社会は条約を重視する国ばかりではないし、都合の悪い取り決めには最初から参加しなかったり、抜け穴を探そうとする。 
 ビスマルクやモルトケが岩倉使節団に対して万国公法(今日の国際法)は強いものに味方すると口を酸っぱくして説いた時代から一歩も前進していないのは、フランスの国際政治学者アコラスが国際条約を倫理みたいなものだと称したのと軌を一にする。
 北朝鮮は6カ国協議で約束した核の無能力化を中断し、ロシアはグルジアに侵攻する等、国際環境、就中極東アジア情勢が急変している状況を深刻に考察することもなく、有志国とNGOが主導する国際軍縮交渉「オスロ・プロセス」の対人地雷全面禁止条約(99年3月発効)に続いてクラスター爆弾禁止条約を締結した。対人地雷では国際公約重視の憲法も手伝って、国際社会の現実に目配せすることもなく、或いは先導役を果さんという義侠心からか、率先して破棄した。
 ところが、条約や道義だけでは自国の安全も保障できないことを熟知している同種兵器保有諸国(露中朝米韓等)は、条約に調印しないか、代替え兵器が配備されるまでは破棄しないとしている。
 専守防衛を是とする日本は、対人地雷やクラスター爆弾を必要不可欠な兵器として整備してきた。破棄した時点で、他の代替え手段を以って日本の安全が同等以上に留保されたのであれば良しとすべきであるが、理念先行で現実が付いて行っていない。米国の国際社会への影響力が弱まり、日米同盟の弱体化が危惧される近未来においては、バランス オブ パワーに空白が生じるほど危険なことはない。もはや非軍隊、理想主義を唱えている時代ではなかろう。

会報103号 特集 国の守りと国民の参加
国家とは領域、国民及び統治機能から成る人間社会の基本的な組織である。国民の参加でつくられる政治行政機構が統治機能を以って領域と国民を管理し、社会の安定と発展を図り、国民の福祉増進に寄与する(『現代軍事用語』より)。根底には国民一人ひとりの心に沸き起こる国への愛情と防衛の第一線に立つ自衛隊への信頼が不可欠である

●103号(1)(20.7.1)小山田 紘一(洋画家)

思うこと 国の守りについて ”問われる日本人の愛国心”あれから60年



2月、巣立ちゆく"青少年諸君を励ます会゛に招かれた。これからの日本国の防衛を担ってゆく若き自衛隊員諸氏である。希望と緊張の入り混じった若人の姿が清々すがすがしく、感動した。
  青春時代を官費で西洋留学していた頃の影像が私の心に熱く入り混じり、写ってきた。その当時、同じ釜の飯を食ったスペインやイタリアの友人が亡くなり、遺族に逢うため数年ぶりで現地に渡った。時は流れても、異国の風景と、当時共に学んだ友人たちの変わらぬ情感は同じだった。嬉しかった。
 帰国の際、日本人の愛国心について問われた。大戦が終わって60数年の歳月が去った。機内で色々考えた。私は昭和16年生まれの洋画家である。父が終戦の年、北支で陸軍軍医として戦死している。私が母の手ひとつで育っている時だ。
 沢山の出来事があった。日本人は、皆、同じ時代を生き抜いてきている。若い時代は、教職にも立った。民間会社の役員もした。絵画の作品も売れなかった。私の友人の多くは、創作家であるが、音楽家、教師もおり、また、何をして食っているかわからぬ不思議な人間も多々いる。
 国を守っている自衛隊等の会話になると、多くはそっぽを向いて、あなたまかせの、知らん顔の人種が多い。 ひどい若者などは、”自分は反戦です”と、あきれるほどの不勉強さを曝け出す。この世の中で、争いを好んでいる民族はいない。それなりの訳があって、紛争が続いているのが現実である。                     ☆先人の心を継げ
  敗戦後の日本は、傷跡をいくらかでも復興しようとして、努力精進した。その年代というと、現在では80代後半から90代、100歳をも越している先輩たちである。この先輩達の忍耐力と、凄まじい闘志ともいえる努力が、今日の日本を築いてきたのを忘れてはいけない。
 一方では、日常の生活に快適さや便利さを求め、現代科学文明の力で、次から次へと、それらを実現してきた日本人である。
 かつては、日本国民一人ひとりが、汗と、泥まみれになって大自然にぶつかり、人間らしく、お互いを励まし合いながら生きてきた。ふり返ると、それが私の教わった青春時代だったように記憶し、また確信する。
 現今の社会は一見、便利で快適な生活に見えるが、それとひきかえに、人間の心の糧となる場も希望も見失われてゆくような空気が漂っているように思えてならない。これは、私ひとりの思い込みだろうか!
 ひとつには、日本の将来を担う子供の養育や教育に、多くの親は大きな悩みを抱えている実情でる。子供達に限らず、大人といわれる私達も、このような社会環境の中に生きて、国の総体的な教育の指針のあり方を多角的方面から、もう一度、じっくりと検証してみる必要にかられる。                        
☆甘えからの脱却
 ふりだしにもどるが、"若き自衛隊員を励ます会゛で、1年ぶりにM氏にお会いし、立話をした。そして、どうしてもペンを執りたくなった。
 異国の友人達も言っていた。発展だ、成長だ、と、どっぷり甘え込んでいる日本人。また、かつては、うさぎ小屋だ、働きすぎだ、と他国の民から言われながらも、国を守り、築いてきたのは、我々日本人なのである。歴史をひもといて、日本民族の足跡をもう一度ふり返り、思考する時期に来ているのではないだろうか。
 努力家の多くの先人達を生み出してきた日本人が、はかり知れない底力で現実の日本をささえてきている。自国を愛し、守り抜く心を再認識し、真剣に態度で表わし、考えても良いのではないだろうか。
 お前の国の国民は、国を愛する心が曖昧だ、と指摘は受けたくない。国際化している現実の生活の中で、もう一度、国民一人ひとりが、日本人としての心の位置をしっかり、見極めるべき時期にきている。日本人としての誇りをかみしめたい。(平成20年3月)

●103号(2)(20.7.1)妹尾 隆(全国防衛協会事務局参事)

「防衛意識の覚醒」を!



 昨年9月、当連合会の研修で根室を訪問、北方領土元島民の体験談を直接聴くことが出来た。10月、沖縄で開催された九州沖縄地区防衛協会連絡協議会で上坂冬子氏の講演を拝聴、2年前根室沖で起きた日本漁船銃撃事件でロシアに拿捕された船長への取材話を聴いた。今年2月22日の「竹島の日」、松江で開かれた記念大会に参加、その熱気を実感出来た。
  一方、今年2月7日「北方領土の日」、東京の全国大会に参加、他人事のような福田首相はじめ政府関係者の熱意ない挨拶に虚しさを感じた。先述の「竹島の日」も、会場の盛り上りとは裏腹に政府や各地の無関心さは寂しい限りであった。
 3月初め横田早紀江さんが「この国はおとなし過ぎる。もう少し“怒り”をもってもいいのでは!」と講演で発言されたと知り、「我意を得たり!」と大きく頷いた次第である。
 昨年12月、知覧を訪問、特攻隊に弱冠17才の少年が居たことを初めて知った。と同時に、彼らが「国を守る」=「家族と故郷を守る」という気持で戦陣に赴いた事も再認識した。
 これらの事例を通じて、国=我々自身の在り様、と国民の生命・財産(いわゆる主権)を守るためにどうするのか?を本気で考える時だ!と思う。
 そこで、当連合会の目的の一つ【防衛意識(自分の国は自分で守る)の普及・高揚】に関連して、次の2点を提案したい。
@ 実際に主権侵害されている事実を掘下げる(北方領土・竹島等の領土問題や拉致問題、東シナ海ガス田開発や尖閣諸島の事案等)・・・何故このような事態を招き、何故今もその状態が続いているのか?、を事実に即して振り返ることが必要ではないか?
A 今、世界各国が自国を守るために取り組んでいる事を学ぶ・・・憲法・教育・軍備、等のグローバルな考え方を学び、良い点を取り入れ、生かしていくことが必要ではないか?(最近の情勢から、同様に食料とエネルギーの自給率向上策を学ぶことも必要だが)
 戦後、残念ながら我々は@Aに関する(学校)教育を受けていない。平和ボケと揶揄される我々の現状を踏まえ、@Aによってまずは【防衛意識の覚醒】から始めたい。
 この点、各協会と全国連合会が活躍出来る“場”が多々あると思う。会員各位が知恵を出し合い、より多くの人々の【防衛意識の覚醒】を図る。その結果、幅広い理解が得られ会員増にもつながる。
 このように【防衛意識の覚醒】に取り組んでいくのは如何であろうか?

●103号(3)(20.7.1)若井たつこ(岡山市議会議員)

自衛隊への信頼は揺るがず



 長年の懸案であった防衛省が発足して約1年半になりますが、日夜、国民の安全・安心のために前線で頑張って下さっている自衛隊の活動に対しまして、心より敬意を表させて頂きますとともに感謝申し上げます。
 岡山市では近く発生が予測される南海・東南海地震に備えるため、市民の自主防災組織の活動が活発で、防災訓練時には自衛隊岡山地方協力本部から給食車を出して頂き、参加者みんなで非常食を体験、市民の自衛隊活動に対する信頼と期待が広がっている現実を実感しました。
 さて先般4月に、私は岡山県海軍戦没者慰霊祭に参列させて頂きました。この慰霊碑には1万952柱の御霊が祀られています。真珠湾攻撃の前に敵に発見され、いまだ特殊潜航艇とともに沈んだままの「軍神」片山兵曹長、終戦後に出撃し散華された第5航空艦隊宇垣中将以下18名の名も刻まれています。
 太平洋戦争における最初の戦死者と、最後の特攻隊です。慰霊祭が始まったときは曇天であった雲間から、太陽の光が射して、風に舞い散る桜花に皆さんの魂を感じたような気がしました。たくさんの犠牲のうえにある今の日本、その死を無駄にすることなく現代を生きる私たちが平和を守って行かねばと、しっかりと心に刻みました。
 今の日本において、ほとんどの国民が平和を謳歌できるのも、有事には自衛隊が守ってくれるという安心感が潜在意識としてあるからだと思っております。  最近では空自のバクダッド空輸活動に対する名古屋高裁の違憲判(断)決、遡って各国から感謝をもって受け入れられていたインド洋給油支援活動からの一時的撤退、前事務次官の逮捕等、防衛省・自衛隊には厳しい状況が続いていますが、これ等の事案で日頃から国民の生命・安全を守るため全力を傾注されている自衛隊の皆さまへの信頼は揺らぐものではなく、今後も国際社会安定のための平和協力活動、国内での災害支援など、しっかりと取り組んで頂きたいと期待しております。
 私も防衛協会の一員として、自衛隊への支援協力活動を続けて参りたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

●103号(4)(20.7.1)森  清勇氏  (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 国民参加の政治が日本の姿


 ポツダム宣言が日本に「デモクラシー」を要求した時、石橋湛山記者(後の首相)は、天皇主権の日本は米国流の民主デモク主義ラシーとは異なるが、聖徳太子の「17条憲法」以来1400年間も民衆本位の政治を行ってきたと激しく抗議した。
 仁徳天皇は、庶民を「大おお御宝みたから」として、かまどから煙が上がらない時は苦しいのだから、倹約しなければならないと苦しみを分かち合われた。
 こうしたことが、明治天皇の「五箇条のご誓文」となり、昭和天皇の人間宣言として知られる「日本建設の詔勅」にも結集している。
 戦後の日本では義務を忘れた権利ばかりが横溢しているが、本場のアメリカではその行き過ぎがつとに指摘され、ケネディが就任演説で「権利ばかりを主張していると、権利を保障してくれるはずの国家が衰退してしまう。国家が何をしてくれるかではなく、国家に何をしてやれるか」と国民に呼びかけて共感を呼んだ。
 今の日本では、学校にクレームをつけて給食費を払わない権利や自殺する権利さえ耳にするが、倒錯も甚だしい。子供たちの将来のために学校を再興する義務、親から受けた身体に感謝し、毀傷しないで子孫を繁栄させる義務、が権利より先にある事を忘れてはならない。
 忘却の最たるものが国を守る義務である。好きなことをし、自由な発言が出来るのは、日本の独立と安全が確保されているからに他ならない。ほんの一部の人が日夜分かたず、独立と安全の確保に努力しているが、大部分の国民は知らん振りである。投票の義務を果たさない国民が、日本の安全を崩壊に導いている。今こそ、全国民の参加で日本の将来、就中、国家の安全を考える秋ときである。


会報102号 特集 今、「日本の将来」を考える
 戦後の日本は外国から貶められ、反省と謝罪に明け暮れてきた。それは、情報戦と宣伝戦(プロパガンダ)に敗れてきたからであった。21世紀は「言葉の戦い」であると言われる。既に、「男女共同参画」や「共生社会」が言葉の響きから間違って理解され、品格ある日本、品格ある日本人を溶かしてしまい混沌をもたらしている。それに拍車をかけて、いま又、「平等」や「人権」という美名の下に、「自由」「民主主義」を尊重する日本社会を抹殺し、結果的に恐怖の閉塞社会をもたらしかねない動きが蠢動している。その最たるものが永住外国人への地方参政権付与問題であり、人権擁護法案である。いまこそ、眼光紙背に徹して「日本の将来」考える時である。(編集担当)

●102号(1)(20.4.1)渡辺 眞(東京都日野防衛協会会員)

人権法案が内蔵する危険性
                    



人権擁護法案は日本人を廃止し、日本人を粛清、抹殺する
この法案は2年半前に自民党の中で検討され、その危険性が国民の猛反発を浴び国会提出が見送られたものですが、安倍内閣退陣で再び推進派が力を得て、法務省に指示して法案成立への準備が進められているのです。
 「人権擁護」と聞くと、素晴らしい法律ではないかと勘違いする人がいるでしょうが、実はこの法律は反日左翼や特定の人権団体や民族団体に日本と日本人を攻撃できる特権を与えるものです。
 この会報が出る時期には人権擁護法が成立し、恐怖の人権人民共和国が出現しているかも知れません。この原稿を読んで頂けるということはまだ日本に言論の自由が残っているということです。法案阻止の行動に立ち上がってください。
 この法案の「独立性」「あいまい性」「強制性」「不透明性」「不公平性」「国籍条項の欠落」が大変危険なのです。
 「独立性」とは人権委員会をどの国家機関も抑止できず、暴走して独裁権力をうち立てられ、「あいまい性」とはどんなことでも「人権侵害や差別をした」とか「予測される」という言いがかりをつけて、人権委員会の気に入らない人や団体を攻撃でき、「強制性」とは、裁判所の令状が無くても、家宅捜索や出頭させることができ、罰金をかけられます。警察や弁護士は助けてくれません。
 「不透明性」とは人権擁護委員や人権委員会事務局員の選考の過程が一般の国民にはわからず、「不公平性」とは特定の反日団体の人だけが選ばれる可能性があることです。「国籍条項の欠落」とは、人権擁護委員、人権委員会事務局員に外国人がなりうるということです。外国の工作員が進んでなりたがります。
反日勢力への特権付与法であり、日本を守れなくする法律です
 人権擁護法で出頭させられたり、家宅捜索の対象となる組織や人を挙げますと、北朝鮮による日本人拉致被害者救出運動を進める人、国旗・国歌推進運動をしている人、愛国心を説く人、男女混合名簿を非難する人、モンスターペアレントの理不尽を非難する人、天皇陛下と皇室の方々、皇室を大切にしようとする人、南京大虐殺や沖縄集団自決の歴史偽造を批判し、教科書の正常化を進める人、ゆとり教育を批判し、子供の学力向上を求める人、習熟度別クラス編成を望む人、過激性教育の誤りをいう人、子供権利条例に反対する人、靖国神社に参拝を勧める人、日本の防衛力の増強を望む人、中国、北朝鮮、ロシアの軍事的脅威を説く人、中国の猛毒食品、環境汚染を批判する人、チベット侵略や東トルキスタン弾圧を批判する人、官庁、自衛隊、防衛省、警察、公安調査庁、市役所およびその職員、防衛関連メーカーと社員、外国人参政権に反対する人、この人権擁護法に反対する人などの日本を守ろうという人です。
出頭したら自殺に追い込まれる
出頭したら、尋問・説諭という集団での糾弾はいつまでも続き、家に帰れず、家族と連絡が取れず、食事は与えられない、トイレにいけない、睡眠は与えられない。錯乱して自殺に追い込まれるでしょう。 押収された手帳に書いてある、銀行口座、パスワードや、パソコンにある名簿、メール、文書、携帯電話にある電話帳が読まれ、友人関係、取引関係がすべて知られてしまうのです。 こういう恐怖の全体主義国家、人権人民共和国を出現させてはなりません。
(人権擁護法を阻止する市民の会代表、日野市議)

●102号(2)(20.4.1)泉 芳憲(全国防衛協会事務局長)

「去勢された国家」の戦略に思う
 国際社会においては「友達」はいない、「国益」があるのみである


 自由主義体制と共産主義体制との闘いであった冷戦構造が崩壊し、自由で民主的体制の構築へと移行しましたが、今日の国際情勢の変化は、更に体制の維持ベースから国益ベースの国造りをわが国にも問うているのではないでしょうか。
 冷戦時代の日本の「不沈空母」の役割はとうに終わり、米国が突きつけているのは「望まれない所には米軍を置かない」(ラムズフェルト前国防長官)という「同盟国の選別」にあると思われます。
 しかしながらわが国は、この現実から目を逸らし、国益を考えずに国の防衛が成り立っていたと錯覚して、戦後の国際社会を歩んで来ました。それも全て日米同盟の庇護のもとでの防衛で、自国の努力と犠牲なくして安全保障・国防が全うされたとの思いを国民に定着させてしまいました。しかも、「平和憲法があるので平和が保たれた」との短絡した考えの国民を育てることにも繋がりました。
 このように一方的で独りよがり、かつ自信のない考えに国民がなったのは、「敗戦」と言うべき現実から目を逸らして、「終戦」と誤魔化したからではないでしょうか。そのため、真実の歴史を受け入れることを頑なに拒み、国民総懺悔を受け入れてしまったものと思わざるを得ません。  
 本来、社会現象なり人間には、二面性のあることを誰一人として否定することはできません。家族、友達、恋人また国家を守ろうとすれば、「善と悪」、或いは「平和と戦争」という問題に突き当たってしまいます。
 親はわが子のことを思い、悪いと思いながら心を鬼にして時には殴ることもあるでしょうし、また、イスラエルの建国の様な民族自決の戦いもあります。日常生活や国際社会の中にも、このような「必要悪」を見ることができます。そこに少しの妥当性も認めることができないと結論付けることはできないでしょう。  
 この「悪」と「戦争」を、人間と国際社会の叡智でコントロールし、「善なるもの」、「平和な社会」を築き上げて来たに過ぎないのが現実です。他国の善意のみに期待しての安全保障など、一方的と言わざるを得ません。  
 国防の前提は相手を脅威と見立て、見積ることは論を待たない所で、国際社会における諸現象の中に、必要悪な面を否定し去っては全うな国防の考えは構築できません。  
 悪や戦争を賛美し、好戦的であれと言っているわけではなく、わが国を取り巻く情勢を冷徹な目で分析し、安全保障の基本が「国を守る努力」と「犠牲をも覚悟する気概」であると認識することが重要であると思います。  
 激動する国際社会の中で独立を維持する事の厳しさを、現実を直視することによって学び取りたいものです。そうでなければ、国益不在の国造りとなり、物言えぬ謝罪外交からの脱却はできないと思います。

●102号(3)(20.4.1)浅田 ますみ(長崎県議会議員)

”品格”と”佇まい”



 近年のベストセラーは、国家の品格、女性の品格、…のように世の中に品格という言葉が溢れかえっています。
  書籍の中身は兎も角、人びとが「品格」を改めて求めているという事は、自分や周囲のだらしなさと不安定さの中にあって、確かなるもの、自信になるものを見いだしたいのかもしれません。
 世相を表す昨年の漢字が「偽」だったという事も、自分の国や自分の所在に真実をどこか見いだせなくなるほど、「偽り」も氾濫していたという事でしょう。この相反するかのような言葉の中に今の時代があるとしたら、これほど悲しい事はありません。
 議員になってもう少しで1年が経とうとしております。この間、様々な方にお会いして、色んな考え方に触れて思う事は、誰しも未来に平和を、幸せを、また真実を求めているのに角度が違えば、表現方法と手法が変わってしまうという事です。目的はひとつであってもです。
 昨年、私は初めて、知覧にお邪魔しました。僅か1時間ではありましたが、涙が止まらず、自分の今の立場と幸せは、先人のおかげであり、逆に未来をきちんと見据えていかなければならないと責任を感じた時間でした。
 あえて「品格」に対して目を向けなければならない世の中をどうしていけばいいのか。声高かに言わずとも、本来、佇まいの中にあるべき物を感じる能力が己も含め、なくなっているのかと不安になります。ある程度の平均的な生活を誰もが出来る時代、物も、時間も余裕がある時代になったからこそ在るべき、愛しい人を守りたいと思う本来生まれながらにあった心が、すり減ってしまったのでしょうか。
 家族や友人間の殺傷事件が絶えない今、知覧という場所に立った時に、子供達はどう感じるのでしょうか? 最近では「自己主義」でなく「自子主義」なモンスターペアレンツが増えて問題になっています。  
 教育すべき立場の親御さんも、迷い、居場所を見失っているからこそ、目の前しか見えなくなって、この様な事態を招くのかもしれません。これは、自分自身にもあり得ることかもしれません。
 いま、あるべき心や想いが感じられ無い世の中だからこそ、あの知覧で、本当の品格というもの、偽りのない国や人に対する愛情を、自然に感じれる瞬間を多くの子供達にも与えたいなと、改めて思いまし た。
 また女性議員として、男女共同参画についてよく尋ねられますが、本当の意味での参画とは、女性という生き物を理解し、女性らしいという真の意味を理解無くてはあり得ないし、無理矢理な男女平等での参画は出来ないと思っています。
 女性として今も母親に育てられている最中ですが、女性が女性をちゃんと育ててこそ、全ての事柄に品格が備わるのではないでしょうか。
 厳しい世の中を男性と変わることなく生きていく為に、私は、たおやかさを持った佇まいのある女性になりたいと思っています。

●102号(4)(20.4.1)森 清勇氏 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>今も続く、“日本抹殺”の策動



 映画『ラスト・エンペラー』は音楽の素晴らしさも加わってヒットした。中でも、幼帝(溥儀)の家庭教師となって陰に陽に活躍するジョンストンの姿が印象的であった。
 岩波書店は商魂逞しく、ジョンストンが書いた『紫禁城の黄昏』の翻訳版を発刊したが、序章、第1〜25章、終章からなっている原本の第1〜10章及び第16章を省略している。
 此処には、清朝がシナ人の王朝ではなく、シナ本土を侵略した満州族の(シナ)王朝であること、革命によって、このシナ王朝が廃止された今、溥儀が故地の満洲に戻り「満州国」を作ったところで何も悪くはないというようなことが書いてある。
 この省略箇所こそは、シナ最後の皇帝であった溥儀が満州国(清朝の故地)皇帝になる歴史の必然を説く重要な部分であるが、出版社はすべてを省略している。  
 溥儀自身、「満州国皇帝として復位し、龍座に座することを希望する」と、満州事変当時の南次郎陸相に宛てた親書で書いていた。しかし、ロシア、次いで中国に監禁され洗脳された溥儀は、東京裁判では連合国側に立って「偽造された文書」であると全面否定。  
 国際連盟が派遣した調査団の「リットン報告」も、中国国内の混沌とした状況から見て、単純に日本が中国を侵略したというように簡単なものではないと見た。従って提案した解決策も、現政権の過激な変更無しに、将来の満足すべき政権にさせていくことを推奨したのである。
 また、中国の領土権・行政権を認めるが、広汎な自治を付与し、自治政府には日本人が十分な割合を占めるように提言した。即ち、満洲に独立政府を創ったことはよくないが、満洲における日本の立場と権益は尊重されなければならないというもので、「日本の立場を侵略と認めず、連盟規約に基づく制裁は発動しない」、これが国際社会の判断であった。  
・・◇・・・◇・・・  
 満州事変のみならず、その後のシナ事変、果ては大東亜戦争までも、コミンテルンによる謀略と陰謀であったことが、『マオ―誰も知らなかった毛沢東』や、近年明らかになりつつある文書公開で明確になってきた。
 日本政府はシナ事変を拡大させない方針であったが、日本を泥沼に踏み込ませ、混乱させて革命を起こす策動を行った。コミンテルンから派遣された共産主義者の張治中南京上海防衛隊司令官が、周恩来の勧めで国民党に潜入し、蒋介石を説得して事変を拡大させていくのである。
 大東亜戦争を終結させたい日本に対して、受け入れがたい「ハル・ノート」を書いたのはコミンテルンのホワイトであった。近衛首相のブレーンであった尾崎秀実がゾルゲと組んだコミンテルンの回し者であったように、ルーズベルト・トルーマン政権にはソ連の工作員やスパイ、エージェントが500人近くも居て、日本が米国と開戦し、また継続せざるを得ないように仕向ける策動をする勢力がいたことがはっきりしてきた。
 南京大虐殺、従軍慰安婦問題、靖国参拝問題、「集団自決」教科書記述問題等はコミンテルンやそのシンパによる捏造で、日本や陸・海軍を貶め、“日本の先人たちは何と悪いことばかりしてきたのか”と、日本人に思い込ませ、日本人を限りなく自虐的にさせ、日本が名誉ある国家として立ち上がれないようにする策動が、今も根強く息づいていることを示している。その延長線上にあるのが、在留外国人の地方参政権問題であり、人権擁護法案問題等である。
  日本人は、歴史の真実と策動を峻別し、教訓を得て未来に処すべき時である。

●101号(1)(20.1.1)伊藤 純子(群馬県伊勢崎市会議員)

「スパイ天国・ニッポン」の汚名返上を!
 2006年1月に摘発されたヤマハ発動機の「無人ヘリコプター不正輸出事件」(国民の記憶に新しいと思います)は、同社が中国人民解放軍所属とされる兵器メーカーに、高性能無人ヘリ1機を輸出していたというもの。
 当初、「中国側が軍事転用するとは思わなかった」などと容疑を否認する記者会見を行っていましたが、実際は中国側から毎年3千〜5千万円の工作資金を受け取っていたことが判明、ヤマハ発動機は中国の対日工作に協力していたのです。  
 かつて中国は、エアクラフト・インダストリー(イスラエル)から非ヘリ型無人偵察機「ハービー」を購入していましたが、この偵察機にはGPSや地形を読み取るシステムが装備され、軍事転用が可能であるとしてアメリカはイスラエルに制裁を加えた経緯があります。ハイテクヘリは現在も輸出停止状態にあるにもかかわらず、日本の企業は無人機の不正輸出をおおっぴらに行っていたのです。  
 逮捕された無人ヘリ輸出仲介貿易社員の中国人男女2人は、福岡県警の取調べに対し「中国公的機関から派遣された」と供述。しかもこの事件は、中国人不法就労の家宅捜査から芋蔓式に発覚、不法滞在の摘発が「スパイ事件」に展開したという驚愕するような実態を露呈しました。
 さらに防衛庁当時、ミサイル研究データが総連系企業に流出する事件も発生。この時も薬事法違反で朝鮮総連を強制捜査していた最中にデータ流出疑惑が浮上、無人ヘリ事件と同様「別件捜査」によって発覚したのです。  
 さまざまな物的証拠を突きつけられ、猛省を見せるかと思いきや、ヤマハ発動機首脳陣は「違法性は無かった」などと主張。もはや不正取引を問う以前に、国家機密の流出が「重大事態」だと認識していない企業倫理の欠如に怒りを抑えることができません。さらに「中国の脅威拡大を国民に印象付ける情報操作である」などと反撃姿勢を崩さない一部マスコミや左翼勢力にも違和感を覚えます。
 仮に日本が中国に対し、同じようにスパイを送り込んだとしたら極刑が言い渡されることでしょう。軍事力を「国家戦略の基本」と据えて外交や経済問題を進めている諸外国の常識がどんなものであるのか、日本人はきちんと把握しておかなくてはなりません。
 防衛白書によると、中国の国防費は当初予算比で18年連続二桁の伸び率を達成、靖国問題で対日批判を繰り返す一方、着々と軍事力を強化しています。今こそ日本は、東アジアの覇権を狙う中国に対し脅威認識を持ち、違法な諜報活動を厳重に監視しなくてはなりません。そのためにも機密情報の流出を未然に防ぐ「スパイ防止法」の成立が早急に求められます。諜報活動への対応を含めた国家戦略の確立こそ、政治に携わる私たちに課せられた使命であると思います。
 本年こそ国家戦略の立場で、日本の国益を脅かすような情報が流出しないようにするためにどのような方法を講じるべきか、国や地方を問わず、政治家同志で活発に議論されることを期待して止みません。

●101号(2)(20.1.1)来海 恵子(熊本県合志市議会議員)

マスコミ報道の功罪!ー後世、正確さを期待ー


 連日、ねじれ国会の影響でテロ対策特別措置法がマスコミを賑わしています。どちらかといえば、海上給油や自衛隊の行動について批判的な報道が大勢をしめているようです。
 私は「熊本県防衛を支える会」の勉強会で、2004年からの自衛隊イラク派遣では第一次復興支援群長(当時1等陸佐)を務められた番匠幸一郎陸将補から現地の様子を直接伺いました。
 その内容はマスコミ報道とは大きく異なるもので、現地の習慣に従いサマワの人達と対等な立場で、黙々と職務を遂行していく隊員達の姿勢に、部隊が引き揚げるときイラクの人々は“涙”で別れを惜しんでくれたそうです。
 その様子をヨーロッパのマスコミは高く評価しましたが、日本のマスコミは批判的で、また偏った報道をしているように感じました。  番匠(陸)将補が「隊員は命をかけて、イラクで頑張っています。留守を預かる家族が、胸を張っていられるようにしたい!」といわれて、強く肯きました。
 インド洋の給油に関しても、正確な報道が成されているのでしょうか。国際社会の中で、日本国として主体的な意志を持って国際貢献に努めているのだと私は確信しています。
 だからこそ、私は自信を持って「防衛庁の昇格に関する意見書の提出」についての賛成討論を行いました。また、9月議会で合志市防衛議員連盟を結成し、議員二十三名中十二名が参加。事務局長を務めさせていただいています。  マスコミにも主義主張があり、報道が全て正しいとは限りません。特に自衛隊や憲法改正、教育問題などについては、両方の意見を公平に報道して欲しいと願うのは私だけでしょうか。
  国民に理解を求めるためには、戦後の日本の歴史をしっかり子ども達に教育すべきだと考えます。また、公平で正確な報道にマスコミは努めるべきだと思います。そうしないことには、現在のアジア・世界の中で日本の置かれている現状が理解できないのではないでしょうか。
 私は市議会議員として、合志市民の「安全と安心を守る」ため全身全霊で戦っています。郷土を愛さなくて、国を愛することはできません。子どもたちに、素晴らしい環境を引き継ぐために頑張っていきます。

●101号(3)(20.1.1)森  清勇氏 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 正式呼称で「正しい歴史」を
 千葉県にある“成田”空港が“東京”国際空港と呼ばれ、キャンパスは埼玉県にあるが、東京○○大学と称される。しかし、瀧澤壱(はじめ)が滝沢一では、その人の個性さえ蔑ろにしてしまう様でイメージが湧かない。  
 国家が総力を挙げて戦った戦争の名称は、空港や大学の名前のように、人寄せパンダよろしくつけたものではなく、人名と同じく国家の命運を託して付けたもので、思想・哲学が根底にある。  
 我々が安易に中東戦争と呼ぶ戦争も、イスラエルにとっては「ヨム・キプール戦争」であり、英国の「フォークランド紛争」も、アルゼンチンは別の呼び方をする。  
 日本は先の戦争を自存自衛と植民地に苦しむ東亜諸国の開放を掲げて戦った。大本営政府連絡会議で、“支那事変”を含めて、今次戦争の目的や行動範囲を勘案した結果、「大東亜戦争」と呼称し、閣議決定した。  
 日本は敗れはしたが、国民の精神的な強靭さは微塵も崩壊していなかった。  
 これを恐れた連合国、就中、米国は日本の精神的崩壊を目論んで、歴史や道徳・宗教等の教育を禁止し、ハーグ条約に違反して憲法改正さえ行わせた。  
 「大東亜戦争」と呼ぶことを禁止して、如何に日本が悪辣非道な意図を以って今次戦争を仕掛けたかのネガティブ・キャンペーンを、昭和20年12月8日から連続10回に亘って「太平洋戦争史」として全国紙に掲載させた。  
 この「太平洋戦争史観」こそが、「大東亜戦争」の思想や意義を日本人から雲散霧消させ、精神的放浪者に仕立て、教育の荒廃や社会の混乱をもたらしている一大要因である。  
 太平洋史観で植えつけられた「自虐」を存続させ、上手に利用しているのが中国である。正しい呼称こそが、日本の歴史を冷静に見る目を育むことを忘れてはならない。

100号(1)(19.10.23)高橋 恵海(東京都江東区議会議員)       

私は身近な安全を 自衛隊は国の安全を



 私は、今年の4月の統一地方選挙で東京の江東区から、公募で自民党唯一の女性候補として立候補いたしました。子供を持つ親の一人として、子育て真っ最中でしたが、母だから気がつくことがあるのではないかと考え、活動したところ、若いお母さん方からの支持も頂き当選し江東区議会議員となりました。
 政治を志したきっかけを少しお話します。夫の転勤で香川県高松市に住んでおりました。息子が生まれたばかりでしたが、東京でしか住んだことのない私は、高松の町に疑問がいくつかありました。中でも気になったのが、道に深い側溝があることでした。
 車の車輪がよく落ちて大人でもすっぽり肩まで入る深いものもありました。子供が小さかったので、高松市にこの側溝をなんとかして欲しいと手紙を書きました。しかし、回答では、「どこにありますか?」という返事で、私から見ると至るところに見られる側溝を、ひとつひとつ指摘するのも嫌になり、ずっと住む町ではないので、その後何もせず、放っておいてしまいました。  
 ところが、2年前、高松で登校中の小学1年の男の子が、帽子を取ろうとして側溝に落ちて亡くなるという事故が起きてしまいました。ニュースで知った瞬間、私のせいだ、私があの時もっと強く言っていれば、あの側溝は無くなっていたかもしれないのに・・・と、悔やみました。  
 あの時程、自分を責めたことはなかったと思います。その時思ったのです。声に出して、変えていかなければ何も変わらない。誰かがしてくれるのを待つのはやめよう! そう思い議員になる決意をしました。
 子供を持ったことで、命の重みを今まで以上に考えるようになりました。ですから、イラクへの自衛隊派遣で私は、自衛隊の皆さんの安全が何より心配でした。  
 誰もが平和で暮らしているこの日本で、日本の為にこの任務に誇りを持って遂行される自衛隊員に尊敬と感謝の気持ちでいっぱいでした。派遣された時の家族との別れ、また無事帰って来られたときのニュースの映像を見て涙が溢れました。無事で本当に、本当に良かったです。  
 親になり気がつくのですが、子供は、大人が考えてもみないようなことをします。そんなことは、あるわけない、大丈夫といった楽観的な見方はせずに、最悪のことを想定して、事故(危機)を未然に防ぐように準備し行動するという点で、私の役割も国防に関わる皆さんのお仕事も共通するのではないかと思います。  
 私は身近な安全の為に一生懸命取り組んでまいります。自衛隊関係の皆様には、国際的な視点で日本の安全をお願い致します。

●100号(2)(19.10.23)重松 恵三(全国防衛協会常任理事)

19年度版「防衛白書」を読む― これで脅威の実態や対応の現実が分かりますか ―


 総選白書の巻頭で防衛大臣は、「厳しい我が国の安全保障環境の中で・・・諸問題に的確に対応するため、必要な防衛力整備を着実に進める」と言います。それなら我が国は安全で、国民は安心できます。
 そのためには、我が国の国益を損じ、国民の安全を脅かすものの実態を、予測をも含めて明らかにし、国家として如何なる手段・方法を以って対応するのか、脅威は如何ほどに阻止・封殺され、局限出来るのか。この二つが明確かつ直截・具体的に国民に伝えられなければ、「国民の皆様と諸外国の方々にご理解いただく」ことも出来なければ、国民の防衛意識の昂揚・振作も覚束ないことになりましょう。                        一、脅威をどう見る?  
 「今日の安全保障環境の最大の特色は、脅威が多様化・複雑化し、顕在化を予測することが困難」として、核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、北朝鮮・イランの核、国際テロ組織の活動などを挙げています。
 特に我が国周辺については、北朝鮮や中国の核・ミサイルを「重大な脅威」とするものの、項が替われば「動向に注意していく」「引き続き細心の注意を払う」とトーンダウン。  
 宇宙から深海に至るまで、その戦力の整備・強化はとどまるところを知らない中国の「軍事力の近代化が我が国の安全保障に与える影響について慎重に分析していく必要がある」と言う程度の認識で大丈夫でしょうか?  
 現に我が領海を犯し、周辺海空域での示威行動は度重なり、我が権益を収奪し続ける。多数の核ミサイルは我が国を射程内に収め、地域大国を目指す中国にとって、その戦力の向かうところが日本にあることは世界の常識と言っていい。それを「戦力となる可能性」があると指摘するだけではとても真っ当な認識とは言えません。
 ロシアの、「軍事大国ソ連」の復活は極めて憂慮されますし、韓国の艦艇の建造やミサイルの射程の延伸など、軍事力の建設・整備には我が国に対する意識が強く感じられます。
 米国国務・国防省で実務を担当した2人の高官による『対決』と題する書物の中には、大阪に3発目の核攻撃があり、強大な中国の陸・海・空軍による沖縄侵略が描かれています。 脅威は国民に分かり易く示してこそ、施策に対する支持が得られるのです。                      
二、脅威にどのように対応するのか?
 各種脅威に対して、「実効的に対応」「適切に対応」「体制を維持」するなどの表現が出てきます。これでは脅威に対して、どの程度有効な対応が出来るのか解りません。  
 完全に対応できるのか。ある程度のことしか出来ないのか。もし後者だとすれば、何が足りないのか、何をしなければならないのか。それが明らかでなければ安心できないのです。                      三、防衛の実態を語る、巻末「資料」
 読んで解り難くても、見れば解るものがあります。表は「主要国・地域の正規軍及び予備兵力」(白書資料6)で、多い順に、断トツの中国、次で米国、インド、北朝鮮、ロシア、韓国と続きます。
 これらの国を地図に示せば、世界の軍事大国ベスト10上位の国に囲まれた我が国の姿が見えます。わが国は経済第2位、人口第10位の大国ですが、此処では25番目前後です。
 また、白書資料23は「各国の国防費の推移」です。ここ数年の白書から伸び率をグラフにしたのが左上の図(省略)です。2001年のテロ以降も一貫して下降線を辿るのは日本だけ。
 任務は列国軍隊と同じように拡がるが、お金は抑える。しわ寄せは部隊に来ます。この図から隊員たちの苦労が見えて参ります。                              
☆ 国家の安全と国民の安心は政治の基本です。  
 白書の中に自衛隊員の献身と勇気ある活動が随所に見られ、深い敬意と感謝を捧げます。しかし、この隊員たちの血反吐へどを吐くような真剣な活動を通じて国民が十分な安全と安心を感じることが出来ますか? 否。そこに国家として、脅威に対して毅然とした対応が感じられないからです。
 防衛省」に看板は替わっても、戦後政治の防衛軽視の風は収まりません。  
 戦後62年、国の安全、国民の安心をどのように確かなものにするのか。国のあり方が厳しく問われています。

●100号(3)(19.10.23)森  清勇氏 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 読み易い白書になったが・・・
 最初の防衛白書である昭和45年版は、抽象的な記述ではあったが防衛の必要性≠国民に格調高く呼びかけた。 「わが国の独立はなにものにも替え難い大切なもので、いかなる犠牲を払っても守り抜かなければならない。防衛とは、国土の安泰と、民族の文化、自由と民主主義及び国民共同の生活体の安定と繁栄を守ることである。この国土は我々の祖先の住んだところであり、また我々の子孫の住むところである。わが国のように一民族、一国家、一言語、一億人口の個性を持つ国は他にない。個性の獲得、またその維持が如何に多くの血と努力を要するものかは、歴史の物語るところであり、今日の世界の現実が示している。」  
 続けて、「自衛権は固有の権利で、行使できるのは当然であり、行使するための防衛力を保有しうることも当然である。国の安全保障を全うするためには、外交施策と同時に、経済力の増進、社会保障の推進、教育の向上、愛国心の高揚など国内基盤を確立するための政治、経済、社会に関する施策を講ずる必要がある。」
  毎年発刊されるようになった51年版以降は、国際軍事情勢やわが国の防衛政策について、親しみ易い様に資料などを充実してきたが、「日本防衛の諸課題」という平板的な説明ではなく、列国(特に周辺諸国)との対比で過不足を理解させ、政治に物申す力を国民が得るように編集されているかどうかは疑問である。  
 この点、防衛省初の白書となった今年版は思い入れの構成になっており、また45年版白書にあった「防衛の意義」から重要な箇所を引用して、政治が果たすべき土俵を国民に提供する努力の跡が見られる。  
 主要国との経年的な比較できない点がもの足りない。

●99号(1)(19.7.23)山崎 正和(サントリー文化財団理事・劇作家・阪大名誉教授)

<防衛大学校卒業式来賓挨拶から>
防大生に求められるノーブレス・オブリージュ
 この記事は、防大卒業生への祝辞として述べられたものであるが、各界で活躍する会員にも理解・実践してもらいたいので、山崎正和氏の了解を得て採録した。     
********************************
 本日は防衛大学校本科第51期、理工学研究科前期課程第44期、同後期課程第4期、並びに総合安全保障研究科第9期の卒業式にあたり、日本の防衛と世界の平和維持の未来を担う諸君の颯爽たる姿を目の当たりにして、国民の一人として真に頼もしく、また誇りに思う次第であります。心からお祝い申し上げると共に、日本人と全人類の安寧のために宜しくとお願い申し上げます。  
 三つの大きな変化さて、半世紀の歴史を誇るわが国の防衛機関にとって、過ぐる平成18年度には3つの重大な変化が起こりました。  
 第1は云うまでもなく、防衛庁の独立した省への昇格であります。このことは単に防衛の事務に一段の自由と権限が与えられたというだけでなく、その精神において防衛とその担い手の権威が広く認められたことを意味します。今や防衛は国の枢要な務めの一つとして、外交や内政諸部門と全く同等の地歩を占めたというべきでしょう。このときにあたり、諸君は明日の自衛隊の指揮官として、近代的な職業軍人として、改めて武人の誇りを自覚し、ノーブレス・オブリージュの気概、即ち「尊敬される者の義務感」に目覚めて頂かねばなりません。  
 第2の変化は近年の国際情勢と、向上する日本の世界的地位にかんがみ、新しく自衛隊の本来的任務として国際貢献が正式につけ加えられたことであります。我国の自衛隊は過去にもPKO法に基づき、カンボジア、東チモールへ、また時限立法に基づきインド洋、更にはイラクにも派遣され、十分な成果をあげて国際社会の敬意を受けてこられました。  
 しかしこれからは、この国際平和維持活動が諸君の本来業務の中心の一つになるのであります。諸君は諸先輩の尊い業績を受け継ぎ、本校で学び取った高い軍事技術と国際感覚に一層の磨きをかけ、海外の厳しい環境に耐える体力と、時には、やむを得ぬ犠牲を恐れない精神力を発揮して頂きたいと、せつに願うものであります。  
 最後に、まことに願わしくない、しかし避けがたい切実な第3の変化があることを忘れてはなりません。それは言うまでもなく近時の朝鮮半島の軍事的危機であり、急速に切迫する北朝鮮政府の脅威であります。  特異な軍事独裁体制を敷き、内外の非難を浴びるこの無謀な国家が我国の近隣にあって、これがかねて我が国に対して特別の敵意を抱き、市民の拉致やいわゆる「不審船」の派遣など、無謀な犯罪を試みてきたことは周知に事実であります。近年はまた国際世論に反して核兵器の開発を目指し、既にそれを保有したと宣伝して、挑戦的な姿勢を強めております。                      独自の防衛努力を
 もとより、我国の防衛は日米同盟を機軸とする外交によって、より具体的には日米安全保障条約の定める共同の努力によって守られるべきのものでありましょう。
 しかし、現下の状況を深くかえりみる時、真の防衛努力は日米安保の発動に先駆けて、我国独自の努力によって行われる必要があることを、注意しておかなければなりません。なぜなら当面、もし北朝鮮による挑発が試みられる場合、それは日米安保の発動を引き起こす大規模な攻撃ではなく、寧ろその瀬戸際に迫って、しかも米軍の介入を誘わないような、中・小規模の侵略が企てられると懸念されるからであります。敵は米軍の反撃を招くほど大きくはなく、しかし警察や海上保安庁では対応しきれない、微妙な規模の作戦を企てる可能性が高いのであります。そうすることによって、敵は我国の人身を撹乱すると共に、日米安保の実効性、日米同盟の固さを験 (ため)すことができるでありましょう。
 自衛隊にとって、従って今こそ求められるのはこの種の侵略を防ぐことであり、現実に国民を守ると共に、日米安保の発動を事前に防ぐことだといえます。本日めでたく卒業される諸君の前には、この意味で自衛隊の歴史に、かつてない重大な任務が待っていると申し上げねばなりません。  すなわち従来の自衛隊には存在それ自体が抑止力となり、訓練それ自体が敵の意図を阻止するという役割があったのに対して、今後はその訓練の成果を現実の行使し、実力をもって、敵に当たる任務が加わる可能性が生じたのであります。  
 そのリーダーとなる諸君には、実に大きな期待が寄せられていると言わねばなりません。  
 半世紀前に比べて、国民は自衛隊に対して比較を絶する親しみと信頼を覚え、尊敬の念を抱きつつあります。諸君は、それに応えて一層のノーブレス・オブリージュの精神を養い、武人の矜持 (きんじ)、騎士道の精華を一身に帯びて今日からの日々を送って頂きたい。  
 言うまでもなく現代のノーブレス・オブリージュは、門地や門閥、血脈に由来する身分の高さに根ざすものではありません。それが真の職業意識、日々の職責の感覚から生まれるということは、先ごろ伝えられた警察官の殉職事件を見てもお分かりのはずです。交番勤務中の警察官は鉄道の踏み切りに迷い込んだ市民を目撃して、身についた訓練と規律に誘われるかのように、ほとんど無意識のうちに死地に飛び込んだに違いありません。  
 現代のノーブレス・オブリージュは、その意味で優れたプロフェッショナリズムに基づくと言い換えてもよいでしょう。複雑な技術を使いこなすことに誇りを持ち、技術そのものから規律を学び、その自信によって冷静な積極性を養い、熱狂とは無縁の沈着な勇気を内に秘めることこそ、プロフェッショナリズムの真髄と考えます。危機に臨んで恐れることなく、勝機に恵まれて驕 (おご)らない真の職業軍人たることを、私は諸君の将来に求めたい。  
 そして同時に、まさにそれとは裏腹に諸君に求めたいことは、貴重なこれからの人生を専門バカ、職業バカとして送らないことであります。幸い諸君は本校において、様々な科学技術や軍事技術と共に、世界と歴史を見渡す社会科学と人文学を修めてこられました。それらの学問に養われた見識は、必ずや将来、諸君に任務がどんな文明の文脈の中にあって意義を持つか、諸君に人生が何によって価値あるものになっているかを教えてくれることでしょう。どうか皆さん、卒業ののち激務の間にも読書を忘れず、寸暇を盗んで識見を高めるように努力を続けてください。  
 重ねてご卒業をお祝いし、武運の長久と日々の充実の久しからんことをお祈りします。
(平成19年3月18日)

●99号(2)(19.7.23)小川けいこ(東京都練馬区議会議員)

「立場は違えど〜」 安全・安心



 人は皆それぞれに、生きていく中で、誰かを、また何かを守っています。家族であったり、動物や環境であったり、建物であったり、人によっては「国」を守っている人たちもいます。
 そして、誰もが守っている存在に対しては、そこに安全・安心を求めているはずです。
 私は、区議会議員という公人としては、練馬区という地方自治体の安全・安心対策に取り組み、消防団員の一員としては、防災活動に力を入れているところです。
 ここで少し練馬区自慢をさせてください。我が区では、「安心・安全」を最重要課題に位置付け、積極的に施策を推進しているところです。  
 例えば、大震災などの災害時に被害を最小限に食い止めるため、公共施設はもちろん、一般住宅において耐震工事助成を実施しています。そして、実績としては約2ヶ月で、250件を超える耐震診断の申し込みがありました。  
 また、防犯の観点から、私が所属する会派の自民党の提案で、練馬区独自の「安全・安心パトロールカー」を24時間、区内中を走らせています。
 この車は、白と黒の配色で、警察のミニパトロールカーにそっくりなので、運転中に出くわすと、私自身は何も悪いことをしていないのに「ドキッ」とします。実際に、スタートしてから3年、犯罪率が約2%とはいえ低下したのです。
 これからは、練馬区の責務で区民とその財産を守るための施策の一つですが、自衛隊の皆様におかれましては、陸・海・空と日本を守り、時には他国の復興支援も行うという国内外における、そういった任務は崇高かつ強靭な精神がなければ務まりません。心から敬意を表します。  話は少し変わりますが、最近、日本でも戦艦大和や硫黄島などを題材とした、ノンフィクションの戦争映画が注目されています。  
 これらは、世界平和の絶対性及び戦争は繰り返してはならないメッセージであると同時に、近頃希薄になりつつある家族、友人への敬愛の念、そして誰かを、何かを「守る」という人としての責任感を改めて問うているのではないでしょうか。観る側も、そのことが必要なことに気づいているはずです。  
 立場はや相手は人それぞれでいいと思うのです。一人ひとりが、守るべき誰かを、何かをしっかりと守る気持ちがあれば、それが今より良い世の中を、そして心が美しい「日本」を創れるのではないでしょうか。

●99号(3)(19.7.23)森 清勇(星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目>心に沁みこんだ義務感こそ
 朝鮮総連本部の土地・建物が、元公安調査庁長官であった人物が社長を務める投資顧問会社に売却されていた。海自イージス艦の秘密情報が漏洩していた。社保庁の不手際で、5千万件の年金記録の不備が発覚した。訪問介護のコムスンが、虚偽申請で行政指導を受けた。また、偽装建築や食品の虚偽表示などもあった。
 「ノーブレス・オブリージュ」(noblesse)とは、フランス(語)に由来するもので、高い身分に伴う道徳上の義務といわれている。今日の日本では、身分的というよりも学歴や職務上からくる国家的・社会的な責任に伴う義務と言ってよいだろう。
 近年、教師の非行、銀行員の乱脈、警察官の不祥事など個々人が関係した事件等もあった。ノーブレス・オブリージュの欠落としか思えないし、毅然とした日本はどこへ行ってしまったかと嘆くことしばしばであった。
 然るに、最初の挙げた総連、イージス艦、社保庁、訪問介護、偽装建築・表示問題等は、組織のトップや組織ぐるみが関係しており、影響は国民全体に及ぶ。また国家の威信を著しく毀損するもので、ノーブレス・オブリージュ欠如の最たるものである。
 ノーブレス・オブリージュは政治、外交、防衛等、国家の経綸に関わるものに求められるものであるが、国家の存続と国民の安寧は基本中の基本であるゆえに、安全保障や国防・防衛に関わる者には一段と強く要求されていると見なければならない。防大卒業生に、一入強調されるのも故なしとしないのである。
 義務感は心に沁み込んでこそ生きる体のものであり、金銭的な代償で推し量れるものではない。しかも、心の問題であるために、その職業を離れた後はスパッと忘れられ、断ち切れるものでもない。定年を理由に「全て終わり、後は関係なし」では、ノーブレス・オブリージュを真に理解しているとはいえない。(本紙編集担当)

●98号(1)(19.4.23)武貞 秀士(防衛省防研統括研究官)

日本も戦略を考えよう
 日本の安全を考える上で大事な問題は、北朝鮮の核兵器開発問題である。2月13日に合意が成立して、初期段階で韓国が北朝鮮へのエネルギー支援をしながら、原子炉放棄を促すというプロセスが始まった。
 南北朝鮮関係改善は急ピッチで、2月下旬に南北閣僚級会談が開催され、支援する肥料の積み出しが始まり、コメ支援が決まった。韓国は一時凍結されていた1300億円に上る2007年度の南北協力基金の執行を始めた。南北連結鉄道の試運転列車運行は始まるだろう。その他、開城工業団地事業のてこ入れなど、支援策が目白押しである。  今年1月のベルリン協議以降、米朝関係の改善に韓国が一役買ったように、韓国はより大きな役割を果たすことに意欲的だ。そこには、「国防、経済、政治のすべての分野で、朝鮮半島で米国が指導力を発揮した時代から、韓国がより大きな役割を果たす」という戦略が見える。それは、「同じ民族である韓国なら北朝鮮を説得することができる」という見通しに基づいたものだ。
 2012年に、米韓連合司令部の有事作戦統制権が韓国に返還されるのも、「韓国防衛の韓国化」を求め続けた韓国の現政権の要望に米国が答えたからであった。
 米国には、1994年の枠組み合意当時のように北支援の経費を負担して、米朝関係改善に乗り出す考えはない。「韓国は6か国協議の進展とリンクさせつつ、北朝鮮支援をすべきであり、南北協力基金の支出も慎重にすべき」と言ってきた米国は、最近は言わなくなった。  
 米国の朝鮮半島政策の最大の変化は、この部分である。米国は、韓国の負担を増やして、経済的、軍事的、政治的にリスクの低い北朝鮮政策を構築しつある。そうすれば、中東問題に専念できる。これが、米国の戦略である。
  style='font-size:12.0pt;font-family:"MS 明朝"'>しかし、北朝鮮は、既に保有している核兵器を廃棄する戦略的決断をしたわけではなく、プルトニウム型核施設の一部を、一時使用不能にすることに同意したに過ぎない。  そして、国際原子力機関の検証を受け入れ、「核問題は終わった」と宣言すると、どうなるか。高濃縮ウラン型核開発問題を未解決のまま終わらせる、これが金正日の戦略ではないか。
 北東アジアの戦略構図を複雑にしているのが、中国の姿勢である。中国は北朝鮮の核開発継続に困っているが、米国と一緒に北朝鮮を説得するようには見えない。北朝鮮の地下資源は、資源輸入国となった中国がどうしても独占的に開発をしたいものである。  
 中国経済が急成長を続けるかぎり、中国は北朝鮮との友好関係を重視しつづける。それが中国の戦略である。
 周辺諸国がこのように戦略を練っているのに、日本人が戦略をもたなくてもよいということはない。北東アジアの複雑な戦略構図は、日本に試練の場を与えてくれている。

●98号(2)(19.4.23)池田 利恵(東京都日野市市会議員)

ゆきすぎた個人情報保護に懸念



 インターネットをはじめとする情報化社会の進展は、これまで人々のくらしを豊かにしてきた。だが、その一方、個人情報はひとり歩きし、ときに盗まれ、売買され、詐偽やストーカーなど平凡な市民を思わぬ事件に巻き込むことがある。こうしたことから個人情報保護法が整備され、自治体レベルでも条例の策定が進んでいる。
 インターネットをはじめとする情報化社会の進展は、これまで人々のくらしを豊かにしてきた。だが、その一方、個人情報はひとり歩きし、ときに盗まれ、売買され、詐偽やストーカーなど平凡な市民を思わぬ事件に巻き込むことがある。こうしたことから個人情報保護法が整備され、自治体レベルでも条例の策定が進んでいる。
  地方議員の役割のひとつは地域社会をいかに守るかにある。私は昨年の市議会で近い将来首都圏を襲うとされる大規模地震から市民の生命をいかに守るかを問うた。とりわけ、近年クローズアップされている高齢者や障害者、こどもたちなどの災害弱者を市民による地域力で守るしくみづくりを推進してもらうことが目的だった。
 これにはいい前例がある。阪神大震災の際に、淡路島・北淡町では消防団や地域住民が倒壊した家屋からのお年寄りの救出などに成功している。家族構成、くらしぶりまでお互いによく知るなかでのコミュニティのよさが発揮されたケースである。都市では近所づきあいを煩わしいと考える人が増えているが、危機の場面で孤立した個人の救助を求める声は届きにくい。
 ところが、市からの回答に驚いた。弱者の存在の把握ができないのだ。個人情報保護のために自治会では名簿もつくれない。学校や保育園も同じだ。介護を受けている方や障害を持つ人がどこに住んでいるのかもわからない。災害弱者は犯罪弱者でもあるから、情報の取り扱いに慎重なのは当然だが、これでは緊急時に地域の救いの手を差し伸べることができないではないか。個人情報保護はひとりひとりの住民の顔を隠してしまい、いまや都市の地域力はそのカベの前に立ち尽くそうとしているのである。
 古来、都市国家は外敵の侵入を防ぎ、集団の安全を確保するところから出発したはずだ。個人がバラバラに暮らすだけの地域に犯罪抑止力や危機管理力はない。助け合いをくらしに根づいた近隣社会のしくみとして取り戻すことが、いまなにより求められている。

●98号(3)(19.4.23)渡辺 眞(東京都日野市市会議員)

米・中の謀略との戦いに参戦を!



 防衛協会会員諸兄の出陣ですよ。
 「従軍慰安婦」、「南京大虐殺」の謀略との戦いに参戦を


 米国人の日本人に対する人種差別意識と中国人の中華尊大意識から来る、いつもの米中共同の歴史攻撃が、また盛んになってきた。アメリカ議会下院の従軍慰安婦決議案と、南京大虐殺映画のことである。 「従軍慰安婦」と「南京大虐殺」という2つの歴史捏造は、日本人の贖罪意識をそのままにし、彼ら自身の、日本に対する道徳的優位性を堅持し続けようする、さもしく汚い戦略である。
 米下院慰安婦決議案は、その採択が避けられない事態となってきたが、中国からの政治資金を受けて、日系の議員が米国議会を動かしているのだという。まるで戦前の中国国民党の米議会への工作のようである。彼は、カリフォルニアの日本人収容所で育ったというから情けない。
  しかし、米国議会、は我が国にどうこう言う前に、共産中国からの金で、議会を動かそうとする工作員のような議員を、まず取り締まるべきであり、さらに米国兵が、海外でどんな性行動をとり、彼等の性的事件の歴史を、まず調査すべきである。
 今年、「支那事変」、「南京」70周年という節目の年ということで、10本に及ぶ「南京大虐殺」の映画が製作されるのだそうであるが、その中でも米中英の三国が共同製作の映画は、アイリス・チャンが書き、その日本軍に対する悪意に満ちた嘘と間違いだらけの記述で溢れている「レイプ・オブ・南京」を元にするものである。映画と言う影響力の強いメディアによって、「30万人虐殺」という巨大な嘘が、世界の常識となってしまう事態になってきた。
 新しい教育基本法によって、事態は改善される見込みであるが、我が国の中学校歴史教科書のほとんどは「新しい歴史教科書」を除き、反日史観で書かれた物である。これらの教科書で我が国の生徒たちは、受験生となれば大学入試の際に、その自虐的な歴史試験が踏絵のよう出題されて、それをクリアしないと大学生になれないのである。
 反日的日本人として成長した彼らは中央省庁、地方自治体に就職した結果、外務省の媚中、媚米の外交や、文部科学省の官僚が発する学力破壊行政となるのである。それがいまや、国連、政府、地方自治体に及ぶ反国家的、反社会的、反家族的なネットワークとなってきている。
 この我が国を狙い撃ちにした、全世界的謀略の一環の歴史攻撃に対抗するために「チャンネル桜」の水島総社長は、映画「南京の真実(仮題)」を作ると決心し、行動を開始された。私も、日本のために戦った先輩、戦陣に倒れた英霊の名誉を守るために、いろいろな面で支援をしたいと思う。また会員諸兄もご支援いただきたい。
 そこで会員諸兄にしかできないことをお願いする。南京の攻略戦に参加された方はその戦いの模様、戦いが済んでからの南京での生活はどうであったのか、是非語っていただきたい。その記録を防衛協会事務局にお届けいただきたい。
 さらに、当時の南京と中国大陸での写真やスケッチなどがあったら、やはりご提供頂きたい。これらを映画製作の材料としてもらおうではないか。
 さらに慰安所に関する写真、スケッチ、証言も頂きたい。私は勝新太郎主演の映画「兵隊やくざ」のシリーズを思い出す。それに描かれている慰安所での慰安婦と兵隊のやり取りが懐かしい。慰安婦は決して「性の奴隷」ではなかったし、日本兵は強姦魔ではなかった。
 中国は今、全力を挙げて、古書店を巡り当時の新聞記事、雑誌、書籍を買いあさっているという。当時の歴史の真実を全て消し去ろうとしているのである。防衛協会の会員諸兄に改めてお願いする。この我が国にとって重大な情報戦に是非とも参戦願いたいと。 「出動ですよ」。

●98号(4)(19.4.23)森  清勇 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 「かの国」は昔も今も
 日本と朝鮮半島は、遣隋使・遣唐使の時代から大いに関係してきた。日本は中国文化を半島経由で移入した。他方で、半島は陸続きの大国に影響され易く、日本の独立にとって無関心では居られない存在であった。清国の属領となっていた1875(明治8)年、飲料水を求めて江華島に近づいた日本の軍艦が砲撃を受け、反撃して同島の砲台を破壊する江華島事件が発生した。
 その結果、日朝修好条規が結ばれ、「朝鮮国は自主の邦にして日本国と平等の権を保有せり」(第1条)として開国させた。
 しかし、独立はおろか、属領以上の植民地化支配を意図する清国に翻弄され、大国・清に擦り寄ろうとする事大主義勢力が勢いを増していった。
 これに反旗を翻し独立を目指したのが福澤諭吉を頼り、親交を結んだ独立派(開化党)の金玉均らであった。
 安定した朝鮮の存在は日本の安全にとって不可欠であった。そのために朝鮮の内政改革を提起し、清国が拒否すると日清戦争に発展した。
 日本は勝利したが疲弊し、三国干渉で遼東半島を還付させたロシアが勢力を伸ばし、朝鮮はロシアに擦り寄っていく有様であった。西洋からの圧迫に無頓着なアジアであった。
 このままでは日本の将来が案じられると言う警鐘が、「今日の謀を為すに、我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予あるべからず、その伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、・・・」と述べる福澤の『脱亜論』であった。
 日本は臥薪嘗胆すること10年、乾坤一擲の勝負に出てロシアを敗北させ、3度朝鮮を独立させたのである。
 朝鮮半島は、国民を失望の断崖に立たせながら、大量破壊兵器の獲得に血路を開き、テロ支援国家にも指定されて悪の枢軸呼ばわりされる北朝鮮と、民族的同一性の故を以ってシンパシーを寄せる韓国に分断されている。
  盧武鉉大統領は、日韓首脳会談での「将来に向かって・・・」の言質を靖国や竹島で悉く反故にしてきた。2004年には「親日・反民族行為真相究明特別法」という事後法まで作って遥か昔の日本の罪科を暴こうとした。
 数代前の大統領は、やはり事後法を作って、かつての大統領を裁き、獄門に繋いだこともある。

●97号(1)(19.1.23)三野 由美子(神奈川県藤沢市議)

元服式が必要では


 自覚と誇り育む教育を
 昨年は、教育基本法改正やいじめ、未履修問題など、教育関係の報道が大変多い一年であったと感じました。小中高生やその保護者の方々はもちろんのこと、単身者や、家族の中に児童生徒がいない方々であっても、日本の教育の現状に目を向け、それぞれの学校時代の経験を思い起こし、様々な考えをめぐらされたのではないでしょうか。
 社会全体が教育に目を向けるのは望ましい事でありますが、しかしながら、そのきっかけとなった報道の多くは、あまりにも悲惨な事件や不祥事でした。
 やっと改正に漕ぎつけた教育基本法に対しても様々な指摘があり、明治以降の急速な西洋化や戦後の急成長と引き換えに失ってきた、我々日本人の高潔な精神性を再構築するためには不十分ではないでしょうか。
 教育関係の明るい話題は少なく、中でも一番深刻な問題であったのは、いじめに関わる数多くの事件でした。この問題については各方面の方々のコメントや研究、議論などが報道されましたが、その中でも私が一番注目したのは、各紙で紹介された都留文科大学初等教育学科河村茂雄教授の研究でした。
 「教師が友達のように児童に接し、ルールが守られない『なれあい型学級』でいじめが多い」という調査結果が発表され、これはまさしく近年問題視されている「指導しない、強制しない」という子供本位の教育が悲惨な事件を引き起こしうることが明らかになったのだと思います。
 子供の将来を考え、倫理・道徳といった視点からルールを守ることや、正邪の区別を毅然とした態度で教える本当の意味での「子供本位」であるべきです。
 このことは学校だけに限らず、家庭や社会、地域においても、大人が「大人としての責任」を自覚した正しい行動を示すことが求められるのだと思います。
 昨年、全国的に有名な関西のある神社にお参りした時に、宮司さまとお話をする機会がありました。その方は「宗教儀式としてではなく、社会的ムーブメントとしての15歳の元服式を復活させる必要がある」と語られました。
 私はその言葉に感銘を受け、現代の日本社会における元服式とはどのようなものになるだろうかと自分なりに考えてみました。
 15歳は、ちょうど義務教育終了の頃です。義務教育を卒業するということは、一人前の日本国民としての知識や教養、常識を身につけたと認められ20歳の成人式に向けて、社会的責任感を養う準備が整うことであるべきです。
 社会的にこういった意識を高めることができれば、義務教育卒業は現代の元服式になりうるのではないでしょうか。しかし、現状は残念なことに、ごく一部の家庭や学校における教育を除いては、このような社会的意識が非常に希薄であるばかりでなく、「なれあい型学級」とされる事例が少なくありません。
 今、日本社会は、汚職や不祥事の報道がない日はないというほど恥ずべき状況です。 いじめをなくし、子供たちの心身を守るためには、私たち大人が正しい行動や毅然とした態度を示すことからはじめなければならないと感じ、身の引き締まる思いがしました。
 また、子供たちに義務や責任を教えることを嫌う人もおりますが、将来のためには、大人になることの自覚と誇りを育むような義務教育の充実を目指さなければならないと感じました。

●97号(2)(19.1.23)山本 誠(全国防衛協会常任理事)

<焦点>北朝鮮の核問題



 総選北朝鮮の核に関する6カ国協議は最早死に体ではないか。このままでは北朝鮮の時間稼ぎを利するばかりである。
 忘れてならないことは、北朝鮮の核保有は体制維持のための基本戦略であって、現政権が存続する限り、何があっても金正日がこの意志を捨てることはないということである。何故ならば、これを捨てれば滅亡すると彼は固く信じているからである。
 中国の狙いは非核のまま北朝鮮を影響下に維持することであるが、核排除を求めて制裁を強化しすぎれば北朝鮮の崩壊を招き、南に追いやる恐れが出てくる。
 かと言って、制裁の手を緩めて北朝鮮の核保有を許す結果になれば、周辺諸国の核開発を阻止する根拠を失うことになり、中国が最も懸念する日本の核武装に繋がる可能性も出てくることになる。アメリカやロシアにとっても、この事態は望ましい方向ではない。
 しかし、こういった背景の下、北朝鮮はジレンマに悩む中国や、アメリカの一国支配を嫌うロシアによる制裁緩和の動きの中で、のらりくらりと実績を重ねていけば有耶無耶の内に核保有国の仲間入りができると踏んでいるのであろう。要するに周囲を嘗めて掛かっているのである。
 このまま行けば、とどの詰まりは北朝鮮の現政権が続く限り、実力を以って物理的に核を排除するより他に彼らの意図を止める方法はない。
 北京の外交筋によれば、中国の専門家の中には匿名を条件としながらも、仮にアメリカが武力行使に出ても中国は黙認すべきだと主張する意見もあり、上層部にもこれを正面から否定する空気は無いという。
 こういった情勢の中で、日本は一体どうすればよいのか。各国と協力して北朝鮮に対する核廃止への圧力を強化することが、現段階において最重要事項であることは論を待たないが、要はアメリカと中国を如何にして本気にさせるかということが肝要である。
 このまま核拡散を放置すれば、日本といえども核装備について論議せざるを得なくなるということをアメリカに率直に伝えると共に、中国にもことの重大性を察知させることが重要である。これが次なる日本の外交姿勢となる。 核について論議することにすらアレルギー反応を示すマスコミや進歩的文化人と称する輩が居ることは周知の通りであるが、目前の参院選挙に目が眩んで、本質を忘れた核アレルギー論に加担する与党議員がいるのは誠に情けない。 わが国の生存に重大な影響力を有するスーパーパワーであるアメリカとの同盟を重視し、敢えてその核の傘に入る政策を取っているわが国にとって、その傘の効果に重大な影響を与えるかもしれない事態が、至近距離に生起しているこの時に、
 核を論ずることが何故タブーなのか。今こそ原点に立ち返って核を論じ、核に対する磐石の体制を築くための努力をするのが戦略というものではないか。

●97号(3)(19.1.23)森 清勇 (星槎大学非常勤講師)

<ニュースの目> 議論こそ自由(民主主義)国家の証
 総選中川昭一自民党政調会長が北朝鮮の核実験を受けて、「日本も核について論議したほうが良い」と民放で発言したことが、あたかも核を保有すべしとでも発言したかのようにマスコミ等は喧伝した。
 「議論すること」を「保有すること」に曲解させる論調は為にするものでしかない朝鮮や中国の核兵器の脅威に対する日本の備えは、米国への他力本願のみではないだろうか。
 ライス国務長官が来日して「核の傘」を再確認したが、米国は世論の国で、日本が米国の保護国にならない限り、「無窮の保証」は得られない。
 地下鉄サリン事件や事件後の炭素菌(生物兵器の一種)騒動でも分かったように、日本に化学兵器や生物兵器を装備する意志がなくても、使用された時の防護は不可欠である。
 核についても同様で、万一、使用された時の防護を考えないほど能天気な日本人であってはなるまい。
 中立国スイスやスウェーデンは日本人の理想のように語られる。しかし、両国は中立を侵されないため、国民に国防の義務を負わせ、自国防衛の兵器をほとんど国産し、両国とも核保有国ではないが、核兵器について国家を挙げての議論と研究を行い、成果を核シェルターに反映して国中に張り巡らしている。
 就中、スウェーデンは必要とあればいつでも核兵器に組み立てられるように、パーツで保管しているとさえ言われる。国防に対する国民の意識と軍隊に対する国民の理解が高く、「言論の自由」も、国防や国益を毀損するものであってはならないことを国民が熟知しているからである。
 翻って日本では、「核」と言っただけで議論さえ封殺し、法令・条約等の教条的解釈によって議論の入り口にさえ到達できない。言霊信仰や空想的平和主義といわれる所以もここにある。 日本の安全について、地に足を付けた議論をするのは今をおいてない。ピンチをチャンスに変えることこそ日本人の英知ではないだろうか。
(本紙編集担当)

●96号(1)(18.10.23)武貞 秀士(防衛庁防研図書館長)

北朝鮮の核実験と日本の安全 国際的孤立を深める北朝鮮のゆくえは?                              『核の戦略』
 北朝鮮は、米国の対北制裁を非難し、反発を強めてきたが、10月9日、「核実験をし、成功した」と発表した。実験の規模や、成功か失敗か、まだ、様々な検証が必要であるが、北が核実験を公式発表したことは動かせない事実である。  
 8月、北朝鮮の労働党幹部は、平壌を訪問した日本人に「必ずテポドンミサイルの再発射と核実験をする」と語っていたそうだ。今後心配なのは、制裁行動の過程で軍事衝突に発展することと、今後の展開次第では、統一に向かう最終段階で、朝鮮半島有事もありうることではないか。  
 いま、国連を舞台に、対北朝鮮決議が話し合われ、6か国協議再開のための外交活動が展開中である。外交的解決を進めるとき、最も重要なのは、「北朝鮮が、統一政策と絡めた核戦略を持って、核・ミサイル開発をしている」ということだ。  
 その政策の柱は、「韓国社会での同族意識の高揚、在韓米軍撤退と米朝不可侵協定締結、大陸間弾道弾の完成」の3つである。  
 「同族同士で平和的統一ができる」と韓国に語りかけても、統一の最終段階では、通常戦力が必要になるから、強力な特殊部隊を維持している。  
 鍵は在韓米軍であり、在韓米軍撤退後、米国から「再介入しない」という一筆を取れば、米国と戦う必要がなくなる。米国が不可侵協定に応じないのなら、南北で連邦制宣言をすれば、「1国家2政府」となり、北朝鮮への軍事オプションは南の同意が不可欠となり、米国の北への軍事オプションはなくなるだろう。  
 それでも米国が平和回復のための行動を起こせば、北朝鮮は「米東部を射程に入れた大陸間弾道弾がある」というだろう。そのとき米国は介入を放棄するかもしれない。これが北朝鮮の戦略である。  北朝鮮の統一政策の中心に軍事戦略があり、軍事戦略の中に核戦略がある。核戦略があって、核開発をしてきたのである。北の核は、60年間の統一政策完成の意味があり、北の自尊心が絡んでいるから、簡単に捨て去るものではない。  
 北の目には、そのシナリオの条件が、改善されつつあると見えたのだろう。「統一の時まで抑止力を捨てることはない」(共和国政府)という言葉まで飛び出した。北は、「共和国への安全の保証」「米国の脅威を除去」を求めているが、それは、「南北朝鮮全体の安全の保証」である。北にとって「米国の脅威がなくなる時」とは、「在韓米軍撤退が撤退し、米韓同盟終焉し、南北が連邦制国家となり、大量破壊兵器が完成したとき」であろう。
            『条件は好転?』   
 昨年9月19日、6か国共同声明で、経済交流重視の韓中ロ朝と、核兵器開発阻止優先の日米の違いが浮上した。韓国の現政権の「平和繁栄政策」下で、南北関係は改善された。核実験への制裁決議のあとも、結局は、韓国の「3大南北協力事業」である南北鉄道連結事業、開城工業団地事業、金剛山観光事業は続く気配だ。  
 イラン、インドの例に見られるように、核エネルギー利用国に対する国際世論が多様化している。北は自分のシナリオにとって、諸条件が好転していると見ているのだろう。  
 中国の姿勢にしても、7月のミサイル発射の時、国連安保理決議に「憲章第7章」がはいることに反対し、非難決議に落ち着いた。中朝間では昨年10月28日、中朝経済技術協力協定が締結され、中国が20億ドルの経済援助の約束をしたとの報道があり、長期的協力に合意している。  中国は北朝鮮の恵山の銅山、茂山の鉄鉱石、無煙炭、有煙炭、亜鉛、黒鉛、ニッケル、モリブデン、マグネサイト、金、銀を必要としている。中国による平壌のモリブデン鉱採掘事業は、8月に始まった。2006年前半の中国企業の対北投資は、5874万ドルで前年比2倍のペースだ。中朝関係は緊密化してきた。  
 10月9日の核実験で中国の対北政策が変わったか。中国外交が功を奏して制裁決議は、北朝鮮に対する武力行使に発展する可能性を排除したものになりつつあり、船舶検査は厳格なものにならないだろう。「核開発阻止のために、何が実際にできるか」という観点からして、十分ではない。
 日本にとり、北朝鮮問題は常に防衛問題であった。10月9日以降、米国と韓国のメデイアから、「日本は核実験の軍事的意味を誇大に説明し、軍事力強化に利用するのでは」という質問をたくさん受けた。しかし、ごく普通の日本人から受けた質問は「飛来したら撃ち落とせるのか」「陸に落下したら戦争だろうか」「撃つまえに阻止できるか」という素朴なものばかりだった。だから、今回、核実験を受けて日本政府は、北朝鮮への独自制裁を発動したのである。
 米韓協議、6か国協議、米朝関係、中朝関係・・・、どれをとっても、北の核開発問題解決の環境作りにとって、安心できるものはない。いま、「統一政策に絡めた核戦略を持った隣国」という視点を持って、不安な長期シナリオをも念頭に置いた防衛・外交論議が必要である。(10月14日記)

●96号(2)(18.10.23)中山 ひと美(東京都立川市議会議員)

自衛隊を応援しています


 皆様、こんにちは。
 私は元自衛官の父の後継者となってから、現在2期目を努めております。  議員としましては、3男1女の母の立場から、また、かつての客室乗務員の経験も生かし、教育問題・危機管理に力を入れ活動しています。  
 ところで、皆様は、私が住んでいる「立川市」をご存知でしょうか。少し前までは「基地のまち立川」として有名でしたが、現在は昭和記念公園・昭和天皇記念館などがあり、多摩の中核都市として大変注目をされています。人口約17万5千人の街で、又、立川・東立川駐屯地と2つの部隊があることも、立川市の特色の一つです。   
 さて、9.11同時多発テロから、5年の月日が流れました。当時私は、JALウェイズの契約客室乗務員として、ホノルル便とバンコク便に乗務しておりました。自爆テロなど想像もしていなかった恐ろしい事が実際に起きたのです。当然、空港は厳戒態勢が敷かれ、私たち乗務員のマニュアルにも変更がありました。 
 米国に入国する際の検査はとても厳しく、ホノルルに近づくと、航空母艦ミッドウェイが寄港しており、その光景は生まれて初めて見たもので、大変なショックを受けたことを覚えています。
 しかし、日本に近づくと緊張感が薄れ、私も平和ボケの一人かナと思いながら、外国に比べると日本のセキュリティーは、まだまだ甘いものであると感じました。
 日本という国は治安が良いため、日本では、こんなテロなど起こらないだろう、万が一の時には誰かが守ってくれるだろう、という安心感からくる防御の甘さであると私は強く感じました。
 これは、私の住んでいる立川市にも言えることです。何故かというと、自衛隊に、立川市における防災会議・防災訓練の参加要請をしていないのです。「立川市には2つの自衛隊があるから何かがあったら助けてくれる」と、当然のように思っているのです。「市民の生命と財産を守る」ということの責任を考えると、思想や政党を主張する以前の問題であり、生命の大切さを第一に考えれば、自衛隊への参加要請は当然のことだと私は思います。万が一の時には日頃のコミュニケーションがとても重要になります。
  9.11発生後、人道復興支援活動として、自衛隊を外国へ派遣するかも知れない、といわれている時に、立川駐屯地の平野司令に質問しました。「世間では反対の声も多い、また隊員の家族の中にも反対する声が多いと言われているけれど、派遣が決まったらどうする?」と。すると司令は「僕たちの任務は国を守るということ。命令されたら、僕たち隊員は全員行くよ、それが任務なのだから」ときっぱりと答えられました。同感です。この問題は、市議会でも質問が出ており、私はこのまま、この会話を皆さんに伝えました。
  自衛隊は国民の生命と財産を守り、市議会議員は市民の生命と財産を守る。そして客室乗務員は乗客の生命を守ります。それぞれ対象は異なりますが、共通して言えることは「責任を持って任務を遂行する」ということだと思います。
  私は父から引継ぎ、自衛官募集相談員を委嘱されております。4年前、私の友人のお嬢さんが自衛隊入隊を希望しましたが、その両親は、なかなか承諾されないのです。
 そこで、自衛隊の話をしたり、諸行事に参加してもらいました。実際に目で見て肌で感じてもらいたかったからです。今では、「自衛隊に入隊して本当によかった」と、家族皆で彼女を応援しています。
 そして、「今までは何もやらない子だったのに、すべて自分でやるんだヨ。子供達、みんな一度は自衛隊で教育を受ければいいのに」とさえ口にされます。
 私と同年代の母親はあまり自衛隊を知りません。というより、あまり好意的ではなかったと言った方が適切かもしれません。少しでも理解を得られるように、微力ではありますが、私が協力できたらと思い、募集相談員を引き受けました。
 厳しい訓練から得る「忍耐・根性・協調性」そして「国を愛する心」。自分の国を愛せずして、他の国を愛せるでしょうか。これは家庭教育・学校教育・社会教育に於いても言えることだと思います。まず自分を愛してください。まず自分の子供を愛し認めてください。そうすれば、他の人、他の子供達も愛することができます。認めることができるのです。愛する心があるからこそ守ることができるのだと思います。
 今世間では、家庭教育の大切さが再認識されています。21世紀を担う子供たちを、私たち大人がしっかりと育てていくこと、私たち大人の責任は多大であります。私はここで、自衛隊の教育の厳しさ、それを乗り越えられる隊員を育てている現状を改めて認識し、子育ての参考にできたらと思っています。
  最後になりますが、日本は島国ゆえに外敵はこないだろうという安易な気持ちから危機感が薄いのではないでしょうか。しかし、私たちの周りでは信じられない事件が起きています。今、日本人の2人に1人が自衛隊を認め、期待しています。私たちの国「日本」を守るという任務の遂行に日々努力して頂けますように、自衛隊の皆さんを応援していきましょう。

●96号(3)(18.10.23)江口 博保(森野軍事研究所)

文民統制の積極面に関心を
 欧米の先進国で「お国のシビリアン・コントロールは十分に機能しているか」という質問をすると、怪訝な顔をされるという。それほど今日の民主主義国家においては、政治は軍事力の効用を十分に認識しており、軍は政治の統制に服している。しかしここまで来るには、軍隊を使って民衆を圧迫した国王と、これに抵抗する議会及び民衆の闘争の歴史があった。最も激しかったのが英国であり、1628年の「権利の請願」に始まり、清教徒革命を経て名誉革命の結果、常備軍を議会の下で「法規と予算と国防政策に対する調査」という三つの権限で統制することに成功した(1689年)。これがシビリアン・コントロールの起源といわれ、フランス革命を経て欧州大陸にも浸透し、米国においては三権分立の思想のもとで、システムが形作られてきた。
  欧米諸国が、市民革命の中から軍の横暴を抑制する面と、国の独立を維持するための軍の必要性の妥協として、シビリアン・コントロールの概念や制度を成熟させてきたのに対し、日本は、戦後の警察予備隊の成立時に、突如この問題に直面することになった。明治維新は欧米の市民革命とは異なり、統帥権の独立は、政治が軍事に容喙するのを許さず、政治もそれに甘んじてきた。当時の日本には、シビリアン・コントロールに対する歴史的背景も充分な知識もなかった。
  ところが戦後の反動で「自衛隊が持つ自衛力は憲法が禁止している戦力ではない」という奇妙な論理を展開しなければ、自衛のための軍事力も保持できない状況下で、国防を如何にすべきかの議論などできようはずもなく、防衛論議は防衛力の抑制に終始した感があった。
 こうした情勢の中で、シビリアン・コントロールは、防衛力を抑制する手段としてのみ位置付けられた感があった。  
 しかし、今日のような冷戦後の複雑な状況の下では、安全保障上、不測の事態への迅速な対応と、国際的な平和と安定のための積極的な取組みが求められており、安全保障の見地から、軍事力を有効活用する積極面の方がむしろ重視される時代へと変化してきている。
 民主主義国において、政治が軍事を適切に統制するということは、裏を返せば統制に従った軍の行動に対する責任は、政治がとるということである。この政治の責任と軍の行動とを明解に律している一つに「交戦規定」(Rules of Engagement:ROE)がある。交戦規定は「軍隊の過剰な反応や軽率な敵対行為を防止して、軍隊の行動を国家方針に整合させることであり、状況に応じた武器の使用基準等を定め、部隊の交戦の限界を規定する」(『現代用語の基礎知識』)のが目的で、緊急事態に対処するため、諸外国では危機状況に即した応急対処の段階区分と現地指揮官のとるべき具体的措置が明示されるのが通例という。
  平時におけるPKOや、多国籍軍参加時の行動、領空・領海侵犯措置及び対テロ行動などを国際的法規・慣例に準拠して、政治が国家の意志として明確に規定する。これによって部隊は、決められた範囲内で、現場での判断で最善の対応が可能となる。
 しかしこの規定は戦争をするための規定という誤解に基づく反対などのためか、我が国では未だ検討中であり、防衛庁も誤解を避けるために「交戦規定」といわずに「部隊行動基準」と称している。
  このことは、戦後の我が国の政治が国家の存立にも関わる軍事問題を、常に避けてきた消極的な態度を端的に表している。
  戦後、我が国では、軍事を研究することすら「悪」という風潮が続き、軍事の勉強を怠ってきた。機関銃の1梃、2梃の論争ではなく、政治家は国益に照らして、軍事力を適切かつ有効に活用するという役割に、もっと積極的になるべきではなかろうか。

●96号(4)(18.10.23)横地 光明(全国防衛協会常任理事)

名は体を表す   『卑屈な名は禍根を残す』


 
 日本国憲法も漸く改正の期が訪れようとしている。憲法が改正されれば、国家存立の基盤である国防組織も、当然正常に戻され、鵺(ぬえ)的存在の自衛隊も晴れて軍隊となることが期待される。  そこで少し話が早いが、卑屈な配慮の先行きから名称において将来に禍根を残さないように、老婆心ながら当問題について提言を致したい。
 自民党の改正憲法草案では、国防軍ではなく、自衛軍となっているようである。これは小泉首相の意向によるものと伝えられるが、甚だ遺憾と言うほかない。誰に遠慮してのことだろう。これでは、陸上自衛隊は、陸上自衛軍となり英訳すればGround Self Defense Forceとなり、今と全く同じで、なぜ陸軍としないのかと勘ぐられ、また士気を落とす苦しい説明を要求される羽目になる。ここは是非とも陸・海・空軍として貰いたいものである。
 軍となれば、先ず階級呼称であるが、将官は大・中・小・准将、佐官は大・中・小佐、尉官は大・中・小尉に(以上の(現)幹部は将校または士官と総称)、准士官は准尉、下士官は上級曹長、曹長、軍曹、伍長に、兵は兵長、上等、1・2・3等兵と国際的に共通なものとすることが必要である。
 筆者が陸幕第4部副部長(1佐)当時、仕事で座間の在日米陸軍司令部兼第9軍団司令部の参謀長ケネディ准将と行き来した。私はケ准将(1スター)に上級者に対する敬意を表していた。ところが、当方がある日突然将補(2スター)に昇任し、ケ准将に逢ったら彼は「日本はずるい。大佐からいきなり2スターはないではないか、将官としては俺の方が先任だ、俺は今後も君に先に敬礼はしないよ」と言うではないか。なるほどと思った。現行では各国軍と相互信頼して共同する場合に問題がある。
 階級を国際的にするだけでなく、指揮官の階級も外国並みにしなければ、具合が悪い。中隊長は大尉、大隊長は中佐、連隊長は大佐と決まっている。同様に旅団長(団長)は准将にすべきである。もともと准将(Brigadier General)は旅団(Brigade)の長という意味である。また師団長は2スターの少将に方面総監を3スターの中将に格付けするのが国際的だ。
 旧陸軍で、師団長を中将にしたのは明治中期メッケルが来日して鎮台から師団制に移行する際、師団長が、平時では軍政・軍令を掌握した、最高の部隊指揮官であったことに由来する。自衛隊でも最初は管区総監は行政、作戦を兼務した最高の部隊指揮官であったから、3スターよかったが、方面管区制に移行し行政部門が方面に移り、主として防衛を所掌することとなった師団長は、2スターに変更すべきであったのだ。3スターの師団長、2スターの旅団長などは各国の笑いものになるだけだ。
 1佐の1グレ、2グレ、3グレなど階級だか俸給だか訳の解らない制度は、緊急の場合軍隊に緊要不可欠の指揮権行使の順位を混乱させ、また補職を困難にする。必要あれば大佐を2つの階級に分け大佐、上級大佐と区分することが然るべきであろう。
 次に、現職種は兵科とし、当然歩兵(普通科)、砲兵(野戦特科)、防空(高射特科)工兵(施設科)となり、この際、衛生科と音楽科の指揮権をどうするかを検討すべきであろう。また、ロジステック(Logistics)部門を兵站というのも検討に値する。
 統幕、陸海空の各幕僚監部は、列国のように参謀本部と呼称し、各幕僚長はそれぞれ参謀総長としたい。調査・防衛・装備の各部はそれぞれ情報・作戦・兵站の各部にすることに異存はなかろう。  この場合、参謀という身分を作るかどうか、またこれをどの範囲にするかについては慎重な検討が必要であろう。
 教育関係であるが、陸海空の幹部学校を幹部=士官とし、士官学校とするのは勿論不適当であるし、防衛大学校を国防大学校とする案も、列国の国防大学との相対関係で適当ではあるまい。
 一案は防衛研究所は国防研究院に、幹部学校は指揮幕僚学校に、防衛大学校は士官大学校(この場合防衛医科大学校は医科士官大学校か)であろうか。
 いずれにしても、名称は個人の名前と同じく極めて大切である。それぞれの実態を正確に表し、国際的で、敬意と尊厳をかち得、かつ当事者に誇りと理想を与えるものであることが肝要である。

●96号(5)(18.10.23)森 清勇(星槎大学非常勤講師)

昭和殉難者と中国の干渉   
                   国内に戦犯はいない  

 日本の戦争指導者たちは国土を疲弊させ、国民に塗炭の苦しみを与えたことを認識し、その責任をとることに吝かでなかったので敢然と刑に服した。他方で、国際法に照らし戦勝国が言うように開戦を始めとする戦争責任を負うものではないと主張した。  
 実際、不戦条約によると、自衛戦争か否かは自国で判断することになっており、自国が侵略戦争をしたという国家は未だかってない。
 客観的にも、占領期間中のマッカーサー自身が「東京裁判は間違いであった」とトルーマン大統領に語り、帰国後の上院軍事外交委で「日本は自衛戦争を戦った」とさえ証言している。
 講和条約が締結され日本が独立を回復した1952(昭和27)年、早期釈放を求める国民運動で4千万人の署名が集まった。政府は同年10月に「A級戦犯を含む全戦犯の赦免・減刑勧告」を旧連合国に対して行い、国会は1952,53,55年の3回に亘り、戦犯釈放の決議を行った。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正に際しては社会党の女性議員が、戦犯とされた者の名誉回復を主張し、「国家の補償を留守家族(遺族)は受け取れない。しかもその英霊は靖国神社の中に入れてもらえないと遺族たちは非常に嘆いておられます」と訴えた。
 こうして1953年8月の第16回特別国会は衆参両院全会一致で戦犯刑死者を「公務死」と認定した。この時点で戦犯とされた人たちは昭和殉難者として名誉が回復され、遺族には遺族年金や弔慰金が支給されることになった。
 日本を貶め、崩壊を企図する国内の一部勢力と、これに連携する外国に使嗾されて騒ぎたてることは国益を毀損するだけである。
 A級公務死者の靖国神社合祀は78年に行われたが、歴代首相は合祀に関わりなく、春秋の例大祭を中心に年2〜3回の参拝を恒例にしてきた。
 事実、戦後44年間に、12名の首相が8月15日の8回を含み60回も参拝している。
           中国の深謀遠慮
 中国の長い歴史を見ると、かの国が宗教に関心を持つのは政治絡みの場合で、純粋な宗教・文化的な動機からではない。キリスト教徒への義和団の襲撃や白蓮教徒の乱、太平天国の乱、そして今日の法輪功問題など、あくまでも政治に絡んだ宗教弾圧で、宗教戦争ではなく政治闘争である。
 靖国神社に関しても、参拝中止に追い込まれるまでは8月15日にも堂々と参拝している。
 中でも、1978年合祀後に大平・鈴木・中曽根の各首相は夫々3回、9回、10回(鈴木、中曽根両首相は各3回の8月15日を含む)参拝しているが、1985年までは、何一つクレームを付けてこなかった。政治問題視していなかったからである。
 中曽根首相が1985年8月15日に3回目(都合10回目)の参拝を公式参拝として喧伝したときから、首相の靖国神社参拝は先の大戦を肯定し、これまでの謝罪等を反故にするものであると、中国が突如として批判しはじめた。  こうして、橋本首相が1996年7月参拝した1回を挟み、小泉首相の登場までほぼ15年に亘り中国の内政干渉に屈し続けた。
 1985年から批判するようになった原因は、日本側の媚中マスコミと、一部の政財界有力者も関係するが、政権維持に腐心する中国側の事情によることが大きい。
 1978年の改革開放以後の経済発展は目覚ましいが、併せて矛盾も拡大し暴動なども頻発しており、「第三の波」の著者A/トフラーや、「歴史の終焉」のF・フクヤマは中国の分裂を予測さえしている。
 こうした政治危機に対処するため愛国心を高める必要があり、贖罪意識を持たせると世論が分裂しやすい日本が、恰好の標的にされたのである。
 なお、富田メモの公表で、合祀が陛下の御親拝中止の原因であるかのように報道されたが、最後の御親拝は合祀の3年前も前のことで、直接的な因果関係はない。世論の分断を期待する内外の勢力が呼応して、首相の靖国参拝(就中8月15日参拝)や、自民党総裁選などへの影響力を意図したものであったと見るべきであろう。
       **************************
   小泉首相、靖国神社参拝 8月15日 内政干渉に屈せず  
2001年に就任した小泉前首相は、8月15日の靖国参拝を公約して登場したが、対外関係などに配慮してか、過去5回の参拝ではこの日を避けてきた。
 しかし」、首相在任最後の8月15日を前に、「何時参拝しても非難される。最適な日に参拝する」と明言して、21年ぶりの8月15日参拝の公約を実現した。

95号(1)(18.7.23)松田 康博(防衛庁防研主任研究官)        

<特集1>台頭する中国と日本の戦略
             中国の対外戦略  
 中国の経済発展には目を見張るものがある。輸出を原動力として高度経済成長を続け、2002年には、ついに米国を抜いて世界最大の投資受け入れ国となった。しかしながら、貧富の格差、地域間格差、政治的腐敗、政治改革の停頓、社会保障制度の不備など、中国の発展が多くの不安定要因を抱えながら進んでいることもまた事実である。
 しかも、日本の例を見ても分かるように、高度経済成長は永続するわけではなく、為替レートの調整、少子高齢化、資源不足などにより、あと十数年が限度とされる。中国はそれまでの「ラストチャンス」を利用して、できる限り発展の果実を「貯金」したいのである。
 中国は「貯金」を増やすためにどのような対外戦略をとるのだろうか。中国の対外戦略を一言で言うと、「国家の総合国力を向上させ、大国としての影響力を増強し、中華民族の21世紀における偉大な復興のために、有利な国際環境を作り上げること」である。経済発展を長期間持続させるためには安定した、平和的な国際環境が必須条件なのである。中国外交はその論理的帰結として敵を作らない「全方位協調外交」を原則としているのである。
 中国の対外関係において最重要の二国間関係は言うまでもなく対米関係である。中国の発展にとって最大の助力となる国は米国であり、また中国の発展の最大の阻害要因となりうる国も、台湾問題を見れば分かるように米国である。したがって、まず米国との対立を避け、協調関係を進展させて、米国から最大限の利益を得る必要がある。
  他方、善隣友好関係を発展させて米国が中国を牽制する働きを持つ同盟関係や多国間枠組みを抑制しなければならない。中国は米国以外の大国との関係をいたずらに悪化させることなく、むしろ米国以外の大国との関係を強化することで、両者の離間を図る方がよい。したがって、戦略上中国は米国の同盟国である日本との良好な関係を強く望んでいる。
                外交・軍事の不安定要因   
 しかし、ここ数年中国の反日デモ、高官による威圧的な対日発言、潜水艦による日本領海内の潜没航行事件、在上海総領事館館員の自殺事件等を見るにつけ、上記の中国外交の方針など、日本人には白々しく聞こえてしまう。確かに日中間には協調だけではなく、競争もあるし、「歴史認識」を巡って、中国では政府への不満をごまかすために、日本をスケープゴートにしてことさらに非難する非理性的な言動が繰り返されてきた。
  中国の日本以外に対する対応にも問題がないわけではない。台湾問題に対する中国の政策は近年懐柔政策が主流になりつつあるとはいえ、その一方で台湾の外交的孤立を強力に推進し、台湾向け短距離弾道ミサイルを、たった数年間で200発程度から800発近くまで増やすなど、強圧的であり続けている。中国は、台湾攻撃と米軍の介入拒否を念頭においた軍事力近代化を着々と進めているのである。
  また、中国は膨大な援助を背景に北朝鮮に最も影響力がある国であるが、非核化を進める上で、時にどちらの味方か分からなくなるような対応をとることがあるし、ミャンマーやスーダンといった問題のある国の政権を支援している。中国は、実に多くの不安定要因を内外に抱えている国であり、一言で言えば今後良くもなりうるし、悪くもなりうる国である。
          対中関与&ヘッジ戦略  
  こうした中国に日本はどう対応すべきなのであろうか。まず、中国に対する「関与戦略」を継続することである。「関与」とは、中国が国際社会においてより責任を持つメンバーになるよう促すことである。旧ソ連地域とは異なり、これまで中国が対外依存度を高めて予測可能性の高い経済体に脱皮し、さらにグローバリゼーションの「勝ち組」となることができたのは、日本を初めとした西側諸国が中国の改革開放政策を支援してきたことが大きい。この努力は継続されるべきであり、日本のみならず多くの国々との協調の下で法の支配、環境、人権、安全保障、自由化・民主化など、中国が不得意とする領域にも拡げるべきである。
  次に、中国に対する「ヘッジ戦略」である。中国の発展方向が不透明であるということは、上記の「関与戦略」がうまくいかず、中国が覇権主義的な行動をとる国になってしまう可能性を否定できないことを意味する。中国がどう転んでも対応できるように備え(ヘッジ)をしておく必要がある。この戦略もまた、日本単独ではなく、米国を初めとした関連諸国・地域と協調を進めて行う必要がある。
  ヘッジとは冷戦期の封じ込めとは異なる。あくまでも中国が責任大国になるよう働きかけをしつつ、最悪の事態にも慌てないための備えをしようという考え方である。またこの地域の不安定要因に備えるのであって特定の国に備えるのではないという考え方である。不愉快な目に遭っても感情的にならず、日本としてやるべきことをやればよいのである。(7月10日)

●95号(2)(18.7.23)佐藤 守(岡崎研究所特別研究員)

<特集2>中台紛争に備えよわ
 国内は、次期政権をめぐる駆け引きやインサイダー疑惑、恐るべき殺人事件の多発で大きく揺れ動いているが、一人自衛隊のみは世界各地で「平和構築」に貢献している。長期間にわたった見事なイラク復興支援活動も漸くめどがついたが、未だ確定したわけではない。そんな中、ジャワ島の地震被災救援にも救援部隊が出発し、予算と人員を削減された悪条件を克服して、ひたすら国家に貢献している姿は、頼もしくもあり、気の毒でもある。一体、日本人は国際情勢をどの様に認識しているのだろうか?と疑いたくなる。
  我が国周辺を見渡しただけでも、北朝鮮によるミサイル恫喝、韓国による竹島不法占拠、その上、中国は着々と軍備を増強しているのである。「村上ファンド代表逮捕」と大きく報じる今朝の産経新聞(6月6日)の6面に韓国で海空軍増強論が強まり、「対北戦力強化の時代は終わった。今後は地域内の潜在的脅威に備えるべきだ」とする主張が出ているという。そして7面の片隅には「中国がロシアから購入したキロ級ディーゼル潜水艦2隻が5日、ロシア北部のセベロドビンスクから中国に向けて出向した。2隻は最新鋭巡航ミサイルの装備が可能で、中国海軍の作戦能力を増強するとみられている。・・・これで計7隻が引き渡された。」とタス通信は伝えている。
 確かに現状の戦力を質的観点から比較すれば、最新鋭の装備と練度を誇る我が自衛隊の敵ではない。しかし、このままであれば、いずれミリタリーバランスは崩れる恐れがある。政府が貴重な戦力を国外に“積極的に派遣”している意味を理解しないわけではないが、お膝元の紛争に備える必要性が高まっていると見るべきではなかろうか。
 中長期的に見ると、その最大の懸念は中国にある。東シナ海の緊張は、単に資源問題と捉えるべきではない。中国が現在最も重視していることは、政権の安定であり、そのための「独立運動阻止」にあると、毎年中国の研究者達との会議を通じて私は感じている。
 その最たるものが「台湾独立問題」であり、中国は仇敵「国民党」を引き込むことによって、“独立派”の民進党を封じ込めようとしている。台湾の次期総統選挙結果がどう出るかは最大の関心事だが、万一国民党政権が復活した場合、苦境に陥るのは台湾国民だけではない。国境を接する沖縄県は極めて重大な事態に陥る。つまり、同じ民主主義の台湾が、全体主義国家に後戻りする公算が高くなり、与那国島はじめ、台湾に接する島々の住民達の危機感はいやがうえにも高まるに違いない。政府は、それにどの様に対処するつもりであろうか?防衛予算の増額は望めないことから、おそらく南西方面への自衛隊の増強策は取られず、尖閣列島周辺には第2の「竹島紛争事態」が出現すると想像される。
 では、民進党が勝ち、台湾の政情が維持されることになればどうであろうか?おそらく中国政府は、台湾に対する工作が失敗であったと判断し、「いずれ台湾が独立宣言をする」と読むであろう。そうなれば軍部の強硬派が「台湾攻撃」を進言する可能性が強くなる。かっての朱成虎少将、劉亜州中将のように、である。そうなった場合、果たして中央政府は、軍部の強硬派をコントロールできるであろうか?
 中国政府は、台湾のみならず、新彊ウイグル自治区・モンゴル自治区・・・などに、独立紛争を抱えており、故に「台湾独立」が、これら周辺部の独立紛争に飛び火する事を恐れ「台湾独立」を懸命に押さえ込もうとしているのである。そこで、これを制するために、台湾に対する軍事的先生攻撃を加える恐れは否定できない。
 その時我が国はどうするか?国家安全保障の確立なくして、選挙も株もない事を肝に銘じるべきあり、今からそれに備えておくべきであろう。国民の覚醒を期待するゆえんである。 (元南西航空混成団司令)

●95号(3)(18.7.23))古澤 典彦(元陸自化学学校副校長)

<特集3>中国における遺棄化学兵器処理事業の現状
 総選中国における遺棄化学兵器処理事業について昨今いろいろと話題になっていますが、1999年以来、この事業に多少関わってきた一人として、現状をお知らせし、皆様の判断の一助としたい。
1 条約上の義務
 遺棄化学兵器とは、化学兵器禁止条約において「1925年1月1日以降にいずれかの国が他の国の同意を得ることなく遺棄した化学兵器」と定義されており、遺棄した国が条約の発行後十年以内(5年延長可能)に、遺棄した全ての化学兵器を廃棄することになっています。
  化学兵器禁止条約は、1997年に発効し、我が国は先の大戦終了までに、中国に遺棄した化学兵器を廃棄する義務を負いました。同条約に基づき、我が国は廃棄のため、全ての必要な資金、技術、専門家、施設及びその他の資源を提供し、中国は適切な協力を行なうことになり、1999年日中覚書を交し、実施組織として総理府(現内閣府)に遺棄化学兵器処理担当室を設置して処理事業を行なってきました。
2 遺棄化学兵器の状況
  遺棄化学兵器は、中国東北部を主体に、中国各地に、ほとんどが砲弾の形で埋設され、その大部分が吉林省ハルバ嶺に埋設されています。我が国は化学兵器禁止機関に対し、1997年現地調査に基づき、ハルバ嶺の推定埋設数を約67万発と申告しましたが、再調査により30〜40万発と推定され、2005年12月に修正申告しています。
 化学剤としては、びらん剤であるマスタード、ルイサイト(旧軍では「きい剤」と呼称)及びくしゃみ剤であるジフェニルシアノアルシン(同「あか剤」)等が主要なものです。
3 処理の状況
 遺棄化学兵器の処理は、中国各地に埋められている旧日本軍の化学兵器を発掘・回収すること、無害化(廃棄)することの2段階に分かれます。埋められている化学兵器については、2000年9月黒龍江省北安で発掘・回収を開始して以来、2005年11月の吉林省敦化市花泡に至るまで、中国各地で10回の発掘・回収を行なっています。
 外務省調査で回収された分を含め、これまでに約3万7千発の化学砲弾等を発掘・回収し、中国各地の一時保管庫等に保管しています。ハルバ嶺の発掘・回収は、努めて自動化することを原則として、本格的な発掘・回収施設を建設することになっていますが、施設建設に関する日中間の協議が行われているところで、いまだ施設の建設は行なわれていません。
 無害化についても、燃焼処理を中核とすることで一致していますが、施設の建設は開始されていません。砲弾の変形・腐食が激しく、一部化学剤が漏洩しており、爆発リスクもあること、かつ数量が極めて多いこと等、世界的にも経験の乏しい事業で、技術の検討に長時間が必要であったためです。
 また、ハルバ嶺は自然保護区で水源にもなっており、環境保護の観点からの検討も必要でした。更に、日中共同事業として、どのように枠組みを作り上げるかの協議にも時間を要しています。しかしながら、条約上の期限も迫ってきていることであり、一日も早く建設工事を開始して、早急に処理事業を進めることが期待されます。
4 防衛庁及びOBの関わり
 中国各地に埋設された遺棄化学兵器の発掘・回収及び廃棄のためには、化学兵器・砲弾に関する専門的識能が必要で、防衛庁は内閣府遺棄化学兵器処理担当室に陸上自衛官を参加させるとともに、北安以来各地の発掘・回収事業に陸上自衛官を派遣して協力してきました。また、多くの自衛隊OBが化学砲弾の掘り出し等を行なってきました。
 昨年、ハルバ嶺における発掘・回収施設の運営を見据えて運営会社が発足しましたが、そこには現在11名のOBが勤務して、中国各地の発掘・回収、ハルバ嶺の施設建設等のために働いております。
 今後ハルバ嶺での事業が本格化するに従って、多くの人材が必要になりますが、防衛庁がこれまで以上の要員を参加させるのは、本来任務との関係で難しいと思われます。そこで更に多くの自衛隊OBが必要になってくるものと思われます。
5 おわりに
 本事業は、日中間に残された「負の遺産」を解消するものといえるでしょう。私は1999年に北安で事業が開始された時点から参加してきましたが、中国各地で日中の共同作業が行なわれ、関係者の間には大きな信頼関係が醸成されているのは紛れもない事実です。遺棄化学兵器の処理は、化学兵器禁止条約上の義務であり、その義務を誠実に果たすため、我が国が中国との間の各種の問題点を克服し、速やかに事業を進めて行くことが日中間の信頼関係を更に増大させ、国際的にも信頼されることになると考えています。多くの皆様のご理解が得られれば幸いです。
(編集子註)「遺棄化学兵器処理担当室」から、「最近の一部の新聞報道について」(平成18年1月20日)が出されている。  「1兆円規模」の報道については、「総事業費について試算した事実はなく、平成16年度執行額は約315億円、17年度予算は約170億円」としている。  また、ハルバ嶺の施設運営のため「数万kw以上の変電所や緊急輸送用へリポート」の建設を予定しているが「中国の要求」ではなく、事業終了後は速やかに解体し、原状に復する基本方針で一致し、「軍事転用」は全く想定していない、としている。

●95号(4)(18.7.23)吉田 曉路(森野軍事研究所)

万全を期すべき領域防衛体制
 
 過日、わが国の領土である竹島周辺海域における海保による海図の測量調査が、韓国の軍事力をバックにした恫喝によりあえなく頓挫した。外務省事務次官の訪韓による話し合いの結果による収拾とのことだが、自国の領域での正当な調査活動を断念したことに、国民の多くは何ともやりきれない卑屈さを味わった。外交的には殆ど放置されたままに等しい中国によるわが国領域内での調査活動や潜水艦の横行、戦後60年間占領され続けている北方4島に対する多額の資金援助や施設提供なども同断であり、わが国の領域防衛の基本が那辺にあるのかよく判らないところである。   
 ところで、わが国の領海は約43万平方km、排他的経済水域(EEZ)を含めると約447万平方kmであり、陸地国土面積の12倍、領域の広さは世界で6番目となる。領域内には総数7,000近い島嶼があり、このうち有人島は327に上る。これらの島嶼は、外周が海に囲まれ、面積は狭小、その多くは本土から離隔している。また、外周の島々は、韓国・中国・ロシアなどとの国境線を形成しているが、安全保障上極めて脆弱な状態のまま放置されている。他方、わが国は大陸方向からの脅威に対して南北に2,880kmと広大な正面を有し、一方において地域縦深(新潟-東京間240kmが最大)が殆どない。その上、わが国の都市の多くは、良好な港湾に恵まれた海洋に近接した沿岸部に位置し、人口稠密、政治・経済・社会活動の中心であり、何処からでも攻撃されやすく、防衛上極めて脆弱な状態にある。要するに、わが国はEEZを含めて広大な領域を有し、陸地は空間的な防衛余裕度(バッファ)が殆どないという悪条件下に存在している。
  しかるに、一昨年暮れに策定された防衛計画大綱では、冷戦時代に想定していた本格的武力侵攻はもはや考えられないとし、これからはミサイル防衛、テロ対策を重視し、PKOなどの国際貢献にもより積極的に参画するとされた。そしてテロ対策への一環である領域における不審船、工作船などへの対応は一義的には海上保安庁(警察力)により対処することになった。このことは、将来にわたって周辺国からの軍事力によるわが国領域への主権侵害行為は生起しないという認識によるのだろうが、結果的にわが国の領域防衛体制を殆ど空白状態に近いドーナツ化を招いたのである。広大な領域に対する平時における警戒監視体制は殆どなく、一部の防空組織とスクランブルのための戦闘機待機を除き、陸海空自衛隊の即応体制は全くといって無いのが現状なのである。
  だが、最近の新聞報道によれば、中国海軍は大型ヘリコプターや兵員輸送用ホーバークラフトを搭載した遠距離の地点から大規模な兵員、武器を揚陸させる作戦が可能で、複雑な地形への上陸も容易になる大型強襲揚陸艦の建造計画を進めていることが明らかになった。
  中国は、東シナ海での空軍機による電子情報収集活動や日中中間線付近での海軍艦艇の活動を活発化していることから、防衛庁では、「中国の念頭には台湾有事があるだろうが、南西方面での離島侵攻も警戒する必要があるかもしれない」、とその動向を注視しだしたという。  
 また、韓国は2020年までに新型潜水艦、イージス艦、最新鋭の戦闘機購入などが盛り込まれた国防改革案を策定した。これは、基本的に対北朝鮮ではないと言われ、むしろ、むしろ、日本にとっての軍事的脅威になることが懸念されている。2005年に導入されたF-15K戦闘爆撃機は、韓国が実効支配している竹島の防衛任務に就かせると発表し、日本の対岸である浦項に所在する海兵師団による上陸作戦を可能にする強襲揚陸艦「独島」を近く配備するらしい。  
 こうした周辺国のわが国をも視野に入れた軍事力増強が、俄に本土への侵攻に結びつける必要はないのかもしれない。しかし、こうした軍事力をバックにして離島周辺やEEZにおいて、わが国に対する主権侵害を積み重ね、瞬く間に既成事実化していくことを厳然として抑止し、必要に応じて実力により排除しなければならないのである。このためには、陸海空の装備の近代化はさておき、先ずは突発的に生起する事態に対してつとめて瞬時、かつ確実に対処できる領域防衛の法体制を確実に整備することである。
 具体的項目としては、@平時から陸海空自衛隊に情報収集及び領域防衛(警備)の任務を付与、A状況別の武器使用基準(ROE)の策定、B海保(警察)との役割分担の明確化と相互支援のあり方、などが重要である。
 陸海空自衛隊は、周辺国軍隊に優るとも劣らない人的かつ物的能力を有している。惜しむらくは、余りにもがんじがらめの法規制により手足を縛られ、即応性のある行動をとることができず、これまで、結果的に国民の期待に報いることができなかったことが少なくなかったのである。

●94号(1)(18.4.23)富澤 暉(元陸上幕僚長)

世界に軽侮される自衛軍
 総選昨秋、自民党が憲法改正草案を決定した。その内容は国防についての責任と積極性が明確にされており、その限りにおいては高く評価できる。しかし、自衛隊の後継として新憲法に明記される武装組織の名称を「自衛軍」としていることには全く同意できない。
 「自衛軍」ならば「侵略しない軍」と理解され、国民投票で反対が少なくなるだろうと起案者達は考えたのだろうが、それは「国民への説得を放棄した政治の怠慢」である。
 そもそも今時「侵略する軍」などというものは世界にあり得ない。すべての武力紛争は集団安全保障の集団的措置か個別的・集団的自衛によって解決されるべきものとされ、各国軍は、その為の手段としてのみ世界に認められているのである。
 「侵略は許されない」ということは、何と77年も前にパリ条約によって決められ、60年前に日本はその条約に違反したとして裁かれている。判決の当否は別として、その裁判を主導した米・英・仏・露・中国等が、今になって「侵略する軍」の存在を公式に認めることなどあり得ないのである。その現代に「新日本軍は侵略しない軍ですからお許し下さい」などと言えば、「時代錯誤だ」とただ哂われるだけである。
 1890年に、時の首相・山縣有朋は「主権線のみならず、主権線の安危に密着の関係にある利益線をも守護しなければならない」と演説した。この利益線理論は、山縣が欧州から輸入した考え方であり、当時の帝国主義世界の常識であったと聞く。
 その帝国主義世界は消滅したが、各国にとっての利益線が無くなったと言う訳ではない。
  日本では今「シーレーン保護」や「中東の平和(石油)維持」が問題になっているが、これらは「新時代の利益線防護」と言うべきものである。そして諸外国にも各国なりの「利益線」があって、それらは多く他国の利益線と互いに重複する。従ってこれら「利益線」は今や世界共通のものとなり、各国が協力して護るべきものになりつつある。
 こうした共同防衛のあり方には集団的自衛権行使によるものと、集団安全保障の集団的措置によるものとの2種類がある。前者は2国、または多国の共有物を2国または多国で共助により護るものであり、後者は全世界の共有物を全世界で護るもので、公助とも言うべきものである。
 現世界では、2国または特定グループ国の独占物というものが極めて少なくなった。従って、集団的自衛権行使よりも集団的措置の方がより必要にして重要になりつつある。究極の国益たる主権(当然、各国独自の歴史文化・名誉尊厳・自由独立を含む)のことは別にして、全世界の共有物を、全世界が各国共通の国益として互いに協力して護り、共に発展すべき時代になったのである。
 米国はこの集団安保体制の主導者であり、集団的自衛のことはその一部としてしか考えていない。それ故「日米同盟(集団的自衛)だけに頼って集団安保には一切参加しない」ということも(米国を含む)世界に認められない。
 自衛権は「権利」だが、国連加盟国たる日本が集団安保の集団的措置に参加することは「責務」である。日本の軍隊が「自衛しかやらない」と言わんばかりの「自衛軍」を名乗ることは、他国から見て「責務を果たさぬ」極めて利己的なことと受け取られる。日本流の一国平和主義は世界に通用しないのである。
 昭和30年台に米国に留学して「我々はアーミーではなく、グラウンド・セルフディフェンス・フォースだ」と言ったら米軍人達に哂わらわれ、余りにも腹が立ったので、帰国後自衛隊を辞めたという人物がいる。この人のような例は極めて希だが、外国の軍人に「何故、自衛隊などという奇妙な名前なのか」と聞かれた自衛官は数知れない。  日本では「国が国を護る自衛」と刑法上の「正当防衛」を別の言葉で表現するが、英語では「自衛」も「正当防衛」も「セルフディフェンス」なのである。そして空手や柔道等の護身術を「アート・オブ・セルフディフェンス」と言う。そのためか、世界の軍人達は滅多にセルフディフェンスという言葉を使わない。それは「自分自身(即ち軍)を護ること」と誤解されるからである。それもあってか、頭に「自衛」という名をつけた軍隊は、日本の自衛隊を除き世界中に一つもないのである。
 「自衛隊」は英語で「セルフディフェンスフォース」と呼ばれているが、「自衛軍」も英語にすれば「セルフディフェンスフォース」である。日本が憲法を改正し大騒ぎをして軍の名前を換えた筈なのに、よくよく聞いてみたら「実は名前が全く変わっていなかった」と知った時、外国の識者達は再び哂うに違いない。現在、海上自衛隊をマリタイム・セルフディフェンス・フォース、陸上自衛隊をグラウンド・セルフディフェンス・フォースと言うが、マリタイムには海軍が好まぬ「沿岸の」という意味もある。また、グラウンドフォース(地上軍)という言葉も無いわけではないが、あまり使われないものである。ということになると、やはり世界共通のアーミー(陸軍)・ネイビー(海軍)・エアフォース(空軍)という表現が最も簡素で通じ易い名前だということになる。
 政治が世に阿おもねれば日本は世界に軽侮される。政治家は自ら「世界に通じる常識」を身につけ、それを国民に易しく説明しなければならない。それが「国の名誉・尊厳」という核心的国益を護るのである。

●94号(2)(18.4.23)田中 峰子(京都府防衛協会青年部会長)

私と防衛
 防衛協会に入る前は平和な世の中は当たり前と思い、防衛について深く考えることも無く「安全ボケ」をしていました。
 このような時に、イラク戦争が勃発し、北朝鮮による日本人拉致が明確になり、また中国が長年にわたり異常なペースで軍事力を増強していることや、靖国問題がありました。さらにスマトラ沖津波や中越地震と色々な災害が発生しました。そのたびに、自衛隊の方々の働きを見て、身近に思うようになってきました。
  こうして私も危機感を感じて、真剣に「平和と防衛」を考えるようになってきました。「人の命の尊さ」「人を助けるやさしさ」を思うにつけ、「守ってくれている人々」に心より感謝の気持ちが沸いてきました。
 私のように気づいていただきたい、そして知識を増やして平和な世の中を継続できるように、みんなで考える場をつくろうと思いました。
 一番大切な平和をみんなの力で勝ち取ろう、安全保障に関するシンポジュームに参加してもらおう、自衛隊について知ってもらおう、そこから私は活動を始めています。
  京都は伝統と文化の町ですが、その半面、防衛や国の安全保障についての理解はまだまだの町です。  京都府防衛協会青年部会は平成13年6月に発足いたしました。
 私が会長になって2年あまりになりますが、この間に会員のための「知識習得委員会」、部会の活動を理解してもらう「広報活動委員会」、部会のための「組織充実委員会」並びに防衛意識を府民に普及するための「意識普及委員会」の4組織をつくり、各種事業を行っています。
  その一環として『田中塾』という勉強会を3ヶ月に1回行っています。ここでは、防衛問題について講師を招いて講演してもらい、また会員同士で色々な議論・討論をしています。京都の会員には沢山の政治家、学者、著名人がおられ、その方々に参加願うことによって、教えていただくことがいっぱいです。
  17年度は、京都産業大学で「総合安全保障論」を青年部が後援し、講師の協力もいたしました。知育・体育・徳育の徳の部分で、私も「日本人の心」を講義いたしました。今年1月14日には「防衛シンポジューム2006in京都」を開催、テーマは「日本の防衛と平和を考える。〜安全は空気どすか〜」でした。  基調講演は日高義樹氏(ハドソン研究所首席研究員)にお願いし、パネルディスカッションは志方俊之氏(帝京大学教授)、村田晃嗣氏(同志社大学教授)、岩本誠吾氏(京都産業大学教授)、日高義樹氏そして私も参加して行いました。
 京都府、京都市、京都商工会議所、京都青年会議所、地域団体及び地元報道機関8社の後援をいただき、一般の人々に防衛問題を考えていただこうと講師をお願いして、毎年行っています。  大学生や一般市民に防衛問題を普及できたと思っています。これからも田中塾の充実を図って、会員の防衛問題に対する知識を高め、対外的にはシンポジュームなどによって防衛意識の普及に努めたいと思っています。
  私が会長を務めることで、今まで防衛についてどちらかというと関心の少ない女性にも、深く考えていただきたいと思っています。
 無関心が一番いけないと思います。冒頭に述べましたように「平和な世の中は当たり前ではない」からです。防衛に関心と興味を持ってもらうということは、皆で共に考えることが最も重要な事ではないでしょうか。

●94号(3)(18.4.23)山田 なおこ(東京都杉並区議会議員)

自衛隊を学ぶ
 総選私は現在、杉並区議会議員をしております。平成15年の統一地方選挙に当時の自由党から立候補し、おかげさまで当選。一期目議員として東奔西走している毎日です。杉並区議会議員になる前は、銀行系総合研究所に勤めており、政治の世界とは無縁の生活を送っていました。
 その当時、自由党の都連の会長は防衛大学校の1期生であり、航空自衛隊出身の田村秀昭参議院員でした。そのご縁で、様々な自衛隊の行事に参加させていただいております。そして、参加するたびに、自衛官の国防の楯としての覚悟ときびきびした行動や態度に感銘を覚えています。同時に「私たちの平和な暮らしは決して偶然ではない」と感謝の気持ちがわいてくるのです。
  さて、本年の国会での予算委員会は、ご存知のとおり民主党の「永田メール問題」に明け暮れました。その報道を新聞やテレビで見聞きする時、「これが永田メールなどではなく、隣国の軍隊が国境を越えてきた、ということであったならどうなっていたのだろうか」という思いが頭をよぎります。1人の未熟な国会議員の不始末で野党民主党は自壊し、自民党もこれに乗じて懸案事項の追及を逃れ、本来の予算審議はおざなりにされました。マスコミも事件を連日報道。まるで国家の一大事のごとく蜂の巣をつついたようでした。平和な国だから出来ることなのか、それとも本当に”日本人の平和ボケ”はここまできてしまったのか。  日本の独立が侵されるかも知れないといった緊急事態に立ち至った時、「この国は、果たして厳然たる態度で対処できるのだろうか」との思いが、このメール事件を通して感じられたのです。
 2大政党であれば、国政選挙によっては、日本国総理大臣になりうる民主党の代表も、その統治能力に疑念を抱かずにはいられません。  改めて日本国総理大臣は、自衛隊の最高指揮官であるということを思い起こさなければなりません。私たち国民も選挙のたびに日本国総理大臣を選ぶのと同時に、自衛隊の最高指揮官を選んでいることを自覚するべきなのです。国民が生命と財産をゆだねる人がどういう人物なのかをきっちりと見極める必要があります。
 現実にはその最高指揮官の命により、今も日本のみならず世界各地で、装備も自分を守る権利も十分与えられず、命がけで人道支援活動をしている多くの自衛官がいることを、私たちは忘れてはならないのです。
 『自衛隊を学ぶ』。このことは、私にとって国家とは何か、国民とはどのようにあるべきかを考えるきっかけになっています。
 世代が交代するにつけ、弱体化していくように思える日本。そしてこのたびのメール問題における政治家の対応やマスコミの反応を見るとき、我が国の安全保障問題の深刻さを改めて感じるのです。
(平成18年3月11日記)

●94号(4)(18.4.23)堤 淳一(都弁護士協同組合理事長)

軍事裁判所と法曹の関与
 昨年10月28日、自民党は新憲法草案を発表した。この草案は自衛軍の保持を定め(草案第9条の2)、草案76条3項に「軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として軍事裁判所を設置する」との規定を置いた。
 現行憲法76条2項は「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は終審としての裁判を行うことができない」と定めているので、旧憲法下において設けられたような軍事に関する裁判所(軍法会議)を設けることはできない。それゆえ、自衛隊員が犯した犯罪については一般国民のそれと区分せず、最高裁を頂点とする通常裁判所において(場合によっては行政機構の中に設けられた準司法機関の審理を経て)審理され、判決が下されることになるが、審理にあたって軍事に関する専門知識を不可欠とするような場合には、裁判官にそのような能力を期待することが難しいので、事実認定にあたって、自衛隊員の立場からみると公正を欠くとみられる場合もないとはいえない。
 しかし将来、憲法が自民党案のような形で改正されれば、実体法として自衛軍人に適用される軍刑法その他の法令(自衛軍機密保護法の如き)が定められ、軍事裁判所に適用される刑事訴訟法が法律によって定められることになろう。
 このような場合に備えて今から真剣に考えておかなければならない重要事として、軍事裁判所に関与する法曹をどのように確保するかの問題がある。
 現在、防衛庁(現防衛省以下同じ)ないし自衛隊には法曹資格を持った常勤公務員はいない。しかし軍の機関ではなく、国の機関として軍事裁判所を設けるとなれば、裁判官、検察官に相当する地位に法曹資格を持った者を充てなければならないであろう。もし、法曹資格を持たない者をもってする場合(例えば裁判官が自衛軍人のみで構成される場合や、そうでないにしても自衛軍の軍内で養成する法務課員などの非法律家を裁判官に充てる場合など)には、我が自衛軍人と共犯関係に立つ軍人が属する外国(例えばアメリカ)から侮りを受けることになるばかりでなく、いわゆる裁判が身贔屓に偏するのではないか、との危惧を国民に与えることにもなるであろう。
 通常、裁判所の裁判官や、検察官を軍事裁判所に転用することは、人手不足の折から困難であろうから、軍事裁判所の設置にあたっては、予めその運用に携わる法曹を用意しなければならない。必要とされる人数も少ないとはいえないと思う。
 そのためには、@弁護士の中から軍事裁判所構成員を登用する、A自衛軍人をロースクールで学ばせて法曹資格を取得させる、B一策として、自衛軍の中に自前の法科大学を設ける、C既に法曹資格を持った弁護士を軍に志願することを求める(現在の予備自衛官の制度の如き)、などのことを視野に入れた下地作りを今から準備しなければならないと思う。
 こうした方策を今から考えておかなければならない所以のものは、一人前の法曹を養成するには、少なくとも10年を要するからである。改憲したらすぐに法曹要員が確保できると考えるのは安易に過ぎる。従って、いまの防衛庁ないし自衛隊組織の段階から、本稿に述べた対策を徐々に講ずることが、名実ともに備わった軍事裁判所を確保することに資するのは間違いない。識者の意見を拝聴したい。

●94号(5)(18.4.23)日裏 昌宏 (森野軍事研究所)

脅威論のあるべき姿
 総選わが国には、国防を掌る役所がない。防衛庁は自衛隊を管理運営するのが任務で、このことは、今後、省になったとしても、設置法の根幹が変わらなければ同じことである。
  自衛隊の主任務は防衛出動だから、その視点に立つ限り、その目は勢い直接侵略のみに向く。またわが国は、個別的自衛権に固執し、専守防衛という、世にも不思議な政策を採っているから、わが国の領域に直接手が掛かる段階以外のことを考えることはタブーである。
 だから「脅威」といえば、戦術でいう敵の可能行動みたいな矮小化されたものの列挙となる。これに小児病的アメリカ信仰が加わり、アメリカさえいてくれれば、相手はそんなことができる筈もないと思い込んで、その先は思考停止に陥る。典型的な平和ボケである。
 平和ボケの症状が進行すると、脅威を感じたからこそ日米安保を結び、何がしかの自己努力をしたのに、その結果として脅威顕在化の可能性が小さくなったことと、初めから脅威が存在しないことの区別も曖昧になり、なかには『もはや脅威はない、危険があるのみだ』などと言い出す人もでてくる始末である。
 最近、ようやく「中国の脅威」が話題に上るようになると、『中国は脅威でない。そのようなことを言って相手を刺激すべきでない。』などと、洒落にもならない表現で中国に対する恐怖感(正直な中国脅威論)を口にする人もいる。
 一方では『アメリカがいる限り中国は脅威たりえない』などという人もいる。アメリカも、そこまで頼られれば冥利に尽きるであろうが、それではまるで属国である。
 さて「脅威」は、『始めに脅威ありき』とするような不変の存在ではなく、わが国の国益追求の度合いを変数とする関数としての存在であろう。
 確かに、国の誇りを捨て朝貢に終始していれば、相手は手間が省けるから、直接侵略行為に訴える必要性は著しく減じる。しかし、それは事実上侵略されてしまったのと変わりはない。
 現在のように、わが国の生きざまと絡めて考えることのない『防衛の観点からだけの脅威論』は殆ど無意味に近く、それを考える『国防上の脅威論』が必要である。
 防衛庁を母胎とするか、全く別個に新しい役所を立ち上げるのかについて、特に強いこだわりはないが、わが国に国防省が必要であることを主張する所以である。
 わが国は高度に発達した稠密社会であって、実のところ、自衛隊が防衛出動するような戦争状態には耐え難い。だからこそ、国家存亡の関頭に立ったときの、厳然たる覚悟を内外に示しつつ、一方では、当然の国益追求の結果生じるかもしれない波風を適時適切に処理して、その波風が戦争状態にまで悪化するような事態を断固として未然に防止しなければならないのである。
 こう考えてくると、現在検討不十分な自衛隊の警備事項を、より明確化して、厳格な国民の統制(任務とROE)のもと、平時から国家の営みに参画させるとともに、対岸の火事視しているようにみえる「周辺事態」を、わが国の正念場の一つとして真剣に受け止め、集団的自衛権の問題について速やかに解決する必要があることが分かる。
 現在、わが国では、北朝鮮の不法行為が黒船のような役割を演じ、テポドンによるミサイル攻撃、大量破壊兵器の存在、特殊任務部隊による破壊工作などが話題となって「脅威」への目覚めが始まっているようにみえるが、北朝鮮のそのような行為は、仮に実行に移されたとすれば、国民の生命、身体、財産に多大の被害を与えることになるから、深刻な事態であることには違いないが、それのみによってわが国が国家存亡の危機に直面するわけではない。
 はるかな昔から現在、そしてこれから先、長い将来にわたって、わが国は中国大陸に存在する政権と緊張関係にあるべく運命づけられている。
 アメリカに対する無限の信頼の夢から覚め、DNAに刷り込まれたような、中国への追従の習性を捨て、専守防衛の呪縛から解き放たれて、資源問題を中心として、将来展開するであろう日中関係に広く深く思いを致し、わが国の平和と真の独立並びに安全の確保を万全なものとする国家施策を導き出さなければならない。
 その中心課題に応えるものこそが、わが国にとっての「脅威論」のあるべき姿である。

●94号(6)(18.4.23)森 清勇(星槎大学非常勤講師)

(6) 皇室典範改正論議に思う
   /(参考)男系天皇及び女系天皇・女性天皇について

          皇室典範改正論議に思う  
 皇位・皇族が民主主義のルールに則っていないことは、世襲を認め、選挙権も被選挙権も与えていない一事で分かる。また、言論の自由もないため、皇室を律する家法と言われる皇室典範の改正でありながら陛下をはじめ皇族方は何一つ発言されない、三笠宮寛仁親王は「皇室典範に関する有識者会議」の報告に大きな疑問を持たれ、ご自身が関係される福祉団体の会報に「エッセイ」の形でかろうじて意義を唱えられた。
 しかし、有識者会議は傲慢にも「どうってことはない」として、皇族の考え抜きの報告書をまとめた。御世継ぎに関して皇室を想いやる首相の惻隠の情が皇室典範の改正を急がせたとしても、皇室典範の改正は伝統文化に関わる日本悠久の「歴史問題」であり、国民の支持を背景に推し進めてきた行政改革という「政治課題」とは全く次元を異にしている。
 報告書は皇位継承について「国民の理解と支持」「安定性」及び「伝統」の三つの視点から検討したとしているが、「男系・女系」の区分など、最も肝心なことを国民が理解する暇もないほど短期間に纏められた。国民の理解と支持を「大衆への迎合」、安定性を「安易性」と誤解した節がある。
 また、「伝統」は古ければ古いほど今日的な意味では民主的でないことが多く、国民に分かり易くもない。伝統の維持には英知と努力が求められるが、国民の英知を結集する努力を避けて、はじめに「迎合・安易な結論ありき」で「伝統」をあっさりと切り捨てようとした結果が歴々としている。
 世論の影響が大きい今日、国民は「男女平等でしょう」「女性・女系天皇!いいじゃない」というジェンダー・フリー世相の影響もあって、「雅子様が可哀想」「愛子さんが気の毒だ」という感情論に走りやすい。
 男女は平等であっても身体の違いから「役割」には大きな違いがある。
 2600有余年、125代の皇位が唯一の例外もなく男系天皇で継承されてきたのは、万世一系の皇統の維持と共に天皇に求められる役割がもたらした結果である。歴史の重みに(伝統文化)目を向けると、皇統の「正当性」は「皇男子孫」で継承されてこそ担保されることが明瞭になる。
 皇室に対する国民の尊崇と敬愛の源泉もここにあった。僭越ながら察するに、皇室の一念も私的感情を超越して「歴史の重み」に耐える「正当性の維持」にあるのではないだろうか。
 歴史の重みに立って皇室典範改正を考えるならば、安易に伝統を否定するよりも、男系維持を困難にしている養子制度や皇族の範囲の見直しなどが先にあるべきではないだろうか。
 国民は、民主主義にそぐわない皇室の存在を、日本の歴史と伝統に輝く文化として受け入れてきた。そこで、皇室の家法である典範の改正に当たっても、形容矛盾の九条と同様な柔軟思考で、国会が「改正は皇室に任せる」と決議すれば、憲法遵守の民主主義の体面は十分に維持できるのではないか。
 あるいは、現行憲法には制定の経緯や安全保障上の観点で問題が多く、新憲法草案を提示した自民党をはじめとして国民の多くに改憲機運がある。新憲法の制定まで真剣な検討をするのも一案である。旧皇室典範は制度取調局を設置し7年の歳月をかけて調査した。その結果を(明治)憲法第二条に、「皇位ハ皇室典範ノ定メル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」と明文化したのである。
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男系天皇及び女性天皇・女系天皇について
1 男系天皇の子どもは男系(男子・女子)である。115代が男系男性天皇、10代が男系女性天皇(女帝)である。 2 女帝の子孫は女系(男子・女子)となり、天皇位につけば女系天皇となるが、過去には例がない。
3 女帝は中継ぎで、5代は先帝の皇后がなり、残り5代は独身で子孫を残さず、皇統断絶に備えたものではない。
4 皇統断絶の危機(3回あった)には男系維持のため、過去に遡って傍系の男系男子を天皇位につけた。
5 皇位継承の順位の例
(1)現皇室典範による場合:
   @ABCの順、Bは男子誕生の場合、Cは過去に遡った男系天皇、
(2)有識者会議による直系・長子優先の場合
   @Aa、aは内親王の子孫
(3)直系・長子優先で、女性天皇は容認するが女系天皇を認めない場合
   @AABBCC


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有識者報告書の概要と問題点 概要

1 「国民の理解と支持」「伝統」「安定性」の3つの視点から、女性や女系の皇族への皇位継承資格の拡大を検討した結果、天皇の直系子孫を優先し、兄弟姉妹の間では男女を区別せずに長子優先が適当であるとしている。
2 「国事行為を始めとする象徴としての活動に、女子や女系の皇族では行い得ないものがあるとは考えられない」と断言しながらも、「女性の妊娠・出産等は国事行為の臨時代行制度などにより対応可能」であり、「宮中祭祀についても、歴史的には女性天皇もこれを行ったとの記録が存する」と首尾一貫しない消極的な記述をしている。
問題点
1 三つの視点は並列ではなく、「伝統」が皇位継承問題では最大の要因であるにも拘わらず、男女共同参画社会を念頭に置いた「国民の理解と支持」と皇位決定の容易性を「安定性」と曲解させて「伝統」よりも重視し、皇統断絶の危機に直面した過去の最適な三例を無視している。
2 男性天皇では成人すると「摂政」(政務の代行機関)が廃止され、「関白」(政務の補佐機関)が設けられた。しかし、女性天皇では在位間摂政が廃止されることは無かった。
3 しばしば深更から夜明けに及ぶ宮中祭祀(神事行為)は神武天皇以来の血統を継ぐ天皇家の最重要事で、家長である天皇自らが務めてこそ意義があり代行で済むことではない。女性天皇が妊娠・出産する場合は長期に亘り、また独身でも生理で頻繁に神事が中断したり変更が加えられたりする。元旦の四方拝や即位直後の大嘗祭(2年目以降は新嘗祭)が女性天皇では中断されたことも多い。現に一度も新嘗祭に出られなかった女性天皇もいた。
4 明治以前の天皇は終身でなかったことも多く、女性天皇は男性天皇が登極するまでの中継ぎで、「中天皇」(なかつすめらみこと)と呼ばれ、何時でも譲位することが出来た。
しかし、明治以降は終身在位制となり、また戦後は御簾からお出になり、国民の前にお顔を出される機会が多い。代行や中断が頻繁になれば「象徴天皇」の存在感が薄れ、国民意識に変化をもたらし、尊崇の念も希薄化して皇室の存在を揺るがせかねない。
5 報告書は象徴天皇を国事行為主体に検討して代行で可能としているが、皇室の本義であり代行できない「宮中祭祀」を軽視し、「終身在位」の問題に関しては検討さえしていない。宮中祭祀と終身在位こそが女性天皇に異常な負担を掛け、象徴天皇の任に耐え難いものである点が欠落している。